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わるいひとはかいぬし
わるいひとシリーズのペット主
※若干の暴力・流血表現ありにつき注意



『……フッフッフッフ! おい、なんだ、テメェは』

『……え?』

 あまりにも唐突に現れた『侵入者』は、尋ねたドフラミンゴへ困惑の眼差しを向けた。
 見たこともない鞄を背負い、少し痩せたその少年はどう見ても幼い子供だが、その見た目が実年齢出ない可能性は十分にあることをドフラミンゴは知っている。
 ましてや見覚えのないその人間が、このドンキホーテ・ファミリーが使用する船の中で、ドンキホーテ・ドフラミンゴの前に突然現れたという事象の意味は、それすなわち相手が刺客か何かである可能性を示していた。
 殺意は感じない。しかしその眼つきからして使役される側の人間だろうと考えたドフラミンゴの指が、くい、と糸を放つ。
 けれども不審な侵入者に触れたはずの糸は、それ以上の手ごたえをドフラミンゴへ与えなかった。

『……ああ?』

『…………?』

 あまりにも意味の分からぬ状況に眉間のしわを深めたドフラミンゴが、椅子に座ったままで声を漏らす。
 床に這うようにして座り込んでいた『子供』が、自分のすぐそばのあたりへと緩く手を伸ばし、不思議そうに何かを探す動きをした。
 それはドフラミンゴの放った『糸』を探している動きで、何かの間違いでドフラミンゴ自身が能力を発動できなかったわけではない、ということを示している。
 悪魔の実の能力を無効にする侵入者ということか。
 ならば間違いなく刺客だと判断し、ドフラミンゴは懐から小電伝虫を取り出し、仲間達へ通知のいくボタンを一つ押してからゆらりと椅子から立ち上がった。
 自分の代わりに椅子へと放った子電伝虫が鳴き声を零している。もともとの取り決めだ、すぐに何人もの幹部がこの部屋へとやってくるだろう。
 それを知っているのか知らないのか、座り込んだままの相手は小さく、大柄なドフラミンゴがわずかに進み出て見下ろせば、大きな影がその体へと落ちる。

『面白ェじゃねェか。誰の差し金だ?』

 なにがしかの薬物や改造で得られる能力だというのなら、非能力者のファミリーに与えてもいい能力かもしれない。
 尋ねて怪しく指をうごめかせたドフラミンゴの前で、明らかに刺客であるはずの『子供』が、どことなく困惑したような顔をする。
 演技は必要ねェだろうとそれを嗤って、屈みこんだドフラミンゴはわざとらしく無防備に相手へとその体を晒した。
 けれども『子供』は身動きすらせずに、やはりじっとドフラミンゴを見上げている。

『口もきけねェのか? 怪しい野郎だな』

 その様子へ言葉を落として、ドフラミンゴは事前の動作もなく素早く相手の体を横なぎに叩いた。
 鍛えた者ならすぐに避けてしまえるような速度の、そうでなくても多少の痛みを受ける程度の軽い攻撃だ。
 避ければ身のこなしからもう少し軽い尋問をしてもいいし、攻撃をされたなら激昂してやり返してくるかもしれない。たとえ能力が利かなくともドフラミンゴにはこの場で殺されることのない自信があって、つまりはただ不審な人間を小突いただけのことだった。
 しかしドフラミンゴの予想とは裏腹に、『子供』の小さな体が横へと吹き飛ぶ。
 がしゃんと大きな音が鳴り、思わずその音を追いかけたドフラミンゴが見たのは、壁際に置かれたチェストに頭を打ち付けた小さな体だった。
 小さな声が漏れ、ぬるりと漏れた赤い血が小さな頭を染めていく。
 震える手が自分の頭に触れて、ぬるつくそれに困惑したように頭をこすり、けれども血が止まらないと分かってかその体がずるりと床を這った。
 逃げようとしているらしいが、片手は今付着したばかりの血で床を滑り、うまくその体が動かない。自分の体とチェストの脚に挟まれたらしい片腕はあらぬ方向に曲がっている。恐らく折れているのだろう。
 恐ろしく脆い『刺客』に困惑を示して、ドフラミンゴは再び立ち上がって『子供』へと近づいた。
 近寄った影でそれに気付いたらしい『子供』が、床に片腕をつけて這う姿勢のままで、その顔を上げる。
 小さな顔すら半分以上が赤く染まり、目に血が入ったからか片目が半ば閉ざされていた。

『あ……ごめ、なさ、俺、あの……』

 声を出しなれていないようなか細い声が、たどたどしく『どうしてここにいるのか分からない』と紡ぐ。
 出ていくから、勝手に入ってごめんなさいと続いた言葉にドフラミンゴがわずかに目を瞠ったところで、幹部達が部屋へとたどり着いた。







