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贈る言葉


 今日はドンキホーテ・ドフラミンゴの誕生日らしい。
 あの漫画では確かキャラクター達の誕生日の殆どは読者が決めた語呂合わせだったはずだが、10月23日は一体どういう語呂合わせをされたんだろうか。
 俺が知っている限りでは発表されていなかったはずなので、よく分からない。
 とりあえず、今日は傘下や部下達を集めてのパーティーをすると言って、周りに頼られたらしいベビー5がとてつもなく張り切っていた。
 モネや他の連中も同様だ。
 どう見たって悪役だし悪いやつだし恐ろしい人の筈なのだが、俺が知る限り、ドンキホーテ・ドフラミンゴは部下に命すら捧げられた海賊であるらしい。
 強制ではなく、両手でそれを相手へ向けて差し出しているようにすら見えるので、つまりは好かれているということだ。
 それなら、そんな彼らが開く『誕生パーティー』というのは随分と派手で楽しげなものになることだろう。
 それが分かったから、俺は頑張ってとベビー5を応援した。
 そんな大切で重要なパーティーに水を差しては悪いからと、少し手伝って仕事を終わらせて、あとはさっさと部屋に戻って大人しくしているつもりだったのだ。
 だというのに、なぜ、この人は俺の部屋にいるんだろうか。


「…………あの、オーナー」


 恐る恐る声を掛けてみても、桃色の羽毛みたいなコートをまとった男は人のベッドを占領したまま、身動きもしない。
 コートに隠れていて全貌は見えないものの、どうやら体を丸めているようだが、俺よりずいぶんと大きいその両手も両足もベッドからはみだしている。
 改めて確認しよう。
 深く息を吸い込んで吐き出してから、俺は改めて室内を確認した。
 けれどもそこは、やはり確かに俺が与えられた俺の部屋だ。
 元の世界で言うところのワンルームと言ったところだろうか、一人で寝起きするには十分な広さにはベッドとソファとチェストとクローゼットがあって、そのうちの一つは桃色の塊に占領されている。
 室内を検分し、自分が貰った時と何一つ変わっていないことを確認してから、俺は視線を目の前のものへと戻した。
 桃色のコートを身にまとったまま、人のベッドの上にその体を丸めて横たわっているのは、やはり誰がどう見てもドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
 この人は確か、今は部屋にいるはずじゃなかっただろうか。
 若を祝うんだと楽しげに騒いでいたみんなに頼み込まれて、仕方なく部屋にいることを選んだ国王様は執務中だと聞いていた。
 それがどうして、ここにいるのか。

「…………駄目だ、分からない」

 考えてみても答えなど当然ながら出てくるはずもなく、ため息を零した俺はそこでようやくベッドへ近付いた。
 桃色の塊の隣に回り込んで、その頭を確認する。
 サングラスを掛けたままではあるが、どうやらその目は閉じているようだ。
 昼寝をするなら、それこそ自室のベッドを使った方がいいんじゃないだろうか。
 俺のベッドはこの大男には狭すぎる。別に俺が小さいわけじゃない。ワンピースの世界では常識なのかもしれないが、この男が規格外にでかいのだ。

「……オーナー?」

 そっと呼びかけてみるものの、ドフラミンゴは返事をしなかった。
 これは、起こしてもいいんだろうか。
 残念ながら、俺にはドフラミンゴ以外の国王陛下と接する機会など無かったので、勝手に起こすのがいいのか悪いのかも分からない。
 この部屋は、与えられた場所であるとは言っても俺のプライベートな空間であるし、俺の希望としては起こして部屋から追い出したいが、機嫌を損ねて殺されるのはいやだ。
 まだ目を閉じている相手の顔を見下ろしながら、そんなことを考えて眉を寄せる。

「……………………」

 それからさらに観察して、けれどもやはり起きる気配のないドフラミンゴに、はあ、と小さくため息を吐いた。
 まあ、仕方ない。
 今日は誕生日だと言うことだし、俺が譲歩するべき状況だろう。
 普段の対応と何も変わらないのだが、そこには気づかないふりをしておくことにする。

「よっと」

 ドフラミンゴが押しやったらしいタオルケットに手を伸ばして、ばさりと広げたそれをコートの上から掛けた。
 本当はこの羽毛のコートも脱がせた方がいいのかもしれないが、気持ちよく眠っているならそれを妨げて怒らせるわけにもいかない。
 くしゃくしゃになったって自業自得だと諦めてくれることを期待しよう。もしそれで怒られたら、あとで『シロ』に慰めてもらうことにする。
 そこまで考えて、そういえば、と俺は自分の服の匂いを嗅いだ。
 むわりと漂った獣の匂いに、う、と声を漏らして顔を離す。

