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番人警戒監視中
※前回のリクエスト企画の続き



 マルコから見て、俺はあの日、忽然と姿を消したことになっていたらしい。
 自分が悪魔の実を食べて化け物になってしまったから捨てられたのだと、そう思っていたと俺を白ひげに引き合わせて無理やり海賊にしてしまった不死鳥は言った。

「いや、だから、それは誤解だ」

「……まあ、信じてやるよい」

 何度か繰り返した言葉を紡げば、しぶしぶと言った風にマルコが言う。
 その目が俺の顔をしげしげと眺めて、年もとってねェみたいだしねい、と言われ、ああ確かに、と俺もマルコと自分を見比べた。
 小さなマルコがこんなにも大きくなったというのに、俺の体はあの頃からそれほど変わらない。
 そのことを踏まえれば、俺の言い分である、寝て起きたら今の時間にまで飛ばされていた、という言葉を信じるしかないだろう。
 軽く片手で拳を握ったり解いたりしていた俺へ、マルコが尋ねた。

「ナマエ、能力者だったのかい」

 寄越された言葉に、俺は改めてマルコを見た。

「そうだと、一緒に海を泳いだりもできないんじゃないか?」

 小さかったマルコと一緒に海を泳いだのは、俺にとってはそう前の話じゃない。
 俺の言葉に顔を顰めて、そんなこともあったかねい、とマルコは唸った。
 マルコにとってはそこそこに昔のことだから、覚えていなくても当然か。
 寂しい気もするが、これが現実だろう。
 俺は小さく息を吐き、少し上へ持ち上げていた手をおろした。

「まあ、これからまたよろしく頼むよ、マルコ隊長」

 俺を一番隊所属にしたマルコへそういうと、マルコは少し変な顔をした。







 初めてこの世界に来たときに流れで乗ることになってしまった商船では、新入りというのは忙しいものではなかったろうか。
 そんな風に考えて首を傾げてしまうくらい、俺は暇を持て余していた。
 ついでに言えば、何となくだがクルー達から一線を引かれている気がする。
 今更友達100人作る気はないが、与えられた大部屋のクルー達とくらいは仲良くしたいのに、挨拶もそこそこにささっと離れられては、ものすごく寂しい。

「どう思う、サッチ隊長」

「何となく分かってて言ってんだろう、ナマエ」

 俺の言葉へそんな風に紡いで、仕方無さそうな顔をしたサッチがその手で用意した飲み物をひょいと俺へ差し出してくれた。
 昼食時も終わった昼下がり、厨房はつかの間の休息のようだ。
 サッチは厨房の一角にある椅子に座って、新入り達が皿洗いするのを見守っているらしい。
 カウンター越しにその横に陣取って、俺は頂いた飲み物を軽く啜った。美味いコーヒーだ。

「せめて何か言ってくれればいいと思うんだ」

「その何かが思いつかないんじゃねェの」

「そんなに難しいことじゃないのに」

 どうでもよさそうな声を出すサッチの横で、俺もやれやれと声を零す。
 がちゃがちゃと皿洗いを続ける新入り達からようやく目を離したサッチが、その視線をカウンター越しに身を乗り出している俺へ向けた。

「お前が話しかけてやりゃあいいんじゃないのか」

「……なるほど」

 寄越された言葉に、ふむ、と頷く。
 確かに、待っていても向こうから話しかけてこないなら、俺から行くべきだろう。白ヤギと黒ヤギだってお互いに意思疎通の努力はしていたじゃないか。
 俺の反応を見て、何で今まで思いつかないんだよ、と呆れたような声を出したサッチが、少し崩れた自分のリーゼントを軽く直した。

「向こうから用事があるんじゃないかと思ってたんだよ。でも、そうだな。俺から行ったほうが早そうだ」

「気付いていただけて何より。じゃあさっさと行ってこいよ」

 俺へ向かってそう言いながら、サッチが椅子から立ち上がる。
 それに気付いて慌ててコーヒーを飲み干した俺は、振り向いたサッチへカップを受け渡し、洗い終えた皿を積みすぎている新入りに近付いていく四番隊長を見送ってからぐるりと振り返った。
 俺の動きに気付いたように、さっと食堂の出入り口の影に何かが隠れる。
 ここ最近、振り向くたびによく見るそれに小さく笑って、俺はそのまますたすたと、一直線に出入り口へ向かった。
 食堂に何人か残っていたクルー達がこちらに注目している気がするが、気にせずひょいと廊下へ顔を出し、そこに立っている人物を見やる。

