わかたん2014
※飼育員主
「いいか、ナマエ。若の為の『計画』だ。時間厳守、一秒の遅れも許されねェ」
言葉と共に睨み付けられて、はあ、と俺の口からは間抜けな声が漏れた。
それを聞き、グラディウスが俺の前で腕を組む。
「何だ、その気の抜けた返事は」
「いや、あの……」
低く唸られて身を引きつつ、しかし水を向けられたなら言うべきだろうと判断して、俺は口を動かした。
「どうして、俺がその計画に組み込まれてるんだろうかと」
俺がこの城へと連れてこられて、どのくらい経っただろうか。
あと二週間で、ドフラミンゴの誕生日が来るらしい。
突然やってきたドンキホーテファミリーの幹部にそう言われた時は、そのせいで町中が妙に浮足立っているのか、と思っただけだった。
俺の知る限りの現在、民衆を味方につけた『ドレスローザ国王』の誕生日なら、島全体を上げて祝われるのも仕方の無いことだ。ついでに言えばそうでなくても、全体的に仲の良いファミリーの連中なら全身全霊で祝うに決まっている。
それは別に構わないのだが、無理やり飼育係に就職することとなった俺ですら巻き込むというのは理解に苦しむ。
だからこそ問いかけた俺の前で、何を言っているんだ、とグラディウスが言葉を零した。
「そんなもの、お前が『あいつら』の飼育係だからに決まっているだろうが」
きっぱりはっきりと、世の中の理を説くような声を出されても困る。
「ですが、芸なんて覚えさせられるとは思えません」
だからこそそう言って、俺は首を横に振った。
グラディウスの言う『計画』は、つまるところドンキホーテ・ドフラミンゴの誕生日パーティーだった。
ファミリー達がそれぞれ出し物をして、ドフラミンゴを楽しませると言うものだ。
そしてグラディウスは、俺にあの『シロ』達へドフラミンゴを楽しませる芸を教え込ませろと言っているのである。
正直に言って、絶対に無理だ。
「そこを何とかするのが飼育係の仕事だ」
「いや、そういうのは調教師に仰っていただかないと……」
「もう何人も食われたからな」
「え」
なんとも不穏な台詞を聞いた気がする。
聞き間違いであってほしいが、確かめると絶望しか待っていない気もして、どうしたものかとグラディウスを見つめたところで、ぐるるる、と耳に慣れた唸り声が聞こえた。
ちょっと待っててくださいね、とグラディウスへ一言置いて、くるりと後ろを振り返る。
そうすると、室内にグラディウスが入ってくるまで俺が向き合っていた三つ目と目が合い、慌ててそちらへ近寄った。
「ごめんごめん、待ってたんだよな」
謝りつつ軽くマヅルを撫でてから、離れた場所に転がしてあった『シロ』のための餌を『シロ』の方へと転がす。
巨大な肉の塊へ視線を向けて、それからこちらへ視線を戻した『シロ』が、きゅうんと少しだけ甘えた声を零した。
ちょっと待ってくれと掌を晒しながら、少しばかり『シロ』から距離をとる。
「よしよし、食べていいぞー」
そうして声を掛けつつ手を降ろすと、『シロ』の大きな口が勢いよく肉の塊へと噛みついた。
つい先ほどまで俺が立っていたあたりをひっかいていく牙へ、誰も取らないからもっと落ち着いて食べたらいいのにと小さく笑ってから、軽く肩を竦める。
「終わったらブラッシングするからな」
呼んでくれよ、と声を掛けると返事をするように『シロ』が唸ったので、分かってくれたと判断して三つ目の獣へ背中を向けた。
「すみません、話の途中で」
そうしてすぐにグラディウスの方へと近付けば、腕を組んだ姿勢のままだったグラディウスの方から、妙に呆れた声が漏れる。
「……懐いてるじゃねェか」
「え?」
ぽつりと落ちた声は聞き取りづらくて、思わず聞き返したものの、グラディウスはふるりと首を横に振っただけだった。
そしてその代わり、気を取り直したように『とにかく』と口にして、その背中をぴんと伸ばす。
「おれは計画と時間を守らねえ奴が死ぬほど嫌いだ。リミット厳守で行動しろ」
「ええええ……」
勝手に人を計画に組み込んで置いてのその発言は、さすがドンキホーテ・ドフラミンゴの部下だといっそ感心してしまうほどのわがままさだった。
※
