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ドフラミンゴとモブ海賊
※主人公はNOTトリップ主


 酒場で見かけたよそ者の海賊が人員補給をしようとしていると聞いて、おれが真っ先にそれへ飛びついたのは、いつか生まれ育った島を出たいと思っていたからだ。
 このご時世には珍しく『ワンピース』を求めていないという海賊団は、それなりに賞金首はいるものの海軍に追いかけられるほどでも無く、時々悪いことはするもののそれなりに居心地のいい船だった。
 求められていた人員は料理要員で、無事海賊の仲間入りを果たしたおれは、せっせと料理を作っては船長やクルー達に振舞いながら海を渡る日々を送っていた。
 船から降りるのだって食料の買い付けや息抜きが殆どだったし、おれは今まで、高額の賞金首と進んで関わろうとしたことは一度も無い。
 だというのにどうしておれの目の前に王下七武海が座っているのか、誰かその理由を教えてくれないだろうか。

「フッフッフ! いい食いっぷりだなァ」

 おれが座っているのと同じサイズの椅子なんて、その体格では座りにくいだろうに、気にした様子もなくその巨躯を椅子の上に落ち着けている目の前の大男は、誰がどう見たってドンキホーテ・ドフラミンゴだった。
 首にかかっていた賞金を『海軍側』にその身を置くことで取り下げた、今は確か天夜叉なんて二つ名がついている海賊だ。
 そんなに有名でも無いこの島に、どうしてこの男がいるのか、おれの頭ではまったく理解できない。
 せっかく、久しぶりに自分以外が作った料理を堪能できると思ったのに、口に押し込む肉の味気無さと言ったら無かった。
 せめてさっさと食べ終わらせて店を出たいのだが、中々に量が多い。
 頬を膨らませながら必死になって口を動かすおれの向かいで、ドンキホーテ・ドフラミンゴが頬杖をついた。
 体重を掛けたんだろう、テーブルがわずかに軋んだ音を立てている。壊れるんじゃなかろうか。

「お前、さっき向こうの店で食材を買い付けてたろう。どっかで店でもやってんのか?」

「……もあ」

 向かいから寄越された問いかけに、口に物を含んだままで曖昧な返事をする。
 確かに、この店へ入る前、食材屋で食材を買い付けていたのは事実だ。
 優しげな店主とあれこれ会話をしながら交渉して、随分安く買えて思わずニヤついてしまったのまでを思い出す。
 しかし、どこにもこの桃色の大男は見当たらなかったはずなのだが、どこでおれを見ていたんだろうか。
 そんなことを考えて観察した先で、ドンキホーテ・ドフラミンゴは笑ったままだった。
 何ともあくどそうな笑顔である。
 まあ、王下七武海に誘われるような高額賞金首の海賊だ。おれが知った時には王下七武海だったのでその悪行の度合いを知りはしないが、きっと酷いものだったに違いない。
 恐ろしい、と背中を冷やして、おれはとにかく目の前の皿の上の物を片付けた。
 味わいきれなかったのが残念だが、何とか食材を全て口の中におさめ終えて、片手で口元を抑えながら立ち上がる。
 金は先払いだ。食器を放置していくのは申し訳ないが、さっさと逃げよう。

「おいおい、待てよ」

 そう心に決めて歩き出そうとしたところで、どうしてか体の動きが止まった。
 顎だけは動くのでどうにか口の中身を噛みながら、おれは目だけでまだ椅子に座っている大男を窺う。
 おれの頭を簡単に掴めそうな大きな手の片方を上へ向けて広げながら、まだ頬杖をついているドンキホーテ・ドフラミンゴが口から歯をのぞかせた。

「そんなに慌てて逃げるこたァねェだろう? 傷付くぜ」

 まったくそんな風に思ってもいないくせに、そんな言葉を吐いたドンキホーテ・ドフラミンゴの指が、何かを手繰るようにうごめく。
 それに合わせて、何故か自由を奪われたおれの体が先ほどとは逆の動きをして、そのまま椅子の上へと逆戻りした。
 驚きと共に、ごくん、と口の中身を飲みこみ終える。
 何だろうか、これは。ひょっとして、ドンキホーテ・ドフラミンゴは悪魔の実の能力者だったんだろうか。初めて知った事実だ。

「…………あの、おれに用事が……?」

 恐る恐る、目の前の相手に問いかける。
 おれが一体何をしたと言うんだろうか。
 今すぐに走って逃げたいというのに、体は椅子に縛り付けられたように動かない。
 おれの言葉を聞いて、ああ、と声を漏らしたドンキホーテ・ドフラミンゴは、笑顔のままでその口を動かした。

