- ナノ -
TOP小説メモレス

ベビーブーム
※無責任な元海兵主
※超ペンギンに対するねつ造注意



 終の棲家は、『世界の中心』から遠く離れた場所がいい。
 そんなことを漠然と考えていたナマエが辿り着いたその島は、超ペンギン達の住処だった。
 もちろん猛獣としても扱われる超ペンギン達の巣へ偶然足を踏み入れた、なんてことはなく、海軍を離れたナマエが自分で探し、その場所を突き止めたのだ。
 なぜかと言えば、なんとなく、『そういえば漫画では超ペンギンを連れていたな』と思い出してしまったからだった。
 ナマエは生まれ育った世界から弾かれて『この世界』へとやってきた人間で、だからこそ自分が身近になっていた人達の未来の少しと、『世界』がどこから始まるのかを知っていた。
 ゴールド・ロジャーと通称を使われた海賊の処刑は、もはや終わって久しい『始まり』だ。
 もとよりそれを合図に、『主人公の敵』である場所からは離れると決めていたナマエは、超ペンギンと呼ばれる巨大で凶暴なペンギン達のいる島に住処を決めた。
 大きく、強く、そしてナワバリ意識のあるペンギン達に襲われてしまったのは不可抗力だったが、殺される前にやり返した結果、今は友好関係を築けていると言えるだろう。
 海軍で新兵を従えることの多かったナマエがきたえるうちに、超ペンギン達はすこしだけ強くなり、狩りの効率が良くなった。
 何より獲物を捕獲する前に死ぬことが減り、そして成獣が多ければその分つがいも増える。
 すなわち現在、冬島にはベビーブームが到来しているのである。

「……あららら……なんだか、ずいぶん増えてやしませんか」

「そうなんだよなァ」

 不思議そうに寄越された言葉へ、そう相槌を零したナマエの目が側へと向けられた。
 ナマエのすぐそばで、ナマエと並んで雪の積もった高台に腰を落ち着けている男は、ほんのつい先ほど島へとやってきた海兵だった。
 もはや何度も訪れる男を超ペンギン達は警戒すらせず、落ち着いた様子でいつも通り過ごしている。
 海辺からほど遠い窪地はナマエがいくらか整備を行った平地で、何匹もの超ペンギン達がそこで小さな卵を温めていた。
 つがいの片割れは、今頃、餌を元気に狩っているところだろう。

「食事が豊富で、天敵もそれほどいない。病気や怪我や寿命で減るにしても、まあ増えるよなァ」

「増えたのはナマエさんのせいだと思いますけどね」

 あきれた声を寄越されて、やっぱりそう思うか、とナマエが頷く。
 もちろん最強だなんて馬鹿なことは言わないが、間違いなく超ペンギン達は強くなった。長命で大きい分それほど数を生んだりはしないが、それでも確実に数が増えている。

「今のペースなら別に大丈夫だろうけど、増え過ぎたらやっぱり移住も考えなけりゃあならないかもな」

「どっかアテがあるんですか」

「いや、無い」

 むしろどこかいいところがあったら教えてくれ、と側へ向けてナマエがいうと、元は部下だった海兵が、何かを思案するような顔をした。
 そしてそれから、まあ適当に見繕っておきますよ、と言葉が重ねられる。

「だから、勝手にどっかに引っ越したりしねェでくださいね。超ペンギンに乗って海を渡られたら、さすがに見つけるのに時間がかかります」

「探してくれるのか」

「そりゃそうでしょうや」

 約束した『手紙』が届かないからと、そんな理由でナマエのもとへとやってきた海兵の言葉に、そうか、とナマエは返事をした。
 ナマエがそれほどいい上司だったとは思えないし、何よりナマエのもとにいた時間は短かったのに、傍らの海兵はどうもナマエという人間を慕ってくれているようだった。
 懐かれて嫌な思いをする人間などそうはいない。
 ナマエも同然で、だからこそなんとなく、ナマエはいずれ『クザン』が連れて歩く『超ペンギン』達の住処を最後の場所に選んだのだ。
 時間が経って交流が途切れたとしても、ひょっとしたらいつかそのうち顔を合わせることだってあるかもしれないと、そんなことを考えた。

