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鷹の目といっしょ
※主人公はトリップ系男児
※主人公にとっての『ワンピース』はアニメ作品
※微妙に名無しモブキャラ注意
※『いと弱きもの』の少し前の話(出会い編)



 公園のロープタワーで遊んでいたら、てっぺんから落っこちた。
 ナマエの記憶は、そこですっぱり終わっている。
 気付けば板の上に転がされていて、目の前にブーツがあった。

『気が付いたか』

 そうして低い声がそんな風に耳をくすぐって、思わずそちらへ視線を向ければ、どうにも知らないようで知っている顔がそこにある。

『…………あ、ワンピースだ』

 ついこの間テレビで見たアニメの中で見た顔だと把握して、思わずそう呟いたナマエのすぐそばで、表情すら変えなかった世界一の大剣豪がわずかに首を傾げていた。







 自分はどうもテレビの中に入ってしまったらしい、というのがナマエのなかでの認識だった。
 何せ車にも乗っていないのにいつの間にか海の上にいて、見知らぬ船に乗り、目の前にアニメのキャラクターがいたのだ。
 アニメのキャラクターとは言ってもそっくりそのまま絵が動いているわけではなくて、とてもよく似た姿の人間という風体だったが、突然現れた海の怪物をその背中の剣で両断した実力を見るに、『ワンピース』の『鷹の目』当人だろうということは分かっている。
 変な靴を履いたわけでもないのに、どうして自分がテレビの世界にいるのか。
 ここには父親も母親も友人もおらず、そして帰り方も知らない。
 寂しさがぎゅうぎゅうと胸を締め付けて、べそべそと泣き始めたナマエを、鷹の目は慰めなかった。
 ただ水と少量の食べ物を提供して、船の一角に乗せ、高波で落ちそうになるたびにひょいと拾い上げてくれていただけだ。
 泣いて泣いて泣き続け、それでも状況など何も変わらないのだとナマエが認識したのは、数日も泣き暮らした後の朝、うっすらと青く染まっていく空を見上げながらのことだった。
 瞼が腫れていて開きづらい目で見やった先の空は、どこの世界でも変わらない色を宿している。
 鷹の目の言う通り『空から降ってきた』というなら帰り道だって空にありそうなものだが、どこにも見当たらなかった。
 泣いていたって、誰もナマエを家に帰してはくれない。
 だったら自分でそれを見つけるしかないんだと、そう感じるには十分な時間を、ナマエは泣き暮らした。それでも、来たんだから帰れるに違いないのだ。
 むくりと起き上がったナマエが見やると、あまり姿勢の変わらない鷹の目が、いつも通りに座っていた。
 けれども起きていたのか、片目だけが開いてちらりとナマエを見やる。
 動物園で見た鷲だか鷹だかを思わせる金色の瞳に問われた気がして、ナマエは泣きすぎてしゃがれた声で、それでも言葉を吐き出した。

「……泣いてもイミないから、もう泣かない」

 言い切り、ぐいと濡れた頬を袖口で拭う。
 鷹の目はしばしそれを見やり、やがて開いていた目が閉じた。

「そうか」

 短く言葉を零して頷き、ならば、とその口が言葉を続ける。

「好きにするがいい」

 許すような言葉に、うん、とナマエは頷いた。
 改めて座り込んだ自分の周囲を見れば、空になった小さな水樽が転がっている。
 それも、今はすっかりナマエの腹に収まっている食料も、すべて鷹の目から提供されたものだった。
 海の上にはスーパーも無ければコンビニも無いのだから、鷹の目は自分の分をナマエにわけてくれたということになる。
 さすがにいくらナマエでも、海の上のそれがとんでもない貴重品だということくらいは知っていた。

「……あ、あの、これとか、ごはん、ありがとう」

 泣くのに忙しくて紡げていなかったと思い出し、礼を言いながら小さな容れ物をつかんで持ち上げると、見てもいないのに何の話だか分かったのか、気にしなくていい、と鷹の目が口にした。

「すぐにマリンフォードだ。どうとでもなる」

 そしてそのまま続いた言葉に、ナマエは思わず瞬きをする。
 拾い物は交番へ届けろと習ったが、まさか似たようなことを海賊がするとは夢にも思わなかったことだった。







 だがしかし、『ワンピース』というアニメを知っているナマエにとって、海軍本部というのはいわば敵の本拠地だ。
 自分が主人公と同じ海賊なわけではないのだから敵対しないというのは分かっているが、それはそれ、これはこれである。

「やだ!」

「……おい」

 声を上げて、両手と両足でしがみついた先の足の持ち主が、低く声を漏らした。
 困り顔の女海兵がナマエに『ぼく、こっちにおいで』と甘い言葉をかけてきているが、それに従うほど子供のつもりはナマエにはない。
 ここで離れれば、『拾った』とだけ言ってナマエをおいていこうとしたこの海賊は、間違いなくいなくなってしまう。
 ぎゅうぎゅうと腕と足を絡ませて、びったりと張り付くナマエのうえで、鷹の目がため息を零した。

「どういうつもりだ、貴様」

「『好きにしろ』って言った!」

 あまり感情の見えない声を落とされて、間髪入れずに言い返す。
 だから好きにするんだ、置いていくなんてひどいと詰りつつ腕と足の力を込めると、愚かな、と鷹の目が呟いた。

「おれは貴様の家探しに付き合うつもりはない」

「いいよ別に、ついてきながら自分で探すから!」

「おれである必要も無かろう。海兵に付き添いを頼め」

「鷹の目がいーいー!」

 言葉と共に頭に触れられ、掌でぐいと押しやられて体をのけぞらせながら訴える。
 鷹の目の力はとんでもなく強く、しかも少しずつ力を足してくる様子からしてさらに強く押されそうだと判断したが、それでも逃さないという明確な意思をもってナマエは両腕と両足の力を強めた。

「何故だ」

 ぐいぐいとナマエを押しながら、鷹の目が短く尋ねる。
 それを受けて、ナマエは必死になって考えた。
 しかし理由なんてそんなもの、うまく出てこない。
 けれどもだって、突然現れただろうナマエを保護したのはこの海賊なのだ。
 ずっと泣いている鬱陶しい子供だったろうに、水や食べ物まで提供してくれて、海に落ちかけるたびに助けてくれた。
 他の誰が信用ならなくても、この海賊は信用できる存在だ。

「……鷹の目と一緒がいい!」

 結局はっきりとした理由は出てこず、ただそう訴えたナマエを見下ろす鷹の目が、金色の瞳をわずかに瞬かせる。
 その手がまたもぐいとナマエの頭を押しやり、首がちぎれそうな圧力を受けたナマエはさすがに『痛い』と悲鳴を上げた。
 それを受けて、どうしてかその手がナマエを攻撃するのをやめる。
 ここぞとばかりに鷹の目の掌を振り払って頭を寄せたナマエは、今度は頭を押されたりなんてしないよう、その足に頭もぴったりとくっつけた。
 少し手も足も疲れてきて、少しばかり震えているが、ずり落ちたりなんてしないように気を付けておく。落ちてしまったら、きっと鷹の目はナマエをこの海軍本部へ置いて行ってしまうだろう。

「…………意味が分からんな」

 ため息交じりに言葉を落とされたが、気にせずナマエは鷹の目のミホークにしがみつき続けていた。
 結局根負けしたらしい誰かさんが、ナマエをつれて海を渡るようになったのは、その日からのことだ。
 荒波で海に落ちないようにとロープで船に体を結びつけることを義務づけられたが、まあまあ満足のいく結果である。



end


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