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秘事は睫毛
※マルコがある日突然幼児化(中身も)したら?
※名無しオリキャラ注意



 猫と言うのは、意外と表情の豊かな生き物なのかもしれない。
 目の前のものを眺めて戸惑ったように固まっているナマエを見ながら、サッチはそんなことを少しばかり考えた。

「おっきーねこさんよい」

 驚いた顔をしたマルコが、そんな風に言葉を紡ぐ。
 サッチとは同世代の男が発するには子供じみている台詞だが、今のマルコの見た目が、それをよしとさせていた。
 成人していたはずのマルコは、見た目も頭の中身も小さくなってしまっているのだ。
 原因は少し前に海戦を挑んできた命知らずな海賊で、狙われた白ひげを庇ったマルコがいつものように攻撃をその体で受け止め、そして小さくなって落ちてきた。
 驚きながらもクルー総出で叩きのめし締め上げたその男曰く、トシトシの実なる悪魔の実の能力のまがい物を込めた弾丸を使ったらしい。
 本当にただのまがい物だから一週間ほどで元に戻るらしいが、それまでの間、マルコは『小さい頃のマルコ』としてこのモビーディック号で過ごしていくことになった。
 元に戻った段階で『小さい』状態だった頃の殆どの記憶が消えるらしいが、だからと言ってまさかマルコの『家族』である白ひげ海賊団が小さなマルコを船室に閉じ込めておくわけが無い。
 幸い、小さい頃からそこそこ物分りが良かったおかげで、マルコは船医から説明された自分の状態を把握したらしい。
 そして、これから勝利を祝う宴を用意しようという段階で、海戦の間ずっと昼寝をしていたらしいナマエが倉庫から出てきたところと遭遇したわけだ。
 ナマエはマルコが拾ってきた猫だ。
 最初の頃はただの子猫だったが、どうやら少し特殊な種類だったらしく、今はとても大きな体になってしまっている。後ろ足で立ったら、サッチと並ぶかそれ以上かもしれない。
 マルコの頭より大きな顔を近づけて、ふんふん、とナマエがマルコのにおいを嗅いでいるのを見やり、サッチが笑った。

「あー、ナマエ、そいつァマルコだからな。食うなよ?」

「なあん」

 サッチの言葉へ返事をするように声を漏らしたナマエに、マルコが首を傾げる。

「ねこさんはマルたべるよい?」

「にゃあ」

「たべないよい?」

「なあん」

 会話のように言葉と鳴き声を交わして、ナマエの体が小さなマルコへするりと寄せられる。
 いつもの姿だったらくすぐってェよいと笑うだけのマルコは、けれどもナマエからのすりつきに耐えられずその場にとすんとしりもちをついた。
 小さなマルコの体に大きな体を巻きつかせるようにさせて座り込み、ナマエがマルコの背中側からマルコのほうを覗き込む。
 不思議そうな顔をしたマルコがその手でくいとひげを引っ張ってみても、怒ったりする気配もない。
 ナマエは普通の猫とは思えないほどに賢い猫だ。サッチの言葉を理解して、自分が寄り添っているその子供が自分の飼い主なのだと分かったのかもしれない。
 それとも、ただ単に今のマルコが『子供』だからだろうか。
 よく分からないが、宴の用意を始めたクルー達に気付いてうろちょろし始めていたマルコを捕まえていてくれるのは正直ありがたい。
 しかし、出来れば違う場所でお願いしたい話だ。
 そう判断したサッチは、廊下の真ん中で座り込んだナマエとマルコに肩を竦めた。

「ナマエ、マルコ連れて甲板へいけ、甲板に」

 お前の尻尾を踏んじまうぞと言って脅かすように足を上げれば、それに反応したナマエがくいと自分の長い尾を体のほうへと引き寄せる。
 酔ったサッチがその尾の先を軽く踏んでしまったのはもう三ヶ月も前のことだと言うのに、どうやらまだ覚えているらしいナマエの視線には非難がましいものが含まれていた。
 やはり、猫は意外と表情が豊かな生物のようだ。
 そんなことを考えてサッチが見下ろした先で、座り込んだばかりだったナマエがひょいと立ち上がり、すぐ横に座り込んだままだったマルコにその大きな顔が近付く。

「よい?」

 そしてぱくりと服の背中辺りを咥えて持ち上げられ、マルコの口から戸惑ったような声が上がった。
 親猫が子猫を運ぶように、ぷらんとマルコを口からぶら下げて、ナマエがそのまますたすたと廊下を歩き始める。向かう方向からして、素直に甲板へと向かうらしい。
 足を伸ばせば床へ着くだろうし、抵抗を示せば簡単に解放されるだろうが、何が面白いのかマルコはきゃふきゃふと笑って手と膝を曲げ、されるがままにナマエに運ばれていってしまった。
 一人と一匹をその場で見送った格好になったサッチも、とりあえず本日の宴の用意をするためにきびすを返す。
 とりあえず、まずは酒樽だ。
 そう思って倉庫へ向かったサッチは、入り込んだ倉庫で一つ酒樽を抱えてみてから、そこにある酒の量にううむと小さく唸った。
 他の倉庫にも在庫はあるし、じきに次の島へ着くと前に聞いているから、ここにある分の酒は出してもいいだろうか。
 いつもなら他に相談してから決めることだが、生憎とサッチの相談相手は現在お子様となっている。
 少しばかり考えて、まあいいか、とサッチは一人結論を出した。

