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構われたがり屋さん
※ロー不在
※主人公はNOTトリップ主


 ナマエはトラファルガー・ローが率いる海賊団のクルーだ。
 その身につなぎを着込んで、他のクルー達と同様に、ローを『船長』と呼んで慕う。
 そんな彼をペンギンもまた仲間だと思っていたし、同じように相手も思っていることだろう。
 仲間の趣味嗜好に口出しをしないのは、この潜水艦では当然のことだ。
 それほど奇天烈な嗜好を持つ者がいない、というのがそもそもの前提ではあるのだが、仲間と言えどもそれぞれが個々の人間であり、趣味も嗜好も違うのが当たり前なのだから、頭ごなしに否定などしたくない。
 だがしかし、とペンギンは思った。

「それは無いな」

「えー、何でだよ」

 首を横に振ったペンギンの横で、ナマエが頬を膨らませる。
 子供じみた表情をとっているが、彼がどう見たって成人男性であることをペンギンは知っているので、ガキみたいな顔をするな、とそれへ声を掛けるだけだった。
 ぶうぶうと声を零すナマエが座っているのは、それほど広くない潜水艦の中にある食事場所だ。
 ペンギンが今日の皿洗い当番で、対面型になっているキッチンの向こう側に設置されたカウンターに腰を下ろしたナマエが、ペンギンを自分の暇つぶしの相手にしているところだった。
 まだ船は浮上させないと船長たるローが言っていたので、暇を持て余した仲間達は他にも食堂の隅に座っている。カードゲームをしているらしく、時々騒がしくしているのがペンギンの耳にも聞こえた。

「いいじゃん、可愛いだろ」

「おれはそこに可愛さを感じない」

 口を尖らせて言葉を零すナマエへ、洗い終えた皿を拭きながらペンギンが返事をする。
 先ほどからペンギンとナマエが話している話題の中心は、『最近可愛いと思ったもの』だった。
 つい十数分前から始まった会話は、『恰好いいもの』からいくつかを経由して変化を遂げ、そしてついには女子供が好むようなものへと到着しているのだ。
 ちなみにペンギンが述べた『可愛い』ものは、ついこの間見かけた倉庫で昼寝しているシロクマ航海士の寝姿だった。殆どうつぶせに近い状態で寝込み、顎を床に擦り付けたベポが起きた時、その毛皮には寝癖のようなものが付いていたのである。
 それ可愛いなー! と嬉しそうに笑ったナマエがその後で話したものに、しかしペンギンが同意できなかったのは仕方の無いことだ。

「大体、船長は『かわいい』じゃなくてせめて『恰好良い』だ」

 きっぱりと言い放ち、ペンギンの手が皿の一枚を片付けた。
 そして次なる一枚に手を伸ばしたペンギンの向かいで、確かに恰好良いけど、とナマエが頬杖をつく。

「『恰好良い』からって『可愛くない』わけじゃないだろ? ベポだって、戦闘中は恰好良いじゃないか」

 そんな風に言われても、ペンギンには同意はしかねるのである。
 ナマエが『可愛い』として挙げた人物は、この船をその手に収める『死の外科医』の名前だった。
 それはすなわち、全身に刺青をいれ、目の下に隈をこしらえ、銘のある刀を携えて特殊な能力を振るい、戦い笑うトラファルガー・ローのことだ。
 耳に響く声もそのいで立ちも成すさまも、『可愛い』と呼ぶには遠いように感じる。
 首を縦に振らないペンギンに、むう、とナマエが口を尖らせた。

「船長だって、あれで結構子供っぽいところあるだろ。この間、寝ぼけシャンブルズしてたし」

「……何だそれは」

 何とも耳慣れない単語に、皿を拭いていたペンギンの手が止まる。
 それを見て、何だよ知らなかったのか、とどうしてかナマエは常識を説くような呆れた顔をした。

「ほら、おれが寝てる間に船長室に落ちてたことがあっただろ」

 おれのハンモックに船長の医療本が乗ってた奴、と続いた言葉に、ああ、とペンギンも声を漏らす。
 確かに一週間ほど前、そういった事案は発生していた気がする。
 ペンギンはその日は当番ではなかったので知らなかったが、見張り番でナマエと交代するはずだったクルーが、ナマエを探し回ったと聞いたような覚えがある。
 あの日は確か、どこかからナマエを見つけ出したローがナマエを廊下に蹴り出したと聞いていたが、どうやらその『どこか』とは船長室のことだったらしい。
 寝ぼけてシャンブルズしちゃったんだってよ、と続けて、ナマエが笑った。

