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強制レンタル
※このネタより
※グロくないけどグロい?



 ベポは可愛い。
 繰り返す。ベポは可愛い。

「ナマエ〜、何してるの?」

「倉庫の整理だよ」

「へェ〜、手伝う?」

「嬉しいな、お願いできるか?」

「うん!」

 人の言葉を話す白熊に微笑みかけて、俺はどうにもならないこの気持ちを抱くように腕の中の毛布を抱きしめた。
 近寄ってきたベポがひょいと俺の横の荷物を抱え上げて、俺が先程同じものを運んでいたところへと運んでくれる。
 よいしょ、なんて声を零して荷物をおくその仕草がもう可愛い。
 ベポは可愛い。

「『シャンブルズ』」

 そんなことを考えていたら低い声が聞こえて、は、と気付いたときには俺が腕で抱えていた毛布が人体へと変異していた。
 目の前の黒い服に身を硬くして顔を上げれば、いつもの帽子を被ったどこぞの船長殿がにやりと笑っている。

「…………げ」

「何だ、随分な挨拶じゃねェかナマエ」

 傷付いた風にいいながらも、ニヤニヤと笑われてはまったく説得力がない。
 むしろ絶対に嘘だ。
 俺はそっと抱きかかえていた腕を引いた。
 そうして振り返れば、ついさっきまで俺がいた辺りに毛布と置物が落ちている。どうやら、今回は俺が場所を入れ替えられたらしい。

「あ、キャプテン」

「よう、ベポ。さっきペンギンが探してたぞ」

「え、なんだろ〜。ナマエ、おれいくね〜」

「あ、ああ」

 とりあえずローから離れて落とした毛布を拾いつつ頷けば、大きな荷物を運んでくれたベポはそのままぱたぱたと倉庫を出て行った。
 後に残された状態で毛布を畳みながら、はた、と気付く。
 しまった、今の俺達は二人きりじゃないか。

「……ナマエ」

「ああすみません用事を思い出しましたそれじゃあキャプテンまた明日」

 後ろからそっと名前を呼ばれて、すぐさまそれだけ告げて走り出した。
 けれども時既に遅く、後ろで呟く声がしたと思ったら、ぶうんと広がったサークルが俺の体を通り抜けて進んでいく。

「気を楽にしろ、すぐ終わる」

 寄越された言葉に思わず振り返った先で、ローは何時ものように楽しそうに笑っていやがった。







 この船に乗ったとき、俺にどんなメリットがあるのかを、確かここのクルーは切々と語ってくれていた。
 いわく、『衣食住が保証される』。
 確かにそうだ。
 むしろ俺も他のクルーもこの船に住んでいるのだから、衣食住が保証されていないのは困る。とんだ奴隷扱いになってしまうじゃないか。
 いわく、『強くなれる』。
 これはまあ、確かにあの島にいた時よりも戦闘スキルは上がっていると思う。
 なんたって海賊船だ、普通の商船よりも戦闘回数は多い。
 だから俺は護身術を習っている。不可抗力だが。繰り返そう、不可抗力だが。
 他だと、『潜水艦に乗れる』、『お揃いのつなぎが着用できる』。
 確かに、潜水艦なんてなかなか乗る機会も無いだろう。
 だが、わくわくするのなんて最初の三日程度だ。
 今? 太陽が恋しくてたまらない。
 つなぎは確かに着ているが、俺のは白だ。オレンジじゃない。
 後は、『自由に過ごせる』。
 まあ、大まかにおいてはそうだ。
 ただし、船からは出られない降りられないという一点が付きまとうが。
 ベポはさらに『いろんな島へいけるよ』と言っていたが、まだ二回しか上陸していないので『いろんな島』というほどの経験はしていない、と思う。
 そして最後のアレだ。

「ん? ナマエ、左腕どうしたんだ?」

 ため息を吐きながら歩いていたら、足元から声が掛かった。
 何とはなしに視線を落として、うわ、と思わず小さな悲鳴を上げる。
 ころんと転がった頭が、けらりと俺を笑った。

