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不覚の不幸
※名無しオリキャラ(新人クルー)注意?



 ナマエが少し変わった奴だと言うことを、マルコは知っていた。
 思えば、初めて会った時から変わっていたのだ。
 あの日、久しぶりの陸に浮かれて飲みすぎたマルコが泥酔した時、道端で眠ろうとしたところを保護したのはナマエだった。
 ナマエはどこかからその島へ流れ着いたいわゆるヨソ者であったらしく、誰も使わないで打ち捨てられた廃屋を自分の家とし、定職にも就けぬその日暮らしだったらしい。
 だとすれば酔っ払いを拾っている余裕も無いだろうに、目を覚ましたマルコに質素ながらも食事を振舞って、名を上げていた白ひげ海賊団の一員であるとマルコが名乗った後でも、怯えたりすることもなく『あんなところで寝たら風邪引くぞ』と説教までしてきたナマエを、マルコは気に入った。
 行く宛ても無いならと船へ誘ったマルコにナマエは失礼なことに盛大なため息を零したが、大人しく頷いてついてきた。
 それからずっと、ナマエは白ひげ海賊団にいる。
 ナマエは少し変わった男だ。
 ため息が癖で、いつでも深く浅く長く短く息を吐いている。
 どこかで聞いた迷信の通り、ため息のたびに幸せと言うものが逃げていくのだとしたら、今頃モビーディック号の中はナマエの中にあった『幸せ』で溢れてしまっているに違いない。
 更に言えば運の悪い方であるらしく、カードゲームをやれば負けやすく、物取り競争をすれば掠め取られやすく、くじをやっても当たったためしがなく、運試しをすれば大概の場合ではずれを引く。
 『俺はこっちだと思うから、マルコはそっちにしとけ』と言われてその通りにするたび、マルコは当たりを手に入れていた。
 当たりが分かるなら自分がそっちを取ればいいんじゃないのかとマルコが言うと、俺がはずれを引くから他があたりを引くんだと、ナマエは分かるような分からないようなことを言った。
 実際、マルコに譲ろうとしたほうをマルコがナマエへ引かせれば、それは大体の場合が『はずれ』なのだ。全く持って、運の無い。
 ナマエは、少し変わった男だった。

「はァ……」

 今日もまた、甲板でため息を零すナマエを見やり、マルコはてくてくとそちらへ近付いた。
 足音に気がついた様子で、ナマエがマルコのほうをちらりと見やる。
 縁に背を預けて佇むナマエへ並んで、マルコは笑った。

「今日も相変わらずしみったれた顔してるねい」

「これは地顔なんだ」

 マルコの言葉にそう応えて、ナマエが口元に笑みを浮かべる。
 それからその目が出来る限りの自然さを心がけた不自然さで逸らされて、マルコはほんの少しばかり肩を竦めた。
 ここ最近になって気付いたことだが、マルコが近くに寄ると、ナマエは大概の場合においてマルコから目を逸らす。
 別にマルコの顔には普通の目鼻や眉や髭がついているくらいで、そう怖い顔をしているわけでもないというのに、そんな風に目を逸らされてはつまらない。
 エースあたりなら、わざとらしくその視界へ回り込んだりもしているところだろう。
 けれどもそれほど若い行動も取れないので、マルコは大人しくナマエの隣に並び、同じように船へ背中を預けた。
 ナマエとはもう随分な付き合いになる。
 その間も毎回こうやって目を逸らされていたようだが、ナマエはいつも逃げ出したりはしないし、マルコを避けようともしないのだから、別に嫌われているということではないはずだ。
 だったらそれでいいと、そう思ってしまうくらいにはマルコはナマエと一緒に過ごしていた。

「そういえばマルコ、昨日の書類なんだが」

「ん、ああ、ナマエが出してた奴かい。もうオヤジまで回したよい」

 海賊らしくなくデスクワークが得意らしいナマエの言葉にマルコが返せば、そうか、ならいいんだ、とナマエが呟く。
 何か問題があったのかとマルコが少しばかり首を傾げると、それが視界の端に入ったらしいナマエが呟いた。

「実は、昨日書類の上にコーヒーを零したんだ」

「…………ん?」

「新しく書き写したんだが、誤字は無かったなら」

 ナマエの言葉に、マルコは少しばかり記憶を探る。
 今朝方確認したナマエからの書類は、言われて思えば確かに、少し紙が新しくなっていた気がする。
 一応マルコも読んだが、誤字は無かったかと聞かれると、自信は無い。
 だが、まあ海軍でもあるまいし、少しくらい誤字を残していたからって、誰もナマエやマルコを責めたりはしないだろう。
 それよりも問題は、ナマエが書類を汚したという事実だ。

