兄弟分
※少年マルコ
※十代な主人公はおそらくトリップ主
マルコには、ナマエという名の家族がいる。
幼いマルコが浜辺で拾った人間で、最初は死体だと思ったのに生きていたから、その足をつかんで船へと連れて帰った青年だった。
助けてやってくれと頼んだマルコにグララララと笑った偉大なるエドワード・ニューゲートが彼を自分の息子に加えたので、すなわちナマエとはマルコより少し年上の弟だ。
そしてナマエというのは、どんくさい奴である。
「なにやってんだよい、ナマエ」
声変わりもまだの高い声でその名を呼ぶと、座り込んでいた青年がちらりとマルコのほうを見やった。
マルコより背の高い体を折り曲げるようにして座り込んだナマエは膝を抱えていて、片腕に軽く包帯がまかれているのがわかる。
ケガしたのかよいと尋ねながらマルコが相手へ近寄ると、そうなんだ、と答えたナマエの目がマルコから逸らされた。
「海の男ならちょっとは戦えなけりゃいけないってさ……俺には無理だよ、体育も3がせいぜいだったし」
「たいく」
何が言いたいのかはわからないが、ナマエが自分を卑下して愚痴っていることはマルコにも分かった。
どんくさいナマエは、よく今日のように怪我をしている。
傷の治りも遅いほうであり、そして傷を負った野生動物のごとく、怪我をするとひっそりと何処かへ隠れてしまうのだ。
そのたびにナマエを探しに来るのは、その居場所をなんとなく知っているマルコの仕事だった。
今日も今日とてナマエはこの船倉の隅で膝を抱えて、どんよりとした空気をあたりにまき散らしている。
「よくわかんねェけど、うじうじするより体をきたえたほーがケンセツテキだよい」
「そういう脳筋な考え方を小さなころからするのはどうかと思う」
「ノーキンってなんだよい。あと、おれはちいさくねーよい」
失礼なことをいう相手へと近寄り、膝を抱えた『弟』分へ向けて言い放ったマルコもまた、その場でそっと座り込んだ。
マルコよりは太いものの、どう考えてもほかの『家族』たちに比べてほっそりとした腕で自らの膝を抱くナマエからは、わずかに消毒液の匂いがする。
おそらく服の下にもあちこちに傷を負っているのだろうということはわかったので、マルコはむっと眉を寄せた。
ナマエは本当に、弱くて脆い男だ。
ついこの間悪魔の実をかじったせいでどんな傷でも回復できるようになったマルコと比べてはいけないのはわかるが、おそらくナース達と戦わせたとしても、強かな彼女らにも負けてしまうに違いない。
そして、ナマエが弱いというのは周知の事実だった。
ナマエをマルコが連れて帰ってから約半年、すでにすっかり『家族』となっているのだから、それもまた当然だ。
だというのにここまで怪我をしているとなると、また『兄貴』達が自分基準の無茶を言ったに違いない。
「……今日はだれとやってたんだよい」
「今日か? 今日は……」
眉を寄せたまま尋ねたマルコに、ナマエが兄貴分の一人の名前を口にする。
それは確か、いつもは本船に乗っていない気のいい男の名だ。やることが少し豪快で、弟分を可愛がっているのは子供のマルコにもわかるのだが、いちいち力加減が適当な『兄貴』である。
頭に刻み付けるようにその名前をマルコが口で繰り返すと、はた、と何かに気づいたようにナマエの目がマルコを再びとらえた。
「マルコ、お前も今日は甲板に行かないほうがいいぞ。モビーを離れる前にもう少し『弟』達を可愛がるって言ってたから」
「ケガしてもなおるからへーきだよい」
「治ったって痛いもんは痛いだろ」
そういうのはよくないんだぞと、眉を寄せたナマエがマルコへ進言する。
確かに傷を負った瞬間は痛いが、マルコの体はどんな傷だってたちどころに治してしまう。
『際限なく再生できるわけではない』のだから気をつけろとかの偉大なる船長は言ったが、誰を庇ったってすぐに立ち上がれる体になった自分を、マルコはとても気に入っていた。
海へさえ落ちなければ、致命傷を食らうことだってそうそうないだろう。
ナマエはマルコがそう言うたびに『楽観的過ぎる』と言うが、マルコに言わせればナマエはただの心配性だ。
「弟のカタキは兄貴がとってやるもんだよい」
『弟』より『兄貴』のほうが数が多いせいか、マルコもナマエと同じようにあれこれとやらされている。
たまに少し痛い思いもするが、偉大なる船長に少しでも近づくためだと思えばそれほどつらくも無いし、マルコはこの船に来た時よりも格段に強くなった。
それはおそらくナマエも同じで、最近は途中で力尽きて倒れこむことだって無くなっている。
だからきたえてもらうことに異論はないが、そのついでにマルコの大事な『弟』に怪我をさせた兄貴分にいくらかやり返すくらいはいいだろう。
任せろ、と胸を張ってマルコが言うと、いやいや、と声を漏らしたナマエが少しばかり困った顔をする。
「だったら俺が自分でやり返すから」
「よわいくせに何言ってんだよい」
マルコだってあの兄貴分に真っ向から一人でかかって勝てるとは思わないが、傍らの年上の弟よりは善戦できるに決まっている。
しかしマルコの言葉を信じられないのか、ダメだって、とナマエが言葉を重ねた。
本当に、ナマエという男はとんでもない心配性だ。
少し考え、む、と寄せていた眉間のしわを少しだけ緩めたマルコは、それじゃあ、と相手へ向けて言葉を紡いだ。
「おれがやられたら、今度はナマエがやりかえしにいけよい」
「え」
「兄貴のセツジョクは弟がハラスもんだよい」
いつだったかの宴の場で飲み比べをしていた兄貴分たちが言っていた言葉を口にすると、またどこでそんな言葉を覚えたんだ、と何やらナマエがあきれた顔をした。
それを見やり、マルコの口がにんまりと笑う。
「まあ、おれはやられねェけどよい」
「すごい自信だな……」
マルコへ向けて言い放ち、何かを考えるようにその目をさまよわせたナマエが、それから仕方なそうに一つだけ頷く。
「……分かった。じゃああれだ、早くこの怪我治すから、そのあと俺とタッグを組むか」
「ふたりがかりはひきょーじゃねェのかよい?」
「海賊に卑怯は誉め言葉だって聞いたぞ」
ナマエがあまりにもきっぱりと言葉を放つので、誰に聞いたのだろうと考えたマルコの首が横に傾いだ。
しかし確かに、マルコ一人でとびかかるよりも相手を撹乱しやすいだろうし、勝率も上がるに違いない。
「…………しかたねェよい。早くなおせよい」
傍らの弱い『弟』を戦力に数えて、しぶしぶ頷いたマルコが隣を肘でつつく。
あざのあるところに当たったのか、いたい、と小さく声をこぼしたナマエはそれから一つ頷いて、善処します、となんとも信用のおけない言葉を放った。
それでも二週間ほど後、どうにか傷の治ったナマエと二人でとびかかり、兄貴分にしりもちをつかせることができたのだから、そのあとなぜだかうれしそうな顔をした『兄貴』にこっぴどく可愛がられてぐったりしたとしても、これはマルコとナマエの勝利で間違いないだろう。
end
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