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子供は懲りぬ
※転生トリップ主人公は大きい鳥
※少年マルコ
※微妙に名無しモブ注意



 青い空が果てしなく広がっている。
 久し振りに見上げた空に、俺はわずかに羽毛を膨らませた。
 ここ最近はとても天気が悪くて、ずっと巣にこもりっきりだったのだ。
 さわやかな潮風を受けて目を細めつつ、船の縁に足を乗せて留まりながら、ゆるりと首を巡らせる。
 久し振りの晴れ間だからか、甲板にはたくさんの人間がいた。
 やれ洗濯だの掃除だのと騒ぎながら、どことなく楽しそうにしている。
 俺が『人間』だったなら混ざって手伝うこともやぶさかじゃないが、あいにくと俺という存在は人ではなく鳥だった。
 人間だった頃の記憶はもはやはるかに遠く、多分その頃の自分を真似て手伝っても邪魔になるだけだろう。

「……ビュロロロロ」

 喉を鳴らすように鳴き声を零して、大きく翼を広げる。
 俺の羽ばたきが起こす風はそこそこに強いようなので、きちんと近くに人間がいないことを確認してから、俺はその場から飛び立った。
 青い海と青い空の間を羽ばたき、久しぶりの空を飛ぶ。
 顔に受ける潮風は冷えていないので、次の島は春島か秋島かもしれない。
 幾度か旋回し、海を往く白鯨の船の周りを楽しんでから、くるくると螺旋を描くようにして上昇していく。
 白い雲に触りたいとは言わないが、久しぶりだしもう少し高いところまで行こうと強く羽ばたいた俺の耳に、ふと小さな鳴き声が届いた。
 それに気付き、羽ばたく角度を変えながら下を見下ろす。
 見下ろした船の方から、こちらへ向けて慌てたように近付いてくる青い塊が視界に入った。
 俺よりも随分と小さな一対の翼をせわしく動かして、ピイピイと何かを訴えるように鳴いているそれは、青い炎に包まれたとんでもなく珍しい生き物だ。
 どう見ても『鳥』だが、それが本当は鳥ではないことを、俺はよく知っている。
 もう少し高いところまで行きたいところだが、そうすれば相手もついてくるんだろうということは簡単にわかったので、俺は仕方なく羽ばたく速度を落とした。
 体をふわりと浮き上がらせて、それからそっと翼を折りたたんで頭を下げる。
 ほんの少しの停滞のあと、俺自身の重さで俺の体が降下し始め、一直線の俺の進路にいた青い火の鳥が驚いたように動きを止めた。
 気にせずさらに近付き、ぶつかる前に体の向きを変えて、両足で相手を捕まえる。
 そのままさらに降下して、海に落ちる前に翼を羽ばたかせた俺は、小さな鳥を捕まえたままで船へと戻った。
 最後はやさしくふわりと翼を動かして、船のふちにとまるついでに捕まえていた相手を甲板へ放る。
 どし、と音を立てて甲板に転がった火の鳥は、軽く弾んで姿勢を戻し、ピイ! と強く鳴き声を零した。
 それとと共に、青い炎が見る見るうちになりをひそめて、その姿が『鳥』ではないものへと変わっていく。

「ナマエ! いたいよい!」

 小鳥のように唇を尖らせて、非難がましい言葉を放ってきたのは、子供だった。
 出会った頃より大きくなったが、しかし今でも間違いなく子供だ。俺よりも小さい相手を見やって、ビュウ、と鳴き声を零す。
 別に謝ったつもりではないし、相手にもそれは伝わったのだろう、眉を寄せた子供が立ち上がって、船の端にとまっている俺へと近寄ってくる。
 短い手が俺へと伸びて、がしりと俺の頭をそのまま捕まえた。

「どっかいくんならおれもつれてけって、いっただろい」

 だからついて行ったんだと言葉を放つ子供の顔は、真剣そのものである。
 俺の何がそんなに気に入ったのか、マルコという名前の目の前の子供は、俺をこの船に乗せた張本人だ。
 俺は小さな小鳥を保護して構っただけだったのに、それが実は人間の子供で、そして『かぞくになれ』と会うたび迫られたのだ。
 プロポーズまがいの言葉に頷いたのは、そのしつこさに根負けしたからだった。
 モビーディック号とかいうこの船にはすでに俺の巣もあるし、生まれて育った島を離れてもう長らくが経つ。
 海の上を進む生活も気に入ったし、今さら別にどこかに行くつもりもない。だからただ空を飛んでいただけだというのに、一体何が心配なのか。