「何ビビってんだよ、毎回毎回」

「……生首がしゃべるのには慣れないほうがいいと思うんだ」

 頭部のみのシャチへ向かって言いながら、俺はその横に屈みこんだ。
 右手でひょいと持ち上げて、周囲を見回す。
 どこにもシャチの体が無い。

「ああ、ペンギンが集めてくれて、今他の奴らと食堂で組み立ててるみたいでさァ。後は頭だーって聞こえたから探してるかも」

「……そうか」

 平然とした言葉を寄越されて、ならばとりあえず食堂へ届けてやろうと判断した俺は、シャチの頭を持って足を伸ばした。
 ハートの海賊団の船長は、オペオペの実なんていう酷い悪魔の実の能力者だ。
 その能力によって、人を殺さずバラバラにできる。
 俺が知っているところまでの話だと、生きたまま心臓を取り出すことも出来たし、精神交替なんてオカルトなこともやっていた気がする。
 わざとなのかそうでないのかは分からないが、余計なことを言ってよくバラされているシャチの生首と対面するのは、これが初めてじゃなかった。
 時には這って行く手だけを見つけてしまったこともある。アレはホラーだった。
 人体の断面図なんて、できれば一生のうち一回だって見たくはなかった。
 この船にベポが乗っていなくて俺が賞金首になってしまっていなかったら、俺は最初の島に辿り着いたときに逃げ出していたと思う。
 
「それで、ナマエは左腕どうしたんだ?」

 食堂へ向かって歩く俺へ向けて、俺の右手の上からシャチが聞いてくる。
 寄越された言葉に、俺は自分の左腕があるべき場所を見た。
 長袖の先をゆらゆら揺らしているそこには、何も無い。
 先程、この船の船長に奪われたのである。
 切り取られたけれどもまだ繋がっている腕の感覚によれば、若干の重みを感じるので、この間のように勝手に枕にされているのかもしれない。
 実際、腕のみを切り取って枕にするのはすごく怖い光景だと思うんだが、ローは全くそういうのは気にならないようだ。さすがは外科医、恐ろしい精神力だ。

「……お宅のキャプテンに取られた」

「取り返しにいかねェの?」

 俺の言葉に、シャチが不思議そうな声を出す。頭が胴体にくっついていたら、首だって傾げただろう。
 それを聞いて、俺はやれやれとため息を零した。
 先程、倉庫で俺の左腕を奪い取った後の、ローの台詞を思い出したからだ。

「どした?」

 多分微妙な顔になったんだろう俺を見上げて、シャチが尋ねる。
 それには答えず、俺は辿り着いた食堂の扉を開いた。

「ペンギン、宅配」

「ん? ああ、良かった、丁度探してたんだ」

 俺の言葉にこちらを向いたペンギンと他のクルーが、俺の差し出したシャチの頭に顔を綻ばせた。
 どうやら、シャチの体を運ぶ手伝いをしていたらしいベポが、わあいと声を上げてシャチの頭を俺から受け取る。
 そのままそれが首なしだった体に装着されて、そこでようやく完全体のシャチがその場に誕生した。
 あんまりキャプテン怒らせるなよ、なんて会話を交わすクルー達を食堂の端から眺める。
 シャチが元に戻ったことを素直に喜んでいるベポは可愛い。
 繰り返そう。ベポはとても可愛い。

『返して欲しけりゃ、膝枕でもしに来い』

 ベポがもしもいなかったら、人の腕を没収してあんなにも嬉しく楽しそうな顔をする男の近くにこうして留まったりなんてしなかっただろう。
 はあ、と再びため息を零した俺は、わずかに左腕に感じた痛みに、どうやら腕の内側の辺りをローに噛まれたらしいことを理解した。
 口寂しいなら、飴でも舐めてりゃいいのに。
 そう非難してやりたいところだが、会いに行くのは何となくいやだったので、軽く左手の指を動かして抗議した。
 ちょっとひやっとする骨ばった何かに絡まれた気がするが、多分気のせいだと思う。



end


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