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ありきたりな童話
※主人公はNOTトリップ主で魚人

 むかしむかし、で始まる話を一つ知っている。
 あまり本は読まないたちだが、そらんじるほど聞き込んだ童話だ。
 おふくろが妹に読み聞かせてやっていた妹のお気に入りの絵本で、内容はおれには何とも言い難いものだったが、女は好きそうだなと思った。
 妹が何度も何度もおふくろに読むのをねだっていたから、もう血肉を分けた妹もおふくろもいなくなってあの本すらどこかに行ってしまったっていうのに、おふくろの声で紡がれたその話は大体全部覚えている。

「それがよお前、人魚が人間の遭難者を助けてやって嫁になる話なんだよ」
「へえ」

 酒の肴に昔話をしていると、横から軽く声が返った。
 何とも興味のなさそうなそれに、もっと興味もてよと笑いながら片手の酒瓶を引き寄せる。
 今日は満月。月見酒をしている連中は数人いて、おれとマルコもそのうちの一人だった。おれはもともとこの甲板の端で飲んでいて、恐らく親父の相手をしてきたんだろうマルコが途中で乱入してきたのだ。
 酒の匂いをぷんぷんさせている相手の手のグラスへ酒を注いでやると、何度も聞いた話だよい、とマルコが笑う。

「あれだろう、助けられた男が別の女を助けたと勘違いして、誤解が解けて結婚してメデタシメデタシの」
「まァそうだな。話したことあったかァ?」
「十回は聞いたよい」

 妹の話と一緒に、と言葉をつづけられて、なるほどそうだったっけか、と酒の回った頭で考えた。
 いなくなった妹のことを話すときにこの童話の話をするのは、あいつが好きな話だったからだった。
 いつでもあの絵本を持って歩いて、おれにだって『読んで』とねだった。
 おれはまだあまり字が読めなかったから、結局途中で生意気な妹にダメ出しを受けて、喧嘩になりそうなところでおふくろがやってくるのだ。
 まるで夢のように幸せだったあの日々の最後は、人魚だったおふくろと妹を狙った人さらい屋連中によって締めくくられる。

「大体よォ、命助けられたくらいでそういう意味でほれ込むんだってんなら、親父は何人からプロポーズされなきゃならねェんだよって話だろ」
「まァ、別の意味では惚れこんでんだろい」
「結婚とはまた違うだろ。勘違いで惚れて、すぐ心変わりするってのもまた気に入らねえ」

 眉を寄せて熱弁すると、子供向けの話にそう熱くなるなよい、とマルコが笑う。
 その口がグラスの酒を半分あけたので、残りを満たしてやりながら、世の中不条理だぜ、とおれは唸った。

「助けに入ったのが魚人だったら、どうせ惚れねえだろ」

 人魚と言うのは、魚人の目から見ても美しいものだ。
 見た目の優美さから人買いの標的になることも少なくないし、物珍しさもあって随分と値段がつく。
 童話の主人公が魚人だったら、『助けたのは私です』と言ってみたところで相手が心変わりしたかどうか、甚だ疑問だ。
 これはひがんでいるわけでもないが、ナースに二人きりで月見酒を誘ったっていうのにすっぱり断られた、おれという魚人個人の感想である。

「なんだ、またフラれたのかよい」
「べ……別にフラれてねえよ!」
「誘って断られたんだろい。お前がフラれんのは『魚人』だからじゃねえって、何度言いや分かるんだ」

 やれやれと呆れたような声を出して、マルコがグラスを傾けた。
 また半分ほど減ったので、足してやろうと酒瓶を出したら、マルコの手によって酒瓶が掴まれて奪われる。
 それから今度は片手でこちらのグラスに酒を満たして、おれを見やったマルコがその唇に笑みを浮かべた。

「行きずりの相手ならともかく、いつも一緒にいるナースなんかを誘うからだよい」
「いや、だからおれは」
「普段から見られてりゃあ、本気の相手じゃねえことくらいすぐに分かる」

 だからお前が悪いと、そんな風に言いつつ酒瓶を持ち直したマルコが、その瓶底で軽く人の額を小突いた。
 酒で感覚が鈍いからかまるで痛くは無いが、案外大きな音が鳴ったので、やめろよと言って瓶を取り上げる。
 本気の相手なんてそんなもの、マルコにだけは言われたくないことだ。
 おれの『本気』が誰に向かっているのか分かってて、そのくせ何も言わない。好きだと言ってみたってさらりと流されるばかりで、なんだか揶揄われているような気すらする。
 たまに『好かれてるんじゃないか』と思わせるような行動をしてくるんだから、何ともタチの悪い奴だ。

「あーあ……もう、お前一回海に落ちてみろよ」
「悪魔の実の能力者になんてこと言うんだよい」
「おれが助けてやるから」
「ああ、なるほど。そいつァいい」

 ため息交じりに続けたおれの提案に、マルコはけらけらと笑う。

「それでその後、タオルを持ってきてくれたナース辺りを勘違いするわけだねい」
「………………やっぱやめだ。どうせ飛べるもんな、お前」

 返された言葉に何とも言えない気持ちになって、おれはそう唸って酒に口をつけた。
 美人で女で可愛い妹分たちとおれとでは、おれにまるで勝ち目が見当たらない。
 おれの反応にまたしても楽しそうな顔をしたものの、マルコはやっぱり相変わらずだった。
 そんなこいつが好きなんだから、おれは本当にどうしようもない奴だ。


end


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