- ナノ -
TOP小説メモレス

わるいひととハロウィン

 ドンキホーテ・ドフラミンゴの誕生月が終わると言うその日、いつものように目を覚ましたナマエは、もぞりと身じろいでベットから起き上がり、そうして見えた部屋の主の姿に動きを止めた。
 不思議そうにその目がそちらへ視線を注いで、ぱちぱちと数回寝ぼけた様子で瞬きをする。
 それに気付いたらしい部屋の主が、どうした、とナマエへ向けて問いかけた。

「まだ寝ぼけてやがるのか?」

「……ドフラミンゴ、今日、黒い」

 尋ねながら近寄ってきた相手を見上げて、ナマエの口から端的に言葉が漏れる。
 ナマエの視界の殆どを埋めるような大柄な体にかさばる羽毛のコートを着込んだドフラミンゴが、いつも好んで着ているのは桃色だった。
 派手な色味のそれはドフラミンゴにはとてもよく似合っていたし、ナマエはもはやその色と言えばドフラミンゴを連想するくらいにはそれに慣れている。
 しかし、今ベッドわきに佇むドフラミンゴの体を覆っているコートは、普段着込んでいる色味とは真逆の暗さを持っていた。
 夜闇の中を歩いていたら闇に溶けてしまいそうなその黒さは、恐らくまだ朝と呼んで問題ない時間だろう現在には全く不似合いに思える。
 ついでに言えばドフラミンゴは普段とは違ってしっかりとシャツを着込んでおり、少し色合いの違う黒のネクタイまで絞めていた。
 どうしたの、とその目で問いかけるナマエを前に、手を伸ばしてナマエの首へいつも通り首輪を装備させながら、ドフラミンゴが声を漏らす。

「フッフッフ! 今日はハロウィンだからなァ」

 そんな風に言い、『よく似合ってるぜ』といつものように首輪をつけたナマエへ向けて続けられた言葉へ、ありがとうと返事をしながら、ナマエの目がじっとドフラミンゴの頭を見つめる。
 ナマエの頭よりうんと高い場所にあるドフラミンゴの頭には、普段ならない筈の一対の角が生えていた。
 前に見た科学者が生やしていたものよりは短いそれが金髪の合間から主張しているのを見上げ、ナマエの首が軽く傾げられる。

「ハロウィンだと、黒くなって角が生えるの?」

 どういう理屈か分からないと言いたげに呟くナマエに、ん? とドフラミンゴが声を漏らす。

「何だナマエ、『ハロウィン』を知らねえのか?」

 お前の『いた』所には無かったのかと続いた問いかけに、あったと思う、とナマエは答えた。
 それほどかかわりがあったわけでは無かったが、小学生にもなればクラスメイトが騒いでいるもののいくつかを耳にしたり目にしたりすることはあるのだ。
 そう言うイベントごとの好きな女子生徒が何か言っていたのをナマエは何となく覚えていて、ナマエの知る『ハロウィン』と言えばかぼちゃのおばけが出てくる何かだった。

「でも、よく分からない」

 シールとかあったよ、と続けたナマエに、ドフラミンゴが眉間のあたりに軽く皺を寄せる。
 それから少しだけ何かを考えるようなそぶりをして、やがて一分も掛けずに『よし』とその口が言葉を零した。

「用意させてやる。ナマエ、着替えろ」

「うん?」

「『ハロウィン』は仮装するもんだからな」

 まるで世の理と説くようなドフラミンゴの言葉に、よく分からないままでナマエは一つ頷いた。







「モネ、トリックオアトリート」

「あら、ナマエ」

 ドレスローザから程よく離れた場所にある、名も無きに島に誂えられた研究施設の中で。
 部屋に侵入してすぐに呪文を唱えたナマエへ、ユキユキの実の能力者が柔らかな視線を向けた。
 久しぶりねと微笑んだ彼女が、机の上にあった籠をナマエの方へと軽く押しやる。

「はい、どうぞ」

 好きなだけ取っていいわよと優しく微笑む彼女に頷いて、近寄ったナマエの手が小さな籠の中から指に触れたものを二つだけ掴みとった。
 丸い包みに入ったチョコレートを肩から掛けた鞄へ入れるナマエの姿を見やって、眼鏡を額に押し上げたままでモネが口を動かす。

