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100万打記念企画 (1/2)
※勘違いされてる主人公とロー
※主人公視点→三人称→主人公視点





▼主人公視点



 最近、ちょっとおかしいんじゃないだろうかと考えていることがある。

「…………」

 じっと椅子に座り込んだ状態で視線を向けると、向かいに座っているトラファルガー・ローが、刺青入りの手で優雅にコーヒーカップを掴まえた。

「どうした、ナマエ」

 食わねェのか、と問いかけられて、何と答えたらいいのかも分からないまま沈黙する。
 俺のそんな様子など気にした様子もなく、ローはご満悦な顔でコーヒーを口に運び、そしてその手でがさりと新聞をめくった。
 俺から見るとただ訳の分からない言語が書かれているだけでしかないその紙束も、ローに掛かれば貴重な情報源であるようだ。
 その様子を眺めて、それからゆるりと視線を動かすと、こちらを遠巻きに眺めている何人かのクルー達が見えた。
 さっき俺に声を掛けようとしてペンギンに捕まったシャチは、まだしっかりとその口をペンギンの手で押さえられている。きっと、俺の名前を呼んだところでローがシャチを睨み付けたからだろう。
 ローは何も言わなかったのに、まるで『近寄るな』と命令でも受けたかのように、俺とローからみんなが一定の距離を保っている。
 いっそ俺も連れて行って欲しいのに、誰も俺をここから助けてはくれない。
 手に持っているものを握り直して、はあ、と小さくため息を零した。
 見下ろした先には白くて丸い皿と、その上にはなんともいいがたい物体がある。ふんわりと漂うバニラの香りからして、多分『ケーキ』だ。

「……一口食べるか?」

 少しだけ考えて、手元のフォークで突き刺したそれのかけらを向かいに差し出すと、ローがわずかに怪訝そうな顔をする。
 それでもその口が俺のフォークを受け入れて、それからすぐに離れていった。

「……甘ェな。さっさと食え」

 口の中身をコーヒーで流してから、ローがそんな言葉を口にする。
 それを聞きながら、俺は改めて皿の上を見下ろした。

「…………」

 多分、俺は勘違いされているんだと思う。





▼三人称


「ねェねェナマエ、これ食べる?」

 ベポが近寄り声をかけているのが聞こえて、ペンギンは少しばかり動きを止めた。
 倉庫整理をしながら棚の影から顔を出せば、開けっ放しにしてあった扉から見える場所で立ち止まった白熊航海士が、手に持っている何かの平たい缶を呼び止めたクルーに差し出している。
 くるりと振り返ったナマエがそれを見下ろして、わずかに不思議そうに首を傾げた。

「クッキー、まだ開けてない奴だよ」

 人の顔だったらニコニコ笑っているのだろう声音で言葉を放ったベポに、そうか、と呟いたナマエの手が向けられて、差し出されていた缶が受け取られる。
 前の島でベポが買い込んでいたものだと把握して、物を退かした棚を拭いているペンギンの耳に、通路側からナマエの声が響いて届いた。

「俺が食べていいのか?」

「うん! ナマエ、甘いの好きなんでしょ?」

 キャプテンが言ってたよと続いたベポの言葉は、ペンギン自身も聞いたものだった。
 船に乗る誰も気付かなかったが、トラファルガー・ローが直々に連れて来たかのクルーは、見た目によらず甘党だったらしい。
 いつだったかの戦利品の甘ったるい酒も、本当は売るつもりだったのだが、ナマエが好んで飲んだからと倉庫の一角に居場所を貰っている。
 ひょっとすると次の島についた時には買い足すことになるのかもしれないと心配していたのは、買い出しを基本的に担当しているクルーだ。
 ナマエはどうも大酒のみのようで、時々しか飲まないが一度飲めば飲む量が尋常ではない。甘ったるいとは言え珍しい酒だったあれをそれに合わせて買っていては、民間船を一つ二つ襲うくらいでは足りないだろう。
 そんなことを思い出しながら棚を片付けていたペンギンをよそに、そうか、とナマエが呟いて、それからベポに礼を言う。
 嬉しそうに笑ったベポが先に通路を歩いて行ったようで、しばらく置いてから小さな音が倉庫の中へと入り込んだ。
 それを聞いてペンギンが再び棚の影から顔を出せば、いつの間にやら倉庫の中へ入ってきたらしいナマエが、ちらりとペンギンへ視線を向ける。
 その手が缶のふたを掴んでいるのを見て、掃除用の布を掴んだままでペンギンが肩を竦めた。

「食べるつもりなら、食堂に行ったらどうだ?」

 不衛生だとは言わないが、倉庫が衛生的だとも思えない。
 わざわざこんなところで食べる必要があるのかと尋ねたペンギンの方へと近寄ってきたナマエの手が、大して気にした様子もなくぱかりとクッキー缶のふたを開いた。
 そうしてそこから覗いたのは、ベポの言う通りただのクッキーだった。
 カラフルなのは、先日の島の食材が基本的に着色されていたからだろう。
 鮮やかなそれらを見下ろしたペンギンの前で、器用に蓋を小脇に挟んで手を動かしたナマエが、丸い缶の中でもひときわ目立つ一枚を一つつまんで、それをそのままペンギンの方へと差し出す。

「…………食べるか?」

 そうしてそのまま寄越された問いかけに、ペンギンは少しばかり怪訝そうな顔をした。
 何だ急に、と呟けば、やっぱり食べないか、と声を漏らしたナマエの手がクッキーを缶の中へと戻す。
 基本的に無表情であるはずのナマエの顔がわずかに曇っているように見えて、ペンギンの口からは溜息が漏れた。
 それから、食べる、と告げて口を軽く開けば、ナマエの目がそれを見やる。
 やや置いて、もう一度つままれたクッキーが差し出されたのを確認して、ペンギンはそれに噛みついた。
 甘味のない飲み物が欲しくなるような甘さが口の中へと広がって、それを味わってからすぐに飲みこみ、空になった口の中をナマエへ見せつける。

「……ベポが、お前に何かを盛ったりするわけがないだろうが」

 『仲間』を疑うなんてとナマエを睨めば、そんなことは思っていない、とナマエが反論した。
 それならわざわざ人を毒見に使うな、と反論して、ペンギンの手が無理やりナマエの手元のクッキー缶のふたを閉じさせる。

「別に誰かに分けるなとは言わないが、ちゃんと食ってやれ。前の島で、お前に食べさせたいからって選んでいた奴だからな」

 楽しそうに買い物をしていた航海士の姿を思い出してペンギンがそう言うと、ナマエは少しだけ眉を寄せて、それでも一つだけ頷いた。
 それから、両手にクッキー缶を持ったまま、ふらりと倉庫を出ていく。
 その背中を見送って、改めて倉庫の掃除に戻りながら、ペンギンは小さく溜息を零した。







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