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わるいひととぱいん


 ナマエは、じっと目の前の相手を見上げて、それからちらりとすぐ傍の果物屋の軒先に置かれている果物を見やった。
 似ている。
 とても似ているが、あの髪型の男には少し見覚えのある気もする。

「………………」

 何て名前だったろうかと悩みながら果物と男を見比べていたナマエの前で、ずっとナマエへ背中を向けていた男がぴたりと動きを止めた。
 ゆっくりとその体が後ろを振り返って、とても不本意そうにナマエを見下ろす。

「……何か用かよい、坊主」

 尋ねられたその声を聞いて、うーん、と唸ったナマエはじいっと男を見上げて呟いた。

「……不死鳥ぱいん?」

「…………二つ名しか合ってねェよい」

 呆れたような声を零した彼は、マルコだ、と名乗った。







 ドフラミンゴがナマエを置いて仕事に行く間、ナマエへ単独行動を促したのは今朝のことだった。
 いつもなら連れて行ってくれるその仕事場へ連れて行ってもらえないのは、どうやら随分と危険な場所であるかららしい。
 それなら部屋で待っていると言ったナマエに、すぐに戻るから外で遊んで待っていろと笑ったドフラミンゴはベリー入りの鞄を持たせて、そのまま街中へナマエを置いていった。
 よく分からないが、ドフラミンゴがそういうならと、ナマエは街中を散策することにした。
 周辺海域を確認したが海賊は他にいないようだから安心しろ、とドフラミンゴは言っていたはずだが、彼は海賊ではなかったのだろうか。
 そんなことを考えて見やった先で、何見てんだよい、と笑ったマルコがナマエを見下ろす。
 ナマエは今、マルコと二人でカフェテラスに座っていた。
 一人なのかと聞かれて一人だと答えたナマエに、軽く目を細めたマルコがナマエをここまでつれて来たのだ。
 よく分からないものの、マルコが買ってくれたかき氷にさくりとスプーンを刺して、ナマエはそれを口へ運ぶ。

「うまいかよい」

「ん」

 問われて口を閉じたまま頷けば、そいつは良かったねい、と呟いたマルコが自分の飲み物に口をつけた。
 そうやって、ナマエがせっせとカキ氷を崩すのをしばらく眺めてから、マルコがおもむろに口を開いた。

「……奴隷にしちゃあ、身奇麗だねい」

「ん?」

 ぽつりと落ちた言葉にナマエが視線を向けると、マルコが自分の首元を軽く指差す。

「ナマエ、それはどうしたんだよい」

 問われて、ナマエもマルコと同じように自分の首元に手をやった。
 指が触れた先にあったのは、ひんやりと冷えた金属の感触だった。
 少し前に、ドフラミンゴが新たに作らせたナマエの『首輪』だ。
 前の首輪は作り直されて、ナマエの足首を飾っている。
 新しい首輪は少し豪華な作りになっていて、きらきら輝く光で時々鏡越しにナマエの目を刺すくらいだ。

「もらった」

 冷えた舌を動かして答えたナマエに、そうかい、と頷いたマルコがじっと視線を注ぐ。
 何か言いたげなその顔に、今までの経験から何を言われるか気付いたナマエは、さっと両手で首元を押さえた。

「はずさない」

 今度の首輪は止め具で外れるようになっているそうだが、複雑すぎてナマエの手では外せない。
 毎晩、ドフラミンゴが外してくれて、毎朝ドフラミンゴがつけてくれるのだ。
 大人であるマルコの手に掛かればあっさりと外れてしまうだろうそれを掴んで体を縮こまらせたナマエに、マルコが肩をすくめた。

「まあ、気に入ってんなら外してやろうとは言わねェよい」

「……ほんと?」

「男に二言は無ェから安心しろい」

 問いかけたナマエへマルコが深く頷いたので、それを信用してそっと手を離す。
 その手がもう一度スプーンを捕まえて、ナマエは改めてカキ氷を崩す作業へ戻ることにした。
 ざくざく、と音を立てて氷をはじきながら食べ進むナマエを見やって、マルコが軽くため息を零す。

