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この子がほしい
※主人公はNOTトリップ主でCP9



 世の中、ほしいものって言うのは大概が手に入らないものだ。

「あー! もう、やめだやめだ!」

 賭け金をテーブルにたたきつけて、パウリーが大声を出す。
 騒がしい酒場の中に飲まれていくそれを聞きながら、笑っておれは酒瓶へ口をつけた。
 小さなテーブルで向かい合うおれとパウリーの間にはカードがあるが、二人で並べた手札の優劣は明らかだ。

「本当に弱いよなァ、相変わらず」

「うるせーぞナマエ」

 酒を呷ってから呟いたおれに、じろりとパウリーが視線を寄越す。
 酒の入った赤ら顔の中で、鋭く刻もうとしたそのまなざしはけれどもやっぱり酒にやられていて、まるで怖くない。
 小さな額を賭けてカードゲームをしながら酒を飲んで、そろそろ小一時間が経つ。
 見事におれのカモになってしまったパウリーは、どうやら財布がすっからかんになったようだ。
 顔を少しばかり仰向かせてから手元の酒瓶を逆さにして、最後の滴を口で受ける相手を見やり、先ほど注文した酒を相手のほうへと寄せてやる。

「もっと強くならないと、そのうち身ぐるみ剥がされて路地に転がされてるんじゃないかって心配だなァ」

 賭け事が好きなパウリーは、すぐにあちこちで金を借りてまで賭博に精を出すのだ。
 十倍にして返すからと言いつつおれからベリーを借りていったことだって一回や二回じゃないし、ついでに言えば返ってきた試しもない。
 別に金なんてそれほど必要でもないから困らないが、おれのやったいかさますら見抜けないパウリーは、今まで無事で暮らしていたのが不思議なくらいだ。
 おれの発言に、心配されるようなこたァねェだろ、と唸ったパウリーの手が、おれが渡した酒を掴んで引き寄せた。
 片手だけでコルクを弾いて、テーブルにほとんどなついた状態で酒瓶から直接酒を呷る。
 日の下で仕事をしている職人らしく、日に焼けた喉をごくりと鳴らして、それからパウリーの手が酒瓶の底でテーブルを叩いた。

「おれだってなァ、勝つときゃ勝つんだよ! それでモトがとれらァ」

「まったく、根っからのギャンブラーだな」

 総額で見てみたら絶対に負けているだろうに、どうやらそのあたりの計算をしないらしい相手に肩を竦める。
 おれがこの町で目の前の男に出会ったのは、今からもう五年近く前のことだった。
 その時だってパウリーは借金取りに追われていたし、どうにも目をひく相手が大勢に追われていたから、恩を売ろうと手助けをしてしまったのだ。
 あとで『目立つことはするな』と仲間達に怒られたのだが、まァそれはそれである。
 今のおれは市長の率いる造船会社の職員の一人で、そしてそこの有望株であるパウリーの友人というポジションだ。

『悪ィな、助けてもらっちまって!』

 にかりと笑ったパウリーとの初対面は今だって鮮明に思い出せるが、あの時から今日までの間、おれがどれだけ努力したってパウリーの心はこちらへ傾かなかった。
 もとよりおれは男でパウリーも男なんだから当然のことのような気もするが、初対面の笑顔で人のことを落としておいてまるで揺らがないなんて本当にひどい男だと思う。
 けれどもまあ、もしもパウリーが揺らいでくれたとしたって、おれがこの町で生き続けていくことは叶わないのだから、それでいいのかもしれない。

「なんだよ、お前にだって勝ったことあんだろうが」

「その倍以上はおれが勝ってるんだな、これが」

 眉間にしわを寄せてこちらをにらむ酔っ払いに微笑んで、二人の間に置いたままだったカードを重ねなおす。
 もう一戦するかと尋ねると、もう賭けるもんがねェよ、とパウリーが舌打ちを零した。

「分かって言ってんだろ、馬鹿ナマエ」

「そんなまさか」

 忘れてただけだよ、なんて言葉を紡いで、それじゃあもうやらないな、と手元のカードをひとまとめにして傍らに置いてあったケースへ入れる。
 ただのトランプであるそれが古びているのは、店主が貸してくれた年季の入ったものだからだ。
 数字の裏側や側面にわずかな汚れがついているから、いかさまもしやすい道具だ。おそらくこの店でパウリーが搾り取られているときの何度かは、おれと同じようにズルをしたやつがいるだろう。

「ナマエのせいで、おれァ明日から酒を飲む金もねェぞ」

「それは自分のせいだろ?」

 片手でくしゃくしゃに丸められたベリー紙幣を引き寄せて、丁寧に伸ばして重ねた。
 財布に入っているときはきれいだったのに、つかみだすパウリーの手が乱暴に握るから、すっかりしわしわだ。

