ゆびきりげんまん
※主人公はNOTトリップ主
※キッドとキラーが幼馴染という捏造
何となく遠い目になってしまったのは、多分おれが目の前の現実を受け入れられないからだろう。
「………………」
一人きりで生まれ育った島を出て、長らくの一人きりの海賊生活を経て、今日は久しぶりに辿り着いた島でのんびりしていたところだった。
一応海賊なんだが、おれはそれほど『わるいこと』をしていないので首に賞金もかかっていないし、島へ近付くときは海賊旗を隠すくらいの分別はあるので、港町でのおれへの評価は『旅の船乗り』といったところだろうか。
温かく美味しい食事をとっていたおれの耳に、食堂内の喧騒が届かなくなったのはつい先ほど。
気にせず食事を進めていたら、どかりと誰かが目の前へと座り込み、断りもなく相席していた相手に眉を寄せて顔を上げて、そして体が強張ったのが分かった。
どうして、今、目の前にユースタス・”キャプテン”・キッドが座っているんだろうか。
じろりとこちらを睨み付けてくるその目が、なんとも鋭くとがっている。
その目を見つめ返して、それから周囲を確認したおれは、店の中の客達が固唾をのんでこちらを見守っているのに気が付いた。
それも当然だろう。おれの目の前に座るこの男は、つい最近海賊になったばかりだと言うのに早々に首に賞金を掛けられた、悪名高いルーキーだ。
そして、おれより少しだけ年下の幼馴染殿でもある。
しかし、あれだけ『わるいこと』をしている相手と関わってしまっては、おれにも注目が集まるだろう。せっかく自由気ままな海賊生活を送っていたというのに、それは困る。
うまく追い払えないだろうかと考えたおれの向かいで、キッドが口を開いた。
「…………よォ、ナマエ。久しぶりだな」
低く唸るように声を漏らしたキッドは、どうやらおれを逃すつもりはないらしい。
まっすぐ注がれる視線に『人違いです』とは口にできず、仕方なくおれもそれへ返事をすることにした。
「久しぶりだな、キッド。元気そうで何よりだ」
出来る限り穏やかに言いながら、食事を続ける。
金は払ってしまったのだから、逃げるにしてもこれは食べ終えてしまいたい。意地汚いと言うこと無かれ、貧乏海賊はつらいのである。
おれの言葉を聞いて、ふん、とキッドが鼻で笑った。
その目はまだこちらを観察していて、鋭い眼差しに睨みつけられては怖いことこの上ない。
その足がテーブルの下でおれの片足を踏みつけてきて痛い。ブーツを履いていて良かったと思った瞬間だ。船でいつも履いているアーミーサンダルだったら爪が割れたに違いない。
足を退こうにもしっかり踏まれていてそれが出来ず、とりあえず食事を続けながら、おれは目の前の相手を観察した。
やっぱり、キッドはこっちを睨み付けている。
どうしてそうも睨まれているのか、おれには全く心当たりがない。
おれは先にあの島を出たが、その時だって円満に出てきたはずだ。
キッドの物を奪っていった覚えもないし、キッドのように悪名を轟かせているわけでもない。
おれの記憶にある数年前の見送りキッドは、今の目の前にある顔よりはもう少しかわいげのある顔でおれを見送っていてくれたはずである。
「…………何か用だったか?」
しばらく食事を進めて、どうにも睨まれる心当たりを見つけられなかったおれは、口の中身を飲みこんでからそう問いかけた。
それを聞いた途端に、キッドの双眸が鋭くなる。
ついでに言えば足先に力がこもって、先ほどより痛みが走った。
「てめェ……忘れてやがるのか」
「いや、覚えてるよ、キッド」
低い声で唸られて、訳も分からずそう言葉を紡ぐ。なぜならキッドの顔がとてつもなく怖いことになっていたからだ。
微笑んで見つめたおれの顔を睨んだまま、なら聞いてんじゃねェよ、とキッドが言葉を零した。
その足がそっと先ほど込めた分だけの力を抜いて、何やら詫びるようにぐりぐりとおれのつま先を踏みにじる。全くもって詫びられている気がしない。
とりあえず、おれはキッドの『用事』を知っていなくてはいけないようだ。
微笑みを絶やさぬまま、一体何のことだろうと思考を巡らせたおれの視界に、ふと金髪が割り込んだ。
長毛犬のような髪を揺らして店内へ入ってきた男は何とも恐ろしいことに顔を丸ごと隠す仮面をつけていて、思わずそちらへ視線が注目する。
向こうからこちらが見えているのかは分からないが、その顔はまっすぐおれとキッドがいる方を向いて、周囲からの注目など気にした様子もなくその足がこちらへ向いて歩き出した。
「キッド、ここにいたのか」
何だこいつ怪しいぞ、と思わず注視したおれの方へ向けて、男が言葉を放つ。
その声は聞き覚えのあるもので、おれは思わず瞬きをした。
