ドジっ子かかり
※主人公はNOTトリップ系海兵
※海兵ロシナンテ
「待ってくれ、ナマエ!」
大きな声で、後ろから名前を呼ばれた。
どたばたと足音も聞こえて、振り向かなくても誰かさんが長い手足を振り回して走ってきている様子がわかる。
同僚と話し込んでいたから見つからないように近くを通り過ぎたはずなのだが、案外目ざとい相手はおれの姿を見つけたらしい。
仕方なく足を止めて振り向くと、立ち止まったおれに気付いた相手が何やら嬉しそうな顔をした。
しかしその両腕が荷物を抱えているという事実に、相手のほうへと掌を向けた。
「待てロシナンテ、そこで止まれ」
「え? あ、わかった」
短く放ったおれからの言葉に、素直な言葉とともに男が足を止める。
その拍子に抱えてきた荷物がぐらりと揺らぎ、慌てたようにバランスをとったロシナンテがそれを支えた。
先ほど近くを通りかかったときは抱えていなかった荷物だ。しかしそういえばすぐそばに台車があった気がするし、その上に何が乗っていたのかは見ていない。
腰のあたりで支えるようにしているロシナンテの頭と先端がほぼ並ぶ大きさの、中身が見えないように包装紙で包まれている背の高い『荷物』に、おれは数歩離れた場所からそれとロシナンテを見比べた。
「どうしたんだ、それ」
「これか!」
尋ねたおれに、ロシナンテがその顔を輝かせる。
「いいものを買ったんだ、ナマエにやろうと思って!」
「おれに?」
「そう、ほら、この前玄関が寂しいって言ってただろう?」
楽しそうに返事をされて、一体いつの話だ、とおれは首を傾げた。
おれの目の前にいる『ロシナンテ』という男は、かつておれの直属の上司だったセンゴクさんの、いわゆる養子というやつだった。
どういった縁があったのかは分からないが、小さい頃からセンゴクさんの手元にいたらしく、今ほど大きくなるまでの間に、おれも何度か顔を合わせたことがある。
そして、センゴクさんという素晴らしい海兵に感銘を受けたらしいロシナンテは、この春ついに海軍入りを果たした。
少し目をかけてやってくれと言われて、『あのセンゴクさんも自分の子供が可愛いのか』と不思議なような少しおかしいような気持ちになったのは、もはや半年以上も前のことである。
しかし今となってみれば、ロシナンテにはフォローする役というのはどうしても必要だったんだろうと分かっている。
「ええと……ほら、この前、遠征から帰ってきたとき」
おれが思い出せないでいると分かったらしいロシナンテが、荷物を抱えたままでそう促してくる。
寄越された言葉に記憶をさらったおれは、確かそんな話をしたな、ということをぼんやり思い出した。
玄関に貰い物の観葉植物を置いてあったのだが、今度の遠征が長かったせいで、すっかり枯れてしまったのだ。
あまり乾燥に強くなかったらしいと知ったのは枯れて死んだ鉢の中身を確認しながらのことで、自分の不手際にため息を零した覚えがある。
ロシナンテがそれを知っているのは、帰ってきたおれを出迎えに来た誰かさんが転んで海に落ちて、仕方なく近かったおれの家に連れて帰ったからだ。
「……ん? じゃあまた植物か?」
思い返して呟き、おれは少しばかり眉を寄せた。
言われてみれば、ロシナンテの手元の荷物は、どことなく鉢植えの形をしている気がする。
また枯らしたらどうするんだ、と尋ねたおれに、どうしてかロシナンテはにんまりとその口元の笑みを深めた。
「大丈夫だ、ちゃんと店で聞いてきた! かなり強い植物だって、それで、」
「げっ」
言葉とともにその足が前に踏み出し、そしてずるりとその足裏が何もない床の上で滑ったのに、思わず口から変な声が出た。
凶器のごとく長い足をぶんと前へ振り上げて、ロシナンテの体が後ろに傾ぐ。
足先に当たらないよう身を引いてしまったせいで、そのあとで慌てて手を出したが間に合わず、ロシナンテは荷物を抱えたまま後ろ向きに転んでしまった。
なんとも派手な音を立てて転んだのに、通路の向こう側を歩いていた海兵が何事かとこちらを見やる。
そしてそれから、おれとロシナンテを認めてすぐにその目が逸らされた。ロシナンテのこれはもはや日常茶飯事だからだ。
「う……っ」
「動くなってのに、全く。大丈夫か?」
床にひっくり返ったままのロシナンテに近づき、屈みこんだおれはそんな風に言って相手を見下ろした。
