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とある獣の愛のかたち
※大型猫に転生した主人公とマルコ




 モビーディック号が辿り着いたのは冬島だった。
 どうやら無人島らしいそこで、ログが溜まるまで大人しくしていなければならない。
 何人かが探検だ食料調達だと島へ降りて行ったのを見送ってから、甲板を吹き抜けた風にマルコはマフラーを巻いた状態で身を竦めた。

「……あー……寒ィよい」

 呟くその口から漏れた息は、空気に白く凍って消えていく。
 今のところはやんでいるものの、甲板にもすでに少しばかり雪が積もっていて、マルコの足先もいつもとは違い寒冷地用のブーツに変わっていた。
 指や足を失っても炎とともに再生する体ではあるが、戦闘中でもあるまいしわざわざ痛い思いをしたいわけがない。
 きちんとコートやセーターを着込み、温かくしてはいるものの、顔に触れる外気の冷たさはどうにもならなかった。
 少しばかり鼻を赤くしてから、やれやれと白く息を吐いたマルコの足が船内へと向けられる。
 温かい場所へ避難しようとしたその動きが止まったのは、船内からひょいとマルコと似たような恰好をしたクルーが顔を出したからだった。

「あ、マルコ、ちょうどいいとこにいるな」

 言い放ったリーゼントの彼に、なんだよい、と尋ねながらマルコが近付く。
 そんな相手へ、ほらよ、と言って彼が差し出したのは一つの酒瓶だった。
 それを見せられて目を瞬かせたマルコへ、サッチが無理やり酒瓶を押し付ける。

「誕生日おめでとう! ってな。おれの時も期待してるぜー」

「……普通、そういうことは思ってても言わねえだろい」

 寄越された言葉に笑ってから、マルコの手が手袋越しにしっかりと酒瓶を捕まえた。
 見やったラベルに書かれているブランドにその口元を緩めたマルコへ、いいだろう別にと笑ったサッチが、それからふと思い出したように口を動かす。

「そういや、ナマエの奴見なかったか?」

「ナマエ?」

 問われて、マルコは首を傾げた。
 ナマエというのは、マルコが連れて帰り、今はこの白ひげ海賊団の一員として船に乗っている一匹の猫のことだ。
 猫とはいうものの、普通の猫とは全く違う巨体を持つ、人の言葉を理解している節のあるただものでない猫である。
 言われてみれば朝食の後からその姿を見ていない、と気が付いて、マルコは口を動かした。

「こんだけ寒いんだ、どっかあったかいところに隠れてんじゃないかよい」

「俺もそう思ったんだが、船倉は寒ィし、ストーブ出してるところにもいねェんだよなァ」

 寒いからくっつきたくて探してるんだが、と何とも己の欲望に忠実な言葉を放つサッチへ、嫌がるからやめろよい、とマルコは呆れた顔をする。
 けれども、これほどの寒さの中、ストーブのそばにもいないとなれば一体どこにいるのだろうか。
 不思議そうに首を傾げたマルコの視線が、ふと船の向こうに広がる雪原を見やった。
 何人かのクルー達が降りて行った陸地には、人数分の足跡が乱雑に刻まれている。
 そこに何となく違和感を感じて目を凝らしたマルコは、クルー達が一塊になって向かったのとは別の方向へ向けて、人のものでは無い足跡が刻まれているのに気が付いた。
 それは当然ながらモビーディック号の方から続いていて、そのまま雪で凍った茂みに消えている。

「…………あいつ、降りてるよい」

 呟いて雪原を指差したマルコに、は?、と声を漏らしたサッチも同じ方向を見やった。
 そしてマルコと同じものを確認して、本当だ、とその口が声を漏らす。

「冬島に降りるって珍しいなァ、あいつ寒いの嫌いなのに」

 サッチの言葉に、そうだねい、とマルコも頷いた。
 猫らしく寒いのが苦手であるらしいナマエは、冬島にくると大概が温かい場所でじっとしている。
 外を出歩いてきたクルー達があったかいあったかいとくっついてくるのを迷惑そうな顔で見やることもあるが、引っかいたり邪険にすることもなく仕方なさそうに温もりを提供しているのを、マルコも何度か見たことがあった。
 そのナマエが、わざわざ雪の積もった冬島に降りている。
 一体、何に誘われたというのか。

「…………どうしたってんだろうねい」

 疑問を抱いて首を傾げたマルコに、わっかんねェなァ、と同じようにサッチも首を傾げていた。







 出かけたナマエが戻ってこない、という事実にだんだんとマルコの顔が険しくなっていったのは、冬島の太陽が傾き、もうじき夜が訪れるという段階でのことだった。
 雪の中で夜を越す用意をしていなかったクルー達は全員が帰ってきているというのに、一匹で別方向へ向かったらしい猫の姿は船内にはない。
 今日はマルコの誕生日で、そろそろ宴をしようかと言う頃合いだというのに、あまり騒がしくなっていないのもマルコの顔が恐ろしいせいだ。
 探しに行った方がいいんじゃないか、とひそひそと言葉を交わすクルー達を横目に、いらだった様子のマルコががたんと椅子から立ち上がる。