「あとは、おれが昼寝してる時におれの腹の上に落ちて来たこともある」

「それは見たことがある」

 次にあげられた事例に、ペンギンは頷いた。
 久しぶりの浮上で、甲板には日光を浴びに出てきているクルー達も多かった。
 ペンギンもその一人で、風にあたって背伸びをしていた最中、甲板の端でだらしなく寝転ぶナマエを見つけたのだ。
 誰かが掛けてやったのか腹にはタオルケットが乗っており、遠目に見ても分かるほどに油断しきった顔だった。
 いくら手すりがあるとはいえ、何とも海賊らしくないその顔に、ちょっと腹でも踏んでちょっかいを掛けてやろうか、なんてことをペンギンが考えたちょうどその時、ナマエの腹の上からタオルケットが消えたのである。
 それとほぼ同時に、ペンギンもよく知る男がナマエの真上に現れて、どすりと容赦なくナマエの腹部へ落下した。
 突然のことにおかしな悲鳴を上げたナマエが、それから自分の腹の上にまたがる船長を見上げて、なんだ船長か、と呟いただけで終了したのも思い出す。

「あれ、痛くなかったか」

「いやもちろん痛かった。油断しきった頃に来るよなァ、あれ」

 しばらくは腹筋鍛えまくったぜ、とナマエがペンギンへ笑いかける。
 まるで同意を求めるようなその言葉に、おれは知らないぞ、とペンギンは肩を竦めた。
 似たようなことをされているナマエを、ペンギンは時々その目で見ている。
 ローの気分が向いた時だけ、ローはナマエへちょっかいを掛けるのだ。
 あの少し長い剣で足を引っかけていたこともあるし、ナマエが食べている食事を横取りしたり、酒を飲んでる最中に近寄って行ってナマエから酒瓶を奪い取ったこともある。
 そのどれもこれも、船長は仕方ないなあとナマエは許容してしまい、怒ったところなど見たことも無い。
 あの所業をナマエはどう思っているのか少し気になっていたのだが、まさか『可愛い』と評価しているとは知らなかった。

「あんなことされてるの、お前だけだ」

 だからこそそう言い放ったペンギンに、え? とナマエは目を瞬かせた。
 不思議そうなその顔に、お前だって見たことが無いだろう、とペンギンは言葉を続ける。
 それを聞いて少しだけ考えるようにして、ペンギンの言う通り思い当たる節がないと把握したらしいナマエは、もう一度不思議そうに首を傾げた。

「…………あれ? じゃあなんで船長はあんなことしてるんだ?」

「おれに聞くな」

 誰にも彼にもやると思っていたらしいナマエの言葉にそう答えながら、ペンギンが皿を片付け、次なる皿へ手を付ける。
 うーんと少しだけ唸って考え込み、しかし答えが見つからなかったらしいナマエは、まあいいか、と呟いて考え込むことを放棄したようだった。

「どっちにしたって、船長が可愛いのは変わりないしな」

「……いや、だから、その評価はどうなんだ」

「何だよ、可愛いだろ。構われたがる子供みたいで」

 島に置いてきた弟達みたいなんだよな、と続けるナマエは、そう言えば以前聞いた話によればたくさんの弟妹がいたらしい。
 稼ぎ頭だったろう長男の癖をして、島へやってきたトラファルガー・ローに惚れこみ、家族の後押しを受けて海賊になった稀有な男だ。
 自分の船長にその評価はどうなんだ、とため息を零してから、ペンギンの手がようやく皿を全て拭き終える。
 他にはしないあの行為をローがどういった考えでナマエへ行っているのか、何となく薄々は把握しているが故に、その口からはため息が漏れるばかりだった。



end


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