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口は災いの門 (1/2)



「……どうしたんだよい、ナマエ?」

「なあん?」

 後ろをついて歩いてきた猫を見下ろして、マルコは首を傾げた。
 それを見上げた獣が、マルコと同じほうへと首を傾げる。
 マルコが心酔する偉大なる海賊を船長に据えた白ひげ海賊団のモビーディック号が、この島へとたどり着いたのは昨晩のことだった。
 いわゆる『白ひげのナワバリ』ではないが、それなりに海賊を歓迎する島であったらしく、さらに言えば有名なジョリーロジャーを掲げたモビーディック号に驚く島民はあれど、顔をしかめる者は見当たらない。
 そんな島へとたどり着いたと騒いだクルー達が我先にと島へと上陸したのを見送って、己の仕事を片付けたマルコが仮眠をとってから島へ降りた時、太陽はすでに真上へと昇っていた。
 つい先日の海戦で手に入れた宝を換金しようかと足を動かしたマルコがその歩みを止めたのは、船から降りた自分の後ろをついてくる気配を感じたからだった。
 マルコが見下ろした先の巨大な猫である『ナマエ』は、島へたどり着いても基本的にはモビーディック号を離れない。
 もちろん例外はあるし、まるきり船に閉じこもりでいるというわけではないのだが、どうやらモビーディック号を『ナワバリ』として意識しているようである。『ナワバリ』というのは守るべきものなのだから、そう留守にしてはいられないのだろう。
 そのナマエが、どうしてか町中へ向かっているマルコの後ろを追いかけている。

「…………ついてくる気かよい?」

 戸惑ってマルコが尋ねると、にゃあ、とナマエは答えるように鳴き声を放った。
 ぱた、ぱたと軽く尾を揺らしてからその足が動いて、マルコの足へと回り込むように擦りついた。
 するすると滑る毛皮を素足に感じて、くすぐってェよい、とそれに少しばかり笑ったマルコが、まあいいか、とやや置いて息を吐く。

「まあなんてこたァねえと思うが、迷子になんなよい」

「なあん」

 当然だ、と言いたげな猫の鳴き声を聞いて、マルコは再び歩き出した。







 さすがに港町らしく、町中のあちこちには小さな猫がいた。
 小さな、と入ってもそれは成猫ではあるのだが、マルコの基準は己の傍らを歩くナマエであるので仕方ない。
 虎と見紛うような大きさのナマエは、行き交う人々にぎょっとした視線を向けられても気にした様子なく、マルコの傍を歩いている。
 その背中にはいつの間にやら猫が数匹乗っていて、にゃあにゃあと鳴いてナマエに何かを話しかけているようだった。
 そのすぐ傍にも小さな猫達が何匹か歩いていて、可愛らしい彼らを踏まないようにかそれともナマエが恐ろしいのか、人ごみを歩いている筈のマルコの周りには空間が出来ている。

「……お前、モテたんだねい」

 思わず呟いたマルコをちらりと見やって、にゃあ、とナマエが不本意そうな声を出した。
 そんなイヤそうな顔しなくてもいいだろよい、と猫を相手に話しかけてから、マルコの足がふと止まる。
 ナマエから外れた視線が向けられたのは港町の一角にあった店で、貴金属等の買取りをしている旨が表示されている看板を見やったマルコの手ががらりと扉を開き、そのまま室内へ入り込んだ。
 来店客を見やっていらっしゃいと声を放ってきた店主へ、マルコの手が持ってきた袋を放る。
 すでに何人かのクルーが訪れているのだろう、店主は戸惑った様子もなくそれを受け止めて、換金するために中身の鑑定を始めたようだった。
 それを待つ間店内をきょろりと見回したマルコの足元で、にゃー、と高い鳴き声が上がる。
 いつも聞くより幾分高いそれを耳にして足元へもう一度視線を向けたマルコは、一匹だけ小さな猫を背中に乗せたままでいるナマエの姿を見つけて、小さく笑った。
 周りに他の猫の姿は無いので、どうやら他は店の外へ置いてきたらしい。

