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九月五日
※鰐誕
※クロコダイルに対しての偏見と捏造注意




「え、クロコダイルさんがもうじきお誕生日なんですか」

 唐突に寄越された言葉に驚いて声を上げると、おう、とすぐ傍から返事が寄越された。
 いつものように『シロ』の世話をしていたら現れたドフラミンゴが、にやにやと笑いながら運び込ませたソファに腰を下ろしている。
 真新しいその椅子はドフラミンゴに合わせた大きさでどう見ても高級品で、きっとドフラミンゴがいなくなった後はいつも通り『シロ』が破壊して遊んでしまうんだろう。
 明日はソファの残骸を片付けるところから始まるんだろうか。廃材を運ぶのだって楽じゃないんだから勘弁してほしい。
 ため息を吐きたくなりつつ、とりあえず『シロ』のブラッシングを終えて道具を片付けながら、道具棚の横に張り付けてある小さなカレンダーに何となく視線を向ける。
 八月を終えたカレンダーの日付を確認して、ああなるほど、と思わず呟いた。

「五日ですね」

 サー・クロコダイルは、その名前の語呂合わせでそんな日付を誕生日にしていた筈だ。
 確かにもう後数日しかないなとそれを確認したところで、ぎし、と体が動きを止める。
 俺の動きが止まったのに気付いて、その原因まで把握したのか、『シロ』がぐるるると唸り声を零した。
 傍らで巨体が身じろぎしたが、それ以上は進んでこない。多分『シロ』にも同じ現象が起きているんだろうと把握しながら待っていると、俺の足が俺の意思とは関係なく動き、体ごとくるりと後ろを振り向いた。
 ブラッシング用の道具がごとりと落ちたが、拾うことすら今の俺にはできやしない。

「……あの、オーナー。仕事が終わりません」

 だから解放してくれ、と頼み込むつもりで視線を向けた先で、ソファに座ったままのドフラミンゴがくいくいとその指を軽く動かしていた。
 それに合わせて俺の足が踏み出して、ドフラミンゴの方へとそのまま進む。
 まるで操り人形を弄ぶように俺を自分の思うがままに動かして、近寄ってきた俺を見上げるドフラミンゴの顔にはにんまりと笑みが浮かんでいた。

「おれの知らねえところであの野郎と会ったのか?」

「? いいえ」

 問われた言葉に、即座に否定を落とす。自由だったら首を横に振りたいところだが、ドフラミンゴはまだ俺を解放するつもりはないようだ。

「城から殆どでないのに、どうしてそう思われたんですか?」

 今のところ、俺の生活サイクルは『シロ』と、そして不本意ながら目の前の雇い主を中心に回っている。
 朝起きてまず考えるのは『シロ』の世話の段取りで、何も無ければ『シロ』の世話や少しの雑用をして一日が終わるのだ。
 それを邪魔しにくるのがドフラミンゴで、その気まぐれであちこちを連れ回される以外に、城を出る機会なんてある筈もない。
 それでも給金はもらえているから、俺の私室の引き出しはベリーでいっぱいだ。ここが元の世界でこれが日本円だったらなと思ったことだって一度や二度じゃないというのは、ここだけの話だ。
 俺の顔をじっと見上げ、まあそう言うんなら信じてやってもいい、と何とも偉そうに言い放ったドフラミンゴが、まだ俺の体を拘束したままで体をソファの背もたれに押し付けた。
 足を組んでふんぞり返るのがこれほど似合う人もいないんじゃないだろうかなんて思いながら、それを見下ろす。

「で、だ。何か誕生日プレゼントでもくれてやろうと思うんだが」

「え?」

 そしてふんぞり返った誰かさんに言われた言葉に、ぱち、と瞬きをした。
 誕生日プレゼント。

「……誰が誰にですか?」

「フッフッフ! おれが、ワニ野郎に、だ」

 思わず尋ねた俺に笑い、ドフラミンゴが言葉を重ねる。
 どうやら聞き間違いじゃなかったらしい。
 俺の知っている『誕生日プレゼント』というのはもっと平和的な物であるはずなのだが、目の前のこの人が言うと、全くそう思えない。
 兵器のやり取りをしているのがとても似合うんだが、銃にリボンなんていう空恐ろしいものを誕生日プレゼントとは呼びたくない気がする。
 頭の中に物騒な贈り物を思い浮かべた俺の前で、何がいいと思う? とドフラミンゴが首を傾げた。

「俺に聞くんですか?」

「参考程度にはしてやる。まァ、言ってみろよ」

 ニヤニヤと楽しげに笑ったドフラミンゴの前で、ええと、と声を漏らす。
 誕生日だなんてあまり祝ったこともないが、こちらの世界ではケーキにろうそくを立てるんだろうか。
 そこすら分からないし、何より目の前のこの人とクロコダイルが大きなケーキを間に置いてろうそくを立てるなんてとんだ罰ゲームだ。
 もしかしたらドフラミンゴは楽しそうな顔をしているかもしれないが、当日の主役の顔に青筋が立っている様子がありありと想像できる。
 かといって、例えばドフラミンゴがこの城に置いているような調度品を贈ったところで、クロコダイルはそれを喜んでくれるとも思えないのだ。
 服装からしたって趣味が違うし、ドフラミンゴみたいな派手な色味の服を着込むクロコダイルというのも想像したくない。
 いっそ現金を渡した方がいいんじゃないかとも思うが、それを援助とみなしたらクロコダイルがベリーの束を砂に変えてしまいそうだ。俺には札束の運命をそんな絶望の方向には向けられない。
 何と言う難題だろうか、と必死になって考え込みながら、唯一自由になる目を彷徨わせた俺の視界の端で、未だぐるるると唸っている『シロ』が入り込んだ。
 多分ドフラミンゴを睨んでいるんだろう、こちらへ視線を注いで牙をむき出しにして、ぼたぼたと唾液すらしたたらせている。
 鋭い牙を晒すその様子を見ていて、ふと脳裏にひらめいたものに、あ、と声を漏らした。