「その格好、吸血鬼?」

「うん」

 牙も貰った、と口にはめられたつけ牙を軽く指差してから、ナマエの手が鞄から離れる。
 その体を覆う柔らかな羽毛をあしらったコートは、よくナマエを連れて歩いている王下七武海のそれとサイズ以外の殆どが同じだった。
 色合いは淡い黒で、此処までナマエを連れて来たドフラミンゴが抱えても隠れてしまわない程度の差がついている。
 今はシーザーのところへ行っているらしいドフラミンゴの姿を見たわけでもないのに、お揃いなんて可愛いわね、と優しく笑ったモネの視線が、それからナマエの肩からかかっている鞄へ向いた。

「その鞄の中身、もしかしてお菓子かしら?」

「うん、トリックオアトリートって言ったら、みんながお菓子くれた。トレーボルもピーカも、ディアマンテも」

 ドレスローザで呪文を唱えたナマエの掌へ、それぞれ甘い菓子を落としてくれたドンキホーテファミリーの幹部の名前を並べると、良かったわねとモネが笑う。
 それから『美味しかった?』と続いた言葉に、ナマエはふるりと首を横に振った。

「まだ食べてない」

「あら、どうして?」

「後で、ドフラミンゴと半分こにする」

 寄越された問いかけにナマエがそう答えると、モネが少しばかり目を丸くする。
 それからすぐにその顔に微笑みを浮かべて、そう、と囁いた彼女は頬杖をついた。

「喜んでくれるわ、きっと。若様からももう貰ったの?」

 優しげな声に寄越された言葉に、ナマエの目がぱちりと瞬きをする。
 それから、は、と気付いたように息をのんで、まだ、とその口が言葉を呟いた。
 『悪戯されるか菓子を寄越すか選ばせてやる』という意味らしい、妙な呪文を教えてくれたのはドフラミンゴだった。
 しかし、思えば、着替えたナマエはあちこちの人間にそれを唱えて歩いたが、後ろをついてきていたドフラミンゴにはその言葉を言っていない。
 ナマエの顔を見やり、それじゃあ船に戻ったら言ってみるといいわ、なんて優しく囁いたモネが、頬を支えていない腕を動かす。
 開いた机の引き出しから取り出した物を差し出されて、ナマエは不思議そうに首を傾げた。

「なに?」

「良いもの貸してあげるわね」

 ナマエの手に持っているものを押し付けて、モネが楽しげに言葉を紡ぐ。

「若様がお菓子くれなかったら、これを使って」

 『それ』の使い方まで教えられて、どうしてそんなものを貸してくれるのかも分からないまま、ナマエの両手が渡されたそれを軽く握りしめた。







 ドフラミンゴを捜して研究施設の中を歩いたナマエは、彼が『大事な話』をしに船へ戻っていると聞いて、すぐにその足を研究施設のすぐそばまで近寄っていた船へと向けた。
 辿り着いた船内には確かにドフラミンゴの姿があって、ちょうど『大事な話』とやらが終わったらしいドフラミンゴが、電伝虫へ受話器を置きながらソファに座ってナマエを出迎える。

「ドフラミンゴ、モネとシーザーからもらった」

 鞄を抱えてそう言葉を口にしたナマエへ、ドフラミンゴが笑い声を零す。

「そいつは良かったな」

「うん」

 寄越された言葉に頷きながら、ナマエの足がドフラミンゴの傍へと寄って、ドフラミンゴが座っているソファの端へとよじ登る。
 ドフラミンゴが所有するにふさわしい柔らかさを保った上等なソファに腰を押し付けてから、そうだ、と声を漏らした少年の手が鞄を抱え直した。

