されるよりする方派
※後天的子ドフィ注意
「ナマエ、そろそろおきろ」
「…………え?」
ぺちぺちと頭を叩かれて意識を覚醒させた俺は、目の前で逆さになっている顔を見上げて、ぱちりと瞬きをした。
額にゴーグルを押し上げた少年が、にんまりと笑ってこちらを見下ろしている。
見たことがあるような無いような顔だ。
しかしどちらにしても、どうしてどう見ても十歳未満としか思えない子供が俺の部屋にいるんだろうか。
俺がドフラミンゴに与えられたこの部屋は狭いものの確かに『俺の部屋』で、鍵だって掛けていた筈だ。
よく分からず、何回かさらに瞬きをしながら子供を観察していると、フッフッフ! と子供が何とも聞き覚えのある笑い声を零す。
それと共に子供の細い右腕が軽く動かされて、それに追従するように俺の体が無理やり引き起こされた。
「う」
無茶な動かし方をされて小さく呻きながら、とりあえず起こされた後の体を自力で支えて、俺は改めてちらりと子供を見やる。
今のには覚えがある。
いや、しかし、まさか。
「………………オーナー?」
「おう、よくわかったなァ」
俺の頭に浮かんだ予想を肯定して、何とも常識では考えられない風貌になっているドンキホーテ・ドフラミンゴが上機嫌に笑った。
※
まったくもって意味が分からないのだが、ドンキホーテ・ドフラミンゴの体が小さくなってしまったらしい。
その原因はどうやら昨日辿り着いて今も滞在している島で採取できる草だか花だか種だかのせいで、『若様』をそんな状態にしたものを根絶やしにして解毒剤のようなものを作るために、クルーの殆どが島へと降りてしまっていた。
この島には変な動物がたくさんいるらしいのだが、時々聞こえる悲鳴からして、ベビー5達に引きずられていったシーザーも元気にやっているらしい。
時々聞こえるそれにやれやれと息を吐きつつ、俺は今甲板の端に置かれた椅子の上に座らされている。
本来なら今頃は昨日のように雑用をしているはずだったのだが、俺の体がその椅子の上に座り込むように縛り付けられているのだ。
どこかの誰かさんの能力によって縛り付けられた体はびくともしないし、何より足の上には重石がいる。
わざわざ用意させたらしい桃色の羽毛のコートは、いつもの大きいものと大差ないふわふわ具合だ。
「ほかのやつらもこうなってかえってきたらおもしれェのになァ」
何とも楽しげにひどいことを言って、フッフッフと笑うドフラミンゴの片手には俺が先ほど入れて運んできたジュースの入ったグラスがある。
人の両足の上に横に座ってぷらぷらと足を揺するドフラミンゴは、俺が朝目を覚ました時から随分と上機嫌だ。
自分の体の変化を楽しめるのはすごいことだとは思うが、俺を付き合わせる意味が分からない。
見た目が子供なせいでかあまり威圧感を感じないドフラミンゴを見やってから、あの、ととりあえず口を動かした。
「オーナー、俺もそろそろ仕事をしなくてはならないのですが」
「ん? なんだナマエ、おまえはいまシゴトしてんだろう?」
おれのあいてをしろよと言って笑うドフラミンゴは、随分と子供っぽい顔をしている。
その手が持っているグラスを俺の方へと運んで、自分が飲みかけのグラスの端がぐいと口に押し付けられた。
傾けられたので仕方なくその中身を一口飲んで、離れていったグラスを見やればそのまま中身がドフラミンゴによって飲み干される。
「相手と言われても、俺は身動き一つできませんが」
「ん? あァ、それもそうか」
相変わらず椅子に縛り付けられたままの体をぎしりと揺らして訴えると、今さら気が付いたような声を出してから、ドフラミンゴの手が軽く揺れた。
それと同時に、ふっと自分の体を縛り付けていた物が解けたのを感じて、俺は体を軽く動かす。
目には見えなかった何かがいなくなって、両腕も自由に動くようだ。
膝の上に座ったままのドフラミンゴを落としたりしないよう支えつつ、固められていた体をほぐすために少しばかり身をよじった。
俺の手に触れているドフラミンゴの背中は、あのドフラミンゴと同じ人間だとは思えないくらいに薄い。
