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狭くて深い感情
※勘違い主に犬耳尻尾注意
※グランドラインご都合主義



「なんで食っちまうんだよナマエ!」

 わあわあと騒ぐ声が聞こえる。
 その中に混じった名前に、ローは食堂へ向けていた進路を変更した。
 食料事情から浮上を決めたハートの海賊団が、とある小さな無人島へとたどり着いたのは今朝がたのことだ。
 ローもともに船を降りたが、有害な植物などは一見して見当たらなかった。
 ひとまず食料となるものを持ち帰り、食用であるか不明なものは口にする前に丁寧に検めるように、と言い含めてきたはずだ。
 飢えが訪れつつあったクルー達でもそれは理解しているだろうし、シロクマ航海士の方からもいつもの返事をもらっている。
 慌てたシャチの声音にまさかの事態を考えて、眉間にしわを寄せたローの手が、甲板へ続く扉を強く押し開いた。
 そして、そこにあった光景にわずかに目を見開く。

「…………うまかった」

「おれだってうまそうだなーとは思ってたよ! だけどな!」

 ほとんど仁王立ちになり、いつもなら自分がやられているような説教をしているのはシャチだ。
 そしてその向かいに座り込んでいるのは、恐らくナマエだろう。
 問題は、その頭の上にぴんと立った獣の耳が一対生え、屈んだことでずれた上着と下衣の間から毛量の豊かな尻尾が一本生えていることだろうか。
 まるで動物系能力者のようないで立ちに、まさか悪魔の実を食ったのか、と困惑したローの足が前へと進む。
 ローのそれに気付いて、片手に何かを持ったままのナマエが、ちらりとローを見やった。

「…………ロー」

 いつもと変わらぬ平坦な声音がローの名を呼んで、それに合わせたようにぱたりと耳が動く。

「………………なんだ、それは」

 思わず呟いたローの向かいで、ナマエが変な実を食っちまったんです、と事情を説明してきたのはシャチだった。







「歯も変わってるじゃねェか」

 口の中を覗き込み、ローはそんな風に声を零す。
 普段なら人の歯が並んでいるはずのナマエの口中は、それぞれが肉を噛みちぎりやすそうな鋭いものへと変化していた。
 唇を剥けばはみ出てしまいそうな長さの犬歯は、確かに動物じみている。
 数は変わらねえな、と確認してから手を放すと、ナマエはすぐに口を閉じた。

「体調は?」

「変わらないと言った」

「あれから三十分だ」

「……変わらない」

 人様の問いかけに不満げにも聞こえる言葉を寄越した相手を睨み付ければ、ナマエはおとなしくローへと返事を寄越した。
 それを聞き、ふむ、とローは声を漏らす。
 ひとまず甲板から船室へと連れ込み確認した限り、ナマエはどうやら、おかしな果物を口にしたらしかった。
 普段ならおかしなものは口にしないはずなのに、飢えにはナマエですらも打ち勝てないということか。
 しかし、自分が獣のそれをはやした事実に驚いている様子もないので、ひょっとしたら効能すら知っていたのかもしれない。
 それなら件の果物を食料品として見ているということになるが、そんなことは当然ながら却下である。
 故郷を懐かしんだらしいシロクマ航海士だけならともかく、他のクルーたちまでもが獣の耳や尻尾をはやして物珍しそうにガルチューガルチューと頬をすり合う様子は、出来れば見たくない。

「あとで何度か血も採るからな」

 目に見えない場所に異常はないか、解毒までどのくらいの時間がかかるのか、確認しなくてはならない。
 だからこそそういったローの視界の端で、ふと何かが動いた。
 それが何かを確認したローの目が、わずかに内側へと巻いてしまったナマエの尻尾が、椅子に座るナマエの体の影へと隠れていってしまった。
 怯えた犬のようなそれに視線をナマエの顔へと戻すと、ピンと立っていた三角の耳が、どうしてか少しばかり萎れている。

「……ナマエ?」

「なんだ」

 恐る恐ると声を掛けたローに対して、ナマエは何も変わった様子がない。
 しかしその耳はぴくりと反応して、ローの声を拾おうとするように改めて立ち上がった。
 まるで意思のあるような仕草に、わずかに瞬いたローの手が、ナマエの頭の上へと伸ばされる。

「ロー?」

「……これは、自分の意思で動かせるのか?」

 言葉と共に三角の耳を軽く引っ張ると、耳を動かせる人間がいるのか、とナマエの方はどことなく不思議そうな声を出した。
 ぴくりとその耳は触れられたことを厭うように震えたが、それきりだ。
 確かに直に生えているそれを確認して、そうか、とローの口が言葉を漏らす。
 ナマエの意思で動かしているのではないとすれば、萎れたりぴんと立ち上がったりするその仕草は、どういう状況で起きているのか。
 研究対象を見やる目になったローの腰に、軽くナマエの手が添えられる。

「それより、そろそろ食事じゃないのか」

 いい匂いがする、と言葉を落としたナマエに、ローは周囲のにおいを確認した。
 しかし、厨房からは幾分離れているこの船室に、調理の匂いは届いていない。
 嗅覚も鋭敏になっているのか、と把握してナマエから手を放すと、ローの前でナマエが立ち上がった。
 それと共にローの視界へとあらわれたナマエの尻尾が、ぱたぱたと左右に動く。
 まるで犬が尾を振るような動きそのもののそれに、わずかに瞬きをしたローは、その視線をナマエの顔へと戻した。
 見やったその顔は、普段と何も変わらない。

「…………おい、ナマエ」

「なんだ?」

 ローの体を船室の出入り口へと押しやるナマエに促されて歩き出しながら、ローはナマエへ言葉を紡ぐ。

「さっきは病人食にしろと言っておいたが、てめェの体調が悪くねえんなら、半分は通常食にしてやろうか」

 肉も魚も野菜も豊富に入手できたと、クルーたちが大喜びしていたことをローも知っている。味気ない病人食よりも通常食の方が腹を満たせるのは、間違いなく喜ばしいことだろう。
 ローの言葉に、ナマエは少しだけ首を傾げてから、ローの体を廊下の方へと追い出した。

「ローに任せる」

 そうして言葉を放ちつつ、ローに背中を向けて部屋の扉を閉じる。
 当然ながらはみ出ていた尻尾はローの目の前にさらされており、先ほどよりも強く左右に振れているそれに、ローは少しだけ目を見開いた。
 もやりと、何とも言えない興奮を含んだ感情が胸の内を支配する。
 どことなく落ち着かない気持ちにさせるそれに、ローの眉間はしわを刻んだ。

「…………」

 ナマエは基本的に、表情の乏しい男だ。
 雰囲気こそ変化し、苛立った時の空気を後押しするのもその無表情ではあるが、時たま『強い』遊び相手に笑顔を向けるとき以外は、大体が無表情だった。
 しかしまるでその体から生えた異常部分は、ナマエの心を代弁するかのようではないか。
 食事程度でそこまで大喜びしているとは思えないので、ある程度派手にあらわされている部分はあるだろうが、しかし普段よりも随分と分かりやすいナマエを前にして口元を緩めたローを、ナマエが振り返る。
 途端にその尻尾が動きを止めて、ナマエの体の向こう側に隠れてしまった。
 どうやら、長時間同じ動きをすることは出来ないらしい。

「……ロー?」

 どうしたんだ、と尋ねてくる相手になんでもねェよと答えたローが、『怖い顔してますよ』とペンギンに指摘されたのは、食堂に入ってからのこと。
 ローとしては抑えきれぬ笑みが漏れてしまっていただけだというのに、何ともひどいクルーがいたものだった。



end


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