嘘から出た
※主人公は海兵さんでクザンさんの元同期
※ワンピースの世界で同性婚がOKという捏造
「エイプリルフールってのは楽しい嘘を吐くもんだ」
「……へえ?」
突然拳を握って力説し出した友人に、クザンは頬杖をついたままで適当な相槌を打った。
今度はどうしたの、と椅子に座ったままで言葉を投げると、聞いてくれよクザン、と哀れっぽく声を漏らした男がクザンの向かいへと近付く。
その手がクザンの執務机へ縋りつき、屈み込んだその顔が机へ乗ってクザンを見上げた。
「あいつら『ナマエの嘘はわかりやすすぎてつまらねェ』っていうんだ!」
一生懸命考えたってのにひどいと思わないかと、業務時間に何やら阿呆なことを言い出した相手に、そうだねェ、とクザンは軽く頷いた。
ナマエの言う『あいつら』と言うのは、ナマエと同じくクザンの同期だった海兵たちだろう。
クザンが彼らをおいて一足飛びで肩書を上乗せしていったせいでか、どんどん縁遠くなっていった友人だ。
もはや海軍大将となったクザンのそばへ、以前と変わらぬ様子で近寄ってくるのは、あの中ではナマエくらいなものだ。
そのナマエだって、執務室に入るときは敬礼を怠っていなかったし、執務室にクザン以外の誰もいないと確認してから言葉を崩した。
公私を分けることも必要だとは思うが、縦社会とは難儀なものである。
それでも今は以前と変わらぬ様子のナマエが、クザンを見つめる。
何かを求めるようなそのまなざしに、クザンは軽く首を傾げた。
「それで、おれに何してほしいの」
わざわざそんなことを言いつけに、ここまで来たなんてことはないだろう。
かと言って、たかだか軽口の応酬で海軍の最高戦力による武力行使を求めるだなんて、馬鹿な話にもほどがある。
クザンの言葉に、よく聞いてくれた、と頷いたナマエの手がなついていた机のふちを離れ、身を乗り出しながらクザンの腕を捕まえた。
「クザン、結婚しよう」
「…………は」
そして放たれた唐突すぎるプロポーズに、クザンの目がわずかに見開かれる。
何言ってんの、とふるえる唇で言葉を紡ごうとしてから、話の流れを思い出したクザンは、呆れをその目に浮かべ直した。
「そんな『嘘』を吐いてどうすんの」
『海軍大将と結婚した』なんて話、信じてもらえると思っているのだろうか。
大体クザンは男で、ナマエも男だ。確かに同性での婚姻も一部では認められるようになってきてはいるが、海軍の最高戦力であり政府の駒の一つでもあるクザンが、男と結婚できるはずもない。
そんなことは誰にだって考えればわかることで、まるで信ぴょう性がない。
馬鹿じゃねェの、とあきれた声音を零しながら、クザンはナマエにつかまれていない片手を軽く握りしめた。
わずかに浮かんだ痛みを殺すように小さく息を吐いて、片腕に触れている他人のぬくもりから気を逸らす。
『好きな相手』にプロポーズされて胸を痛ませるなんて状況、味わう日が来るとは思わなかった。
いくらナマエが鈍感で無神経で、そしてクザンの胸の内を知らないからと言って、どうしてこんなひどい『嘘』を提案してくるのだろうか。
怒鳴って怒って蹴とばしてやりたいところだが、まさかそんな真似もできず、クザンはじとりと目の前の男を見つめた。
しかしそれを受け止めて、ちょっと違うぞ、とナマエが口を動かす。
放たれた言葉に、何が違うってんだ、とクザンの口からはいらだった声が漏れた。
「だから、俺とクザンが結婚して」
「だから、その嘘のどこが」
「嘘じゃなくて、結婚して」
「…………は?」
言葉を繰り返されて、理解が追い付かず先ほどと似た間抜けな声がこぼれる。
困惑の二文字を張り付けたクザンの顔を見上げながら、ナマエはどことなく真剣な顔で口を動かした。
「その上で腹に詰め物をして『子供ができた』って言ったら、それなりに驚かれるかと思うんだが、どうだろう」
「どうって……」
きっぱりと寄越されるが、まるで理解が追い付かない。
わずかに首を傾げてから、クザンは言葉を紡いだ。
「なんでわざわざ結婚するって?」
「婚前交渉はともかく、未婚の父だなんて嘘はセンゴク元帥に怒られる可能性が高いと思う」
真面目なのか馬鹿なのか、言い放つナマエの顔は真剣なままだ。
なんだか頭痛がした気がして、開いた掌を軽く自分の額に当てたクザンは、それからため息を零した。
嘘の為に実際に籍を入れようだなんて馬鹿は、この海軍本部のどこを探しても恐らくナマエくらいのものだろう。
「……なんでそれの相手が、わざわざおれ?」
久し振りに会ったと思ったら、そんな悪趣味な『嘘』に付き合わせようだなんてひどい話だ。
それでも嫌えないのだから、クザンもまたどうかしている。
クザンの言葉に、ん? とナマエが声を漏らした。
顎を人様の執務机に乗せたまま、少しばかりその頭が傾いて、そういやなんでだろ、とその口から言葉が漏れる。
「思いついたとき、結婚相手はクザンしかいないと思ったんだけど」
「……………………」
ほかの奴だとしっくりこないなあ、なんて声を漏らすナマエの手に腕をつかまれたまま、クザンはそっとナマエから目を逸らした。
何も言えないでいるクザンのすぐそばで、しばらく悩むように『うーん』と声を漏らしたナマエが、それからはた、と何かに気付いたように口を動かす。
「そういや俺、お前のこと好きだった」
なるほどだからか、なんて言葉を零すナマエの手が、クザンから離れる。
それを追うことすらできないまま、クザンは眉間にしわを寄せた。
あまりにもあっさりとした発言だったが、つい先ほどのナマエの言葉は、まるで愛の告白のように聞こえた。
ただの友愛表現だと思いたい自分を、『それじゃあ話の流れがおかしいだろう』と引き留めるもう一人がクザンの中にいる。
鈍感で無神経なナマエらしいとも言える言葉だったが、だがしかし、本当にあのナマエがクザンを『好き』だというのか。
自分がどんな顔をしているかすら自信が持てず、ナマエの方を見ることができないクザンは、その目を逸らすようにさ迷わせて、そして壁にかかったカレンダーを発見した。
しばらくの沈黙と共に今日と言う日付を睨みつけ、それってさ、とその口が言葉を紡ぐ。
「もしエイプリルフールの嘘だって言い出したら、おれ、お前に何するかわかんねェんだけど」
「怖い脅し文句言う前にこっち向けよ……」
低く声を漏らしたクザンの傍らで、ナマエが呆れた声音を零した。
そしてそれから小さく笑って、耳まで赤いぞ、と言葉が寄越される。
それに慌ててクザンの片手がナマエのほうへ向いていた耳を覆うと、さらにケラケラとナマエが笑った。
「俺はお前が好きだよ」
そうして、掌に覆われた耳へ向けて放たれた言葉に、やはりクザンはそちらを見ることができなかったのだった。
どうやらこれから先、エイプリルフールは婚約記念日となりそうである。
end
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