「マルコ隊長」

 呼びかけると、なんでもない風を気取っていたマルコが、ちらりとその視線を俺へ向けた。
 何だよい、と呟いたマルコへ、笑顔を向けて言葉を紡ぐ。

「一緒に甲板へ出ようか。話があるんだ」

 俺の言葉に、マルコは少しばかり眉を寄せて、それからわずかに頷いた。







「単刀直入に言うとだな。俺を見張っていても何の得にもならないから、もうやめてくれないか、マルコ隊長」

 場所を移して、声が聞こえる範囲には自分とマルコしかいないことを確認した俺は、正面の相手へそう言って肩を竦めた。
 モビーディック号に乗り、白ひげ海賊団に入ってしばらく。
 一般的な新入りクルーの扱いを受けているはずの俺は、自分を見張っているマルコの存在に早々に気がついた。
 それは大概において物陰から、俺に気付かれないようにとあまり視線も送らない努力をして、マルコは俺のことを見張っている。
 多分、他のクルー達もマルコに見張られている俺に気付いているだろう。
 何せ、俺と話をしていると他の隊の隊長格から呼び出されてしまうのだ。
 何を言われているのかは分からないし絶対に口を割らないのだが、早々に同室のクルー達全員が呼び出されてしまった俺は、それ以降はあまり仲良くできるクルーも見つけられないでいる。
 無視などはされていないだけマシだろうか。これで無視までされていたら、いじめだと判断して先生の代わりに船長へ泣きつきにいくところだ。

「……別に、見張ったりしてねェよい」

 ふいと顔を逸らしてマルコが言うのを聞いて、俺はじっと嘘つきの顔を見つめた。
 しばらく眺めても表情の変化が起きない相手にため息を零して、第二の要望を口にする。

「……マルコ隊長がそう言い張るならそれで構わないが、それならせめて仕事が出来るようにしてくれ」

 恐らく、マルコが見張りやすいようにだろう。
 俺には殆どの雑用が回ってこないでいる。
 何か仕事が無いかと聞いても、俺の後方をちらりと見やったクルーから「今のところは無いな」と言われるのだ。
 たまに与えられる仕事も一時間以内に終わってしまうものが殆どで、つまり俺は暇だ。大変に暇だ。
 マルコと二人で船に乗っていたあのころはやることがたくさんあったから、余計に困惑している。
 俺の言葉を聞いて、ようやくマルコがこちらを見た。
 俺のことを観察したその目が軽く瞬いて、その口が小さくため息を零す。

「……仕事がほしいのかよい」

「そりゃな。働かざるもの、食うべからずだ」

 問いかけに俺が頷くと、マルコは少しばかり考え込んだようだった。
 それから、そうだねい、と呟いて、お互いの間に開いていた距離を一歩、二歩と縮める。

「それじゃ、ナマエには特別なのをやるよい」

「お。何だ?」

「おれの仕事を手伝えよい」

 さらりと寄越された言葉に、俺は首を傾げた。
 それがいい、と頷いて、マルコの手が俺の肩を掴み、くるりと俺の体の向きを反転させる。
 背中を押すようにしながら歩き出されて、俺もまた同じように歩きはじめた。

「そろそろ仕事が溜まって来てたから、ちょうど良かったよい」

「それは、もしかしてもしかしなくても、マルコ隊長が俺のことを見張ってたからじゃないのか……」

「ナマエが悪い」

「は」

 すたすた歩かれて戸惑いながら、促されるままに甲板の端から船内のほうへ続く入り口まで移動する。
 そこで寄越された聞き捨てなら無い台詞に思わずマルコを見上げれば、眉を寄せて不機嫌そうにしたマルコが、その手で扉を押し開いた。

「ナマエがまた消えたらどうすんだよい」

 扉の軋みにまぎれそうな声でそう言われて、俺はぱちりと瞬きをする。
 通路へ入ったマルコに改めて背中を押されて、どうやらマルコの部屋へ向かっているらしいその足に合わせて歩きながら、俺は少しばかり考えた。
 今のマルコの発言からすると、マルコが俺を物陰で見張っていたのは、俺が『前』のように消えたりしないか不安だということだろうか。
 確かに、原因も何も分かっていないのだから、そうなる可能性は十分にある。
 俺自身が何かをしたわけでも無いから、俺にそれが察知できたりするわけでもないのだ。
 何より俺はもともとこの世界の人間ではなかったのだから、下手をすれば元の世界へ戻ってしまう可能性だってあるだろう。
 俺自身が考えたことも無かった不安をマルコが抱えていたのだと気がついて、何だ、と小さく呟いた。
 図体ばかり大きくなっても、マルコはまだ、俺に甘えていたあの頃のマルコとあまり変わらないらしい。

「……それじゃあ、仕方ないからマルコに見張られてやって、その間は暇だからマルコの仕事を手伝ってやるとするかな」

 やれやれとわざとらしくため息を吐いた俺の横で、マルコはしばらく沈黙した後、そうしろい、と唸るように声を零した。
 声音はどちらかと言えば不機嫌そうだったのだが、マルコの部屋に辿り着いた時に見やったその顔は何だか上機嫌に見えたので、まあいいかと構わないことにする。
 翌日から、クルー達が俺に対してそこそこ友好的になってくれたので、俺は少しほっとした。
 『マルコ隊長がもういいって言ってたから』という言葉の意味は、まあ、追求しないことにしよう。


end


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