日日是好日
※名無しクルー出現注意
※マルコ・サッチが隊長に昇格してるIF?
気まぐれなグランドラインの空は、青く晴れて澄み渡り、のんびりと暖かな日差しをモビーディック号に注いでいた。
それを見上げて軽く伸びをした男が、自分の周囲を見やって呆れたようなため息を零す。
「おいおい、気ィ抜きすぎじゃねェかよい」
言い放ったマルコの視界にいたのは、暖かすぎる陽気にのんびりと足を延ばして甲板へ寝ころぶ数人のクルーの姿だった。
天下の白ひげ海賊団が、これほどまでに緩み切っていると知ったら、海軍あたりが奇襲をかけてくるのではないだろうか。
そこまで考えてしまうほどののんびり具合に呆れた顔をしたままのマルコが、その視界に一匹を収めて少しばかり目を細める。
いくつかの荷物の横に身を横たえた獣が、ぴるぴると耳を揺らして目を閉じている。
「ナマエ」
マルコが声を掛けると、長い尾がぱたりと軽く揺れてそれに返事をした。
ものぐさすんなよい、とそれへ笑ってから、マルコがすたすたと横たわる獣へ近付く。
虎かと見まがうほどに大きなそのナマエと呼ばれた獣は、かつてマルコが拾ってきた子猫だった。
どうやら随分と大きくなる種類であったらしく、マルコの片手に乗るほど小さかったその体は、後ろ足で立てばマルコを超えるのではないかと言うほどに大きくなった。
近寄ってきて見下ろしたマルコに気が付いたのか、尾だけぱたりと動かしたナマエが、それからちらりと片目だけ開けてマルコを窺う。
それを見下ろしてから、屈んだマルコが手を伸ばすと、日光のぬくもりを吸収したふかふかの毛皮にその指が触れた。
マルコが無遠慮にその体を撫でても、ナマエが嫌がったりする様子は無い。
小さな頃からだったが、ナマエは少し変わった猫だった。
人の言葉を理解できているんだろうと思えるほどに賢いし、暴れるようなことも殆どない。
鋭い爪と牙を持っているが、それが家族の誰かに向いたことだって食事が絡んでいる時を除けば一度も無い。
今も、気持ちよく寝ていたところを起こされた格好だというのに、よしよしと顎を撫でるマルコの横でぐるるると喉を鳴らしている。
前足の片方が持ち上がり、もうやめてと言いたげに自分の手にかかったのを見て、マルコは楽しげな顔をした。
ついに両目を開いたナマエが、むくりと身を起してマルコを見上げる。
それを見下ろし、暇なんだし構えよい、とマルコが言ってみると、二つの目がぱちぱちと不思議そうに瞬きをした。
日の高いうちはいろいろな仕事があるマルコが、そんなことを言うのは珍しいとナマエも分かっているのだろう。
つくづく賢い猫だと、マルコの手が猫の頭を撫でる。
「こんな陽気じゃ、部屋にこもってても眠くなるだけだろい」
事実、書類仕事をしていた筈が、うっかりと船を漕いでしまっていたのだ。
これでは仕事にならないと気分転換をしにきたら、甲板ですら暖かな陽気に包まれていて、そこかしこでだらだらとしているクルー達がいる。
見ているうちに自分だけ仕事をしているのが馬鹿らしくなったマルコは、午前中の予定を午後に繰り下げようと決めたのだった。
まだマルコのことを不思議そうに見上げながらも、頭に乗せられたマルコの手に、ナマエがすりすりと頭を擦り付けてくる。
「なぁん」
それから寄越された鳴き声に、それを了承と受け取って、マルコはひょいと立ち上がった。
次いでその右腕がぼぼぼと音を立てて青い炎を纏いだせば、ナマエの目がきらきらと輝く。
「そういや、こうやって遊ぶのも久しぶりだねい」
それを見下ろして笑ったマルコの体が、そのまま青い炎に包まれた。
※
「サッチ隊長ォーッ!!」
ばたんと扉を叩きつける勢いで開かれて、サッチは勢いよく飛び起きた。
手元でぐしゃりと音が鳴って、自分が持っていた本が驚いた掌で握りつぶされてしまったことを知る。
先日立ち寄った島で食べた料理を買い込んだレシピ本から探していたのだが、いつの間にか椅子に座ったまま眠っていたらしい。
「何だ、敵襲か?」
とりあえず本を伸ばしながら視線を向けると、最近白ひげ海賊団の一員となった四番隊のクルーが、ぜい、はあ、と息を切らせつつサッチの私室の出入り口に立っていた。
「ち、ちが、マ、マ、ママママ、マル、マル」
「マルコがどうかしたか」
青ざめてぶるぶると震えながら通路のかなたを指差す青年に、サッチは首を傾げながら立ち上がる。
こくこくと頷いて、新人クルーは近付いてきたサッチの腕をがしりと捕まえた。
「マルコ隊長が! 食べられる!」
「………………は?」
放たれた言葉に、サッチの頭に疑問符が浮かぶ。
早く早くと急かす新人を眺めて、少し窺ってみても、船内にあわただしいような気配は無かった。
海王類と接触しているなら船がもう少し揺れているはずだが、それも無い。
何より、一番隊を担う男がそう簡単に『何か』に食われかけるなんてこと、あるとも思えなかった。
意味が分からず瞬きをしているサッチを見上げてから、クルーはぐいとサッチの腕を引っ張って、先ほど自分が指差していた方向へと駆け出した。
当然ながら腕を掴まれているサッチも引きずられて、私室から通路へと歩き出す。