「まァたコーヒー飲みながらやってたのかい。お前は零すから、やめろっつってんだろい」

「いや、俺もそのつもりだったんだが」

 呆れた声を出してマルコが見やった先で、ナマエが少し困った風に頬を掻く。
 ナマエは少しばかり運の悪い男だ。
 紙類を扱っているときに飲み物を手にしていれば、それで紙を汚す確率は五割を超えている。
 本人だってわざとやっているわけではないだろうし、別にマルコは困らないが、毎回毎回慌てて片付けているのはナマエなのだ。
 今度の書類だって、恐らく徹夜で仕上げたのだろう。よく見れば、少し眠たげな顔をしている。
 更に何かを言ってやろうとマルコが口を動かしかけたところで、ナマエさん、と明るく声が寄越された。
 それを聞いたマルコとナマエが視線を向ければ、慌てた様子で近付いてきたのはついこの間白ひげ海賊団に入った新入りだった。
 若い身空で『海賊になりたいんです!』と意気込んできた、今時見上げた若者だ。
 ナマエの横にいたマルコに気付き、慌てた様子で一礼した新入りは、それからその視線をもう一度ナマエへ戻した。

「ナマエさん、昨日は本当にすみませんでした!」

 そうして思い切り下げられた頭に、ナマエが笑って首を横に振る。

「ああ、いや、いいんだ。そっちだって俺のために差し入れてくれたんだから」

「だからって、だって、せっかく出来上がってた書類を、おれ……っ」

「大丈夫大丈夫、もう完成して提出してるから。なァ、マルコ」

 慰めるナマエへ本当に申し訳無さそうな顔をした新入りへ、そう言ったナマエがマルコを見やった。
 そのやり取りに、なるほど、と理解を示してマルコが頷く。
 どうやら、ナマエの書類をコーヒーで駄目にしたのは、この新入りクルーであるらしい。
 泥酔したマルコを拾ったことからも分かるとおり、ナマエはどちらかと言えば世話焼きなほうだ。
 だからだろう、新入りに懐かれることも多い。
 ナマエのためにと新入りが淹れてきたコーヒーは、恐らくはナマエの口へは入ることなく紙に吸われて消えたに違いない。

「もう確認も終わって、オヤジまで回覧もされてるよい。ナマエはいつもこうなんだ、そう気にするない」

「で、でも……」

 ナマエと同じく慰めるような声を出したマルコを相手に、新入りはまだ申し訳無さそうな顔をしている。
 マルコより随分若い新入りの頭に、ぽん、とナマエの手が乗せられた。

「いいからいいから。そんなに気にしてばっかりいると、マルコみたいな頭になるぞ」

「おいナマエ、そいつァどういう意味だよい」

「どうしても何か詫びたいっていうんなら、今度島に降りた時に、安い酒でも一瓶買ってくれ。弱い奴な」

「は、はい……!」

 失礼なことを言いながら動いたナマエの手にわしゃわしゃと頭を撫でられて、新入りが頷く。
 更に二三言を交わして、もう一度マルコとナマエへ頭を下げてから離れていった新入りを見送って、マルコは軽く肩を竦めた。
 ちらりと見やれば、船内へ向かって駆けていく新入りを見送って軽くため息を吐いたナマエの手が、ぶらりと降ろされている。
 新入りに対して、ナマエはまるで年の離れた実の兄のような接し方をする。
 白ひげ海賊団は全員が『家族』なのだからそれも当然と言えば当然なのかもしれないが、マルコや他の隊長格にはしないような仕草をするナマエを、マルコはいつも横で眺めていた。
 ナマエのそれがマルコへは向けられないのは、マルコがナマエにとって『新入り』ではなく、庇護する対象でもなく、大人ぶって接する相手でもないからだ。
 それは当然だ。マルコは一番隊の隊長で、一番隊の人間となっているナマエを、この船へ引っ張り込んだ本人なのだ。
 けれども何となく納得がいかないのは、正面からその顔を見上げていた新入りを前にして、ナマエが目を逸らさなかったからだろうか。

「……あー……ナマエ」

「ん? 何だ、マルコ」

 呼びかければ少しばかりその目がマルコのほうを見やるが、すぐにマルコの顔からは視線が外される。
 ナマエがマルコのことをまっすぐに見つめるのは、どちらかが座っていたり高いところにいたり、ある程度の距離がある時だけだ。
 ナマエは少し変わった奴だということを、マルコは知っている。
 当然だ。
 その程度のこと、知っていて当たり前なくらいは、一緒にモビーディック号へ乗っている。

「さっきの聞かなかったことにしてやるから、次の島ついたら久しぶりに酒に付き合えよい」

「……マルコの勧める酒は強いからなァ」

 下戸を相手に言い放ったマルコへ、ナマエは失礼にも盛大にため息を吐いたが、拒否はしなかった。


end


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