子守続行中
※ミナト様リクエストの『子育て未満』から、アニマル主人公(でかい鳥)とマルコ
『ナマエ、そろそろおれのかぞくになれよい』
小さな子供にそう言われて、何となく頷いてしまった俺が自分の巣をモビーディック号に設けたのは、何年か前の話になる。
明け渡されたのは船尾側の甲板に面した小さな倉庫の中で、俺が自分で組んだ巣はなかなかの出来栄えだった。
本当は見晴らしのいい場所に作りたかったのだが、このモビーディック号と呼ばれる海賊船はグランドラインの上を旅していて、あちこちに行くがゆえにいろんな天候の中に突っ込んでいくのだ。
さすがに俺も、雨のように降る雷に晒されたいとは思わない。
雨風を壁と天井が遮ってくれるのは中々に快適だし、貰った巣材にロープなんかが多かったからか、巣自体の寝心地もなかなかいい。
「ビュイ」
そうでなかったらこいつがここにいることもないだろうな、なんて思いつつ、鳴き声を零した。
それからくちばしで俺の巣に潜り込んでいる相手をつつくと、ううん、と少しばかり唸った相手がもぞりと身じろぐ。
古いロープに頭を擦り付けて、片手で人を抱き枕にでもするかのように掴まえているそいつは、胸に大きな刺青を入れた海賊だった。
小さな頃からその姿を知っているが、月日が経つというのは早いものだ。
マルコ、と呼びかける代わりにもう一度ビュイと鳴いて、こつこつとその頭をごく軽くつつく。
外は明るいし、そろそろ起きる時間だろうという俺なりの気遣いだ。
『不死鳥』なんて二つ名のついた誰かさんが、こうやって俺の巣に忍び込んでくるのはよくあることだった。
むしろこの巣に使っている巣材を提供したの自体小さな頃のマルコで、俺の巣作りすら手伝ったマルコの主張は、『おれもてつだったんだからおれもはいるよい』だ。
それなりに大きくしたので別に俺は構わないのだが、人間ならベッドで寝たほうが快適なんじゃないか。
そう思いはするものの、今も安らかに目を閉じているその顔を見ていると、一概にその限りでは無いような気もしてくる。
リーゼントにこだわりのあるマルコの『家族』も笑いながら言っていたが、きっと、マルコも鳥の姿になれるから、体がこういう巣を求めていたに違いない。
俺の体が大きく、そして俺が鳥であるがゆえに船内に入ったことなんてほとんどないので見たことが無いが、もしかすると自室にも小さな巣があるのかもしれない。
「ビューイ」
そんなことを考えつつ、三度マルコの頭をつつく。
それを受けて、マルコの眉間にぎゅっと皺が寄り、嫌がるようにその体がこちらへと抱き付いてきた。
人の体にぐりぐりと頭を擦り付けて、右手でしっかりと俺の体を掴まえている相手に、されるがままになりながらまた鳴き声を零す。
いい加減起きろよ、という気持ちを込めたのが伝わったのか、そこでようやくマルコが少しだけ顔を離し、眠たげな目を少しだけ開いた。
「……ナマエ?」
「ビュイ」
寝起きのかすれた声に名前を呼ばれて、返事をする。
俺のそれを聞き、人の巣に寝転んだまま俺を見上げたマルコが、それから軽く巣の中で伸びをした。
右手はまだ俺の体を抱えていて、起き上がろうとする気配はない。
いつもなら目を覚ましたらすぐに起き上がるし、作業があるからと出ていくのに、どうしたのか。
不思議に思って覗き込むと、俺のそれを見返したマルコが、また目を閉じた。
代わりのように右手が動いて、俺のくちばしを軽く撫でる。
「……今日は何にもねェから、もう少し寝させろい」
「ビョイ?」
寄越された言葉に鳴き声を零して、ぱちりと瞬きをした。
モビーディック号は大所帯で、常に船の上で過ごすマルコ達にも、定期的な安息日がある。
今日がそれだとは知らなかった、と軽く身じろいだ俺の体の下に、マルコがぐいぐいと足を押し込んでくる。
仕方なくそれを受け入れると、マルコの体の半分が俺の羽や羽毛の下に収まってしまった。
あったけェな、なんて言って目を閉じたマルコが笑っている。
寒いんならやはり、もう少し密閉された場所である自室に戻った方がいいんじゃないだろうか。
人間の部屋なのだから、毛布やタオルケットくらいあるだろう。
そうは思うものの、ビュイ、と鳴いても俺の意見は伝わらず、もぞもぞと身じろいだマルコの体が俺の体に押し付けられる。
それからその目がもう一度開き、マルコの目が俺を見上げた。
「誕生日くらい、おれに付き合えよい、ナマエ」
寄越された言葉に、ぱちりと瞬きをする。
戸惑う俺を見上げ、目を閉じたマルコは、やがて満足げに息を吐いてから、そのまま寝息を零し始めた。
どうやら二度寝するつもりらしい、と把握して、軽く首を傾げる。
今『誕生日』と言っていたが、今日はマルコの誕生日だったのか。
何度か祝うのに遭遇したり一緒に祝ったりしてきたが、鳥でしかない俺には日付の概念が無いので、全く気付かなかった。
なるほど。誕生日だったら、今日が安息日だと言うのも納得だ。
今年も何も用意できなかったな、と少し残念に思いつつ、軽く羽を広げて、俺の体の下に収まっていないマルコの肩の辺りまでを覆う。
仕方ないから、目を覚ましたマルコが何かわがままを言ったら、ちゃんとそれを叶えてやろう。
一緒に空を飛ぶとか、近くにある小さな島まで一緒に行くだとか、一日この巣を明け渡すだとか。
もっとずっと小さな頃に言われたわがままくらいしか想定できないが、物を贈れない俺からの、ささやかな誕生日プレゼントだ。
「……ビュロロ」
おめでとう、の代わりに小さく鳴き声を零して、少しばかり羽を膨らませて首を縮める。
時たま手伝いを頼まれるものの、基本的にただの鳥でしかない俺に何かの作業が寄越されることは殆ど無い。
だからまあ、マルコがこうして目を閉じている間くらいならいいかと、俺もゆっくりと目を閉じた。
end
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