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小さな秘密 (1/2)
※主人公視点




 久しぶりに海上へ姿をあらわにした潜水艦の甲板で、俺はぼんやりと座り込んでいた。
 真上の月が明るく照らす甲板には、どうしてか船内のクルーの殆どが揃っている。
 中央にシャチとペンギンを置いて、いつになく真剣に円陣を組んでいる彼らの様子には、何となく見覚えがある。
 去年は当日だったが、どうやら今年は少し早く『作戦』を立てることにしたらしい。
 その輪から弾かれた場所に俺が座っているのは、先に甲板にいた俺を一瞥しただけで仲間に誘ってもくれなかったペンギン達が、俺が面白そうなその集まりに近寄ろうとするのをじろりと睨んで制してきたからだ。
 どう考えても仲間外れだ。
 仲良くやってきているはずなのに、時々こうやって思い出したように仲間外れにされるのはやっぱり傷付く。
 船内でやっていたなら俺はこの『作戦会議』にすら気付かなかった筈で、どうしてわざわざ俺のいる甲板まで出て来たんだと抗議したいくらいだが、あんな怖い大人達を相手にそんなことが出来るわけもなかった。
 唯一の救いは、すぐ近くにベポがいることくらいだ。

「月がまん丸だよ、ナマエ」

 すごい大きいねと楽しげに言うベポが、俺の膝に頭を預けて空を見上げている。
 そうだなと返事をして、不思議な手触りのその頭を軽く撫でながら、俺は背中を船に預けた。
 時々どこかで魚が跳ねているのか、波音と水のはじける音が聞こえる。
 それを聞きながら真上を見上げれば、確かにベポの言う通り、丸い月がこちらを見下ろしていた。
 俺がいた世界と同じ色と同じ形をしているが、あの世界でもこんなに明るかったんだろうか。少しだけ記憶があやふやなのは、それだけ俺が『この世界』にいるという証だった。
 体が『大人』のそれになって、出会ったローに無理やり仲間に引き入れられて、もうどれくらい経つだろう。
 いつか帰れるのだろうか、と少しだけ考えてみると、それはそれで恐ろしい気がする。
 今だって見やった先では『仲間』達に仲間外れにされているが、ちょっと傷付くくらいで、酷い目に遭わされたわけでもない。
 『元の世界』でのあの頃は誰かが寄り添ってくれることなんて無かったけど、今は傍らにベポだっている。
 今更ここを離れて、うまくやって行けるかどうか疑問だ。

「だーかーら! 前と同じじゃあ芸がねェだろ!」

 ぼんやりと視線を向けた先で、大声を上げたシャチがばしばしとホワイトボードを叩いた。
 それからさらに何かを口にして、それを落ち着かせようとペンギンが何だかんだと言葉を交わしている。
 漏れ聞こえた話を統合するに、俺の目と鼻の先で行われている『作戦会議』は、この船の船長であるトラファルガー・ローの誕生日を祝うための物であるらしかった。
 去年はその日付を知りもしなかった彼らは、しかしその失敗を経て、今回は完璧な祝いを行おうと心に誓っているらしい。
 酒だ宝だ女だと口にしてはああだこうだと議論を交わして、ホワイトボードの上に文字が書かれては消えていく。
 楽しそうなその様子を眺めていると、なあ! と声を上げたシャチがその目をこちらへ向けた。

「ナマエもそう思うだろ!」

 きっぱりと言葉を寄越されて、あれ、と目を瞬かせる。
 俺は仲間外れにされているんだと思っていたのだが、どうやらその話し合いに参加している頭数には数えられていたらしい。
 しかし、意見を求めると言うよりただ同意を求めるようなシャチを見やって、何と言えばいいものか、なんて考えながら少しだけ首を傾げた。
 俺の反応に、何だよお前もこいつらと同じ意見なのかよとシャチが口を尖らせているが、漏れて聞こえる話を聞いていただけだったから、その『同じ意見』がどういう意見なのかもよく把握していないのだ。
 大体、ローが誕生日にパーティーを開いて欲しがるようには思えなかった。それに合わせて盛大に騒いだり祝ったりしたいのは、ローのことが大好きなこの船のクルー達の方だろう。
 しかし、さすがに、『ローは何でもいいんじゃないのか』なんて言える筈もない。
 少しだけ考えたところでベポがむくりと起き上がったので、俺もとりあえず目の前の輪に加わろうと、その場から立ち上がった。

「そうだな、とりあえず」

 考えながら口を動かしたところで、ふ、と少しだけ周囲が暗くなっていくのに気付く。
 月に雲でもかかったんだろうか。あれだけ大きな月だ、少し遮るだけでも大きな影が落ちるに違いない。
 近くで魚が跳ねたのか水音もして、でかい魚だったんだろうな、と予想した。グランドラインの生き物は大概が巨大なので、もう驚くことも少なくなった。俺も随分適応したものだと思う。

「料理を揃えて、宴にすればいいんじゃないか」

 そんな風に言いながら、なあ、と同意を求める為にベポの方を振り向く。
 そうして俺は、そこにあった巨大な影に身を竦ませた。
 何故海王類が牙をむき出しにしてこちらを覗き込んでいるのか、理解に苦しむ。
 ぼたぼたとその体を伝って落ちる海水が海面で派手に音を立てていて、先程の音がこれだったのだとようやく気付いた。
 こちらへ注がれるその視線は肉食獣のそれで、強大な牙の隙間に挟まっているのはどこかの船の破片のように思える。

「…………まあ、肉は確保できたな」

 ぐるるるると落ちるその鳴き声にため息を零して、ペンギンが呟くのが後ろに聞こえた。
 そこまで強い心臓を持っているのは、少し羨ましい。





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