「……着替えるか」

 俺の仕事は、基本的に『シロ』と勝手に名付けて呼んでいるあの大きな獣の世話だった。
 俺が知っているどの動物とも違うあの獣は、ドフラミンゴの『ペット』であるらしい。最初はとてつもなく恐ろしかったが、よく見ると可愛い顔をしている。
 今日は、久しぶりに顔から胸元あたりまで舐められて、べたべたしたのをどうにか拭った袖まで『シロ』の匂いがこびりついている。
 部屋に備え付けのシャワールームへ向かおうとベッドに背中を向けた俺は、そのまま歩き出そうとしたところで体の動きが強制的に止められて、ぱちりと瞬きをした。

「………………オーナー?」

 顔すら振り返らせることもできずに、けれどもこの事態を作り出している原因だろう相手へ呼びかければ、フッフッフ、といつものような笑い声が起きる。
 それと共に何かが俺の手足を引っ張って、うわ、と声を漏らした俺の体が真後ろに傾いだ。
 体のバランスを崩したというのに、上から何かに吊られているように支えられながら、先ほどまで誰かさんが丸まっていた筈のベッドの上へとあおむけに倒れ込む。
 どさり、とシーツに背中を打って思わず閉じた目をすぐに開くと、真上から俺を見下ろす逆さの顔があった。

「ようナマエ、待ちくたびれたぜ」

 そんな風に言って笑っているドンキホーテ・ドフラミンゴは、何だかご機嫌だ。
 よく分からないが、起こしてしまったらしい身としては、怒っていないならそれに越したことはない。
 ほっと息を吐きつつ、両手両足も動かせないまま、ベッドに横たわって口を動かす。

「俺をお待ちだったんですか、オーナー」

「そりゃそうだろう、この部屋でお前以外を待つわけがねェ」

 それともお前以外の誰かが入ってくることがあるのか、と囁かれて、貴方が入ってきてるじゃないですかと答えるかどうかを少しだけ悩んだ。
 けれども、わざわざそんなことを言ったって仕方ないだろうと突っ込むことを諦めて、小さく息を吐く。

「では、お待たせして申し訳ありませんでした。あの、オーナー、体を起こしたいのですが……」

 自由にしてくれ、と言うつもりで言葉を放った俺の体が、俺の意思とは関係なくむくりと起き上がった。
 ベッドに座ったままでマリオネットか何かのように扱われて、されるがままになりながらドフラミンゴを見やる。
 これでいいかと右手を軽く動かしながら尋ねて、ドフラミンゴが笑ったままで頬杖をついた。
 ありがとうございます、とそちらへ礼を言えば、俺へ向けてフッフッフ! と笑い声が寄越される。

「おれがしてやれることをしただけだ、礼なんていいさ。それよりナマエ」

「はい」

「おれに何か言うことはねェか」

 いまだ俺の体を解放しない相手を前に大人しくしていたら、そんなことを言われた。
 寄越された言葉に、俺はぱちりと瞬きをする。
 戸惑う俺を前にドフラミンゴはまだ笑っているが、心なしかその顔がただ楽しげなものから少しのいらだちを感じ始めてきているような、気がする。
 これはまずいとその顔を見て把握して、ええと、と俺は声を漏らした。
 言うべきこと。何かあっただろうか。
 必死になって考えてみても、ドフラミンゴに何を言えばいいのか分からない。
 いつ解放されるかも分からないから、出来る限りドフラミンゴとの関わりを多く持たないようにしているのだ。
 そんな俺からドフラミンゴに言うべきことなど、一つもない。
 だが、どうにも目の前のドフラミンゴの様子からして、『何もありません』とは答えてはならないような気がする。
 腕の一本も動かせないままそう考えて、やや置いてから今日という日の日付を思い出した俺は、あ、と小さく声を漏らした。
 それが聞こえたらしく少しの反応を寄越したドフラミンゴへ、そっと口を動かす。

「その……誕生日、おめでとうございます」

 そういえば言っていなかった気がする。まあ、今日会ったのは今が初めてだから仕方のないことだが。
 これで誤魔化されてくれるか、と思って見つめた先で、俺を見て笑っているドフラミンゴの口元の笑みが、少しばかり深められる。

「おう」

 どことなく満足げな返事に、どうやら誤魔化されてくれたらしい、と俺は把握した。
 もしかしたらそれがドフラミンゴ曰くの『俺が言うべきこと』だったのかもしれない、とも少しだけ思ったが、まさかそんな子供のようなことを王下七武海が言うとも思えないので、気のせいだろう。
 フフフフと楽しげに笑うドフラミンゴを見やりつつ、自由にならない体のままで、とりあえず解放されることを待った俺が自由を取り戻したのは、それからしばらく後のことだった。



end


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