「……ちっと出てくる。すぐ戻るから、そっちは勝手に始めてろい」

「あ、ちょっと待てよ、おれも行くから」

 言葉を放って暖かな食堂を出ようとしたマルコに、慌ててサッチがその後を追いかけた。
 行くんならおれも付き合うよ、と声を掛けてきたハルタも同じようにそれへ続いて、隊長格二人を後ろに引き連れて歩くことになったマルコが、ずかずかと通路を歩いていく。
 そのまま甲板へと足を踏み出し、雪が降り始めた外の天気に舌打ちをしたマルコが甲板から島へ降りたとうとしたところで、ぴょんと白い塊がモビーディック号へと飛びついた。
 それに気付いて視線を向けたマルコの顔が、厳しいものから怪訝なものに変わる。
 モビーディック号の縁にしがみ付いて、それからころんと転がるようにして甲板へ落ちたそれは、一見して雪の塊だった。
 けれども、その姿かたちと覗いた瞳に、マルコはそれが何なのかをしっかりと理解する。

「……ナマエ?」

「なあん」

 放たれた呼びかけに、咥えていた何かを落としてから答えて、その塊がぶるりと体を震わせた。
 ぱさぱさと音を立てて雪の塊を体から振り落としたのは、まだあちこちが雪で固められているものの、明らかにナマエである。
 マルコの足がそちらへ向いて、近寄ってからすぐに屈みこんだ。

「……何してんだよい、ナマエ、そんな雪まみれになって」

 尋ねつつ、マルコの手がぱさぱさと雪を払う。
 されるがままにされて、ついでにその頭を押し付けてきたナマエの体は、すっかり冷え切っていた。

「うわ、冷え冷えじゃない? お湯用意させてくるよ」

 雪まみれのナマエに眉を寄せたハルタが、そう声を上げてすぐさま船内へと戻って行く。
 それを見送ってマルコの横へ移動したサッチが、屈んだまませっせと雪を払ってやっているマルコとされるがままのナマエを見やって、軽く首を傾げた。

「ナマエ、お前そんなに雪が好きだったか?」

 全身雪まみれだなんて、と不思議そうに声を落とすサッチをちらりと見やり、にゃあ、とナマエが鳴き声を零す。
 それから、ある程度雪の落ちた足で自分が先ほどぼとりと落とした雪の塊を触り、ぼろりと周りを固めている雪を崩しながらそこから何かを転がした。

「…………なんだよい?」

 出てきたものに、マルコが眉を寄せる。

「にい」

 鳴き声を放って転がしたそれを咥えたナマエは、それをそのままマルコの胸元へと押し付けた。
 硬いそれに慌ててマルコが手を出せば、ぽとりと落ちたそれがマルコの掌へと収まる。
 まだ少し雪にまみれたそれは、冬島で時折採取できる果物だった。
 食料採取に出て帰ってきたクルー達の何人かが、見当たらなかったと残念そうに語っていた希少な種類のものだ。
 そんなものをナマエがとってきたという事実に目を丸くしてから、マルコの視線がナマエを見やる。

「……おれにくれるって?」

「なあん」

 マルコの問いかけに、答えるように大きな猫は鳴き声を零した。
 マルコの目が、歯型の一つも入っていないその果物を改めて眺める。
 マルコとサッチが見下ろしているこの猫が、随分と食い意地の張った猫であることはこの白ひげ海賊団において周知の事実だった。
 自身が食用であると判断したものは何だって口に入れ、出されたものはどれほどの量でもひたすらに食べようとするのだ。
 そんなナマエが、たった一つとは言え、食べ物を無傷で運んできた、というのはまるで奇跡のようなものだった。
 戸惑うマルコとサッチをよそに、ナマエが足を動かして、その体をマルコへと擦り付ける。
 動いたその体の雪がぱさぱさと落ちていくのを眺めてから、やや置いて、ははーん、とサッチが言葉を落とした。

「……つまり、あれかナマエ、マルコへの誕生日プレゼントのつもりだな?」

 オヤジの時も食い物だったもんなァ、なんて言って笑ったサッチに、マルコはむ、と眉間に皺を寄せた。
 その視線が、じとりとナマエを見つめる。
 自分を見据えるその視線を受け止めても大して気にした様子もなく、ナマエはまだすりすりとマルコへ頭や体をこすりつけていた。

「おれは怒ってんだよい、ナマエ……」

 したいがままにさせながら、マルコが低い声でそう唸る。
 しかしながら、やはりナマエは気にした様子も無い。
 人の言葉を理解しているふしすらあるくせに、わざとらしくマルコの発言を無視しているナマエに首を傾げたサッチは、佇んでいた体をそっと折り曲げて、マルコの横に屈みこみ、ナマエを見やっているマルコの顔を覗きこんだ。
 そしてそこにあった顔に、呆れたように笑ってから、ぽん、とマルコの肩を叩く。

「…………マルコ、口緩んでんぞ」

「………………うるせェよい」

 傍らからの指摘に、ふい、とマルコが顔を逸らした。
 そちらを見やってにやにや笑ったサッチが、マルコの向こう側から顔を覗かせたナマエとその目を合わせて、ぐっと親指を立てて見せる。
 それを見上げて不思議そうにしたものの、ぱたぱたと耳まで動かしたナマエは、なあん、ともう一度いつものように鳴き声を零していた。



end


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