「にしても、紛らわしいもんつけてるねい。誰の趣味だよい」

「ドフラミンゴ」

 呟きを問いかけだと判断して、ナマエは返事をした。
 それを聞いて、ぱちりと瞬きをしたマルコが、その視線をナマエへ注ぐ。

「…………なんだって?」

「ドフラミンゴ」

 不思議そうな声に、聞こえなかったのか、と判断したナマエは言葉を繰り返した。
 しばらく沈黙してから、マルコが首を傾げる。

「…………ドフラミンゴってェのは、ドンキホーテ・ドフラミンゴかよい? 七武海の?」

「ん」

 スプーンを咥えてから頷いて、ああそうだ、と思い出したナマエはごそりと鞄を探った。
 一人で歩くときはつけないようにと言われているネームプレートを取り出して、それをそのままマルコへ差し出してみせる。海軍大将からじきじきに貰った、ナマエがドフラミンゴのものであるという証明だ。
 視線を落としてそれを読んだマルコは、怪訝そうに眉を寄せた。

「何だよい、これは」

「大将黄猿がくれた」

「…………は」

「大将青雉が、えーっと、作ってくれたって」

 マルコの問いかけに答えたナマエの前で、何してんだよい海軍は、と呆れたような顔をしたマルコが、その手でナマエの手からひょいとネームプレートを奪い取る。
 あ、と声を漏らしたナマエの前で後ろのピンを開いて、マルコは手早くそれをナマエの胸元に飾ってしまった。

「せっかく貰ったんならつけてろい。紛らわしい」

 何がどう紛らわしいのかは分からないが、確かにこれをつけることはナマエとしてもやぶさかではない。
 だってこれは、ナマエが『ドフラミンゴの知り合い』だと書かれている明らかな証なのだ。
 これをつけていれば、ドフラミンゴが会議に参加している間、海軍本部でドフラミンゴを待っていても海兵は誰もナマエを怒ったり迷子扱いしたりしない。
 けれども、とナマエは眉を寄せた。

「でも、一人のときはつけるなって、ドフラミンゴが」

 最初は意味が分からなかったが、どうやらドフラミンゴがナマエを心配してのことらしいということは、この間モネに聞いたから知っている。
 ナマエは一度、ドフラミンゴを狙う海賊に攫われて、人質にされたことがあった。
 今はもう跡も薄くなっているが片手を怪我もしたし、助けてくれたドフラミンゴは笑っていたが相手にとても怒っていた。
 あの時ナマエが攫われたのは、ナマエがよくドフラミンゴと一緒に歩いていたからだ。
 一人になってこんなネームプレートをつけていたら、また同じような目に遭うかもしれない。そうなると、ドフラミンゴに迷惑を掛けてしまう。
 眉を寄せつつそっとネームプレートを抑えたナマエに、マルコが怪訝そうな顔をした。

「何だ、外してェのかよい」

「……ううん、外したくない、けど」

「それじゃあ、おれが一緒にいる間はつけてたらどうだい」

 寄越された言葉に、ナマエはぱちりと瞬きをしてからマルコを見上げた。

「どうせ情報収集をして歩かなくちゃならねェんだ、お前がそれに付き合ってくれるってんなら、何か危ないことが無ェよう、おれが一緒にいてやるよい」

 優しく聞こえる言葉を聞いて、ぱちぱちともう一度瞬きを繰り返したナマエが、こてりと首を傾げる。
 よく分からないが、確か、不死鳥マルコは強い海賊だったはずだ。
 と言うことは、ナマエがこのネームプレートをしていても、誰もナマエを攫ったりはしないだろう。
 そっとネームプレートから手を離して、ナマエの目が期待をこめてマルコを見上げる。