「一緒に入ってもつまんねえだろい、外で待ってろい」

「にゃあ」

 マルコの言葉に、ナマエは返事をするように鳴き声を零す。
 その目がじっとマルコを見上げて、それから店主の方へと近寄ってカウンターに前足を掛けたのを見て、マルコは軽く肩を竦めた。
 ただの商人の何がこの猫の興味を引いているのかは分からないが、見ていたいと言うのなら好きにさせておくべきだろう。
 どうしてかぴんと尻尾を伸ばして、ナマエの目はじっと鑑定を続ける店主の姿を眺めている。
 あまりにもその視線を注がれているからか、それともナマエの背中からずり落ちた猫がにゃあにゃあと騒いでいるからか、やや置いて店主がちらりとマルコの方を見やった。
 もの言いたげなその視線を受け流して、マルコは軽く肩を竦める。
 二人の視線のやり取りに気付いてか、ナマエがそっとカウンターから足を降ろして、先ほどと同じようにマルコのそばへと移動した。

「なあん」

「終わるまで中にいるつもりなら、そこのチビも静かにさせとけよい」

 声を放って長い尻尾をくるりとマルコの片足に巻き付けたナマエへ、マルコが言葉を落とす。
 放たれた言葉にぱちりと瞬きをしてから、その視線をちらりと自分の近くでにゃあにゃあ喚いている小さな猫へ向けたナマエは、そちらへ向けて、にゃあ、と短く鳴き声を投げた。
 猫の言葉など分からないマルコにはそれが何を言ったのか分からないが、それを聞いた猫がぴたりと鳴くのをやめ、ぐるるると小さく喉を鳴らしながらナマエの体に体を寄せて寝ころぶ。
 簡単に大人しくさせてしまったナマエを見やって、イイコだとマルコの手がナマエの頭を撫でると、傍らの大きな猫も寝ころぶ街猫と似たようにぐるるると喉を鳴らした。
 穏やかな顔をして猫を愛でる賞金首を見やり、店主が少しばかり意外そうな顔をしたが、マルコには構う必要もないことだった。







 換金を終えたマルコがモビーディック号へと一度戻ると、ナマエも同じようにモビーディック号の上へと飛び乗った。
 部屋へ換金したベリーの大半を置いてから甲板へ戻ったマルコの耳に、にゃあにゃあと高い鳴き声が届く。
 不思議に思って甲板から港の方を見やったマルコは、ずっとナマエについて歩いていた猫達のうちの一匹が、ぐるぐるとその場を歩きながら鳴き声を上げているのに気が付いた。
 恐らく話しかけられているのだろうに、ちらりとマルコが見やった先で、ナマエは気にした様子もなく甲板の端で丸くなっている。

「ナマエ、もう遊んでやんねえのかい」

 夕暮れ時の甲板で笑ったマルコに、ナマエは答えずぱたりと尾を軽く振るだけだった。
 どうやら眠いらしい、とその様子に判断を下してから、肩を竦めたマルコはひょいと船の縁に足を掛けた。
 それに気付いたナマエが耳だけマルコの方へ向けたのを横目に見やって、ちっと出かけてくるよい、とだけ言葉を置いてからマルコの両腕が炎に変わる。
 ばさりと軽く羽ばたいて、その体はかんたんに港へと着地した。

「さて、と」

 そろそろ酒場の空く時間だとあたりをつけて、マルコはそのままふらりと歩き出した。
 すでにサッチ達も出かけているようだから、どこの酒場に行っても恐らくは『家族』に出くわすことだろう。会わなければ会わないで、久しぶりに一人静かに飲むだけのことだ。
 美味い酒があったらオヤジへ土産にするか、などと考えながら足を動かしていたマルコが、まだにゃあにゃあ騒いでいる小さな猫やそれを見守る小さな猫達に背中を向けて、まっすぐにそのまま町の雑踏へと踏み込む。
 後方のモビーディック号の上で、のそりと起き上がった獣が飛びついた船の縁から頭を覗かせて見送っていることには、当然ながら気付きはしなかった。







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