「あれ? サッチ隊長?」

「お、ちょうどいいところに来たな」

 とりあえず誰か人手を呼ぶかと倉庫から顔を出したところで現れた男に、サッチの顔がにまりと笑みを浮かべる。
 一番隊の平クルーである彼はサッチの言葉に不思議そうな顔をしたが、酒樽を抱えているサッチに気付いてその目をきらきらと輝かせた。
 さすがに酒好きの船長が乗る船にいるだけあって、白ひげ海賊団のクルーは大概が酒好きなのだ。

「誰か他にも人呼んで、全員でここの酒を全部甲板に運んでくれよ」

「え、全部ですか!」

「当然だろ、オヤジやおれらが一樽で足りるか?」

 クルーへ頷いたサッチが言えば、分かりました、と弾んだ返事を寄越した男が仲間を呼ぶために廊下を駆けていく。
 元気で良いことだとそれを見送って、倉庫を出たサッチは次なる目的地へと向かった。
 酒を運ぶ手はずが出来たなら、次は料理だ。宴に食事は欠かせない。
 覗き込んだ厨房では既にサッチの指示を受けていたクルー達が料理をしていて、たくさんの大皿に料理が盛り付けられていた。

「これ、先に運ぶぞー」

「はい、お願いします!」

 サッチの声を受けて元気よく返事を返したクルーへ頷き、サッチの手が手近だった大皿を手にする。
 そのまま足元もふらつかせること無く甲板へ戻ると、現れたサッチに気付いたらしい小さなマルコが甲板端の積荷の陰から飛び出してきた。

「サッチー」

「もうすぐ飯だからもうちっと待ってろよ、マルコ。いっぱい食ってはやく大きくならないとなあ」

「マルだってすぐおおきくなるよい!」

 ナマエを伴ってすぐに寄ってきたマルコの横で料理の皿を置けば、マルコはそんな風にきっぱりと言い放つ。

「イッシューカンのシンボーよい!」

 果たして意味を分かっているのかいないのかは分からないが、船医の言葉をそのまま真似たマルコにそうかそうかと頷いてから、サッチは軽く首を傾げた。
 先ほどまではつけていなかったはずだが、どうしてかマルコはハンカチのような布を前掛けにしている。
 きょろりと周囲を見回してみるが、まだ白ひげもやってきていない甲板は宴の用意で忙しく、マルコを構っていた人間もいそうにない。
 食事を挑むに当たって服を汚さないようにしようとは殊勝な心がけだが、自分でそういうことをするタイプの子供では無かった事を、サッチはよくよく知っていた。

「マルコ、どうしたんだ、それ」

 だからこそ訊ねてみると、大皿の端に乗ったからあげをひょいと摘んだマルコが、あーんと大きく口を開けてそれを頬張りながら答える。

「らっひひへほらっはほい」

「……つまみ食いするな。まだダメ。メッ!」

「いはい!」

「にゃー」

 行儀悪く食べ物を食べながら口を動かしたマルコへサッチが注意すると、額にぱちんと一撃を浴びたマルコが悲鳴を上げて、傍らのナマエが非難するように鳴き声を漏らした。
 それでももぐもぐ口を動かしたマルコが痛いよいとナマエへ抱きつけば、ナマエの尾がマルコに絡んで、サッチとマルコの間にその大きな体が割り込む。
 マルコを庇うその様子にため息を零してから、サッチの手が皿から離れる。
 もぐもぐ噛み締めたからあげをようやく飲み込んで、マルコがナマエから体を離してサッチを睨んだ。

「サッチ、ひどいよい。さっきナマエが、これつけたらごはんたべていいんだっていってたよい! だからつけてもらったのにっ」

「猫はしゃべりません。はい、変な言い訳してないで離れた離れた」

 次なるからあげを狙いながら下手な言い訳を口にする子供へ、サッチがしっしっと動物を追い払うような仕草をする。

「それに、飯はみんなで食うから美味いんだろうが。つまみ食いするだけとオヤジと一緒に食べるの、どっちがいい?」

「…………オヤジとたべるよい」

 更にサッチが言葉を落とせば、マルコはそんな風に呟いてむうと口を尖らせる。
 その体に触れたナマエの尾が、ぱたりと揺れてマルコを慰めるように撫でる。
 後もう少しだから大人しくしてろよな、と小さな頭を軽く撫でてやって、サッチはすぐに屈んでいた身を起こした。
 今はとにかくさっさと料理を運ばなくては、宴が始まらない。

「ナマエ、マルコがつまみ食いしないようにちゃんと見張ってろよ。……お前もつまみ食いするなよ? まだ熱いからな」

 食い意地の張った一匹と一人へそう言葉を落として、サッチはすぐさま船内へと駆け戻る。
 オヤジと食べる、と言ったマルコはそのままナマエと共に大人しく料理の横で待機していたらしく、からあげの被害は一個で食い止められていた。
 オヤジの効果は偉大である。
 そして、甲板での宴の間もマルコに寄り添っていたナマエは、それからマルコが元に戻るまでの間、おはようからお休みまでずっとマルコにべったりだった。
 猫の身でありながら自分の飼い主を心配しているらしいナマエの様子に、涙もろいクルー達が酒に任せて感涙していたのはここだけの話だ。


end


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