いちばんでとくべつ
ナマエはドフラミンゴの『ペット』だ。
『飼ってやる』と言ったドフラミンゴが、ナマエの小さく細い首に首輪を巻いて世話をしているのだからその認識は間違ってはいないだろう。
ナマエの首にあるものを見た人の殆どはそれを痛ましいものとして見つめるが、ナマエにとってはこの上ないほどに大事な贈り物だ。
ドフラミンゴがナマエのために用意した、ナマエが『ドフラミンゴのもの』であるという証なのだから当然である。
ドフラミンゴはナマエに居場所をくれた。
最初はナマエを殴って大怪我を負わせたが、あまりにも弱くて脆いナマエを治療して、ナマエが言うことが面白いと言って傍に置いて、そうしてそれからはナマエに優しくしてくれた。
『元の世界』より『自分』を選ばせた何とも悪い大人ではあるが、ナマエはドフラミンゴのことがこの世界で誰よりも特別だ。
そんな特別なドフラミンゴが生まれた日だと聞いて、じっとしていられなくなってしまったのは、仕方の無いことである。
一生懸命贈り物を考えて、他の人間に相談までして、どうにか用意したプレゼントは子供が用意した物らしく安物だが、ナマエが考えに考えて買ったものだ。
プレゼントは手渡しでは無くて一か所にまとめてから渡すことになっているらしく、いつも食事に使う部屋の三分の一ほどは、あちこちから届けられたドフラミンゴへの『贈り物』がひしめいている。
何人かが確認をして、安全であると太鼓判を押されたものだけだが、それでも相当な数だ。
ナマエの小さな贈り物もそこに置かせてもらっていて、今日の夜にはドフラミンゴに渡すこととなっている。
ナマエが買ったものは他の贈り物に比べて小さいからきっと後回しにされるだろうが、それでも最後はドフラミンゴの手に取ってもらえるのだとすれば、それはナマエにとっては嬉しいことの一つだ。
モネの『おてつだい』で手に入れたベリーは殆ど使ってしまったが、ナマエに後悔はない。
そうして今は、ドフラミンゴのためにとベビー5が作成していったケーキの上に、とてつもなく真剣な顔で苺を並べているところだった。
均等とは言えない並びをしたケーキ上の苺たちが、てらりと光を弾きながら白いクリームたちと一緒にナマエを見上げている。
「……ん、と、できた」
「あらナマエ、お手伝いしてるの?」
最後の一つをクリームの上に座らせて、ふうと息を吐いてケーキの上から体を起こしたナマエへ向けて、そんな風に声が掛けられる。
それを聞いて視線を向ければ、室内へ入ってきたモネが微笑んで、その瞳をナマエへと向けていた。
カップを持っているので、どうやらお茶を淹れて貰いに来たらしい。
「ベビー5はおにく取りにいった」
きょろりと室内を見回したモネへナマエがそう言うと、そう、と少し残念そうな顔をしたモネがカップをテーブルの端に置く。
それからその目が改めてナマエの前の巨大なケーキを見やって、すてきね、と優しげな微笑みと共に言葉を落とした。
「ナマエが飾り付けしたの?」
「うん。ベビー5にしたいっていったら、させてくれた」
にこにこしながらカットしたフルーツのあれこれを用意してくれて、柔らかく素晴らしい泡立ち具合の生クリームを塗ったケーキを置いて行ってくれたベビー5は、きっととてつもなくドフラミンゴが好きなんだろう、とナマエは思っている。
「よかったわね」
それを聞いて囁いて、モネの腕がひょいとナマエの方へと伸ばされた。
柔らかく頬をくすぐられて、くすぐったさに少しばかり肩を竦めながら首を傾げたナマエが、その視線をモネへと向ける。
「モネ?」
「クリームついてるわよ、ナマエ」
言いながら、それを拭い取ってくれたらしいモネに、ありがとうとナマエは素直に礼を言った。
それから、その目がちらりとケーキを見やって、そわりと少しばかり体を揺らす。
このケーキをドフラミンゴの前に運ぶのは、今日の夜だとベビー5は言っていた。
