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子育て未満 (1/3)
※アニマル主人公が鳥(でかい)
※子マルコ注意
※子マルコの鳥形態はお話が出来ないとかいう動物系矛盾満載の捏造注意




 両翼を広げて羽ばたき、体が浮くのに合わせて太い枝を蹴る。
 それだけでその場から上昇した俺の体は、俺自身の更なる羽ばたきによって、木々の合間から空へと飛び出した。
 本日も快晴だ。青い空にちぎれて浮かぶ雲は白くて、彼方に見える海からの風がぶわりと吹くのを体で受け止めて、そのままくるりと身を反転させる。
 羽ばたきを止めた俺の体は風を受けながら滑空し、木々の隙間から落ちた俺の影に敵襲だと判断したのか、慌てたように動物が逃げたのが、上空からでも確認できた。
 俺は動物を食わないと言うのに、今一つ俺のことを分かっていない奴らだ。
 まあいいかと、滑空したそのままの動きでいくつかの餌場の一つまで移動して、その木から張り出している枝へと着地する。
 ぎし、と少し幹が軋んだ音がした。そろそろ、もう少し低い所の枝に行くようにしていた方がいいかもしれない。
 そんなことを考えつつ、すぐそばの枝先から青い実を口に入れていくつか食べ、くちくなった腹にふうと息を吐いた。
 改めて見下ろした先には、枝をしっかりとつかんでいる俺の『足』がある。
 俺が、どうも鳥らしい生き物として生まれて、随分な時間が経っていた。
 もともとはただの日本人で、まあそれなりの人生を謳歌して死んで、それで終わりだと思ったらこの島で新しい命としてのスタートを切っていた。
 輪廻転生なんて信じていなかったのだが、どうやら俺は転生というものをしたようだ。
 卵の殻をどうにかぶち破って生まれた時から、俺は一匹だった。
 普通の鳥というのは親が子育てをしてくれるものだと思ったのだが、俺という鳥の種類によってはそうではなかったらしい。
 もしかしたら不慮の事故か何かで親鳥が死んだのかもしれないが、俺には分からないことだ。
 俺の生まれた巣が、俺が食べられる実の生る木でなかったら、俺も飢えて死ぬだけだっただろう。
 こうなれば生きるしかない、とどうにか餌を手に入れて食い、飛ぶ練習もして成長し無事に巣立った俺は、生まれたこの世界が俺の知っている世界ではない、ということにその時ようやく気が付いた。
 島には、見たことのない動物であふれていたのだ。
 真っ当に生活して真っ当に生きてきた俺が知らないんだから、少なくとも俺の常識の通用する世界ではない。
 海には見たこともない鯨よりでかい生物が棲んでいるし、森の中を闊歩するカラフルな生き物たちは揃って知らない姿をしているし、この島より離れた場所にある岩場ばかりの島には三日に一度はカミナリが雨のように降っていた。あんな恐ろしい天候を俺は知らない。
 そして、時折この島の浜辺にやってくるのは、大概が髑髏マークの旗を上げた船だった。
 こっそりと見に行った先には、はたして人間なのだろうかと尋ねたくなるような風貌の連中もいたから、やはり『この世界』は俺の知っている『世界』ではない。
 そう判断してからも、俺の生活はそう変わらなかった。
 最初から意識が『俺』であったせいでか、それとももともとこの体がそう言う作りなのか、食べるものは限られた木の実だけだが、燃費のいいらしいこの体はそれでもすくすくと成長している。
 多分、足から頭までで俺が知っている『普通』の成人男性くらいは有るんじゃないだろうか。
 さすがに海賊と呼ばれる生業らしい連中に背比べさせてくれとは頼めないので想像でしかないが、他の動物達も俺の影には怯える方が多いから間違いなく大きい分類だ。
 島での暮らしは快適で、大体の場合では言葉が通じないが、片言だが意思の疎通が出来る相手も時々いる。
 自分と同じ鳥を見つけられないままここまで育ったことを除けば、俺の生活は平穏そのものだった。
 ぐくくく、と喉を鳴らしてみながら、枝の上から彼方を見やる。
 遠くの岩場の向こうに、黒い海賊旗が少しだけ見えた。
 昨晩、この島へとやってきた海賊の船の物だ。
 体が大きくなってからは、『食糧に』と狙われることの方が多くなったので近付いたこともないが、どうも今度の船は随分と大きいようだった。
 この島には人間がいないので、時折やってくる海賊達や他の船乗りの目的は、食料などの供給だ。
 それに気付いてから俺が沿岸側に運んだ木々の種達は随分と育ってたわわに実を付け、大体の場合海賊達はそれを採取して水を汲み引き上げる。
 たまに大きめの動物達が犠牲になっているらしいが、そこはアレだ、食物連鎖という奴だ。ピラミッドの上に立つのが人間である以上仕方のない話だ。
 あの船も、二日もすれば引き上げるだろう。
 そう思い、今日はしばらくここで日光浴をしよう、と少し羽を膨らませたところで、ピイ、と高い鳴き声が俺の耳に届いた。
 聞きなれないそれに首をめぐらせて、音の出所を捜す。
 ピイ、ピイと鳴くそれはどうも小鳥の鳴き声のようで、そして随分とせっぱつまっていた。
 どこだ、と周囲を確認してから、それが自分の足元から聞こえると気付いて下を向く。
 俺がいる木のすぐそばに、青い何かが落ちていた。
 そして、それを狙うようにとぐろを巻いたそこそこな大きさの蛇が、しゅらららら、と舌を揺らして音を立てる。
 じっくり確認して、俺は青いそれが、蛇におびえる小鳥のようなものだと気が付いた。
 しかし、その小鳥の羽毛は青く、ゆらゆらと揺らめいている。どう見ても炎だ。ということは、あれは火の鳥だ。