相手の勢いを殺すようにサッチが腕を引くと、力で負けたうら若き海賊は仕方なさそうに足並みを駆け足から競歩に変えた。
ぐいぐいと腕を引っ張る新人へ、おいおい落ち着けよとサッチが言ってみても、新人の足は止まらない。
「マルコが食われるって、何に?」
「なにって、き、きまってんじゃないですか!」
「いやいや、わかんねェって」
どうやら甲板の方へ向かっているらしい、と気付いたサッチが横に並んで尋ねると、サッチの腕を縋るように掴んだままのクルーが己の隊長を見上げた。
「ナマエです!」
放たれたその言葉に、サッチは何となくどういう事態が繰り広げられていたのかを理解した。
ああ、と声を漏らして、早く助けないと、と声を上げる新人に捕まれた手を軽く動かして引き剥がし、空いていた手で新人の頭をぽんと叩く。
「そりゃあれだ、遊んでんだよ」
「………………え?」
「最近やってなかったからなー、そりゃもうヒートアップしてそうだな」
うんうんと頷いたサッチを、新人は傍らから信じられないものを見る目で見上げた。
その足が少しばかり速度を落として、二人並んで通路を歩きながら、やや置いてその口が動く。
「で、でも……なんかナマエ、めちゃくちゃ唸ってたし」
「興奮すると時々唸るんだよなー。普段あんまり鳴かねェから聞きなれてないとびっくりするよな」
「マルコ隊長が飛んでるのに、横から飛びかかってくし」
「そういう遊びなんだと。マルコしかやらねェけど。前に俺も生身で相手してみたんだが、あれすっげェ疲れるぜ」
「やめてくださいって言っても、全く止まらないし……」
「夢中になってるってことだな。それじゃ、そろそろ終わるかもなァ」
ぽつぽつ落ちてくる言葉に手を降ろして言い放ったサッチの横で、やや置いてから盛大なため息が落ちた。
サッチが見やれば、安心したように胸に手を当てた新人が、よかった、と呟く。
「ナマエがついにマルコ隊長まで食べたくなったのかと思って、めちゃくちゃビビりました……」
「あー……まあ、ナマエだしなァ」
とても安心したようなその声に、サッチは笑う。
ナマエと呼ばれるあの猫が、どれほど食い意地が張っているのかということを、どうやらもうこの新人も知っているらしい。
四番隊であれば食材を扱うことも多いから、それも仕方の無いことなのかもしれない。
そんなことを考えながら足を動かしたサッチと新人が、揃って甲板へとたどり着く。
その目の前で、ばさりと大きく羽ばたいた青い鳥が、飛びかかってきた大きな獣にのしかかられて甲板へと落とされた。
その途中で身をよじった火の鳥が、甲板と猫の間に挟まる寸前でそこから抜け出し、きらきら輝く尾を引きながら空中へ飛び上がる。
それを見上げたナマエがぴょんと飛び上がり、どうにかその長い尾を掴まえようと躍起になっていた。
それを見下ろすマルコが、楽しげな眼をしていることをサッチは知っている。
からかうように宙を旋回したマルコが近づいてきたのを見上げて、一度大地に四足ついたナマエが、そのまま勢いよく飛び上がった。
自分へ向かってくるところだった大きな鳥に前足を回して、その口が首筋あたりにがしりと押し付けられる。
そのまま先ほどと同じように甲板へ落とされた青い鳥が、炎を失って人の姿に戻った。
「っと、あー、捕まっちまったよい」
首に甘噛みされているというのにそんな言葉を呟いて笑ったマルコから、ひょいとナマエが身をどかす。
賭けでもしていたのか、甲板にいた何人かのクルーが少しばかりざわめくが、気にした様子も無い。
起き上がったマルコの後ろに巨体を回り込ませて、背中にすりすり頭を押し付けたナマエへ、別に痛かねェよいと言い放って笑ったマルコが、それからようやく気付いたようにその視線をサッチ達の方へと向けた。
「ん? どうかしたかよい」
不思議そうに言い放つマルコの体には、当然ながら傷一つない。
元よりマルコは怪我などしても治ってしまう体の持ち主だが、遊び相手をしてもらっているナマエがマルコをその牙や爪で傷つけることなど無いことくらい、サッチやそれを見守っていたクルー達も知っていた。
ナマエは少しおかしいんじゃないかと思うくらいに、賢い猫だった。
食べ物を横取りされた時以外で、本気で唸っているのをサッチは見たことが無い。
「いや、今日も激しくお楽しみだったみたいで? 刺激が強くて若い子がびっくりするから、場所と時間を選んで加減して欲しいもんだぜ」
にやりと笑って言い放ったサッチに、マルコの目がサッチの隣の新人へ向けられて、そいつは悪かったねい、と面白そうに笑った。
いえ、邪魔してたらすみませんでした、と素直に謝ったクルーが、慌てたように頭を下げる。
「にゃあ」
丁度そこで、マルコの背中からようやく額を押し付けることをやめたナマエが、小さく鳴きながらマルコの前に回り込む。
自分の顔をのぞき込んだ大きな猫の頭を撫でたマルコと、それに目を細めて満足げに喉を鳴らす大きな猫に、こいつら反省するつもりもねェな、とサッチは軽く肩を竦めただけだった。
end
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