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温もり均等配分
※勘違いされてる主人公とローと冬島(近海)




 ハートの海賊団が近づいている次の島は、冬島であるらしい。
 島の気候が影響する海域に到達したのか、久しぶりの浮上で吐く息が白くなったと喜んでいたクルー達を横目に、ローはちらりと傍らを見やった。
 温かそうなコートを着込んで、手袋を装備し、色使いからしてどうやら二枚のマフラーを首に巻いているらしいナマエが、その視線に気付いてローを見やる。

「……ロー?」

 どうかしたのか、と言いたげに高すぎず低すぎない声で名前を呼ばれて、ローはそっと彼の方へと足を動かした。
 間に開いていた距離を一歩、二歩と縮めて、その目がちらりと男の方をもう一度見やる。

「……いい加減、ベポから離れろ」

 そうして言い放ったローの視界で、男はその両腕で航海士たるシロクマを抱きしめていた。
 もうじき島につくという話を聞いて、冬島らしいそれに船内が騒がしくなったのは今朝のことだ。
 万が一海面が凍っていては浮上が難しくなるのと、氷山を回避するため、浮上を言い渡したローが何とはなしに探した男は、ひんやりとした空気に満ちた甲板に立っていた。
 そして、その両腕で、今までローが見たことも無いくらいしっかりとベポを抱きしめている。
 万が一それがシャチであったなら切り刻んで救出してやることもやぶさかでは無いと思えるほどの熱烈な抱擁だが、冬島が近くなるとクルー達にくっつかれることが多くなるためか、ベポは大して気にした様子もなくログポースと海図の確認をしていた。
 闘う航海士たるシロクマの体にその腕を回して、体を密着させたナマエはあまり表情を崩さずにローへと返事を寄越す。

「いやだ」

 端的に逆らった相手へ、ローが眉間に皺を寄せる。
 ナマエは寒がりだったのか、とどこかでペンギンが呟いている声が聞こえた。
 ナマエをつれて冬島へ行くのは初めてだったが、どうやら彼の言う通り、ナマエは『寒がり』に該当する人間であったらしい。
 北の海出身のローよりずいぶんと重装備な上に、温かな生き物に密着して離れようともしない相手へ、ローは舌打ちを放った。

「ベポが動きづらいだろうが。もうじき島につくんだ、航海士を拘束するんじゃねェ」

 尤もらしい発言をしたローに、けれどもナマエはベポに頬ずりするようにしながら頭を横に振った。
 くすぐったい、とベポが少し笑って、悪かった、とすぐにナマエがそれに謝る。
 それを見て苛立たしげな顔をしたローが、その口から低い声を漏らした。

「……おれに逆らうのか、ナマエ」

「まさか」

 自分の領域内で思い通りにならないことが嫌いな船長からのいらだち交じりの声に、あっさりとナマエはそう答えて、ベポを拘束していた両腕のうちの片方をオレンジのつなぎから引き剥がした。
 そうして伸ばされた手が、いともたやすくローの肩に触れる。

「な」

「わあ」

 肩を掴まれて戸惑った顔をしたローの体は、ぐいと引き寄せられることによってそのままベポの背中へと押し付けられた。
 さすがにもう一人が追加された衝撃には驚いたのか、海図を持ったままのベポがわずかに悲鳴を上げる。
 肩に触れていた手をローの背中側に回して、ナマエがその両手でベポとローを合わせて抱きしめた。
 思い切り温かなシロクマへ顔を押し付ける羽目になったローが、身をよじってナマエの方へその顔を向ける。

「おい、ナマエ」

「あったかいだろう」

 わずかにとがった声を寄越されたというのに気にした様子もなく、男は自分もシロクマの体に頬を押し付けながらローへ囁いた。
 言われれば確かに、ベポの体は温かだ。その特殊な体毛のおかげで寒さに強いために薄着なせいもあるだろう。
 どうにも『寒がり』であるらしいナマエにとっては、この潜水艦上で一番の素晴らしき暖房具に他ならない。
 ベポの体に体を押し付ける恰好を取らされながら、そこまで考えたローは、怪訝そうな眼差しを男へ向けた。

「……そんなに寒いんなら、船内で大人しくしていればいいだろうが」

 船内もそれほど温かいとは言えないが、甲板でこうして潮風に吹かれているよりは随分とましである筈だ。
 しかし、ローの言葉に、ナマエはまたしてもベポへ頬を擦り付けるようにして首を横に振った。
 またもくすぐったいと少し身を震わせたベポに、すまない、とすぐさま謝罪してから、ナマエの視線がローを見る。

「冬島を見るのは初めてだ」

 だから甲板まで出てきたのだと主張されて、ローはぱちりと瞬きをした。
 どうやら、他のクルー達と同様に、顔ではわかりにくいが男も冬島へたどり着くことを喜んでいたらしい。

「……意外にガキ臭いところもあるのか」

 思わずローがそんな風に呟いていたところで、二人の体を受け止めていたベポがもぞりと身じろぐ。

「ナマエ、おれちょっと行かなきゃだから、暖取るならキャプテンからにしてね」

 そんな言葉を放った航海士が自分を拘束するナマエの腕から逃げ出して、ローのすぐ傍から大きな温もりが消えた。
 は、と声を漏らしたローとその隣のナマエを置いて、てくてくと歩いたシロクマがそのまま甲板の端のクルーへと近づいてく。
 それを見送る格好になってしまったローは、まだ自分の背中に触れている男の手を辿るように、その視線を側へ向けた。
 同じようにベポを見送っていたナマエが、それに気付いてその視線をローへと向ける。
 やや置いて、その口元ににやりと笑みを浮かべたローが、軽く両手を開いて見せた。

