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喧嘩するほど仲が良い (1/2)


 それは、とある日のこと。

「うまいかよい」

「なあん」

 ぐるぐると喉を鳴らしつつ先ほどマルコが渡した干物にかじりつく巨大な猫に、そりゃあよかったねい、とマルコが笑う。
 もうじき辿り着く島への偵察帰り、マルコが持ってきた『土産』は、ナマエに気に入ってもらえたらしい。
 屈みこんで頬杖をついたマルコが、ぐるぐると唸りつつひたすら干物を噛む猫の頭にそっと手を伸ばしたところで、その動きを止めるように警鐘が鳴らされた。
 もうじき上陸できると浮足立っていたクルー達と共にマルコが顔を上げれば、見張り台にいるクルーの一人が右舷後方を指差す。
 敵襲だと叫ぶその声にも苛立ちが混じっており、端的にさらに寄越された情報で、マルコはわざわざこんな時に襲ってきた命知らずがあまり有名どころではないと言うことを把握した。
 しかし、売られた喧嘩は買うのが流儀だ。

「ナマエ」

「ん、なあ」

「ちっとケンカになるから、船内に入ってろい」

 マルコの放った言葉に、口で干物を咥えたナマエがひょいと立ち上がる。
 その目が少しだけ窺うようにマルコを見上げたので、心配するなとそれへ笑ってやってから、マルコは軽く両手を広げた。
 ぼぼぼと炎を纏いつかせたマルコに気付いて、今日は四番隊だろとクルーが声を掛けてくる。

「さっさと終わらせてえんだよい」

 そちらへ向けて言葉を放ってから、マルコは大きく広げた炎の翼をはばたかせた。
 見送るように見上げてきていたナマエが船内へ向かったのを確認してから、二度三度と羽ばたいて全身を炎で覆い隠し、不死鳥の二つ名にふさわしい姿となってからその視線を右舷の後方へと向ける。
 どうやら大砲を向けてきているらしいが、射撃が随分とへたくそだった。どぼんどぼんと海ばかり狙うそれに軽く息を吐いてから、体を回転させたマルコが敵船へと移動を始める。
 マルコに続いてクルー達がそちらへ移動するのを見下ろしながら、早く終わらせて船に戻ることだけをマルコは考えていた。







「……どういうつもりだよい、ナマエ」

「………………にゃあ」

 海戦が終わって辿り着いた島の外れで、停泊したモビーディック号内の一部屋に、マルコが仁王立ちで佇んでいた。
 その視線の先には、大きな体を横たわらせた大きな猫がいる。
 その右足には怪我があり、先ほど船医に巻いて貰った白い包帯が、何とも痛々しくその姿を飾っていた。
 ナマエのその怪我は、先ほどの海戦で負ったものだった。
 敵船を襲撃していたマルコとマルコを狙ってきた敵の海賊の間に、ナマエが割り込んできたのだ。
 どうやってそこまで移動してきたのかと驚いたマルコの前で鈍く悲鳴を上げて倒れたナマエの足に突き刺さっていた剣は、半分で折れて鮮血に塗れていた。
 慌てて勝負を急ぎ、倒れたナマエをすぐにそこからモビーディック号へと連れて戻ったのはつい二時間ほど前のことだ。
 白い包帯を邪魔そうに見やりながら体を横たえているナマエを見下ろして、マルコの口からはため息が漏れる。

「なんでおれを庇ったんだよい」

 人ならざる相手へ問いかけながら、マルコはじろりと目の前の猫を睨み付けた。
 マルコはナマエへ『船内に入れ』と言った筈だ。
 猫にしては賢く、人の言葉も分かっている節のあるナマエが、それを聞いていなかったとは思えない。実際、ナマエはあの時、一度は船内へ続く出入り口の方へと移動していた筈だ。
 問いかけににゃあとしか返事を寄越さないナマエを見下ろして、マルコは続けた。

「おれは不死鳥だ、怪我なんざさっさと治る。けどお前は違うだろい、ナマエ」

 痛々しい包帯ににじんだ赤は、ナマエの傷から染み出た色だ。
 筋を傷つけたりはしていないようだが、しばらくは安静にしていた方がいいだろう。マルコの眉間に皺が寄る。

「おれなんて、庇わなくていいんだよい」

 きっぱりとはっきりと、時たま『家族』に向けるのと同じ言葉を吐いたマルコに、ナマエがわずかに目を眇めた。
 その目が非難がましくマルコを見上げて、それからふいと顔が逸らされる。
 その態度に、更に言葉を言い募ろうとしたところで、マルコの後ろでかちゃりと扉が開かれた。

