- ナノ -
TOP小説メモレス

拾得記念日
※異世界トリップ主人公が子マルコ拾得
※子マルコ捏造(ゴミ山育ち?)




「おい、生きてるか?」

 言葉と共に大きな掌に頭をそっと触れられたその時、マルコの持ち物は自分が着ているぼろ布のような服と自分の名前だけだった。
 空きすぎた腹はもはや空腹を訴えることすら諦めていて、頭の後ろから脳みそが溶けてしまいそうなくらいにぼんやりとしながら、マルコは自分の体に触れて意識を確かめようとしている相手をただ眺めた。
 マルコの霞みかかった視界に映る相手は、どうやら『人間』のようだ。
 きっと、マルコが死体だったなら身につけているものを奪おうとしているのだろう。
 何度も見たことがある光景で、マルコだってそうやってこのゴミ山で生きてきた。
 だから動く気力があるなら抵抗を示すところだが、残念ながらもはや指の一本だって動かす力がわかない。
 ぐったりと身を投げ出したまま、瞬きすら億劫なマルコを見下ろして小さく息を吐いた『人』が、マルコからそっと手を離す。
 死んでいると思われたのだろうか。
 だとしたら、マルコのたった二種類の持ち物のうちの片方は奪われてしまうのか。
 そこまでマルコが考えたところで、何かがぐっと口元へ押し付けられた。
 ふわりと香ったものに、鼻が鋭敏に反応する。
 それと共にぐいと口に触れたものが傾けられて、冷たくて硬いそれから溢れた物がマルコの唇を濡らし、半開きだったその口の中へと流れ込んだ。
 こくりと飲み込んだそれに、マルコは目を見開く。
 甘いそれは、マルコが飲んだこともない味だった。
 更に口の中へと流し込まれる液体に、マルコはごくごくと喉を鳴らしてそれを飲んだ。
 もしもそれが毒だとしても構わないと思うくらいに、それは美味だったのだ。
 ある程度傾けたところで液体を流し込む物体がマルコの口から離されたのを、思わず伸ばした小さな手が捕まえる。
 空腹のあまり身動きも取れなかった体を動かして、そのまま起き上がったマルコは、液体の入れ物を持っていた掌から奪い取り、そのままもう一度口を押し付けた。
 大きいそれを両手で持って傾ければ、先ほどと同じ味のものがマルコの口へと零れていく。
 傾けすぎて口の端からだらだらと零しながら、それでも最後の一滴まで飲み干さんと手に持ったものを傾けたマルコに、何だ、と正面で誰かが呟いた。

「それだけ飲めるんなら元気だな。よかった」

 どこか安心したように呟いた声を聞きながら、最後の一滴まで口へと零してからようやく自分の唇からそれを解放したマルコの目が、改めて正面から『人間』を見やる。
 汚れた地面に座り込んだマルコの向かいに屈んだその『人間』は男で、黒い髪に濃い茶色の目をしていた。
 背はそれほど高いとは思えないが、少し鍛えた体躯をしている。
 その持ち物や格好から見て、『ここ』の人間ではないようだとマルコは判断した。
 『ここ』の人間なら、今のマルコのように、『街』の人間が見れば顔を顰めるような汚れた服しか身につけていないはずだ。
 そして、マルコが知っている種類の『大人』とも違うらしい。
 なぜなら、マルコの知っている『大人』なら、転がっていたマルコに近寄ることすらしないはずだからだ。

「水筒、返してくれるか?」

 首を傾げたマルコの前で、言い放った男が掌をさらしてみせる。
 その言葉に、マルコは自分が相手から持ち物を奪ったままだと言うことに気が付いた。
 慌てて、彼へと空になった『水筒』を返す。
 中身が空であることは見ていた男も分かっているだろうに、それを奪ったマルコを殴ろうとする様子も無い。

「……おまえ、だれよい?」

 『水筒』を鞄に仕舞った男を見ながらマルコが訊ねると、ん? と男は声を漏らした。
 自分の鞄へ向けられていた視線がもう一度マルコのほうへと向けられて、少し不思議そうな目がマルコを見つめる。
 黒くも見えるその双眸を見つめ返しながら、マルコはもう一度質問を零した。

