イッショウと部下は警邏中
※NOTトリップ主は海兵さん
「イッショウさん、どこ行くってんですか」
「へえ、ちょいとこっちの方へ」
下駄を鳴らしながら前を指差したイッショウの耳に、そっちはそのまま行き止まりですよ、と言う言葉が入った。
それからイッショウの袖が軽く引かれて、右の方へと誘導される。
「まだ歩きたいんならこっちがいいですって、路地も舗装されたばかりだから歩きやすいですよ」
そんな風に言われて、『そりゃあ良かった』と返しながらイッショウの足が右へ向く。
杖を突きつつ進路を変えれば、袖が手放され、傍にある気配もついてきた。
ナマエと言う名の傍らの青年は、イッショウの部下の一人だ。
目の見えぬまま海軍大将と言う肩書を得たイッショウの世話を、それはもうよく焼いている。
他の部下達も良くしてくれているが、ナマエの熱心さは頭一つ抜きんでているようだった。
視界をふさいでしまったとは言え、イッショウだって身の回りのことは殆ど自分でこなすことが可能だ。
着替えようが風呂に入ろうが食事だろうが道を歩こうが、大概は問題ない。
この海軍本部で用意された住居は殆ど段差のない室内で、かつて過ごしていた家よりも随分と快適だし、町でもイッショウの異様な風体を怖がる人や騙そうとする人間も殆どいないのだから、今日のような警邏だって一人で歩いて問題ない。
だというのにナマエときたら、本当にあれこれと世話を焼くのである。
「こりゃあ確かに、随分歩きやすい。この辺りの路地ァ、どんな風に舗装されてるんで?」
「え? そうですね、この辺はレンガですね。音変わりレンガって言って、いつもとは足音違うんで、今度自分だけで入ってもすぐ分かるかと思います」
「へえ、なるほど」
石をはじく自分の足音へ少しばかり耳を澄ませてから、イッショウは一つ頷いた。
よくよく聞けば、傍らから聞こえるナマエの足音も、いつもと少しばかり違う。
感心するイッショウをよそに、『この道はそのまま本部の入口まで行けるんですよ』と言ったナマエは、イッショウに合わせて足を動かしながら、そのまま言葉を続けた。
「この道にはイッショウさんの杖が引っかかりそうな段差は無いので、安心して歩いてください。あと十二歩歩いたら最初の角がありますけど、そっちはまだ舗装されてないです」
寄越される言葉に『分かりやした』と頷きつつ、イッショウはなんだか可笑しくなってしまった。
恐らく海兵のうちで、ナマエはこの海軍本部周辺の街並みに一番詳しい人間だろう。
それも『イッショウの歩幅』で、いろんな場所の距離を換算して覚えているに違いない。
伴って歩くと歩きやすいが、自分で知る楽しみを奪われているような気もする。
しかし、ナマエにも悪気はないのだろう。どうせなら、教わる前にこっそりと探索をしておくのもいいかもしれない。
どうやって撒いてみようか、なんてことを考えたイッショウの袖が、先ほどより強く引かれた。
おやとそちらへ顔を向けて、見えもしない相手の気配を探る。
「どうかしやしたか?」
「なんとなく今、イッショウさんから不穏な空気を感じました」
窺うような視線をイッショウの顔へと突き刺して、ナマエがそんな風に言葉を零した。
少しばかり驚いて、それからイッショウの顔がナマエの方から逸らされる。
「そいつァまた、信用のない」
「ちょっとおれの顔見て言いましょうイッショウさん。今、ものすごく『なんでバレたんだろう』って顔してますよ」
「見て言えなんて、こりゃあまた難しいことを仰る」
やれやれと首を横に振るイッショウの傍で、こっち向くだけでいいですよ、とナマエが言葉を重ねている。
しかし、手鏡で自分の顔を確認することも出来ない以上、思惑の露呈を避けるためにも、イッショウには顔を逸らしておくしか選択肢は見当たらなかった。
世話焼きな部下のナマエは、どうやら勘も鋭いらしい。
end
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