「まァまァ、そう怒るなってマルコ」

 扉の向こうでマルコの説教を聞いていたのか、顔を覗かせたサッチに、じろりとマルコが視線を向ける。
 何口挟んでんだよい、と唸ったマルコへ、口をはさみたくもなるだろと肩を竦めたサッチが扉をそのまま開け放った。

「大体、お前が無茶な戦い方をするからだろ。さっきだってそうだろ、何刺されようとしてんの、おれもびっくりだよ」

「刺さったのを捕まえたほうが早かったろい」

 サッチの言葉へ、マルコが反論する。
 先ほどの海戦で、奇声を上げてマルコへ飛びかかって来たあの海賊は、恐らく周囲が瞬く間に倒されたせいでパニックを起こしたのだろう、がむしゃらに剣を振り回していて、近付くのが少し面倒な相手だった。
 めちゃくちゃなその太刀筋を読み切って中へ踏み込んでも構わなかったが、向こうが先に近寄ってきたので、そのまま捕まえてやろうとしたのだ。
 相手の切っ先はマルコの腹部を狙っていたが、不死鳥の名を持つマルコにそんな攻撃を仕掛けるほどに冷静さを失っていたらしい相手に、マルコはため息も出なかった。
 好きなだけ刺させてやって、そのまま取り押さえようと思ったマルコの体と相手の剣の間に、どうしてか飛び込んできたナマエを視認した時、血が凍ったように感じたことまでを思い出して、マルコは低く声を絞り出す。

「おれはすぐに治るんだから、そのくらい、」

 紡いだ言葉の途中が止まったのは、マルコが足に何かの接触を感じたからだった。

「……ん?」

 思わず声を漏らして下を見たマルコの目に、自分の片足に顔を寄せているナマエの姿が映りこむ。
 ついでに言えばその口は大きく開いていて、あぐ、とマルコの目の前でその足首がナマエの口の中へと納まった。

「……ナマエ、何してんの?」

 マルコと同じく下を見やったサッチが、困惑したようにマルコの心情を代弁する。
 けれども口を自主的にふさいでいるナマエの口からは鳴き声も漏れず、ただひたすらあぐあぐとマルコの足をかじっていた。
 両足で抱えるようにしながらのその攻撃に、マルコが軽く首を傾げる。
 まったく痛みが無いのは、ナマエがその攻撃を甘噛みで行っているからだ。確かに歯の当たる感触はあるが、ただそれだけである。
 マルコの表情で痛みを感じないことにも気付いているのだろう、不思議そうにサッチが首を傾げて、腹でも減ってんのか、と口を動かす。
 それを否定するように、じろりとサッチを見やったナマエは更にマルコの足を噛んだ。
 長い尾が、不機嫌にびしばしと揺れて床を叩いている。
 やや置いて、それがナマエからの精一杯の抗議だと判断し、マルコは改めて腕を組んだ。

「ナマエ、何でお前が怒ってんだ」

 怒りたいのは、目の前で無茶をされたこちらの方だ。
 そう告げたマルコの足元で、大きな猫が身じろぎをする。
 その口がマルコの足を離れて、両前足も離れ、巨躯がそのままのそりと起き上がった。
 怪我した片足をひょいと少しだけ浮かせてから、ナマエの双眸が真下からじろりとマルコを見上げる。

「…………にゃ!」

 短く鳴き声を上げて、つんと顔を逸らしたナマエは、そのままのそのそと歩き出した。
 おい、とマルコが声を掛けても気にせず部屋の外へと出て行ってしまったナマエに、マルコは軽くため息を落とす。
 ナマエが出て行ったのを見送り、通路の向こうへと歩いていくのまで確認してから、顔をマルコの方へと戻したサッチがあーあと声を漏らした。

「行っちまったな」

「……怒られたからって、何拗ねてんだよい」

 呟いたマルコに、拗ねてるっていうかよ、とマルコを見やったサッチが、軽く笑う。

「あいつだって、お前のこと心配したんだろ」

 猫相手にこんなこと言うのもどうかと思うけどよー、と声を漏らすものの、マルコを筆頭にナマエを『変わった猫』として扱う一人であるリーゼントの彼は、マルコの方へと近寄って、先ほどまでナマエが寝そべっていたあたりにひかれていた毛布を手に取った。
 猫の毛があちこちについた少々上等なそれは、ナマエが怪我をしたと聞いて慌ててハルタが持ってきたものだ。軽く広げてから折り畳んだそれを、室内の端へと移動させる。