 正真正銘の『子供』だった脆い生き物をドフラミンゴが手元へと置くと決めたのは、その体が悪魔の実の能力を受け付けないものだったからだ。
 ひらひらとすべてを受け流すディアマンテを捕まえ、先鋭的な芸術すらも受け付けない少年は、ナマエという名前だった。
 生まれは『ニホン』。細かな住所も口にしたが、まず国名からしてドフラミンゴの知らないものだ。
 帰りたいかと尋ねることすらしなかったドフラミンゴに、ナマエは抵抗もしなければ『帰らせてほしい』と懇願もしなかった。
 よその海賊に『死体』と言わせた目つきをしなくなったのは、ドフラミンゴがペットとしてあちこちへ連れて歩くようになってからだったろうか。
 ただ海の上を連れまわすだけで瞳を輝かせて、大怪我をさせて首輪を与えたドフラミンゴという飼い主について回るナマエは、どう考えても帰りたがっているようには見えなかった。
 だからこそ、人がくれてやった首輪すら落としていなくなったナマエというペットを、ドフラミンゴは探し出して連れ戻したのだ。

「ドフラミンゴ」

 名前を呼ばれてソファに転がったドフラミンゴが視線を向ければ、子供が手に持ったノートを差し出している。
 寄越されたそれを捕まえてぱらりとめくり、一番最後のページまでしっかりと文字が埋められているのを確認してから、フフフ、とドフラミンゴが笑い声を零した。

「上達したじゃねェか、ナマエ」

 褒めてやる、と言葉を放って手を伸ばせば、ナマエの頭がドフラミンゴの片手に収まる。
 かつてドフラミンゴのせいで受けた傷はすっかりと癒えていて、柔らかい子供の髪の感触がドフラミンゴの指に触れた。
 学が無いナマエに勉強をさせるようになったのは最近のことだ。
 ドフラミンゴが置いていった新聞を眺めていたから文字は読めるのだろうと思っていたが、ナマエは公用語すら知らなかった。
 それならなぜ新聞を眺めていたのかとドフラミンゴは首を傾げたが、逆にほかに暇をつぶすものがなかったのだという事実にも気付いてすぐに口を曲げた。
 今は少し新聞も読めるようになっていて、分からない言葉は周りの人間へ尋ねるようにもなった。計算は多少できる方であるらしく、そちらの勉強も進めている。

「次は手紙でも書いてみるか」

 わしわしと撫でていた手を離し、言葉を放ったドフラミンゴがソファへと座りなおすと、ナマエが首を傾げる。

「誰かに読ませるもんを書いた方が上達する。手始めにモネあたりにはどうだ?」

 今は離れた場所にいる『仲間』の名前を出して、なんならおれが添削してやる、とやさしげに言葉を放てば、ナマエの目がゆっくりと瞬いた。
 そうしてそれから、少しだけ困ったようにその目が伏せられる。

「ナマエ?」

 どうした、とそれへ向けて尋ねてやり、ドフラミンゴはもう一度片手を伸ばした。
 顔に触れ、うつむきかけたその顔を仰向かせるようにしながら、そのまま小さな体を引き寄せる。
 ドフラミンゴの体に合わせて用意された大きなソファで、足を開いて座るドフラミンゴの正面へと近寄ったナマエは、自分の頬に触れるドフラミンゴの指にすり寄るような仕草をしてから、ちらりとドフラミンゴを見上げた。

「……あの」

「ん?」

 おずおずと寄越された言葉に、ドフラミンゴは促すように声を漏らした。
 ナマエは自己主張の少ない子供だ。
 かつてはそれこそ死体のように、ただそこにいるだけだった。
 しかし、ドフラミンゴがいなくなったナマエを連れて戻った頃から、いくらか自分の希望をはっきりと言ってくるようになった。
 それは本当に些細なことだが、何も決めず何も望まなかった頃に比べれば格段の変化だ。
 そしてドフラミンゴは、自分のペットの変化を好ましく思っている。

「ドフラミンゴあてじゃだめ?」

 ソファへ座っているドフラミンゴを見上げて、ナマエがそんなふうに言葉を放つ。

「てがみ、はじめて書くから、ドフラミンゴあてがいい」

 さらにはそんな風に言葉を重ねられて、ドフラミンゴはサングラスの内側でわずかにその目を瞬かせた。
 何を言われたのか把握して、なるほど、と声を漏らしたその唇の笑みが深められる。
 確かに、ナマエが『初めて書く手紙』だというなら、それを受け取るべきは飼い主であるドフラミンゴだろう。
 そんなことをおずおずと言ってくる可愛らしいペットを相手に、フッフッフ、とドフラミンゴは笑い声を零した。

「そいつァいい! そうだな、おれ宛に書け、ナマエ」

 添削もしなくていいと言葉を重ねれば、うん、とナマエが頷く。

「お前が何を書いてくるか、楽しみにしておいてやる」

「……俺、あんまりむずかしいこと書けないよ?」

 機嫌の良いドフラミンゴの前で少しばかり困った顔をしたナマエに、なんだっていいんだとドフラミンゴはさらに笑い声を零した。
 ドフラミンゴが用意させた上等なレターセットで作られた手紙がドフラミンゴへと渡されたのは、それから二日ほど後のことだ。
 文法がたどたどしくあちこちにスペルミスのある可愛らしいナマエの手紙は、ドフラミンゴの気に入りの本に挟まれることとなった。



end


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