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無い物ねだり



「俺、バラバラの実の能力者だったらよかったなァ」

 手配書を広げて、そこにあった『道化』の男を眺めながら呟いたナマエに、キラーは武器を磨く手を止めてその顔を向けた。
 海原を行く海賊船の中の一室、キラーの為に誂えられたあまり広くない個室には、部屋の主であるキラー以外にもう一人の男がいる。
 まるで己の部屋のようにだらだらとベッドに寝転ぶその姿はいつものものであったが、今口走った台詞はいつもと真逆に感じられた。

「『悪魔の実なんて絶対食べない』じゃなかったのか?」

 自分の海賊団の船長が悪魔の実の能力者であると知りながら、否、もしかするとそのせいで、拳を握ったナマエはよくそう宣言しているのだ。
 それは例えば美しい入り江のある無人島に辿り着いた時だったり、海戦の最中海へ落ちてしまった時だったりと様々だが、恐るべき能力を手に入れる代わりに海に嫌われる能力者にはなりたくないとナマエは言うのだ。
 キラーとしてはどちらでも構わないと思っているが、万が一キッドが海へ落ちた時のことを考えると、恐らく悪魔の実を入手しても己では口にしないだろう。
 同志だったはずの相手からの反旗にキラーが肩を竦めると、ごろごろと人のベッドの上を転がって体を反転させたナマエが、手に持っていた手配書の束のうち、一番上に乗せた古びた手配書をキラーへ向ける。

「だってほら、バラバラの実だぜ? 斬っても斬っても斬り放題」

 そこに載っている男の顔を叩いてのナマエの台詞に、道化のバギーがその『バラバラの実』とやらの能力者であるらしいと、キラーはそこでようやく気が付いた。
 キッドの首に掛けられた金額よりずいぶんと低い賞金が顔の下に記されていて、噂によれば東の海を渡っているらしい道化のバギーとキラーは遭遇したことが無い。
 キラーと同じ船に乗っているナマエもそうである筈なのに、ナマエは相変わらずおかしなことをよく知っている男だった。
 初対面でキラーの名前を呼び、キッドの名前を知り、海賊になりたいなァと呟いた道端の落ちている『ごみ』を拾ったのはキラーだ。
 あれから、まるで犬のようにキラーに付き従うナマエは、へらりとその顔に笑みを浮かべている。

「俺がこの能力者だったら、キラーの練習台にだってなれたのになァ」

 とても残念そうに言われて、キラーは仮面の向こう側でわずかに目を瞬かせた。
 その手が自分の武器に触れ、冷たく鋭いその刃に己の姿を反射させる。

「…………おれに斬られたいのか?」

 そんな被虐趣味を持っているとはついぞ知らなかった、とばかりにキラーが呟くと、うーん、とナマエがうなりを零す。

「痛い目に遭うのはイヤだけど」

 ベッドの上に再び仰向けになり、ナマエの手が手配書を持ち上げる。
 その視線を手配書の上の男へ注ぐナマエは、痛みに弱い男だということをキラーも知っていた。
 少し指を切った程度でも大騒ぎをするのだ。
 自分以外に対しても同様で、海戦が終わった途端にかすり傷のクルー達に駆け寄り手当をしようとする。おかげで、この船には大量の医薬品や包帯が常備されるようになった。

「でもさ、キラーいつもすごく楽しそうだから」

 そんな風に呟いて、ナマエの目が道化のバギーから離される。
 仰向けになったまま、頭側に座っているキラーを見つめる上目遣いに、キラーもその目をナマエの顔へと向けた。
 仮面をしているキラーが、それでも自分を見ていることが分かったのか、ナマエの顔がまた緩む。

「俺で楽しんでくれたらいいのにって思ったんだ」

 まるで叶わない夢を見るように、ナマエはそんな風に言葉を零した。
 馬鹿馬鹿しいことを、とキラーの口からはため息が漏れる。
 確かに、血沸き肉躍る戦いの最中、キラーは心の底から楽しんで相手の体を切り刻んでいる。血しぶきを浴びるのすら厭わず、目の前の敵すべてを屠るためにその体を使う。『殺戮武人』などと言った二つ名がついたのだってそのせいだろう。
 しかし、その高揚と興奮を、わざわざ仲間へ向けようだなんて思ったことは一度も無い。

「おれに仲間を斬る趣味は無い」

「えー、でもそうしたら新技とか思いついた時に試せるんだぜ?」

「要らん」

 すげなく返事をするキラーに、ちえ、とナマエが口を尖らせた。
 その手がぽいと手元の手配書の束をベッドの端へ放って、もう一度その体が反転する。
 今度はベッドへ伏したまま、上体だけを起こしてキラーを見上げてくるナマエを一瞥し、キラーは仮面の下で口を動かした。

「おれを楽しませたいのなら、とりあえず今散らかした手配書を片付けてくれ」

 そうしたら構ってやる、とキラーが続ければ、ナマエの目がきらめきを帯びる。

「おう!」

 尾が生えていたなら、ちぎれそうなくらいに振っていたことだろう。
 慌てたようにベッドの上に起き上がり、ナマエの手が少し広がっていた手配書の束を乱雑に掻き集めた。
 先ほどまでナマエの視線を奪っていた道化のバギーの顔に折り目が入るが、ナマエには気にした様子も無い。
 その姿を一瞥し、やれやれとため息を零してから、キラーはひとまず武器いじりを終了させることにした。



end


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