この世界でケーキにろうそくを立てるのかはナマエも知らないが、それはもうにぎやかな祝いの場になるのだろう。
いつもなら海軍にいるヴェルゴも戻ってくると言っていたのだから相当だ。
ドフラミンゴはどんな顔をするだろう。
驚くのだろうか、それともいつものように全部わかっていたような顔をして笑うのだろうか。
今日は『王様』の仕事をしているらしいドフラミンゴの姿を思い浮かべてみても、どんな風になるのか想像もできず、ナマエは他へ思考を逸らすことにした。
プレゼントと、ケーキと、あと誕生日に必要なものは何だろう。
少ない知識で考えるナマエに、ふふふ、とモネが小さく笑う。
「時間があるなら、彼に会ってきたら? さっき終わったみたいよ」
そうして優しく落ちた言葉に、もう少し考えてから、ナマエはこくんと頷いたのだった。
※
「ドフラミンゴ」
部屋に入ってすぐ、ソファでくつろぐ男の名前を呼んだナマエに、フフフとドフラミンゴが笑った。
こいこいと手招かれて近寄れば、ソファに座ったドフラミンゴがナマエの顔を見下ろしてサングラスの奥の目を細める。
「甘ェにおいがすんなァ」
「そう?」
言われて自分の体を嗅いでみても、ナマエにはそんな匂いは感じられない。
首を傾げたナマエに、鼻が慣れちまってんだろうと笑ったドフラミンゴがナマエの方へと手を伸ばした。
指で首輪を引っかけられて、そのまま引っ張られたナマエの体が簡単にドフラミンゴの方へと傾ぎ、そのまま放り出されているその膝へと座らされる。
ドフラミンゴを見上げるナマエに顔を寄せて、やっぱりするぜと言って笑うドフラミンゴはいつも通りだ。
首輪から離れた手でぐしゃりと頭を撫でられて、されるがままにされながら、ナマエの目がちらりとドフラミンゴの近くの机を見やる。
ソファのそばに置かれたテーブルにはドフラミンゴのような恰好をした電伝虫が一匹座っているだけで、もう書類は影も形もない。
モネの言っていた通り、『仕事』はとりあえず終わったようだ。
それなら残りの時間は、この部屋にいても大丈夫だろう。
そう判断して体から少しばかり力を抜いたナマエに、笑ったままのドフラミンゴが軽く首を傾げる。
「どうした? ナマエ」
問いかけながら、頭に触れていた手を離して、ナマエが見上げるのを邪魔しないようにするドフラミンゴは、ずいぶんといつも通りだ。
サングラスをかけて派手な格好をしていて悪魔の実の能力者で王下七武海で、強くて海賊で悪い大人で王様で特別なドフラミンゴは、ナマエの『いちばん』だった。
ナマエを殴ったけどその後ちゃんと手当を手配してくれて、行き場のないナマエに居場所をくれて所有して、優しくして、元の世界へ帰ってしまったナマエを手を尽くして連れ戻してくれた。
ドフラミンゴがどれだけ悪い大人でもその事実は変わらないので、当然ながらナマエの中の『いちばん』であることにもこれから先変化は無いだろう。
今日は、ドフラミンゴの『生まれた日』だった。
ナマエの『いちばん』のドフラミンゴの誕生日を、ナマエが祝わずにいられるはずがない。
きっと、他のみんなも同じだろう。ベビー5が他の側近と食事を用意すると言っていたし、モネはあの後シーザーを迎えに行くといって出かけていった。
プレゼントも買ったしケーキも用意した。
あれを見た時どんな顔をするだろうかと、あちこちの『いちばん』を独り占めにしている海賊を見上げて考えたナマエの口元が、少しばかり緩む。
「ドフラミンゴ、たんじょうびおめでとう」
そうして朝も昼も放った言葉を口にしたナマエに、ドフラミンゴはぱちりと一つ瞬きをした。
それから、楽しげな笑顔をナマエへと向ける。
「フッフッフ! ありがとうよ」
何度目の言葉でもそう言ってあっさりと受け入れてくれるドフラミンゴに、ナマエは珍しく嬉しそうに笑った。
end
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