「お前の店はどのあたりにある?」

 尋ねられて、へ、と口から間抜けな声が出た。
 おれの間抜けさも気にした様子なく、どこにあるか訊いてるんだ、答えろ、と促してくるドンキホーテ・ドフラミンゴは高圧的だ。
 怒っている様子は微塵も無いが、何でそんなことを聞かれなくちゃならないんだろうか。
 いや、それよりも、さっきのおれの曖昧な返事を『店を持っている』という方向に解釈しているということだ。否定したら騙したことになるんだろうか。
 汗をかきながら相手を見つめたおれの前で、どうした、と首を傾げてから、ドンキホーテ・ドフラミンゴはずっと上へ向けていた左手を降ろした。
 それと同時に、体を椅子に縛り付けていた何かが消えたのが分かる。
 しかし、そのまま逃げ出そうとしても同じことになることは目に見えていたので、椅子にはまだ座ったまま、おれは体を震わせることしかできない。
 ここは、正直に応えるべきなんだろうか。
 しかし、海賊ですと返事をしたとして、ドンキホーテ・ドフラミンゴがどういう反応をするのかが全く予想できない。
 一般人と判断してくれているようだが、いわゆる『同業』である海賊だと分かったら、おれに何をしても構わないと解釈してしまったりはしないだろうか。生きて船に戻りたいので、それは嫌だ。
 どうすればいいのか分からず口を閉じたままの俺の向かいで、どうした、と声を漏らしてから何かを考えるようにしたドンキホーテ・ドフラミンゴが、それから、ああ、と声を漏らした。

「そういや、聞いてなかったなァ」

「え」

「名前、なんてェんだ?」

 俺はドンキホーテ・ドフラミンゴだ、なんて分かりきったことを口にしてからこちらを窺う相手へ、おれは恐る恐る返事をした。

「……ナマエ、です」

「そうか、ナマエか」

 どうにか絞り出したおれの言葉をしっかり聞き取って、その口がおれの名前を紡ぐ。
 そして、それで、と言葉を続けて、ドンキホーテ・ドフラミンゴの目がまっすぐにおれを見下ろした。

「別に悪いようにするつもりはねェよ。なァナマエ、お前の店はどのあたりだ?」

 重ねての問いかけは、やっぱり意味不明なものだった。
 もしもおれが本当に店をやっているとして、その店に客としてくるつもりでもあるんだろうか。予約を取るなら電伝虫を使ってほしいところだ。
 どこか適当な店に責任を押し付けて逃げ出そうか、と頭の上にこの島で見かけたいくつかの店を思い浮かべたおれの前で、ああそれとも、とドンキホーテ・ドフラミンゴが口を動かす。

「やっぱり、店なんてやってねェか」

 面白がるようなその声音に、はじかれたように肩が揺れる。
 おれのその反応は、どうやらドンキホーテ・ドフラミンゴの言葉を肯定してしまったらしい。
 フフフフと独特の笑い声を零してから、ドンキホーテ・ドフラミンゴがゆらりと指を揺らした。

「ダメだなァ、ナマエ。うそをつくのはよくねェぜ?」

「いや、そんな、嘘なんて……」

「店をやってるわけでもねェんなら、あれだけの買い付けだ、仲間と一緒に民間船でも運行してんのか?」

 更に言葉を重ねてから、ドンキホーテ・ドフラミンゴがもう一度首を傾げる。

「それとも海賊か」

 尋ねているはずなのに、その声音が断定的なのははたしておれの気のせいだろうか。
 何も言えなくなったおれの前で、ドンキホーテ・ドフラミンゴはとても楽しそうに笑っている。
 もはや自分がどんな目に遭うかもわからず、せめてここまで船に乗せてくれていた船長たちにお別れぐらいは言わせてもらえないだろうかと色々と諦めて考え始めたおれの目の前で、ドフラミンゴが指を立てた。
 二本並んだそれに、目を少しばかり瞬かせる。

「お前に選ばせてやる」

 優しげにすら聞こえる声で、ドンキホーテ・ドフラミンゴが言った。

「おれをお前の船長のところに案内するか、それともお前の船長をここまで連れてくるかだ。他に選択肢はねェ」

「は……」

 何だろうか、その二択は。
 まさか、うちのあまり賞金額も大きくない船長のことを知っていて、そちらへ用事があるということだろうか。
 そう思って窺ってしまったおれを見て、まるでおれの心を読んだかのように、別に知り合いじゃねェよ、とドンキホーテ・ドフラミンゴが笑う。

「海賊にも通すべき筋はあるもんだ、分かるだろう、ナマエ」

「は……はあ……」

 囁く相手に、おれはひとまず曖昧に頷いた。どうやら、海賊一年生のおれには全く理解できない範疇のようだ。
 船長を呼びに行くふりをして逃げようかとも思ったが、それをして逃げのびることが出来る自信は、おれには無い。
 久しぶりの陸に喜んで飲んだくれている船長をここまで引っ張ってくるのは大変だろうし、だとすればおれが選べる選択肢は、一つしか存在していないような気がする。

「あの…………船長達に、おかしなことをしたりはしない……ですよね?」

 問いかけたおれへ、フフフフ、とドフラミンゴが笑う。

「当然だろうが。わざわざよその海賊に喧嘩を吹っかけるほど暇じゃねェよ」

 だから安心しろ、と続けられても全く安心は出来ないのだが、ひとまずおれは頷いて、目の前の大男を村から少し離れた場所に停泊させている船まで連れて行くことにした。
 それを後悔したのは、目の前で『おれ』を商品とした人身売買の交渉が行われてしまった時だが、すべては後の祭りというものだ。
 その値段が、おれの感覚では『高額』だったのが、せめてもの慰めだったのかもしれない。


end


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