ドフラミンゴが飼っている何匹かのペットのうちで、ドフラミンゴが一番気に入っているのは恐らく『シロ』だ。
体が大きくて一番世話に時間のかかる『シロ』を俺が世話している時、頻繁に出くわすのだから間違いない。
だとすると、俺が芸を仕込むべきなのは『シロ』に対してだろう。
「『シロ』、おて」
声を掛けつつ両手を差し出すと、『シロ』の片方の前足が躊躇うようにこちらへと差し出された。
俺の四肢など簡単にバラバラに出来るだろう堅い爪を付けた前足が宙に浮いているのを、こちらから迎えに行って掴まえる。
軽く揺らして手放すと、『シロ』はすぐに前足を降ろしてしまった。
見やった先では褒めろと言いたげに軽く口を開いて息を漏らしていたので、よしよしとその鼻先を撫でておくことにする。
「……これでいいんだろうか」
『おて』だって不十分だと言うのに、正直言って、あと二週間で何か芸を覚えさせることが出来る気がしない。
大体、『シロ』はドフラミンゴに対して敵意をむき出しなのだ。
もはやピンク色の物が嫌いなのではないかと疑いたくなるほどである。
そんな『シロ』がパーティーの場で何かをやらかすんじゃないかと思うと、正直言って今から心臓が潰れそうなくらい怖い。
いつかは飽きて貰ってこの城から放り出される日を夢見ているが、それは生きていることが前提であることであって、屍になることは想定していないのだ。
「……『シロ』、せめてドフラミンゴにもう少し友好的になってくれないか」
見やった先で問いかけた俺に対して、『ドフラミンゴ』の単語を理解したらしい『シロ』が鼻に皺を寄せて唸り声を零した。
明らかにお怒りの様子にびくりと思わず足を引けば、俺の動きに気付いてすぐに唸り声がやむ。
これはもう本当に、せめて慣れさせておかないと絶対に無理だ。
俺の命の保証が無いし、『シロ』だってファミリーの前でドフラミンゴに襲い掛かってはどんな目に遭わされるか分からない。ドンキホーテファミリーの連中は、大体においてドフラミンゴのことが大事なのだ。
ディアマンテやトレーボルに痛めつけられるかもしれない『シロ』を思うと、可哀想で仕方ない。
それに、不完全な『おて』でも、ドフラミンゴ自身の手にやるならそれは立派な芸じゃないだろうか。
「……よし、分かった」
だからこそそう呟いて、ちょっと待っててくれと『シロ』へ微笑みかけた俺は、そのまま『シロ』の部屋を後にした。
※
目的の物はすぐに見つけることができた。
もはやドフラミンゴのシンボルでもある、あの桃色の羽毛をあしらったコートだ。
同じようなものを何着か持っていることは知っていたから、俺が拝借してきたのはそのうちの一着だった。
ドフラミンゴの巨体が着込むそれは大きくて、何よりかさばる素材なものだから、とても苦労しながらどうにか持ち上げる。
俺にはよく分からないが、ドフラミンゴが使用しているこのコートなら、ドフラミンゴの匂いだってしっかりついているだろう。
せめて匂いとこの視覚を刺激する色にくらいは慣れて貰わないと、俺と『シロ』の命が危ない。
「よっと……」
後で洗って返せば大丈夫だよなと自分に結論を付けて、抱え込んだそれをどうにか運び出そうと足を動かす。
それが途中でぴたりと止まってしまったのは、覚えのある感覚に体を支配されたからだった。
「……え」
「フッフッフ! なァにしてんだァ? ナマエ」
まさか、と声を漏らすより早く笑い声が上から降ってきて、自由に動く首から上をそちらへ向ける。
正面からこちらを覗き込むように軽く身を折り曲げたドフラミンゴが、どうしてか俺の目の前に立っていた。
どうやら、今ちょうど部屋に戻ってきたところだったらしい。なんと酷いタイミングだろうか。
「あ……その、オーナー」
「おれのコートなんざ、どこに持ち出すつもりだ?」
楽しげに笑って問いながら、ドフラミンゴの指が軽くついついと動く。
それに合わせて俺の足が後ろ向きに歩き出し、それを追うように動いたドフラミンゴの体が室内に入り込んで、その手が開いていた扉をぱたんと閉じた。
しっかり鍵のかかった音に、いやあの、と声を漏らす。
「別にその、盗んでしまおうとかそういうのではなくて、ですね」