このドフラミンゴがいくつなのかは知らないが、俺の膝に乗っても平気なくらいに小さな体が大人になるとあれほどの巨体になるのだと思うと、なんというか人体の神秘を感じる。
体を動かし終えてそんなことを考えながら見ていると、空のグラスを手にして面白そうに笑ったドフラミンゴが、少しばかり首を傾げた。
「おれのかおがそんなにめずらしいか?」
「いえ、オーナーも小さい頃というのがあったというのが少々驚きで」
問われてそう答えながら、小さな体を支えていた両手を動かして、ドフラミンゴをひょいと持ち上げる。
それほど重くもない子供の体を持ち上げたまま椅子から立ち上がって、くるりと体を反転させて俺が座っていた椅子へその体を降ろした。
されるがままになりながら、俺によって座らされたドフラミンゴが俺を見上げる。
「そりゃあ、おれだってうまれたときからあんなにデカくはねェよ。おまえだってそうだろうが」
「まァ、確かにそうですよね」
視線を受け止めて頷きながら、俺はその場にそっと屈んだ。
いつものドフラミンゴ相手なら基本的に見上げるだけなので気にもしないが、さすがに上司を見下ろし続けるのはどうだろうか。
そんなことを考えながら、そっと手をドフラミンゴの方へと差し出す。
「グラス、頂いていいですか?」
新しいのを用意してきて交換した方が早いだろうが、いつまでも空のグラスを持たせておくのもどうかと思って口を動かした俺に、ドフラミンゴがその目をちらりと自分のグラスへと向けた。
それから、そっとその手が俺が差し出した掌の上にグラスを乗せる。
ありがとうございます、とそれを受け取って立ち上がろうとしたが、俺にグラスを持たせたままでその手ががしりと俺の手を掴まえて、意外と力の強いそれによって引き止められた俺は、屈んだままの体勢でドフラミンゴと見つめあう羽目になった。
「どうかしましたか?」
不思議に思って尋ねてみれば、俺をじっと見上げた後で、ドフラミンゴが何故かにまりと笑う。
「いつもよりちけェな、ナマエ」
「え?」
言われた言葉の意味が分からず、軽く首を傾げる。
少し考えてから、もしやドフラミンゴとの距離感のことだろうかと気が付いた。
そういえば、ドフラミンゴが大きい時は、触れるほど近くに自分から寄ることは少なかった気がする。相手はドフラミンゴなのだ、仕方ない。
しかし、今のドフラミンゴは小さいし、手だって大きい時よりは短いのだから、その分距離感が縮まるのも仕方ないことじゃないだろうか。
「今のオーナーは小さいですから」
だからそう答えて見やると、ドフラミンゴはそうかと軽く頷いた。
俺はきちんと答えたのだが、まだ手を解放してくれる様子はない。
「……オーナー?」
攻撃をしてくる様子はないが、どうしたのだろうかとその顔を見つめていると、フッフッフ! と笑い声を零したドフラミンゴが、ようやくその小さな手から俺の手を解放した。
そのうえで、先ほど俺に渡したグラスを奪い取り、それをそのまま椅子の横に放るように置く。
重い音を立てて甲板に落ちたグラスは、ひび割れることも無くごろろと音を立ててその場で回って、中にほんの少し残っていたジュースをその内側に塗りたくるように広げた。
「うわ、何を……って、え?」
慌ててそれを拾い上げようとしたのに、そうする手前で体の動きを止められて、驚いてグラスからドフラミンゴへ視線を戻す。
右手をくいくいと動かしながら俺の体の動きを止めて無理やり立ち上がらせ、ドフラミンゴも小さな体でそのまま椅子の上へと立ち上がった。
椅子自体が低いので、立ち上がった俺はまたもドフラミンゴを見下ろす状態になる。
そのままで体の自由を与えられて、戸惑いながら見下ろした先で、ドフラミンゴの両手が俺の方へと向けられた。
「ん」
「え……」
「『ガキ』にこうされたら、どうするかはきまってんだろう?」
『何か』を求めるように両手を伸ばされて、困惑する俺へとドフラミンゴが言葉を紡ぐ。
そんな姿勢をとられたら、俺が知っている限りではするべきことなど一つしかないのだが、それはワンピースの世界でも通用する常識だろうか。
