わるいひととみなさま
※海兵さんとドフィと七武海会議
※何故かクロコダイル寄り視点でクロコダイルがずっと眺めてる
クロコダイルは、何ともうんざりとした顔をしてその椅子に座っていた。
彼が不機嫌な顔をしているのはいつものことであるが、それにしたって『不快』だと隠すことないまま椅子に座っているのは珍しいことである。不愉快なものは己の手か部下を使って退け眼前から消し去るのがいつもの彼だ。
けれどもクロコダイルがそれをしないのは、彼がいるその場所が海賊とは対立関係にある『海軍』の、マリンフォードに位置する『本部』の会議室で、あまつさえこれからその『会議』とやらが始まるからだった。
王下七武海としてその名を連ねるクロコダイルは、その会議に『王下七武海』として召集されたのだ。
本当なら海を越えてこのような場所に来るつもりなど毛頭なかったのだが、何度かの召集を蹴飛ばしたせいで軍艦がクロコダイルを迎えに来てしまった。
まだ『計画』が進んでいないと言うのに民衆に不安を与えるわけにもいかず、クロコダイルは仕方なく数人の部下を連れてその船に乗り込んだのだ。
クロコダイルの部下は、海軍がクロコダイルに用意した部屋に残してきている。
王下七武海を招集した会議の議題が何なのかはまだ知らないが、わざわざ連れてきて背後に部下を置くようでは周囲を警戒しているととられかねず、何より自分の身を自分で守れないと言って歩くようなものだ。そのようなこと、クロコダイルが出来るわけがない。
『暴君』くまや『海侠』のジンベエがどうかは知らないが、クロコダイルの隣に座る男も、大概はそうして一人でこの会議室へと赴いていた筈だ。
「フッフッフ!」
「ドフラミンゴ、会議もうはじまる?」
それがどうしてか、傍らの嵩張る大男の膝には少年が一人座っていた。
ナマエという名の彼のことは、クロコダイルも知っている。
少し前に『拾った』と言って見せられた、ドフラミンゴに従属するただの人間の子供だ。
閉じ込めようが連れて歩こうが従い、ドフラミンゴが声を掛けるまでただぼんやりと立っている様は、まるでゲッコー・モリアが時折連れて歩く『死体』の部下達のようだった。
ドフラミンゴが言えばなんだってするだろうと言うその従順さにはその意思すら見当たらず、クロコダイルが思わずドフラミンゴへ「死体を連れて歩く趣味があったとはな」と言い放ったほどである。
クロコダイルの言葉に口を曲げたドフラミンゴの様子は少し愉快であったが、どうやら少しは気になったらしいドフラミンゴは、子供との関係の改善を図ったらしい。
今はあの頃より死んだ顔はしていないものの、相変わらずドフラミンゴに従順であるらしい子供の目がドフラミンゴを見上げて、軽く頭を傾ける。
その首には無駄に豪華な首輪が巻かれていて、子供の恰好には不似合いなそれの趣味の悪さはどう考えてもドフラミンゴのセンスだった。
以前巻かれていた物と同じであれば、それはドフラミンゴがその少年を『所有』していると言う証だ。
自由を愛する海賊としての生業を知るクロコダイルとしては全く理解できないことだが、相変わらず少年にはそれを嫌がる様子もない。
天竜人のように趣味の悪い男の傍らで、クロコダイルはうんざりと葉巻をかみしめる。
王下七武海と海兵しか訪れないはずのこの会議室にこんな一般的でない一般人を連れ込んでいれば、現れた海軍元帥が怒鳴り散らすのは目に見えていた。
面倒なことになる前にさっさと退室させろと言ってやりたいところだが、ドフラミンゴがそれに従うとも思えず、ついでに言えば『海軍元帥』を怖れているのかとからかい交じりにでも嘲笑されるのは不愉快であるのでそれも出来ない。
ただ大人しく海軍上層部が来るのを待つだけの会議室で、こほん、と小さな咳ばらいが落ちた。