「…………キラー?」
どう考えても、その声はあともう一人の幼馴染だ。
久しぶりだなナマエ、と仮面の向こうから言葉を放ち、キラーがキッドのとなりに佇む。
「お前も海賊になったのか……」
思わず呟いて、おれは目の前の相手を見上げた。
まあな、と返事をしたキラーのすぐ傍で、キッドが椅子を引いて立ち上がる。最後にもう一発、とばかりにぐりりっと踏みにじられたつま先が痛い。
「おいキラー、ナマエを案内してろ。おれは先に行く」
「ああ。いいのか?」
「すぐ戻ってこい」
そしてそんな言葉を交わして、キッドはそのまま店を出て行ってしまった。
赤い髪の怖い海賊の背中を見送ったおれの向かいに、今度はキラーが座る。
「キッドが心配なら、早くそれを食べてくれ」
急かすように言われて、おれは改めてフォークを持ち直した。
「別に心配はしてないが、あいつは一体どうしたんだ?」
人の顔を睨みに睨んで、更には足まで踏みにじっていった、相変わらずの理不尽な奴を示して言うと、目の前でキラーが肩を竦める。
「会えて嬉しいんだろう。やっと約束を果たせるしな」
「……嬉しかったらもう少し嬉しい顔をしてくれないとな」
「違いない」
あれは再会を喜ぶ幼馴染の顔じゃなかった、と声を零したおれの向かいで、キラーが頷く。
お前から見てもそう思えるなら相当だな、とそれへ笑ったところで、キラーの台詞に目を瞬かせた。
「……約束?」
どうやってかは分からないがおれの顔を見つめて、そうだ約束だ、とキラーが頷いた。
「まさか忘れたりはしていないだろう?」
「いや、まあ、もちろん」
問いかけられて、慌てて頷く。
それならよかったと返事をして、早く食べろと促すキラーに、おれはひとまず手を動かした。
しゃべらなくても済むよう口に食事を押し込みながら、どうにか頭を巡らせる。
キラーの言った約束というのは何だったろう。
どうも口ぶりからすると、おれがキッドに交わしたものであるようだ。
数年前の旅立ちの時には、そんな会話は交わさなかった。
おれを見送りに来たキッドはおれのことを睨み付けていて、先に海に出るおれがうらやましいんだと思ったから、『待ってるからな』と笑いかけてやった覚えがある。
海の上で出会ってもキッド相手に戦いを挑むつもりは無かったし、再会を祝って酒でも飲めたら楽しいだろうな、と思ったからだ。
おれの言葉にキッドは頷いて、あの日はそのまま別れたはずだ。
だとすれば、もっと前のことだろうか。
いくつかの料理を平らげて、最後に付け合わせの野菜を口へ入れてから、酢漬けだったらしいそれを噛み砕く。
『いつか絶対、おれのなかまにしてやるからな!』
そこで、そんな子供の声を思い出した。
まだゴミ山で拾ったロボットを掴んで歩くことの多かったキッドが、おれを見上げて言った台詞だ。なんて懐かしいんだろうか。
「終わったか?」
口の中身を飲みこみ終えたおれへ向けて、キラーが言う。
結局『約束』を思い出せないまま、ああ、とそれへ返事をしてフォークをトレイへ乗せると、なら行くか、と頷いたキラーが立ち上がった。
その手にトレイを奪われて、おれも慌ててそれを追いかけて立ち上がる。
「おい、片付けくらいできるぞ」
「気にするな。さっさと船に戻らないと、キッドがお前の船をどうするか分からんからな」
「おれの船を?」
「港にあったあの小さい船はお前のだろう」
そんな風に尋ねられて、意味も分からないまま頷いた。
港には貿易船がいくつかあるだけで、小さいと言える船は確かにおれのものだけだったからだ。
人に譲ってもらった船だが、船底から水位ぎりぎりまで鉄板を打ちこみ、座礁しづらくしてある何とも素晴らしい船である。
それがどうしたんだと尋ねるおれの前で、人垣を割りながらカウンターへトレイを乗せて、キラーがこちらを振り返る。
「今頃はもうこちらの船に積み込まれているだろうから、荷物がちゃんとあるかは点検してくれ」
「………………は?」
そんな風に言われて、おれは目を瞬かせた。
どういう意味だ、と見つめた先で、キッドと約束したんだろう、とキラーが笑っているような声を零す。
「観念して仲間になれ」
寄越された言葉の意味を理解するのに、しばらくかかった。
だってまさか、あんな小さな頃のことをずっと相手が覚えているだなんて、思うはずもないじゃないか。ついでに言えば、あれは『約束』じゃなくて『宣言』だ。
しかしキラーの言葉が真実だったということは、大きめのガレオン船の甲板に放り出された自分の船を見た時にしっかりと理解した。
悪魔の実とは、なんとも恐ろしいものである。
end
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