「ビュイ」

 束縛の激しい彼氏かお前は、と嘴の先で軽く目の前の額を小突くと、いたい、と声をあげた子供が両腕で俺にしがみついた。
 頭を攻撃されないための動きかと思ったが、体重を掛けられて慌てて両足に力を入れる。
 マルコの両足がいつの間にか甲板を離れていて、子供が両手両足で俺にしがみついたのが分かった。

「……ビューイ」

 何をしてるんだ、と鳴き声を零した俺にぐりぐりと頭を擦りつけたマルコが、俺の耳の近くで言葉を零す。

「ナマエがすきにとんだら、まだおいつけねェよい」

 不満げながらも身体能力の差をしっかりとわかっているらしい子供に、それはそうだろうと軽く頷く。
 俺は成鳥でマルコは小鳥だ。初めて会った時よりは飛行も上達しているだろうが、小鳥に追いつかれる速度でしか飛べないだなんてことがあっていいはずがない。
 俺の動きに肯定を感じたのかは分からないが、両腕と両足の力を込めて俺の体にしっかりとしがみついたマルコの口が、俺の羽毛に言葉を吹き込むようにして動く。

「だから、すきにとびたいんなら、このまんまおれもつれてけよい」

 放たれた言葉に、俺はぱちりと目を瞬かせた。
 このまんま、というのはつまり、マルコにしがみつかれたまま空を飛べと言うことだろうか。
 前にやったように背中に乗るのではなくしがみついてくる相手に、軽く首を傾げる。
 別にそれくらい出来るが、マルコはそれで何か楽しいのか。
 訳が分からない俺にしがみついたまま、ナマエの速さで飛んでみたい、とマルコが口にする。

「おっこちたりしねえよい、えんりょはダメよい」

 さあやってみろと挑むような言葉を放ちつつ、マルコはどうやら俺から離れる予定がなさそうだ。
 どうしたものかと視線を動かしてみると、少し離れた場所で何かの作業をしているクルー達が、こちらをほほえましそうに見ているのが見えた。
 それらを見返して訴えてみるが、俺の視線には何の力もないのか、マルコを引きはがしに来てくれる様子はない。
 しばらく考え、それから片方の翼を軽く動かして、ビュイ、と鳴き声を零した。
 俺の言葉が伝わる筈もないのに、俺にしがみついたままの子供が頷く。
 よくわからないが、マルコがそうしたいというのなら、まあ、そうしてやってもいいだろう。
 このまま放っておいても離れないだろうマルコにしがみつかれたまま、そんな風に考えた俺の両の翼が広げられ、そして先ほどよりも強く羽ばたきを零す。
 幾度も力を込めて翼を動かしているのは、先ほどよりも体が重たくなっているからだ。
 マルコの両腕と両足の力がますます強まり、少々苦しいが、別に羽ばたけないほどでもない。
 真上へ向けてさらに速度を上げ、俺はぐんぐんと上昇した。
 マルコの方は俺にしがみついたままだが、少し笑い声が漏れたのが聞こえた。楽しんでいるようだ。
 ならばと体を少し回転させて、ぐんぐんと雲へと近付いていく。
 マルコが落ちたらすぐに助けられるようにと少し気を配っていたが、マルコはがっちりと俺の体にしがみついたままだった。俺の知らないうちに、少し力が強くなったのかもしれない。

「すっげえよい!」

「ビュロロロロロ」

 尾を引く鳴き声を零し、そうしてマルコをある程度の高さまで連れて行ってから船へと降りた俺を待っていたのは、鬼のような顔をした数人の海賊達だった。

「あぶねェだろうが、馬鹿野郎共!!」

 言葉と共に怒鳴られ、さらにはマルコと一緒に軽く頭も叩かれてしまった。
 ただ一緒に飛んだだけだというのに、何とも解せぬ話である。



end


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