「シーザーのチョコの中で一個だけ、『お前一人の時に食べろ』って言われた」

「よし、それは寄越せ」

 だから今半分しよう、と続くべき言葉をドフラミンゴの台詞に遮られて、ナマエの目がぱちりと瞬きをする。
 しかし、ナマエを所有するドフラミンゴに逆らうつもりなどナマエ自身にも毛頭なく、うん、と素直に頷いたその手が鞄から件の包みを取り出した。
 ナマエの掌ほどもあるそれの中身は、シーザーの言葉の通りなら『ただのチョコレート』だ。
 その種類は一つしかないからお前一人の時に食べろ、なんて言ったシーザーはとてつもなく楽しそうで、何かあれば遠慮なくかけてこいと電伝虫の番号まで教えてくれた。
 研究所の中でのシーザーのことを思い出していたナマエの手からひょいとチョコレートが奪われて、軽くそれの匂いを嗅いだドフラミンゴの手が、ぽいとそのままソファの背より向こうにそのまま包みを放り捨てる。

「あ」

 目を丸くしてそれを見送ったナマエの顔に軽くドフラミンゴの手が触れて、無理やりその視線が包みの方からずらされた。
 頭に角を付けたままのドフラミンゴが、さて、と何でもないことのように口を動かす。

「用も済んだことだし、ドレスローザに戻るか。島につく頃には夜だろうが、まァ仮装パレードを見る時間くらいはあるだろうよ」

 楽しみにしてろと寄越された言葉にうんと頷いたナマエの頭に触れていたドフラミンゴの手が、するりと滑り落ちる。
 そのまま下から救い上げるように顎をつままれて、不思議に思いながら従ったナマエの顔を見下ろしたドフラミンゴが、楽しげに笑ったままで口を動かした。

「ところでナマエ」

「?」

「おれには何にも言わねえのか?」

 促すようなその言葉に、ぱち、とナマエの目が瞬きをする。
 それから、モネとの会話を思い出して目を瞠った少年は、そのまますぐに目の前の王下七武海へ言葉を投げた。

「ドフラミンゴ、トリックオアトリート!」

 飼い主に教えて貰ったその呪文を唱えて、強請るように小さな手が片方ドフラミンゴへ向けて差し出される。
 甘い菓子を与えられることを疑いもしない幼い掌をちらりと見やり、フフフ、と笑ったドフラミンゴがナマエの顎から手を離した。

「ねェよ」

「え?」

「菓子なんざ、飴ひとつくれてやらねえ」

 さァどうする、と続いた言葉に、ナマエの顔に戸惑いと困惑がにじむ。
 それを面白そうに見下ろして、ドフラミンゴが囁いた。

「『悪戯か、菓子か』、聞いてきたのはお前だろう?」

 ドフラミンゴの台詞はつまり、『悪戯』をしろとそそのかすそれと同じだった。
 確かに、ドフラミンゴに教えて貰った『呪文』は『悪戯されるか菓子を寄越すか』選ばせるものだとナマエも教わった。
 しかし、好き好んで悪戯をされたがる大人などいなかったから、ナマエはこの呪文を唱えて今までずっとその手に菓子を掴んできたのだ。
 今になってそんなことを言われても困ってしまう、と少しだけ眉を寄せたナマエが、は、と小さく息を漏らす。
 その手が慌てたように中身で膨らんだ鞄に触れて、端からぽろぽろと飴やそれ以外の包みを零しながら何かを掴みだす。
 取り出したそれは先ほどモネに手渡された『ペン』で、きちんと先を覆っていたキャップを外したナマエの足が、柔らかなソファの上に立ち上がった。

「ドフラミンゴ、じっとしてて」

 そうしてそんな風に言いながら、伸ばしたその手がドフラミンゴの顔に触れる。
 ペン先をその頬に押し付けて滑らせると、いつもならドフラミンゴがその体にまとっているのと同じような色合いのインクが、ドフラミンゴの頬に線を引いた。
 水で簡単に落ちると言うそれを滑らせて、何を書いたらいいのか分からなかったナマエの手が日本語で自分の名前を書いたところで、ドフラミンゴの手がペンを握っているナマエの手を掴まえる。

