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相手:クロコダイル


「………………で、何故それをおれに言う」

 葉巻を口に咥えたまま、どかりとソファに座り込んだ王下七武海の一人が、不愉快そうにその視線をナマエへ向けた。
 ぎらりと光る鉤爪をもった男を見やって、ナマエは口を動かす。

「クロコダイル、ドフラミンゴとなかよし」

「なんの冗談だ」

 ナマエの言葉を否定するように、砂漠の国で『英雄』をやっているという海賊が舌打ちをした。
 その手が葉巻を唇から離し、鉤爪が前へと動いてナマエの服を引っかける。
 破けない程度の力を持ってからめた服を引っ張られて、ナマエは前へと向けてとたとたとわずかに足を動かした。
 王下七武海を招いての会議が海軍本部で開かれることになり、いつものようにナマエをつれてそこへ赴いたドフラミンゴは、いつものように『悪い話』をしにどこかへ姿を消してしまった。
 それを確認してから、これなら今日はいるかもしれない、と判断したナマエがきょろきょろと本部の中を歩き回って、目的の相手を見つけたのはつい先ほどのことだ。
 現れたナマエをかつて『死体』と呼んだサー・クロコダイルは、ドンキホーテ・ドフラミンゴのペットが自分の下を訪れたことに不快感を隠さないまま、苛立ったようにナマエを見据えている。

「フラミンゴ野郎と馴れ合ったつもりもなければ、ナカヨクしたつもりもねェ。他をあたれ」

 顔を近づけて言い放ち、そうしてナマエの服から鉤爪を離したクロコダイルに、少しだけ体を離したナマエがぱちりと瞬きをする。
 その目が改めてクロコダイルを見つめて、わずかに首を傾げた。

「でもこのあいだ、ドフラミンゴがクロコダイルにプレゼント用意してた」

 クロコダイルの誕生日は、つい先月だった。
 何やら楽しげな顔をして大きな箱を手配していたドフラミンゴに、何をしているのだとナマエが尋ねた時、確かにドフラミンゴは『ワニ野郎へのプレゼントだ』と言っていた筈だ。
 アレの中身が何だったのかをナマエは知らないが、ドフラミンゴは随分と悪い顔をしていたので、きっと『悪いもの』だっただろう。
 ナマエの言葉に、あれか、と贈り物を覚えていたらしいクロコダイルが唸る。
 その眉間のしわが深くなり、ややおいてもう一度その口からは舌打ちが漏れた。

「…………同じものを送り返してやると言っておけ」

 そうして低く唸られて、とりあえずナマエはこくりと頷く。
 それから、簡単にドフラミンゴへの『誕生日プレゼント』を決めてしまったクロコダイルに、むう、と少しばかり口を尖らせた。
 それを見て、クロコダイルが少しばかり怪訝そうな顔をする。

「………………なんだその顔は」

「クロコダイルがずるい」

「ああ?」

「俺はまだ決めてないのに」

 非難するようにナマエが呟くと、馬鹿かとクロコダイルが呆れたような視線をナマエへ向けた。
 その右手がナマエの方へとのびて、先ほど引っ張られた分近付いていたナマエの顔を両頬を挟むようにして捉え、ぐいともう一度自分の方へと引き寄せる。
 その左手の鉤爪と同様に鋭さを宿した両目でナマエを見据えて、いらだち交じりのその手の力がぎりりとわずかにナマエの顎を軋ませた。

「選ばせてやる。ミイラにでもなって静かになるか、今すぐ部屋を出ていくかだ」

 どっちがいい、と尋ねられて、ナマエはぱちりと瞬きをする。
 どちらとも答えぬままその顔を見上げるナマエに目を眇めて、クロコダイルの指にもう少しの力がくわえられた。
 そのままの状態でナマエをしばらく見下ろして、やや置いて再び怪訝そうな顔をしたクロコダイルが、ぱっとナマエから手を離す。

「クロコダイル?」

 解放されたナマエが、どうしたのかと問いかけるように名前を呼んだ先で、自分の右手を見下ろしたクロコダイルが、すぐ傍らに置いてあったテーブル上のグラスにその手に持った。
 手の中のグラスがびしりとひびを入れ、数秒でその輝きを失って、最後はざらりとその右手の上で少し輝く砂に変わる。
 唐突に海軍本部のグラスを砂にしたクロコダイルの行動に、ナマエは不思議そうにその視線を注いだ。
 傍らに落ちた砂に三度目の舌打ちを零して、手を汚す砂の殆どを床へ落としたクロコダイルが、もう一度その視線をナマエへと向ける。

「…………さっさと出ていけ。懐くんならフラミンゴ野郎だけにしろ」

「でも、俺クロコダイルに相談にきたのに?」

「てめェの都合なんざ知るか。さっさといかねェなら、次はこいつだ」

 言いながら脅かすように鉤爪を揺らされて、ナマエはそっと足を引いた。
 本当に刺されるかどうかは分からないが、身の危険があるのなら致し方ない。
 ナマエの行動にふんと鼻で笑ったクロコダイルが、その視線をナマエから外す。その手がひょいと持ち上げたのは、テーブルの端に置いてあった会議資料のようだ。
 もはやナマエを居ないものとして扱うつもりらしいクロコダイルに、はあ、と小さく息を吐いて、ナマエは仕方なくとぼとぼと退室するために足を動かした。
 もうじき来るドフラミンゴの誕生日でのプレゼントを相談しに来ただけだと言うのに、どうして邪険にされなくてはいけないのだろうか。
 お互いにプレゼントを交換するほど仲良しなのに、と少しばかり首を傾げながら足を動かして、ナマエは少しばかり考えた。
 どうせプレゼントを渡すなら、ドフラミンゴが喜ぶ、欲しがっていたものがいい。
 ナマエが知っている限り、ドフラミンゴは欲しいと思ったものを自分で手に入れている。地位も権力も財力もあるのだから当然だ。
 けれどそう言えば『漫画』の中で、ドフラミンゴが欲しがって、クロコダイルが拒んだものがあったのではなかったろうか。
 そこまで思い出して、扉を開けた格好でぴたりと動きを止めたナマエが、ちらりと後ろを見やる。
 相変わらずナマエの方を見ようともしないクロコダイルが、ぱらぱらと興味なさげに会議資料をめくっていた。
 その様子を見やってから、ナマエはひとまず口を動かす。

「クロコダイルが、ドフラミンゴの仲間になるのは?」

「断る」

 いい案だと思ったのだが、クロコダイルの返答は何ともそっけなく冷たいものだった。




end


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