「いーや、ナマエのせいだ」

 手慰みに紙幣を伸ばすおれの向かいで、おれの奢りを飲みながら、パウリーがそう唸る。
 相変わらずの酔っ払いだ。
 返せよと言われたら別に返したっていいが、パウリーのほうからその発言は寄越されない。
 これはまたおれのパウリー預金になりそうだなと判断して、おれはそっと金を懐から取り出した財布に仕舞った。
 おれの部屋には、これまでの間パウリーから巻き上げたベリーが、大きめのガラス瓶にたっぷりと詰められているのである。

「まあ、酒が飲みたくなったらうちに来ればいいよ。この前アイスバーグさんから貰ったワインがそのまま残ってるから」

「ワインを? なんでまた」

「たまたま貰い物を分けてもらったんだ」

 不思議そうなパウリーへ、そんな風に返事をした。
 それは事実で、大量の荷物を運んだその対価だった。同じように荷物を運んだ何人かも同じように貰っていたし、我らが『同僚』である秘書殿も了承済みだ。

「おれ貰ってねェ」

「だってパウリーはいなかっただろ」

 あの日も確か借金取りに追われて遅刻ギリギリだった誰かさんを見やると、なんだよ、とパウリーが改めてテーブルになつく。
 そのまま子供みたいに唇を尖らされて、相手が向かいに座っていて良かったと思った。
 手が届く範囲でそんなことされたら、とりあえず唇をつまむくらいの悪戯をしてしまいそうだ。
 キスを待つような仕草だから、いっそ子供みたいなキスをしてみてもいいかもしれない、なんて酒の入った頭が考えて、なんて馬鹿なことを考えてるんだとどこかにいる冷静な自分が嘲笑する。
 おれはパウリーが好きだけど、パウリーは決してそういう男じゃない。
 もしもそんなことをしてパウリーに嫌われたら、任務終了より前に島を出てパウリーの嫌悪の視線から逃げなけりゃ生きていけないだろう。
 そして任務を放り出してそんなことをしたら、我らが最強の男直々に粛清されるのは間違いない。
 すなわち、どちらに転んでも待っているのは死だけだ。
 この島にいる限り、どうしようもないことである。

「……あとどんくらいかなァ」

「あん? なんだって?」

「ん? いや、ほら昨日新しい船が入っただろ」

 どのくらいで仕事が終わるかと思ってさ、とおれの呟きを聞きとがめたらしい向かいの相手へ言うと、簡単にごまかされたパウリーが少しばかり考える仕草をした。
 あと二週間くらいじゃねェかと見立てた相手に、そんなにかかるのか、と適当な相槌を打つ。
 巧妙に隠そうとしていたが、あの船は海賊船だった。『客』の中にはずいぶんな額の賞金首がいたし、支払いにごねそうだ。またパウリーや『同僚』達がうまくやるんだろう。
 おれだって一応『強い』と認識されている分類だが、逃げるならともかく制圧するとなると殺さない自信がないので、支払い日あたりはよそへ応援に行っていた方がよさそうだ。
 おれの基準としては海賊なんだから殺したってかまわないが、『客』にそんなことをしたらきっとパウリーが怒るだろう。
 そんなけなげな判断基準をおれが持っていることなんて、向かいの誰かさんは知りもしない。

「そういやよ、あの船海賊船だよな」

「あれ? そうだったか?」

「おいナマエ、お前何年ガレーラで働いてんだよ」

 酒の入ったパウリーが、顎をテーブルに当てながらこちらを向いた。
 ニヤニヤと勝ち誇ったように笑う相手に頬杖をついて、五年くらいになるかなァ、なんて答えを返す。

「五年も働いたらそろそろ見わけもつくだろ! 支払い奮発してもらえねェかなァ、そうすりゃ臨時収入だってあるかもしれねェのに」

「賞金首だったら捕まえるってのは?」

「馬鹿、客を海軍に突き出してちゃ造船所なんてやってけねェだろ」

 常識を説くように言葉を寄越されて、そういうものなのかと納得した顔で頷いた。
 そうなんだよと答えたパウリーが、おそらくは兄貴分である社長から聞きかじったんだろう船大工の心得を諳んじ始める。
 社長室の壁にでも書いて飾ってありそうなそれらを聞きつつ、おれは改めて酒を口へと運んだ。
 おれは目的があってこの島へとやってきた、サイファーポールの諜報員だ。
 この町で手に入れたものは、目的のもの以外は、帰るときにはすべて捨てていかなくちゃいけない。
 立場も思い出も荷物も金も、『ウォーターセブンのナマエ』のものであって、おれのものじゃないからだ。
 それはすなわち、恋心だって同じだった。

「あとはあれだ、『造った船に』」

「『男はドンと胸を張れ』か」

「お! 覚えてんじゃねェか!」

 酒に酔った顔で、楽しそうにパウリーが笑う。
 その笑みの眩さに微笑みを返して、おれはそのままパウリーと一緒に酒を飲んで夜を過ごした。
 終わりはきっと、もうすぐそこだった。



end


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