「焦って飛び出してきてたじゃねェか」

 二時間以上も前のことを持ち出したサッチに、マルコは顔をしかめた。
 確かにサッチの言う通り、マルコとあの海賊の間に割り込んできたナマエは必死な顔をしていた。
 つい先ほどまでマルコからの土産をかじって幸せそうな顔をしていたくせに、と思えば少しだけくすぐったいものを感じる。
 恐らくナマエは、マルコからの『土産』を船内のどこかに隠して、すぐにまた外へと出てきたのだろう。

「危ないことして叱るんだったら、お前だって危ねェことしてんだから、お前だって謝る必要あると思うけど?」

 そんな風に言葉を置いてから、マルコの方へと向き直ったサッチが、さあ、とばかりに両腕を広げた。

「もちろん、心配したおれらにもな!」

「お前らは知らねェよい」

 何年の付き合いだと思ってるんだ、とそちらを見やって言い放ったマルコに、酷い! とサッチがわざとらしく声を上げる。
 それを無視して目を逸らし、マルコは通路へ続く出入り口を見やってから軽くため息を吐いた。

「…………仕方ねェな」

 猫を相手に意地を張っても仕方がない、と軽く頭の後ろを掻いてから、マルコの足がその場から歩き出す。
 まあご機嫌取り頑張れよー、と見送られて、マルコは先ほどナマエが歩いて行った方向へとその足を向けた。
 けれどもナマエは船内のどこにも見当たらず、どうやら珍しく島へ降りたらしい、とマルコが把握したのはそれから十数分後のことだった。







 シャンクスは、名残惜しく久しぶりの陸を踏みしめながら足を動かしていた。
 明日の朝には出発すると言う取り決めをして、今は船へ戻るところだからだ。
 街から離れた場所に停泊させている船が見えたところで、その耳を何かの音がくすぐって、ん、と声を漏らしたその足が立ち止まる。
 みい、と響く少し高いそれはどうやら動物の鳴き声のようで、何かいるのか、とのんきに茂みを見やったシャンクスの視界で、がさりと茂みがうごめいた。

「……お?」

 そうしてそこから現れた生き物に、おや、とシャンクスは目を丸くする。
 どう見ても虎ほどの大きさのその『猫』を、シャンクスは知っていた。
 つい先日遭遇した彼はナマエという名で、白ひげ海賊団の『家族』だ。

「ナマエじゃないか」

 思わずそう声を掛ければ、自分の名を拾ったらしい耳がぱたりと動いて、茂みから出てきた格好で動きを止めたナマエの顔がシャンクスを見やった。
 不思議そうなその顔に笑ってから、シャンクスがそちらへ近付く。

「何だ、この島には白ひげも来てるのか? 気が付かなかったな……っと……何乗せてるんだ?」

 笑いながら猫相手に言葉を紡いだシャンクスは、ふとナマエの背に何かが乗っていることに気付いて目を丸くした。
 みい、とそれに返事をするように鳴き声を零した『何か』が、ナマエの背の上でもぞりと動く。
 小さな四肢で必死にナマエの背にしがみ付いている様子のその生き物は、シャンクスの掌に収まりそうなほどの大きさの仔猫だった。目は開いていて、必死になって何かを求めるような鳴き声を上げている。

「……生んだのか?」

 思わず尋ねたシャンクスに、ナマエが何とも言えない顔をする。
 そんな顔するなよ言ってみただけだろう、とそちらへ向けて笑ってから、シャンクスはひょいとナマエの背中の上から小さな仔猫を持ち上げた。
 触れられてみいみいと悲鳴を上げた小さな猫が、そのままシャンクスの手の上でもぞもぞと身じろぎ、体を捻る。

「おっと」

 片手で支えきれないと判断したシャンクスがそのまま仔猫を胸で抱くように引き寄せると、するりとシャンクスの手から逃げ出した小さな猫の体は、前が開いているシャンクスの服の中へと納まった。
 さらにもぞもぞと身じろいでから、落ち着いたのか動きを止めた相手を見下ろして、シャンクスはその視線をナマエへ戻した。

「拾ったのか」

「なあん」

 シャンクスが呟けば、ナマエが鳴き声で返事を寄越す。
 ナマエの鳴き声の意味を肯定と判断して、そうかそうかとシャンクスも頷いた。
 その手がそっと自分の服に侵入したままの仔猫を支えるように服へと添えられて、ちらりとその目が服の中の仔猫を見やる。
 案外可愛いな、なんて言葉を呟いたシャンクスの前で、ナマエが何かに気付いたようにその目を見開いた。