「…………ビュロロ!」

 そんなものを食べたら火傷するんじゃないのか。
 忠告をしたくて出した俺の鳴き声に、蛇の方が弾かれたようにこちらを見た。
 鋭い眼差しがわずかに見開かれて、そのまま慌てたように離れていく。
 言葉が通じたのかは分からないが、俺の忠告は伝わったようだ。
 うむ、と把握してから、俺は先ほどと同じようにばさりと羽ばたいた。
 巻き起こった風に枝先の葉が揺れるのを横目にして、そのまま下へと降り立つ。

「ピイ! ピピイ!」

 降りて来た俺に対して、炎を纏った小鳥はさっきと同じような慌てた声を出した。
 小さな羽をめいいっぱい広げて、慌てたような様子で後ろへとずり下がり、下がりきれないまま小さな背中を木へと押し当てる。何とも人間臭い小鳥だ。
 そんなことをしたら木が燃えるんじゃないかと少しだけ焦ったが、焦げ臭いにおいは全くしない。
 どうやら、小鳥の炎は普通のそれとは違うようだ。
 だとすると、俺はただ食事を邪魔してしまっただけか。蛇に恨まれていそうだ。

「ビューウ」

 そっと鳴き声を出しながら、小鳥の前で屈みこみ、顔を近付ける。
 くちばしを近づけた俺に、怯えた目をした小鳥は、何かを決心したかのようにきっと瞳を尖らせ、何を思ったか引いていた頭をこちらへと向けて突き出した。
 がじ、とくちばしの先をかじられて、ぱちりと瞬きをする。

「……ビュイ?」

 何をしてるんだ、と話しかけてみるが、がじがじと俺のくちばしを噛む小鳥は応えない。どうやら、俺とは言葉の通じない鳥であるようだ。
 仕方なく顔を引いたら、俺のくちばしを放さなかった小鳥の体がそのままついてきた。
 ぷらん、とその足が揺れてから、くちばしだけでは支えきれなかったらしい体重により、ぼとりと下へと落ちる。

「ピイ!」

 痛かったのか、悲鳴を上げた小鳥に、慌ててもう一度顔を寄せる。
 くちばしの先で軽く頭を擦ってやって、よしよしと撫でると、もう一度かじりつこうとしてか口を開けた小鳥は、それからどうしてかそっと口を閉じた。
 その目がもう一度じっと俺のことを観察して、そっと離れた俺のくちばしを追いかけるように寄せられた頭が、ぐり、と俺のくちばしの先を擦る。

「……ピイ」

 言葉は全く通じないが、小さな鳴き声は『かじってごめん』とかそういう類の物だろうと、俺は勝手に解釈することにした。






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