困惑したものの、笑ったドフラミンゴはどう見ても子供で、中身が『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』であることを考えなければ何とも無邪気に見える。
ううん、と少しだけ声を漏らしてから、俺は空いている両手をそっとドフラミンゴの方へと伸ばした。
間違っていたら怒られるだろうかとも思ったが、伸びてきた俺の手を見てドフラミンゴの顔がさらに楽しげになったので、どうやら正解らしい、と判断する。
両手でそっとドフラミンゴの体を捕まえて、それからそのまま上へと持ち上げると、俺の肩に伸びてきたドフラミンゴの腕がむりやり俺の体へとしがみ付いてきた。
「あの……何か楽しいですか?」
仕方なくその背中に手を添えて支えながら、とりあえずはそう尋ねる。
男に抱き上げられて、何か楽しいことがあるだろうか。
本当に小さな幼児であったならともかく、この子供の中身は『王下七武海』とも呼ばれる成人男性の海賊なのだ。
けれども俺の困惑をよそに、ドフラミンゴが笑う。
「たのしいにきまってんだろう、おれからねだったんだからよォ」
言い放ってさらにぎゅうと俺にしがみ付き、肩口で俺の頸部を圧迫すると言う攻撃手段を講じたドフラミンゴは、うぐ、と俺が声を漏らしたことですぐにその腕を緩めた。
それから、ああそうだ、と声を漏らしてから少しばかり体を離して、近い位置から俺を見下ろす。
「ちいせェときのおまえは、どんなかおしてたんだ? ナマエ」
笑顔で尋ねられたが、それは言葉で伝えられるものでは無いのではないだろうか。
困惑して見上げた先で、まあいいか、と言い放ったドフラミンゴが右手を操る。
ぐるり、と自分の体が何かに幾重にも巻き付かれる感触を感じて、俺はぱちりと瞬きをした。
何だか、嫌な予感がする。
「あの……オーナー?」
抱きかかえている子供の体ごと『何か』にぐるぐる巻きに捕らわれて、思わず声を漏らした俺の腕の中で、ドフラミンゴが左手を上へと向けた。
何かを放ったその腕につられるように、ドフラミンゴの体と共に、ぐるぐるにまかれた俺の体も真上へと引き上げられる。
甲板から足が離れたのを感じて、びくりと俺は体を揺らした。
「オ、オーナー?!」
「あばれんなよナマエ、しかたねェだろう、このからだじゃおまえをかかえてくのはむりだからなァ」
何が仕方ないと言うのか、あたかもわがままを言う子供を諭すような声を出して、ドフラミンゴの体がさらに上昇する。追従するように、俺も愛しの甲板から引き離された。
ドフラミンゴの体を手放して降りようともしたが、腕が縛り付けるように固められていてそれも叶わない。
「いや、お、おろしてくださいオーナー!」
もはや縋るようにドフラミンゴの体を抱えたまま、どうにかそう声を上げれば、俺の腕の中のドフラミンゴがよしよしと俺を落ち着かせるように俺の頭を撫でた。何とも小馬鹿にした態度だが、それに憤る暇すらない。
ドフラミンゴの着込んだ羽毛のコートの端が、ぱたぱたと少しばかり風を受けてはためき、それと共にどんどん上昇する高さに、俺は自分の顔から血の気が引くのが分かった。
「そうビビるな、おとさねえよ、ここではな」
俺の顔を見下ろして不穏なことを言うドフラミンゴは、さっきからずっと上機嫌だ。
何がそんなに楽しいのか分からないが、遊びに行くなら一人で言ってくれないだろうか。
そう発言したかったのに、ぐんと体が横に引っ張られるのを感じて、必死になって歯を食いしばる。
「……〜〜〜ッ!」
「フッフッフ!」
俺の声ならぬ悲鳴に楽しげな笑い声を零したドフラミンゴと共に、俺はそのまま得体のしれない生き物にあふれた島へと上陸する羽目になった。
『おかしな植物』の群生地に放り込まれたのは、それから数分も経たぬうちのことだ。
小さくなった俺を救出して抱き上げて笑ったドフラミンゴは酷く楽しそうだったが、俺は全く楽しくなかった。
end
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