「にゃあん」

 そうして鳴き声を上げられて、シャンクスの目がもう一度ナマエへと戻される。
 それを見返して額をシャンクスの膝辺りに二度三度と押し付けたナマエは、そのままそっとシャンクスから離れた。

「あ、おい、こいつはどうするんだ」

 そろそろと足を動かしながらそのままどこかへ行こうとしていると気付いて、シャンクスが慌てて声を零す。
 それに対して猫はにゃあと返事をしただけで、更に一歩二歩と離れた相手に、シャンクスは少しばかり首を傾げた。

「…………まさか、こいつをおれに飼えって?」

「なあん」

 問いかけたシャンクスへのナマエの返事は、先ほどの鳴き声と同じだ。
 これはやっぱり肯定か、と把握してから、シャンクスは軽く首を横に振ってナマエへと近づいた。
 そっと手を服の中に入れて仔猫を掴みだそうとすると、それに気付いたらしい仔猫がみいみいと悲鳴を上げる。
 ついでに言えばまだうまく使えないのだろう爪を服と腹に立てられて、くすぐったいそれに笑ったシャンクスが仔猫を掴んだままでナマエを見下ろした。

「お前が拾ったんだ、そっちで飼う方がいいだろう」

 尋ねたシャンクスへ、にゃあ、とナマエが返事をする。
 ぱたりと尾を振ってからのそれに、どうやら連れて帰るのはイヤらしい、と判断したシャンクスはううむと声を漏らした。
 賢い猫であるらしいナマエも、縄張り意識と言うものはあるのかもしれない。しかし、そうだとして、こんな小さな仔猫を相手にそう目くじらを立てるようなことがあるのだだろうか。
 何がいやなんだ、と尋ねては見ても鳴き声しか零せないナマエから返事がある筈も無く、うーむと少しばかり考えた後で、シャンクスはふとナマエの後ろ脚に包帯が巻かれていることに気が付いた。
 よくよく見れば、赤い色がにじんでいる。

「……ナマエ、お前怪我してるじゃないか」

「なあん」

 呟いたシャンクスに、ナマエは軽く鳴き声を零した。
 何ということは無い、と言いたげにしているが、そういえば先ほど少し歩いた時も、少々歩き方がおかしかったような気がする。
 そんな状態で外出するなよ、と呆れたように言葉を落としてから、シャンクスはそのままナマエの傍らに屈みこんだ。
 近くなった猫の顔が、正面からシャンクスをじっと観察している。
 同じように見つめ返してから、シャンクスが言葉を零した。

「……もしかして、お前、家出でもしてるのか?」

 そっと落としたシャンクスの言葉に、ふい、とナマエが目を逸らす。
 何とも分かりやすいその様子に、珍しいなとシャンクスは笑った。
 シャンクスはナマエと会ったことなどまだ一回しかないが、彼が白ひげ海賊団の一員としてあのモビーディック号に乗っていることはちゃんと知っている。
 『家族』を大事にする白ひげ海賊団の一員が家出をしているだなんて、面白い話もあったものだ。
 喧嘩でもしたのか、と尋ねてみてもナマエは返事を寄越さないが、その尾が苛立たしげに揺れているので、まず間違いはないだろう。

「まァまァ、落ち着け」

 分かりやすく不機嫌をあらわにする猫へそう言ってやりながら、シャンクスはそっと懐の仔猫から手を離し、そのままその手でぽんとナマエの頭を撫でた。
 よしよしと頭を撫でれば、気持ちがいいのか、ぐるぐるとナマエが鳴き声を零して、尾の動きがゆったりとしたものになる。
 別に猫が特に好きだと言うわけでも無いが、懐で眠っている猫の処遇は、一度船へ戻ってから決めることにしよう。
 そんな風に決めたシャンクスが頭を撫でていた手の動きを止めると、目を細めていたナマエの手がぱしりとシャンクスの腕を捕まえた。
 爪も出さずに手を掴まえてきた相手に笑ってから、シャンクスは誘い言葉を紡ぐ。

「それじゃあひとまず、お前もうちの船で休んでけよ。その足じゃ疲れただろうし、たまにはよその飯を食うのもいいもんだろう? こいつのこともあるしな」

 優しげに聞こえるシャンクスの言葉に、ぱちりとナマエが一つ瞬きをした。






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