それに気付いてクロコダイルが視線を向ければ、ドフラミンゴを挟んで反対側に座っている魚人の男が、何とも言い難い目でドフラミンゴの膝の上の少年を見つめている。
粗暴な魚人にしては憐れみに満ちたその視線に少しばかり興味をひかれたクロコダイルが見つめた先で、『海侠』のジンベエが口を動かした。
「……お前さん、名前は?」
「? ナマエ」
声を掛けられて反応した少年がジンベエの方を見やり、寄越された問いかけにあっさりと答える。
そうかとナマエを見やって頷いてから、ジンベエは何かを言いあぐねるような様子で少し視線を彷徨わせて、もごりと口元を動かした。
その目がちらちらと少年の顔より下を見やっている様子に、は、と笑い交じりの煙をクロコダイルが吐き出す。
どうやら、かつて迫害されてきた歴史を持つ魚人族の海賊は、ナマエの首にある物が気になって仕方ないらしい。
本人が気にしていないのだから放っておけばいいというのに、相変わらず『海侠』の名を持つかの海賊は風変わりである。
ジンベエの視線を受け止めて、ナマエがそちらを見たまま不思議そうに首を傾げた。
そんな少年を膝の上に乗せて、フフフフとドフラミンゴが笑いを零す。
「何だァ、ジンベエ。おれのペットをナンパしてんのか?」
「……ペット、じゃと……?」
「うん。俺、ドフラミンゴの」
放たれた言葉にジンベエがわずかな怒りに満ちた声を漏らしたというのに、よく教育されている従順な『ペット』がそれに油を注いでいる。
応じて放たれたジンベエからの不穏な空気に、面倒だが席を移動した方がいいのかとクロコダイルは少しだけ考えた。
ジンベエから見てドフラミンゴとの直線状である今の席では、何か起これば巻き添えになることは免れないだろう。
後から座ってきたドフラミンゴの巻き添えなど、冗談ではない。
クロコダイルが、こうなることを見越していたかのように一番離れた席に座って黙々と聖書を読んでいる『暴君』くまへ視線を向けたところで、ぱたんと会議室の扉が開かれた。
「……何じゃ、まだこれだけか」
そうして室内に落ちた声に、クロコダイルはちらりとその目を向ける。
正義を記したコートを羽織る赤いスーツの海軍大将が、室内をぎろりと見回して腕を組んでいた。
どうやら、今日の会議には『海軍大将』赤犬も参加するらしい。
今日は大人しく見張りでもしていれば良かったものをと舌打ちを零して、クロコダイルは葉巻を口から離した。
紫煙を零しながら灰皿へ葉巻を捨てるクロコダイルへ目を向けた赤犬が、そのまますぐそばに座っているドフラミンゴを見やり、そして少しばかりその視線へ鋭さを混ぜた。
「……部外者を連れて来とるんか」
「フッフッフ! 部外者じゃねェよ。センゴクだってシュレッダー代わりのペットを連れて歩いてるじゃねェか」
いつだったかの会議に連れてきていたヤギを示して言葉を放ち、ドフラミンゴの大きな手が膝の上の子供の小さな頭を軽く撫でる。
なんたらとヤギの名前を紡いで『一緒にするな』と唸った赤犬に、ドフラミンゴは肩を竦めた。
「同じペットじゃねェか、そう差別するなよ。なあ、ナマエ?」
「うん」
落ちたドフラミンゴの言葉に、膝の上の少年があっさりと頷く。
やりやがった、と眉間に皺を寄せたクロコダイルのすぐ近くで、ぶわりと熱が広がった。
アラバスタの砂漠で感じる日差しにも似た身を焦がす温度に、クロコダイルがうんざりとその視線を海兵へと向ける。
室内に唯一の海軍大将が、その右手を少しばかり赤く染めていた。マグマ人間の足元にそのしずくが落ちて、じゅうじゅうと何とも酷い音を立てている。
「人間を『ペット』扱いするたァ……相変わらず性根の腐ったクズじゃのォ」
怒りを放つ『海軍大将』赤犬の言葉には暑苦しい正義感が満ち溢れていて、面倒くさい事態になったと言う事実にクロコダイルは新しい葉巻を口に咥える。
