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ドフラミンゴと下っ端海兵
※主人公はNOTトリップ主


 おれが一体何をしたって言うんだ。
 おれは、暗い気持ちで部屋の前に佇んでいた。
 ここは海軍本部、もうじき海賊どもを招集しての会議が行われる。
 つる中将から聞いた話によれば、もうじき参加する王下七武海も到着する予定だ。
 どうせまた今回も鷹の目はこないんだろう。
 前に軍艦に乗っている時に奴と遭遇したことがあったが、邪魔だと言って軍艦を真っ二つにされてからというもの、あの黒刀を見るのが怖いので大歓迎だ。
 いや、今は鷹の目が問題なんじゃない。
 ため息を零して、ちらりと後方を見やる。
 何度見ても変わらぬ扉がそこにある。海軍本部内の賓客室の一つだ。
 グランドラインには大柄な人間も多いことから、その扉はとても大きく、中の調度品も大体が大型だ。
 ここは、もうじきやってくる王下七武海の一人をもてなすための部屋だった。
 そうは言っても、本来ただの海賊であったあいつらは、大体は用意した部屋を訪れない。
 絶世の美女である蛇姫は男を嫌って船を降りたがらないし、ゲッコー・モリアは死体を連れてくるので腐らせないよう特別な仕様になっているらしい船に物を運ばせることを好む。
 海軍に驚くほど協力的な暴君くまは静かに座って持っている本を読んでいることが多く、ほとんど微動だにしないせいか会議室へ一直線、基本的に一番端の椅子に座って会議が始まるのを待っている。
 海侠のジンベエは時間ぎりぎりまで海の上にいることが多い。そういえばこの間、ジンベエザメと戯れているのを見かけた。魚人にも魚と仲の良い奴はいるらしい。
 例外はアラバスタの英雄殿と、ドレスローザの国王陛下だ。
 それぞれがもてなされることを好むので、毎回海兵の中から身の回りの世話をする係までが選ばれる。
 それだって、サー・クロコダイルならまだ、ここまで陰鬱な気持ちにはならないだろう。

「……何でおれがドンキホーテ・ドフラミンゴの世話なんて……」

 低く呟き、もう一度ため息を零した。
 天夜叉の二つ名を持つあの海賊は、いつもにやにやと楽しげに笑って人にちょっかいを掛ける、なんとも迷惑な生き物だ。
 どうやら何かの能力者であるらしく、目に留まった海兵を好きなように操って困惑させ、戯れに斬り合わせる。
 原因がおれや他の海兵にはまったく分からないが、つる中将がドフラミンゴを諌めると途端に解放されるので、まず間違いなくあの海賊の仕業だ。
 今日はお前に頼むよ、と言われた時から憂鬱だったが、もうじきやってくるだろう王下七武海を思うと、ため息は口から漏れっぱなしだ。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴがどれだけ強い海賊なのかくらいは、おれだってちゃんと知っている。
 サー・クロコダイルも同様で、向こうなら不興を買わなければやり過ごせるのだ。
 しかし問題は、ドンキホーテ・ドフラミンゴが遊び好きで、つまらなければ周囲にちょっかいを掛ける性格であると言う事実だった。
 さすがに海軍本部の中で海兵を殺しはしないと思うが、五体満足で帰ることが出来るだろうか。

「……せめてサー・クロコダイルの方が……」

 ここから一棟離れた場所にある部屋を思い浮かべて呟いたところで、フッフッフ! と落ちた笑い声に体が震えた。
 慌てて顔を上げれば、通路の向こうを歩いてくる大柄な人影がある。

「何だ、今日はこの部屋か」

 楽しげに笑って言いながら、足を進めてきたのは誰がどう見てもドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
 背丈に見合った長さの足を交互に動かして歩く相手を見やり、おれは軽く姿勢を正した。上官だったら敬礼するところだが、相手は海賊だし、そんな必要も無い。もしも間違えてそんなことをしてしまって、しかも誰かに見られたら、明日のおれの末路は確実にマグマによる焼却処分だ。

「おつるさんが言ってたナマエってのはお前か」

 おれのすぐそばで足を止めて、ドフラミンゴが上からおれを見下ろす。
 常人より背丈のある相手にはいと返事をしてから、おれはひとまず扉を開いた。

「こちらがお部屋です。お飲み物を手配しますので……」

「ああ、それなら、おつるさんが手配したってよ。もうじきくるんじゃねェのか」

 とりあえずこの場から一度逃げ出すための口上を口にしたおれは、ドフラミンゴから寄越された言葉に思わず床を叩きたくなった。
 用意周到なのが我らが参謀の素晴らしきところなのだが、今回ばかりはその気配りがつらい。
 しかし、海賊の前でつる中将の文句を言っても仕方がないので、そうですか、と頷いてから相手を中へ促す。