「へェ?」
俺の言葉に軽く首を傾げつつ、ドフラミンゴは俺の体を操って部屋の中央にあるソファへと座らせた。
いつもならドフラミンゴが座っているんだろうそれは柔らかく、俺の体を沈み込ませて受け止める。
ついでに抱えていたコートを奪われて、俺の前でドフラミンゴがそれを広げた。
「それじゃあ、これをナニに使うつもりだった?」
「何って……ええと……」
問われて、どうしたものかと考え込む。
グラディウスは俺に口止めをしなかったが、だからと言ってそこらで吹聴していいものだろうか。
特に目の前のドフラミンゴは、いわば二週間後のパーティーの主役だ。
当人が楽しむためにはやっぱり、ある程度のサプライズは必要だろう。
かと言って、まるっと嘘を吐けるような器用さは俺には無い。
だから少しだけ考えて、俺はそのまま口を動かした。
「その……オーナーの匂いに慣れたら、もう少し『シロ』もオーナーに懐くんじゃないかと、思いまして」
たどたどしく呟いたそれは嘘吐きの響きを伴っているような気がしたが、しかし事実なので後ろめたさは感じない。
言葉を終えてちらりと視線を向けると、サングラスの向こうからこちらを観察しているドフラミンゴが、へえ、と楽しげにさっきと同じ言葉を零した。
「今までそんなこと気にしたことも無かった癖に、今さらか?」
ニヤニヤ笑ってそんなことを言われて、いやその、なんとなく、と曖昧に呟く。
確かにドフラミンゴの言う通り、俺は今まで、ドフラミンゴがどれだけ『シロ』に威嚇されようと手出ししなかった。
だって俺に『シロ』をどうにか出来るわけがないのだから、放っておくしかない。
大体どれだけ威嚇されようがドフラミンゴは気にしないし、襲われたって自分で対処できるのだから、気にするだけ無駄と言うものだ。
そんな自分を振り返ってみると、確かに今の俺の言葉は嘘くさく聞こえる。
これはやはり、ちゃんと言った方がいいんだろうか。
そんなことまで考えた俺の前で、フフフ、とドフラミンゴが笑い声を零した。
「まァ、いい。ほらよ」
言葉と共に広げたコートを放られて、それと同時に体の自由は取り戻したものの、避ける間もなく頭の上からコートを被る格好になる。
頬をくすぐるふわふわとした羽毛の感触は、やはり間違いなくドフラミンゴのコートだった。
かぶってみるとほんの少しだけドフラミンゴがつけているコロンか何かの匂いがしたような気がするが、よく分からないのでコートをめくる。
「あの、お借りしていんですか?」
「好きにしろ」
俺を見下ろしてそんな風に言い放ったドフラミンゴは、何やら上機嫌だ。
楽しそうなその顔に首を傾げつつも、ありがとうございます、と一言置いて、俺は両手でコートを畳み直した。
「ちゃんと洗ってお返ししますから」
どうやって洗ったらいいのか見当もつかない素材だが、多分ベビー5辺りなら知っているだろう。
後で手入れの方法を聞いておこうと考えながらソファから立ち上がって、すぐにドフラミンゴの近くを離れる。
ドアの方まで後ろ向きに移動すると、それを追うようにこちらへ視線を向けたドフラミンゴが、じゃあな、と軽く手を振っているのが見えた。
それを見返し、一つ頭を下げてから部屋の鍵を開けて、そのまま通路へと逃亡することに成功した。
翌日、二回りほど小さい同じ形の羽毛コートがどうしてか手元に届いたので、ドフラミンゴが着ていたコートは『シロ』の手のとどかない場所へ置いたまま、俺はしばらく『シロ』の所へそれを着て通うことにして。
「…………お前が若からプレゼントを貰ってどうするんだ」
「……………………あ」
様子を見にやってきたグラディウスにそう問われたのは、パーティーとやらが三日後に迫った時のことである。
一応計画は成功し、『シロ』はいやいやながらもドフラミンゴ相手に『おて』が出来るようになったので、俺は爆死を免れることが出来た。
ついでに言えば、俺はそのパーティーの間ずっとドフラミンゴと同じ色で形状のコートを着込まされていたので、いたたまれないことこの上なかった。
end
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