「何だ?」

 俺のそれを耳で拾ったのか、ドフラミンゴが問いかけてくる。
 視線を戻すと、何を思いついたのか言ってみろ、と笑ったドフラミンゴの指が、そこでようやく俺の拘束を解いた。
 唐突に訪れた自由に体が傾ぎそうになったのをこらえてから、ただの思いつきですが、と前置いて言葉を零す。

「バナナワニのたまごなんてどうですか。ちゃんと孵化するやつで」

 あれだけ巨大な水槽に、あれだけのバナナワニを飼っているのだ。きっとクロコダイルは鰐が好きに違いない。
 ひょっとしたら大きい生き物が好きなのかもしれないが、バナナワニの幼年期なんて見たこと無いかもしれないし、自分の手で一から育てる楽しみだってあるんじゃないだろうか。
 女性のように騒ぐことは無いだろうが、小さい生き物は大体において可愛らしく出来ているものだ。
 そう思っての俺の言葉に、そりゃまた突拍子もねェな、とドフラミンゴが笑う。

「今から交配させても、産ませるのは間に合わねえだろうが」

「あ、やっぱり……オーナーでも無理ですよね」

 どんなルートを持っているのか知らないが、さすがにドフラミンゴでも無理らしい。
 寄越された言葉に頷いて、変なことを言いましたと頭を下げた俺の前で、ドフラミンゴが組んだ足を降ろした。
 たん、と足裏が立てた音が少し大きく聞こえて、え、と思わず声を零した俺の前でドフラミンゴが立ち上がる。
 驚いて顔を上げると、派手な羽毛をあしらったコートを着込んだドフラミンゴが、少しばかり身を屈めてこちらを見下ろしていた。

「フフフフ! 言うじゃねェか、ナマエ」

 楽しげに言葉を紡いでいるのに全く楽しそうに聞こえないのは、一体どういうわけだろうか。
 困惑してそれを見上げる俺の前で、まあいい、と言葉を置いたドフラミンゴの片手が、つい、と動かされる。
 それと共にまた体の自由が奪われて、困惑する俺を縛り付けたまま、ドフラミンゴが歩き出した。
 羽毛を揺らして歩いていくその背中を追いかけさせられて、オーナー? と後ろから声を掛ける。

「あの、まだ『シロ』の世話が……」

「他の奴と代われ。お前には、おれに不可能がねェってことを見せてやらねェとなァ?」

 フッフッフ! と笑い声を零して、ドフラミンゴの片手が扉を開いた。
 通路へ出ていくそれを追いかける格好になりながら、どうにか首だけねじって後ろを見やる。
 俺とドフラミンゴに置いて行かれる格好になった『シロ』が、ようやくその身の自由を取り戻したのかぶるりと身震いをして、それから低く唸りつつ駆けてきたのを閉じた扉が遮った。
 どん、と響いた音は多分、『シロ』が扉と壁に体当たりをした音だろう。
 まだ唸っているが、ドフラミンゴが何かしているのか、強固な扉はびくともしない。
 歩きながらすれ違った一人にドフラミンゴが『シロ』の世話を言いつけて、そこでもう一度俺の体に自由が戻る。

「行くぞ、ナマエ」

 さっさとついてこい、なんて言いながらそのまま歩き出したドフラミンゴの後ろで足を止めて、何でだ、と思わず呟いた。
 どうして俺が、ドフラミンゴがクロコダイルの誕生日プレゼントを用意するのに付き合わなくちゃいけないんだろうか。
 しかも、さっきの俺の提案を実行するんだとしたら、ドフラミンゴはバナナワニのたまごを手に入れに行くのだ。もしもその手段が『生息地に飛び込む』だったりなんかしたら、これほど恐ろしいことはない。
 行きたくない、と思わず足を引いた俺が歩き出していないのに気付いたらしく、少し距離を開けたところで足を止めたドフラミンゴが、くるりとこちらを振り返る。

「ナマエ? どうした、まだ『歩かせて』欲しいのか?」

 問いながら大きなその手を怪しくうごめかされて、小さく息を吐いた。
 どうやら、『行きたくない』と思っても、すでに俺に選択肢は無いようだ。

「……いえ、自分で歩きます」

 せめてもの抵抗で呟いた俺に、フフフフ! とドフラミンゴが笑い声を零す。
 後日、本当にバナナワニのたまごを貰ったらしいクロコダイルからは、とても慇懃無礼な礼状が届いていた。
 どうやら、礼状を出すくらいには喜んだらしい。


end


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