「どうする、ナマエ。おれにしておくか?」

 尋ねながらも、男が首を縦には振らないことくらい、ローにとっては分かりきったことだった。
 女にそれほど興味を持たず、男相手に嫌悪も抱く様子もないが、ベッドの上でどれだけあからさまにローが誘ってもナマエは乗ってこないのだから当然だ。
 どうせいつものように『趣味じゃない』などと言い出すだろうから、そうしたらなんだかんだと言い含めて船内へ引きずり込むのもいいかもしれない。
 体が冷えているのなら、何か温まる飲み物でも飲ませればいいだろう。
 今なら言いくるめて酒も飲ませられるか、などと考えたローの体が、ぐいと前へ引き寄せられる。
 唐突すぎるそれに油断していたローの足がたたらを踏んで、視界のどこかで動いた黒い塊が自分の体に密着したと気付いてその目がぱちりと瞬きをした。
 二本の何かに体を拘束されて、なんだこれは、とそれを辿るように視線を動かしたローの体が、ぎしりときしむ。
 少し身を屈めた男が、ローの体を横から抱きしめたうえで、その頭をローの腕あたりへ押し付けていた。

「…………ナマエ?」

「寒い」

 呼びかけたローに返事をするようにしながら、ナマエがもぞもぞと身じろいでいる。
 ベポに温められていたのか、その腕や体は随分と温かいようにローには感じられた。
 あまり柔らかいとは言えないローの体をしっかりと抱きしめたまま、やや置いて顔を離したナマエは、丸めていた背中を伸ばしてからその目で間近のローを見つめる。
 あまり感情を宿さない筈のその目に失望を見た気がして、ローは眉間に皺を寄せたまま、何だ、と声を零す。

「……ローは、体温が低いな」

「………………ベポと比べてんじゃねェよ」

 そうして寄越されたとてつもなく残念そうな声に、ローの口からうんざりとしたため息が漏れた。
 全身が特別な体毛でおおわれているシロクマたるベポと、ゾオン系能力者でも無いローの体温が同じである筈がない。
 そんなことがありえたなら、ナマエはまずローが高熱を出している可能性について考えるべきである。
 ぎゅうぎゅうと抱きしめてきていたその腕の力が緩み、ついには離れたのを感じながら、ナマエから目を逸らしたローはふんと鼻を鳴らした。
 そんな彼の首元に、ぐるりと何かが巻きつけられる。
 ぬくもりの残ったそれがマフラーだと気付いて、ローはもう一度隣を見やった。
 ローよりずいぶんな重装備のナマエが、自分の首からマフラーを一枚解いたのだということは、そちらを見て一目でわかった。
 そして、ローの首にぐるりと巻かれたのが、そのマフラーだ。

「……おい?」

「俺より体温が低い」

 何のつもりだと尋ねながらマフラーをはがそうとしたローの手を掴まえて、ナマエが器用にも残った片手だけでくるくるとローの首にマフラーを巻いていく。
 やや置いて、ローの襟辺りから口元辺りまでを厚手のマフラーで巻いてしまったナマエは、よし、と頷いた。
 それを見やって、寒いんじゃねェのか、とローは思わず問いを投げていた。
 ナマエの首にはまだ一枚マフラーがあるが、それは随分と薄手のもののようだ。
 寒い寒いと騒いでいたくせに自ら装備を解いた男が、ローの言葉に肩を竦めて答える。

「ローが風邪をひく方が困る」

 まったく何も問題はない、と言いたげな、迷いのない声だった。
 相変わらずの無表情だが、どこか満足げにも見えるその顔を見やって、やや置いてからローの口からため息が漏れる。
 空気で凍った白い息が甲板の上で消えていくのを見ることすらできずに、ローの視線がナマエから外れた。

「……おれは船内に戻る。島についたら呼びに来い」

 どうせここに残るんだろうと言って戦利品を受け取ったままでローが言えば、男が頷く気配がする。
 そのまま甲板から船内へと続く扉まで移動したローは、扉を開く前にちらりと後ろを見やった。
 けれどもナマエの興味はもはやローには向いていないらしく、その目は海のかなたにあるだろう冬島を探して海を彷徨っていて、ローの視線にすら気付いた様子も無い。
 ほんの少しだけそれを残念に思ってから、それでも緩んだ口元を、ローはマフラーを引き上げることで隠した。
 まだわずかにマフラーが温かく感じるのは、ナマエの体温が残っているからなのか、違うのか。
 それすら分からないまま、足取りを軽くして船内へ入ったローとすれ違ったクルーの何人かが、冬島のおかげで船長が珍しくご機嫌だぞ、と少しばかり噂していた。







「……(うぉおお! 雪だ! 雪だ! すっげ、雪だ!)」

「……なーペンギン、ナマエの奴、冬島初めてだとか言ってなかったか? 全然表情がかわんねェな」

「寒がりのわりに、雪も気にした様子ないしな」

「どわ! ……歩き慣れない筈なのに、何であいつは転ばねェんだろ」

「おいシャチ、頭から雪に倒れるな。まあ、ナマエだしな……」

「(あ、でもやっぱり寒い。……そういえば、)ロー、(そろそろマフラー返して貰えたりなんか……)」

「なんだ?」

「……(うん、鼻赤くなってるし俺より寒そうだな……)何でもない(諦めよう……早く村とか町とかに辿り着かなきゃな……!)」

「キャプテン、今日はマフラーしてるんだね、珍しい」

「ああ……どこかの心配性が貸してきたからな」

「ふうん? 何だかそれ、ナマエのにおいがするね?」


 そんな会話を交わしながらハートの海賊団が雪で覆われた冬島へ上陸したのは、ローが甲板を離れてから二時間ほどあとの話である。



end


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