「それにしても、それ、何してるんですか」

「ん?」

 ぼんやり考えていたナマエの横で、海兵が言葉を放つ。
 その指がナマエ自身の腹のほうを示しているのに気づいて、ああ、と声を漏らしたナマエはかかえていたものをそっと撫でた。

「卵」

「まあ、そりゃあ見りゃ分かりますけど」

 セーターなどの厚着の下に入ったそれのおかげで丸く膨らんだ腹の様子に、海兵が呟く。
 もう一度『どうしたんですか』と問われて、親がいなくなってな、とナマエはあっさりと答えた。
 ナマエの腹で温められている卵の親は、まだ年若く、無茶をしがちな個体同士のつがいだった。
 そして、いくら強くなったとしても、超ペンギン達もまた『最強』ではないのだ。

「残った方が餌をとりに行く間、ほかの奴が一生懸命温めてたんだが……今は、俺が預かってるんだ」

 そんな風に言ったナマエに、そうですか、と何かを察したように傍らから少しばかり暗い声が掛かった。
 申し訳なさそうなそれに、どうしたんだと軽く笑って、それからナマエの両手が自分の着込んでいたセーターを脱ぐ。
 内側には動力もないのに温まる摩訶不思議な保温道具が一緒に入っていて、それとともに卵をくるりと保温性の優れたセーターで包んだナマエは、どこからもすっかり冷えた空気が入らないことを確認してから、それを両手で側へと差し出した。

「クザン」

「え?」

 戸惑う相手の名を呼んで、思わずといった風に出たその手の上に二回りほど大きくなって見える卵を乗せる。

「ヒエヒエは禁止だぞ」

 何かの拍子に物を凍らせてしまうことの多い能力者へそう言い放ってナマエの手が離れると、クザンの手の上でわずかに卵が傾き、慌てたようにクザンがそれを両手で抱えた。
 それを見て、すぐに相手の腰の後ろに手を回したナマエの手が、そこから手錠を奪い取る。

「あ」

「よいしょ」

 内側に仕込まれた石が触れるように開いた手錠を海兵の袖口から押し込むと、ただ手錠が触れただけだというのに、海兵の体が見ていてもわかりやすく弛緩した。
 その両手が慌てたように卵の包みを抱きしめて、守るような仕草をする。

「きゅ……急に何してんですか、ナマエさん」

「いや、そろそろ温かい飲み物がほしいなァって思ってな」

 客に持ってこいと言うわけにもいかないだろうと言葉を続けると、卵も連れていきゃあいいでしょうや、とクザンが困り顔で言葉を放つ。
 落としてしまうのが恐ろしいのだろう、しっかりと卵を抱えて守る相手に、両手を空けたいんだとナマエは答えた。
 今日ナマエがこの高台にいるのは、初めての狩りへと出向いている数匹達が無事に帰ってくるのかを、早く確認したかったからだ。
 その中にはクザンの名付けたキャメルという名の超ペンギンもいて、それを聞いたクザンも同じように高台に座って待っている。
 家の中にいれば温かいが、さすがに雪の積もった冬島は寒く、体もすっかり冷え切りそうだった。

「すぐに淹れて戻るから、少しの間待っててくれ。何か食べ物も持ってくるから」

 微笑んで言葉を放ったナマエが立ち上がると、それを見上げる格好になったクザンが、わずかに眉を寄せてため息を零す。
 手錠の石で能力が奪われているからか、その口からこぼれた吐息は、普段よりも白く染まって見えた。

「……壊しちまいそうで怖いんで、早く帰ってきてくださいや」

 両手でしっかりと卵を抱いて、そんな風に言い放ったクザンの言葉に、わかってる、とナマエが頷く。






「そういや、俺達ちょっとペンギンのつがいみたいだな」

「……ゲホゴホッ!!」

 温かな飲み物を保温のきく容れ物に入れ、簡単に食べられる軽食とともに手にして戻ったナマエが笑って零した言葉に、何故だか卵を抱いたままの海兵が盛大に咳込んでいた。



end


戻る | 小説ページTOPへ