やり合うならドフラミンゴごと会議室から離れて行ってほしいところだが、そんな気の配り方が出来るなら、ドフラミンゴもわざわざこの場に『ペット』を連れては来ないだろう。
海軍大将と七武海がこぜりあったとなれば、今日の会議は終了か。
昼食はダズに用意させるか、とポケットの電伝虫に手を伸ばしかけたクロコダイルの視界の端で、ドフラミンゴの膝に乗った子供が身じろぐ。
何となくそちらへ視線を戻したクロコダイルは、赤犬を見ながら眉を寄せた少年がドフラミンゴの膝を降り、自分の体を赤犬とドフラミンゴの間に挟むようにして佇んだのを見た。
よく見れば胸元にはネームプレートが付いていて、やる気の無い文字が『王下七武海『天夜叉』の所有物』であると言う内容を記している。
「ドフラミンゴを悪く言わないで」
今にも拳を振り上げてきそうな海軍大将を見やりつつ言い放った子供の強い声音に、クロコダイルは少しばかり目を瞬かせた。
随分と教育の行き届いた様子ではあるが、どうやら少年は、ちゃんと『自分の意思』でそう言い放ったようである。
その証拠に、サングラスをかけたままナマエを見やったドフラミンゴが、少しの戸惑いの後に何とも楽しげで嬉しそうなうざったい笑いを浮かべている。
ドフラミンゴの向こう側に座っているジンベエが困惑したように目を瞬かせているのまでをクロコダイルが確認したところで、大将赤犬が舌打ちを放った。
それと共にさらに熱が高まり、床の焦げる音が増した。
噂によれば『悪』を根絶するためには『一般人』までも巻き添えにして構わないらしい苛烈な正義を抱えた海軍大将が、子供の一言くらいで収まるわけがないと言うことくらいはクロコダイルにも分かる。
むしろ、今の少年の発言で、大将赤犬にとってはこの『ペット』も『悪』の方へと分類されてしまっただろう。
「馬鹿じゃねェのか……」
「フッフッフ!」
葉巻に火を点け、わざわざ子供を巻き込んだ王下七武海へクロコダイルが視線を向ければ、それを受け止めたドフラミンゴが、いつでも相手へ応戦できるよう片腕を大将赤犬の方へと向けながら、先ほどと同じ何とも楽しげな笑い声を零す。
すぐにやってきた海軍元帥が怒鳴り声を上げなければ、恐らくそのままドフラミンゴと赤犬の争いが始まっていたことだろう。
結局そのまま会議が始まって、赤犬とセンゴクに睨み付けられても笑っていたドフラミンゴは、つるに促された時にあっさりとナマエを自分から離した。
「おつるさんに言われちゃあ仕方ねェなァ」
そんな風に言って、万が一『ペット』に何かあったらただじゃおかないと呼ばれた海軍将校に凄みまでして、けれどもあっさりとナマエを送りだしたドフラミンゴに、クロコダイルはうんざりと視線を向ける。
わざわざそうするなら会議室まで連れてこなくても良かっただろうに、などと考えたクロコダイルへ向けて、会議資料を軽く指でつまんだドフラミンゴがニヤニヤと笑った。
「なァ、ワニ野郎。コレが終わったら飯に付き合えよ、そっちの連れも一緒にイイトコに連れてってやるからよォ」
とてつもなく楽しげなドフラミンゴに、クロコダイルは眉間に皺を寄せて把握する。
それと同時にため息が紫煙と共に口から漏れて、断る、と返事を紡いだ。
そう言うなよとドフラミンゴが食い下がるが、私語を慎めとセンゴクが怒鳴りつけてその視線がクロコダイルから海軍元帥の方へと向けられた。
挑発するようにセンゴクへドフラミンゴがなにがしかの言葉を放ち、それに応酬するセンゴクのうるささに眉間のしわを深くしながら、クロコダイルの歯が葉巻を噛む。
一体何の意味があるのかは分からないが、この野郎はどうやら、従順な『ペット』をこの場に見せびらかしに来たようだ。
クロコダイルはバナナワニを連れて歩けないと言うのに、何とも不愉快な話だった。
end
戻る | 小説ページTOPへ