「何だ、こりゃ?」

「さっきモネに、ドフラミンゴがお菓子くれなかったら使いなさいって言われた」

 お水で落ちるって、と言葉を続けると、サングラス越しにペンを見つめたドフラミンゴの顔に、にまりと楽しげな笑みが浮かぶ。

「……フ、フフ! フフフ! あいつァ本当に有能な奴だなァ」

 そう言いながら手の中からペンを奪われて、あ、とナマエの口が声を漏らした。
 見やった先ですぐさまペン先がナマエの方へと向けられて、先程と同じくドフラミンゴのもう片方の手がナマエの顔を下から掴まえる。そのままぐいと軽く下へ引かれ、ソファの上に立っていた体が改めてソファへと座り直した。

「ナマエ、『トリックオアトリート』」

 そうして寄越された呪文に、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 それから、その手が自分がまだ肩からかけていた鞄に触れて、中に満ちたもののうちから一つをつまみ出す。
 取り出したそれはモネに先ほど貰ったチョコレートで、ぺりぺりと包みを剥いたそれをドフラミンゴへ差し出すと、ドフラミンゴの口がそのままナマエのつまんでいたチョコレートを攫っていった。

「美味しい?」

「ああ。こいつは礼だ」

 チョコレートを噛みながらそんな風に口にして、ドフラミンゴの手がナマエの頬にペン先を押し付ける。
 ぐりぐりと頬をなぞるその動きに、チョコあげたのに、とナマエは少しばかり口を尖らせた。

「何書いてるの?」

「後で確認しろ。そう酷い顔にはしちゃいねェ」

 呟くナマエを気にした様子もなく、ペンを動かすドフラミンゴは随分と上機嫌だ。
 見やったドフラミンゴの顔を確認して、ドフラミンゴが楽しいならいいかと抵抗すら諦めた従順なナマエは、されるがままに頬を差し出しながら、両手で鞄を抱え直した。

「終わったら、一緒にお菓子食べよう」

 そう提案したナマエに、ペンを動かしたままでドフラミンゴが不思議そうに口を動かす。

「お前が手に入れたもんだろうが。おれに食わせるのか?」

「ドフラミンゴと半分こする」

 問いかけにナマエがはっきり答えると、やや置いてドフラミンゴの手が動きを止めた。
 どうやら書き終えたらしいその指がペンをくるりと回して、ナマエが握っていたキャップを奪い取って蓋をして、先程シーザーのチョコレートにやったようにぽいとそのまま放り投げる。
 借り物を放られて、後で拾わなくちゃとそれを視線で追いかけたナマエの頭がもう一度掴まれて、先程と同じようにぐいと無理やりその目がドフラミンゴの方へと向けられた。

「人に分け与えてちゃあ『イイ』海賊になれねェぞ、ナマエ」

 海賊ってのは奪うもんだからな、と続いた言葉に、ナマエの両手がドフラミンゴの方へと鞄を差し出す。

「大丈夫、俺ドフラミンゴのだから」

 ドフラミンゴがナマエに居場所を与えて首輪をつけさせたその日から、ナマエはその髪の毛の一本まで目の前に座る海賊の所有物だ。
 ナマエはドフラミンゴのものなのだから、ナマエの物だってドフラミンゴの物だろう。
 二人の物なのだから山分けして当然だと言葉を放つナマエを見下ろし、ドフラミンゴの口が笑みをかたどる。

「…………フッフッフ!」

 それからとても楽しげに笑い声を零して、ナマエの手から鞄を受け取ったドフラミンゴは、すぐにそれをソファの上にひっくり返した。
 ソファに座るナマエの膝の上にも広がったそれの一つを摘み上げて、ドフラミンゴの手が簡単に包みを開き、出て来たチョコレートをナマエの口へと押し込む。

「ほらよ」

「ん」

 ぐいぐい押し込まれるそれに大人しく噛みついて、ナマエはそのままドフラミンゴと共に、手に入れた菓子を消費する作業へ入ることになった。
 頬に描かれた『悪戯書き』がドンキホーテファミリーのシンボルマークだとナマエが知ったのは、ドレスローザに帰った後のことである。
 顔を洗うかどうかでナマエは真剣に悩んだが、彼をシャワールームへ放り込んだドフラミンゴ自身の手によって、悩みの種はあっさりと消え去ってしまったのだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