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増えゆく猛獣情報
 ドフラミンゴが何を考えているのか、全くもって分からない。

「さ……さむい、です、オーナー」

「何だァ? 軟弱なこと言いやがって。あとは船に帰るだけだろうが」

 言葉と共に空気を白くしながら、がちがちと歯を鳴らしつつ訴えた俺を一瞥して、仕方なさそうに笑ったドフラミンゴが足を止めた。
 その手がひょいとこちらを向いて、ぐい、と動いた指先によって操られた体が、俺の意思とは関係なく前へと足を進める。
 ただ空から降り注いだ水分が凍ったものであるだけのくせをして、俺の膝ほどもある雪達は随分と重い。
 しかし操られた俺の体は簡単に自分の限界を超え、俺の靴底に踏みつけた雪が軋んだ音を立てて、それを聞くだけで寒さが募って体が震えた。
 何故か今、俺はドフラミンゴに連れられてあの情熱的に暖かなドレスローザから果てしなく離れた冬島にいた。
 凶暴で獰猛でどでかいウサギがいるらしい、と言って、ドフラミンゴが俺をここまで引きずってきたからだ。
 その言葉にラパーンを思い浮かべたが、遠目に見たウサギは俺の知っている『ウサギ』の形に近くて耳と目が赤く、ラパーンと言うよりどちらかというとリンゴウサギに似ていた。ただし、俺だったらあんなにでかいリンゴは遠慮する。
 もしかすると、極寒の冬島にはそういう猛獣指定のウサギがいるのがグランドラインでの常識なのかもしれない。
 どうやら肉食らしいそのウサギたちが徒党を組んで巨大熊をかみ殺すのまでを確認し、恐ろしさに震えながら、まさかあれも飼うんですか、と尋ねた俺に、この島の生き物はドレスローザじゃ生きてけねェだろう、と言い放ったドフラミンゴは、その時だけは常識的な顔をしていたように思える。
 だがしかし、それならばどうしてこんなところへとやってきたのか。
 恐るべきウサギ見学を終え、船へと戻る帰り道、寒くて限界を迎えた体は強張っていて、無理やり動かされていた動きが止まった途端にぎゅっと体勢を引き締めた俺に、そんなに寒いか、とドフラミンゴが尋ねてくる。
 むしろ、どうしてそっちは殆どいつもの恰好なのかと、俺はそこを問いたい。
 さすがに足元はきちんと隠れていてブーツだが、胸元が開いていては意味がない。
 ちなみに足先のそれを用意したのはキャーキャー騒がしい奴だった。
 ふわふわのその羽毛コートは羨ましいが、首まで晒しているその姿を見ているだけで寒い。
 ベビー5が用意してきた厚手の上着も、船を降りる時にモネが巻いていけと言ったマフラーまで断ったのだ。俺はこんなに厚着をしていてもまだ寒いと言うのに、なんと恐ろしい七武海だろう。

「がっちがちじゃねェか」

 俺を見下ろしてそんな風に言いながら、伸びて来た手がひょいと俺の頬を軽くつまんだ。
 感覚が無いので痛くはないが、何をされるか分からないので一歩後ろに引いてそれから逃げつつ、寒いですから、と震える唇で言葉を紡ぐ。
 見上げたドフラミンゴの顔はあまり機嫌がよろしいとは思えないが、こんなにも酷い環境の中ではそれが普通だろう。俺の顔だって確実に強張っているはずだ。

「い、いますぐ、あったかい場所にいき、たい、です」

 お風呂を用意しておくから、と言っていたベビー5の言葉を思い出す。
 今お湯に浸かったら、きっと温度差がありすぎて痛いに違いない。そうだと分かっていてもつま先から頭のてっぺんまで湯船に浸かりたい。いっそ服を着たままでもいい。
 がちがち歯を鳴らす俺を見下ろして、何故かドフラミンゴは少しばかり思案して、にやりと笑った。
 その両手がひょいと自分が着込んでいるコートを広げて、ふわふわの羽毛が雪の上を滑る風で少しばかり揺れる。
 白ばかりが広がる雪原の上では目立つことこの上ない桃色にぱちりと目を瞬いた俺に向けて、ドフラミンゴが囁いた。