本当によく転ぶロシナンテは、しかし受け身があまりうまくない。
そんな転び方をしていては体を痛めるんじゃないかと思ったことも一度や二度じゃないし、今だって頭をぶつけていたんじゃないだろうか。
伸ばした手をその頭の後ろに滑り込ませてこぶがないかを確認していると、大丈夫だ、なんて言って笑ったロシナンテがそのまま起き上がった。
「それにほら、鉢は放り出さなかったぞ!」
褒めてくれ、と言わんばかりの発言とともに、持っていた荷物がこちらへと差し出される。
確かにロシナンテは今荷物を放り出しはしなかったが、そのせいで受け身が取れなかったようなものだ。
思わずあきれた顔になってしまったおれの前で、おれに褒める気がないと分かったらしいロシナンテが、見る見るうちにしょげていく。
「あの……ナマエ?」
おずおずとこちらを伺ってくるその顔は、おれがセンゴクさんの家へうかがうたびに見たものとまるで変わらない。
小動物のような眼差しは、こちらから怒る気力をそぐのには十分な力を持っていた。
はっきり言って、ロシナンテはドジだった。
客だったおれに運んできた茶をぶっかけたことだって片手で数えきれないほどもあるし、おれめがけて転んできて人の顎に頭突きをかましてきたことだって何度もある。
持っていた荷物の一つに気をとられてほかをすべてぶちまけたりもあったし、おれの煙草に火をつけたいと言って人の服の襟に着火したのはさすがに一度だけだが、普通は一度だって無いことだ。
最近だと、港で転んでおれの目の前で海へと落ちていったことだったか。
年季の入ったそのドジは、当人がどれほど気を付けてもなくならないらしい。
怒って叱って後片付けを手伝ったりしているうちに懐かれて、気付けばおれはロシナンテのドジの収拾をつける係のような扱いをされるようになってしまった。
とんでもないドジで迷惑を被ってイライラすることもあるが、今みたいな顔をされると結局怒りきることができない。
センゴクさんはもしかすると、それすら見越しておれに『目をかけてやってくれ』と言ったのかもしれない。
知将の計略に掛かってしまった可能性を放置して、おれは小さくため息を零した。
「……全く、仕方のない奴だな」
小さくため息を零して、ロシナンテが持っていた荷物を受け取る。
中身はおそらく無事だろう。重みがまあまああるので、ロシナンテにこのまま持たせていたらまた転ぶのは想像に難くない。
「体はどこも痛くねェか? 頭も打っただろ」
「平気だ、いつものことだから」
おれはドジっ子だからと免罪符のように口にしてくる相手に、ドジっ子だから平気ってのはどんな理屈だ、と唸って片手を自由にして目の前の額を叩いた。
ぱしんとなんともいい音が鳴り、痛かったのかロシナンテが涙目になって片手で額を押さえる。
どこの誰が教えたんだか知らないが、最近ロシナンテは自分のことを『ドジっ子』と言う。
可愛らしい自称をされて、適当なつっこみを入れるまでがおれとロシナンテのワンセットだ。
「ナマエ、ひどいんじゃないか」
「後ろぶつけて前に寄った分が戻っただろ。ほら、いつまでも通路に座ってちゃ邪魔だから、体がどこも痛くないんなら立てって」
言いつつ荷物を両手で抱えなおしたおれが立ち上がると、慌ててロシナンテも立ち上がった。
少しだけ痛そうに腰のあたりをさすった相手に、やれやれと肩を竦めた。
「こりゃ医務室だな。行くぞ、ロシナンテ」
「あ、いや、大丈夫だって」
「いいから、湿布でももらえ。そのあとでこれの中身の話を聞くから」
どうにも医務室が苦手らしい相手に『先』の約束を取り付けると、ロシナンテがわかりやすく困った顔をする。
それでもやがて小さく頷くのを、おれはちゃんとわかっていた。
どうにもロシナンテは構われたがりで、そしてなんだかんだでおれに懐いているのだ。
ドジでいろいろな迷惑を掛けられても仕方なく許せるあたり、おれはたぶんそんなロシナンテに絆されてしまったに違いない。
「…………分かった」
ロシナンテは、おれの予想通りの返事を寄越して一つ頷き、そしておれと一緒に医務室を目指して歩き出した。
途中で二回ほど転んだあたり、こいつはやっぱりどうしようもないドジっ子だった。
end
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