おやすみ
※ロー視点
小さく軋む音を立てて、扉が開かれる。
「ロー」
低すぎず高すぎない声がベッドに座っていたおれの名前を呼んで、視線を向ければ、おれの予想通りの声の主がそこに佇んでいた。
「ナマエ、どうかしたか」
尋ねながらにやりと笑ってやって、手に持っていた本を音を立てて閉じる。
おれの仕草を見ていたナマエは、どうでもよさそうに口を動かした。
「ペンギンが、キャプテンは就寝時間だと」
「生憎、まだ眠くならねェな」
「だろうな」
肩を竦めて見せると、ナマエも軽く頷く。
それでもその足は動いておれへと近付き、その手がおれが閉じたばかりの本を取上げた。
「でも、就寝時間だ」
「何だ、おれに命令するのか? ナマエ」
「まさか」
おれの言葉にそう答えつつ、ナマエは本を本棚へと戻した。
あちこちに隙間がある本棚だというのに、どうしてナマエは毎回元あった場所に本を戻せるのか、少しばかり不思議だ。
だが、それだけおれの部屋を観察しているという事なら、かなり気分がいい。
何故ならすなわち、それはおれの事を気にしているということだからだ。
「ナマエ」
振り向いた相手の名前を呼ぶと、あまり見ない色合いの目が、黒い髪の下からおれを見返した。
軽く両手を広げて見せると、小さくため息を吐いたナマエがこちらへと近付いてくる。
寄ってきたその腕を捕まえようとしたら、逆に掴まれて抑えられた。
そのままぐいと体を押しやられて、にやにや笑いながらナマエを見上げる。つかまれたままの指で軽くナマエの手を撫でて、ついでに広げた足をナマエの体に絡めた。
おれを押し倒す格好になったナマエは、けれどそうされても眉一つ動かさずに、軽くおれの胸元に手を当てる。
人が着込んでいたシャツのボタンを二つほど開けてから、軽く人の首をくすぐるその指に、思わず肩を竦める。
するとすぐにその手は離れて、おれはじとりとナマエを見上げた。
「おい、ナマエ」
「おやすみ、キャプテン」
無表情なままでそんな風に言葉を落として、ナマエの手がばさりとおれへ毛布を掛ける。
手際よく絡んでいたおれの足まで解かせ、おれの首から下を毛布で拘束したナマエは、そのままひょいとおれの上から退いた。
そのまま部屋を出て行こうとするナマエに、小さく舌打ちする。
「せめておやすみのキスでも置いてったらどうだ?」
ベッドに寝転んだまま、面白くない気持ちをそのまま声に宿して投げると、部屋に明かりを放っていたカンテラに手を伸ばしたナマエが、ちらりとこちらを見た。
闇のように暗い髪の下の、暗い色の瞳がおれを見る。
「趣味じゃない」
冷たく言葉を落として、ナマエはカンテラすら片手にそのまま部屋を出て行ってしまった。
閉ざされた扉の向こうに、遠ざかっていく足音が消えていく。
暗くなってしまった部屋の中で、おれは盛大にため息を零した。
いつもいつも、人を寝かしつけては何もせずに離れていくナマエの野郎に、ほのかな苛立ちすら感じる。
ナマエが女にそれほど興味を示さない奴だっていうことは知っている。
男相手に嫌悪も抱いてねェらしいというのも確認済みだ。
だからこうして誘ってやってるというのに、ナマエはまったく手を出してこない。
「ナマエの野郎……」
まったく、こうして寝かしつけるのがおれだけだという事実も無かったら、五体バラバラにしてから裸で乗ってやるところだ。
苛立ち交じりの舌打ちを零したおれは、とりあえず、明日の朝起こしに来るナマエにどんなちょっかいをかけてやろうか考えながら眠ることにして、そのまま暗闇の中で目を閉じた。
※
「(ローが)欲求不満だ……」
「へ? ナマエ?」
「シャチ。(最近ローのスキンシップがすごいんだけどあれ絶対欲求不満だよな?)どう思う?」
「ど、どう思うって……」
「(発散してもらわないとなーだんだん不機嫌になるしさ、とりあえず)次の島はいつ(つくんだった)?」
「ナマエ、女買うのか!?」
「(!?)……いや?(何でそんなこと言うんだよシャチのばーか! 恥ずかしい奴! 俺みたいなフツメン一般人が女の人買えると思ってんのか! 金銭的にも無理だ! ローに決まってんだろローに!)」
「そ、そうか……そうだよな、キャプテンに悪いもんな……!」
「…………(え、もしかしてローって女買占めとかすんの? やだすごい財力と性欲)」
「危うく八つ当たりでバラされるところだったぜ……」
「……そうか。(ローの性欲怖い)」
end
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