「それでは、中でお待ちください」

「おう。お前も入れよ」

 一歩中に入ってすぐさま寄越された言葉に、いえおれは、と首を横に振ろうとした。
 しかし何故か体が強張り、目を見開いたおれに笑ったドフラミンゴが、その手を怪しくうごめかす。
 おれの意思と関係なく動き始めた体は勝手に室内へと入り、ついでに扉を閉じてしまった。
 その間に室内の上等なソファへ移動したドフラミンゴが、柔らかそうなそれに腰を下ろす。
 その時点でようやく体に自由が戻ったものの、室内に入ってしまったおれには逃げ出す理由すらも思いつかなかった。

「全く、最近の『会議』は頻繁すぎやしねェか? こうもおれを気安く呼びつけるのも、おつるさんぐらいなもんだぜ」

 楽しげな顔をして独り言のような言葉を零すドフラミンゴに、嫌なら来なければいいじゃないか、と言いたいのをどうにか堪える。
 ドフラミンゴは、会議への参加率がとても高い七武海なのだ。
 その見た目で律儀にもほどがあるというものだろう。もう少し鷹の目を見習ったらいい。
 はやく給仕が来ないだろうか、と通路へ意識を向けたところで、おい、と声が掛けられた。

「は、はい!」

 慌てて顔を向ければ、ソファに座ったドフラミンゴがひらりと手を振っている。

「そんなにビビらなくても、とって食ったりしねェよ」

 おしゃべりしようぜ、と楽しそうに言葉を寄越されても、何と返せばいいんだろうか。
 困惑するおれを見やり、ドフラミンゴが両手をソファの背に預けて足を組んだ。

「おつるさんのお墨付きだ、そりゃあもう楽しい話をしてくれるんだろう?」

「………………いえ、自分は……」

 つる中将はこの男に一体何を言ったのだ。
 今すぐ部屋を飛び出して直談判したい気持ちにかられつつも、それが出来ないおれは首を横に振った。
 おれの様子を楽しそうに眺めて、ドフラミンゴがフフフフと笑う。
 近くへ来いと命じられて、どうせ断っても無理やり『近くへ』移動させられることを把握したおれは、恐る恐るドフラミンゴへと近付いた。
 ソファのすぐそばで直立不動の体勢をとったおれを見上げて、ドフラミンゴが自分の傍らを軽く叩く。

「座るか?」

「いえ、職務中ですので」

 誘われて、おれはきっぱりと断りを口にした。
 海賊と仲良く並んでソファに座るだなんてこと、恐ろしすぎてできはしない。
 断られることは予想していたのか、大して気を悪くした様子もなく、ドフラミンゴが笑顔のままで口を動かした。

「それじゃあ、話せよ。会議が始まるまで時間があるだろう、退屈してんだ」

 ファミリーを連れてくりゃあもう少し時間が潰せたんだがな、とドフラミンゴは言葉を続けるが、幹部らしき部下まで連れてこられたら、この男の部屋の前を中将あたりが見張らなくてはならないので止めて欲しいものである。

「……おれには、楽しんでもらえるような話など出来ないのですが」

 ため息をこらえてとりあえずそう伝えると、あん? と声を漏らしたドフラミンゴがサングラスの向こうで怪訝そうな目をした。

「おつるさんが言ったんだぜ、そんなこたァねェだろう。おつるさんと話してる時と同じことでいいんだよ」

 つる中将は一体あんたの何なんだ。
 問いたかったがどうにか飲みこみ、少しだけ考え込む。
 確かにおれはつる中将と親しくさせて頂いていて、アンタと話すと退屈しないね、と微笑んで言って貰えることだってあったが、つる中将と交わした世間話をドンキホーテ・ドフラミンゴ相手にやってもいいんだろうか。
 むしろ、ひょっとするとそのせいで、今日のおれはこんな不幸な目に遭っているんだろうか。
 上司と仲良くするのも考えものだと結論付けて、とりあえずドンキホーテ・ドフラミンゴへ視線を戻す。

「つる中将とお話ししていることでよければ……ですが、きっと楽しくはないと思われますよ」

「そいつァおれが決めることだろうが。ほら、さっさと話せ」

「……分かりました、では……」

 先に前置いたものの、もったいぶってると判断したらしいドフラミンゴが凄むようにして急かしたので、ひとまずおれは、いつもの世間話を相手へ振ることにした。
 別に何か漫才の掛け合いをしたわけでもなく、ただ話していただけだと言うのに、何故かドフラミンゴは大笑いをしてソファに転がり、とても騒がしくなった。
 途中で入ってきた給仕が噂を広めたらしく、その日からおれは『ドンキホーテ・ドフラミンゴを呼吸困難にするほど笑わせることが出来る男』だと認定されてしまっている。
 それもこれも全部、笑いのツボが浅すぎる王下七武海のせいだ。きっとあの腹筋は笑いすぎて割れたに違いない。
 そして、おれにはよく分からないことで顔を真っ赤にして笑い転げ、ぜえぜえはあはあと息まで切らしていたくせに、それから毎回おれを『世話係』に指名するようになったドンキホーテ・ドフラミンゴは、ひょっとすると少しばかりマゾヒストの気があるんじゃないだろうかと思う。


end


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