「入るか? ナマエ」

 楽しそうな顔で尋ねて、広げたままのコートをドフラミンゴがひらひら揺らす。
 トレンチコートの全裸男にやられたなら変態と罵って逃げ出すに違いない体勢だが、ドフラミンゴがやるとそう見えないのは何故だろうか。服を着ているからか。
 広げられた桃色のコートの中のドフラミンゴは、やっぱり軽装だった。
 ひょっとして、こいつは寒さを感じない生き物なのではないだろうか。
 そんなことまで考えた俺の前で、ドフラミンゴの大きな体が少しだけ震える。

「フッフッフ、早くしろよ、さすがに寒ィ」

 言葉を落としながら、それでもドフラミンゴはコートを閉じなかった。
 さっきみたいに俺の体を操ってしまえば早いだろうに、それもしないドフラミンゴに、はあ、とため息が漏れる。
 零れたそれは白く凍った後で空気へと溶けて行き、それを視界の端に収めながら、俺は意を決して、先ほど引いた分だけ足を踏み出した。
 ざし、と雪を踏みつける音が何とも寒々しいし、体温を少しでもとどめようとがちがちに体が強張っているのを、どうにか動かして両手を伸ばす。
 俺の様子を見下ろして楽しげにしているドフラミンゴのコートの端を掴まえて、もう一歩前へと踏み込んだところでドフラミンゴの腕が降りてきたのを確認した俺は、そのままの状態ですぐに一歩後ろへ引いた。
 広げられていた分が戻ったコートの前を引っ張り、その手の中から端を奪い取って、寒々しいその胸元を隠すようにしっかりと合わせる。
 よく見れば、このコートは冬島仕様のようだ。ふかふかのもこもこで、いつもより少し大きい気がする。

「い、いくら、なんでも、か、風邪引きます」

 ちゃんと着てください、と震えながら言葉を落としてからそっとコートから手を離した俺の前で、空中で動きを止めていた腕をそっと降ろしたドフラミンゴが、サングラスの向こうからこちらを見下ろした。
 さっきまでの笑顔が消えて、何やら口がへの字に曲がっている。
 何だ一体、とその顔を見上げた俺は、そのままの状態で体が動かなくなったのに気付き、少しだけ抵抗しようとしてからそのまま諦めた。

「……オーナー」

 口は動くので、何がしたいんですかと非難する代わりに呼びかければ、もう一度伸びてきたドフラミンゴの右手が俺の肩を掴まえる。
 そのままぐいと前へと引っ張られると、直立の状態で動けなくなってしまった俺の体はそのまま傾き、桃色の羽毛に顔を埋めるようにしてもたれかかる格好となってしまった。
 オーナー、と羽毛の合間からくぐもった声を零した俺の上で、フフフ、と笑い声を零したドフラミンゴの手が、肩口から滑って俺のマフラーの中へと侵入する。

「ひっ!?」

 せっかく温めていた首筋に触れた氷のように冷たいものに、動けない体がぞわりと粟立ったのが分かった。
 身をよじって逃げ出したくても、体はまだドフラミンゴの能力に捉えられたままだ。

「さすがに厚着してるだけはあるなァ、ナマエ」

 明らかに人の温もりを奪いながらそんな風に言い放って、大きくて長い指がぐりぐりと首筋に押し付けられた。
 首裏から鎖骨までを撫でるように動くその冷たさに悲鳴を上げても、コートに顔を押し付ける体勢になっているせいで大きく響かない。

「や、やめ、やめてくださ……!」

「フッフッフ! まァ、おれがもう少し温まるまで待てよ」

 どうにか訴える俺へ向けて言い放ち、ドフラミンゴはその手で俺から奪えるだけ体温を奪っていった。
 すっかり体が冷え切ってしまった俺をひょいと小脇に抱えて、さっさと帰るかと空を飛ばれた時には、あまりの寒さにこのまま凍死するのではないかと思ったものだ。
 でかい浴槽に服を着たまま放り込まれたのはもしかすると俺の心の内を尊重してのことかもしれないが、そのまま一緒に風呂に入る流れになってしまったのだけは、今考えても理解不能である。
 風呂に浸かっている時のドフラミンゴが、偉そうで楽しそうなわりにヘロヘロでちょっと弱弱しいなんて情報、知りたくもなかった。


end


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