「なんで、ここにいるよい?」

 大きな『街』と並び、深い樹海に取り囲まれた『ここ』は、いわゆる不要物の捨てられたゴミ山だ。
 マルコもマルコが着ている服も、マルコが二週間ほど前に口にした食べ物も同様に捨てられたものだった。
 ここへ『何か』を捨てに来る『大人』は、ここから『何か』を拾っていかない。ついていこうものならぶたれるし、下手をすれば殺される。
 そしてどうにか忍んでいった『街』では顔を顰められ蔑まれ、最終的には『大人』に捕まって『ここ』へ捨てられ直すのが常だった。
 生きていくうえでただの足手まといにしかならないマルコは『ここ』の人間からはあまり好かれておらず、それでも世話をしてくれていた少年は、空腹のあまり動くことが出来なくなったマルコへ『ここ』と『街』以外の居場所を見つけてくると言って、三日ほど前に『ここ』を飛び出して行ってしまった。
 『ここ』と『街』を取り囲むように広がった樹海には猛獣がいる。
 真夜中に森のほうからマルコの知っている声の悲鳴が聞こえたから、きっともう帰ってはこないだろう。
 それから、マルコはずっと一人だった。
 だと言うのに、どうしてか目の前には上等な格好の男がいるのだ。
 もしや、この男は今『捨てられた』ばかりなのだろうか。
 そう思って観察してみたマルコの前で、あー、と声を漏らした男は軽く自分の頭を掻いた。

「その…………ちょっと前に森で頼まれたんだ、友達がここにいるから拾ってくれって」

 そんな風に言われた言葉に、マルコはぱちりと瞬きをする。
 ともだちというのは、一体何なのだろうか。
 よく分からず不思議そうな顔をしたマルコを見下ろして、俺はナマエって言うんだ、と名乗った男がそっと問いかける。

「お前がマルコで間違いないか?」

 マルコの前で彼が紡いだその名前は、確かにマルコの名前だった。
 このゴミ山のような場所で、マルコがただ二種類持っている持ち物のうちの片方だ。
 こくりと頷いたマルコの前で、ナマエはしばし何かを考え込んだようだった。
 その目がマルコの顔と頭を眺めて、シロヒゲは一体何してるんだ、とよく分からないことを呟いてから、その口が大きくため息を零す。

「……まあ、いいか」

 そしてそう呟いて、ナマエの手がマルコへ伸びた。
 マルコの両脇にその掌を当てて、ひょいとマルコの体を持ち上げたナマエは、それからそのまま立ち上がる。

「よい?」

「それじゃあ、行くか」

 戸惑い声を漏らしたマルコを抱きかかえて、ナマエはそんな風に言葉を零す。
 マルコの格好は不潔の部類で、『街』の『大人』なら触ろうとだってしないだろう。
 なのにナマエは気にした様子もなくマルコを抱きかかえたまま、よっと、と声を漏らしてその場から歩き出した。
 わけもわからずその腕に抱かれながら、マルコは少しばかり身を捩ってナマエを見やる。

「……どこいくよい?」

「俺の船に」

「ふね、よい?」

 言われた言葉に、マルコは目を瞬かせる。
 一体それは何だろうか。
 戸惑うマルコに気が付いて、ちらりとマルコを見やったナマエが、知らないか、と笑う。

「まあ、着けば分かるさ。今日からお前の家にもなるんだからな」

「いえ?」

 何かがマルコの持ち物になるのだろうか。
 ナマエに体を預けたまま、小さな手をわきわきと動かしたマルコに、ナマエが少し楽しそうな顔をする。

「買いたいものもたくさんあるし、船で風呂に入ったら、島向こうの港町で買い物でもするか」

 かいたいもの、ふね、ふろ、みなとまち、かいもの。
 ゴミ山から出たこともない小さなマルコには、ナマエが言いたいことの一つも分からなかった。
 ただ唯一分かったのは、自分が今、彼に拾われたのだと言う事実だけだ。
 ナマエの肩口から見やった向こうには先ほどまでマルコが横たわっていた場所があり、ナマエの歩みにあわせてどんどん遠ざかっていく。
 小さな手がぎゅうっとナマエの服を握り締めて、汚れた額をナマエの肩口にこすりつけた。
 マルコから見て上等なナマエの服が少し汚れたが、ナマエは何も言わず、まるでマルコを抱きしめるようにその腕に力を込めてくれる。
 その腕はとてつもなく温かで優しくて、もしもこれが自分の持ち物になってくれたらどんなにいいだろうかと、幼いマルコは運ばれながらそんなことばかりを考えていたのだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