「……いいの?」

 問いかけに、まあドンキホーテ・ドフラミンゴが来るまでならねい、と言ってマルコが笑った。







 マルコは、どうやら『偵察』をしにこの島へやってきたらしい。
 後から来るという仲間の船は、噂の白ひげ海賊団のものだろう。
 ナマエへ当たり障りの無い仲間の話をして聞かせながら、マルコは島のあちこちを歩いて情報を集めていた。
 それに付き合っているナマエも、子供一人では入らせてもらえないような店にも入って、あれやこれやと珍しいものを見たり触ったりしている。
 時々ナマエのネームプレートを見た大人は目を瞠るが、その代わりナマエの首輪について話しかけてくることもない。
 今もまた、ナマエはマルコからほんの少し離れた場所で、売り物らしい置物を眺めているところだった。
 店主との話を終わらせたマルコが、置物を眺めているナマエに気付いてそちらへ近寄る。

「何見てんだよい……ん?」

「フラミンゴ」

 声を掛けられて視線を戻しながら、ナマエはぴっと置物の一つを指で指し示す。
 そこそこの金額が書かれたプレートの傍に置かれた置物の一つが、ドフラミンゴがよく着ているコートによく似た色合いの鳥をモチーフにしたものだったのだ。

「似てる」

 そう呟いて笑ったナマエに、マルコが軽く頭を掻く。

「……そんなに慕うってことァ、そこそこ大事にされてるってことなんだろうねい」

「うん?」

「何でもねェよい。買うかい?」

「ううん」

 尋ねられてナマエが首を横に振ると、それじゃあ次に行くかい、と言って笑ったマルコがひょいとナマエへ手を差し伸べた。
 それを受けて、ナマエも手を伸ばしてマルコの大きな手を捕まえる。
 ドフラミンゴとナマエの身長差ではなかなか出来ない手繋ぎも、普通の人間の大きさであるマルコとなら簡単にできるのだ。
 二人で揃って店を出て、てくてくと路地を歩く。

「マルコ、次どこに行くの?」

「ん? まあもう用事は終わったから、後はドンキホーテ・ドフラミンゴがお前を迎えに来るのを待つだけだよい」

 あっさりとそんな風に言われて、ナマエは首を傾げる。

「ドフラミンゴが来たら、マルコはどうするの?」

 問いかけられて、マルコが笑った。

「そりゃ当然、船に戻るんだよい。おれァ偵察だからねい」

「船……」

 マルコが言う船と言うのは、何度か話してくれたモビーディック号のことだろう。
 ふむ、と頷いたナマエに、何だ気になるのかい、とマルコが囁く。

「それならナマエ、おれと一緒にモビーにくるかよい」

「モビー?」

「おれ達の船だよい。まあ、ちらっと観光してすぐ帰るって程度の移動になるだろうけどねい」

 まだ時間はあるだろうと言われて、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 ナマエはこの世界へ来てから、まだ他の海賊の船に乗ったことは無い。
 白ひげ海賊団も、マルコの話を聞く限りだと、『いいかいぞく』の集まりのようだ。
 きっとナマエを脅かす相手はいないだろう。
 けれども、マルコ以外は『知らない大人』でいっぱいのはずだ。
 それに、確かドフラミンゴは、『この街で待っていろ』と言っていた。
 そこまで考えて、うーんと声を漏らしてから、やがてナマエの頭が横に振られた。

「いい」

「そうかい?」

「うん。街で待ってるって、ドフラミンゴと約束したから」

 ナマエをペットにして居場所を与えたのは、この世界で唯一ドフラミンゴだけだ。
 だから、ドフラミンゴが求めてくれたとき、ナマエは自分の世界も置いてドフラミンゴの元へ戻ることを選択した。
 そんな相手との約束を違えることなどできないと、まっすぐマルコを見上げたナマエに、マルコがそうかい、と笑って頷く。

「それなら、また今度機会があったらつれてってやるよい。構わねェだろい?」

 言葉の後ろを自分とは違う方向へ向けられて、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 ナマエから視線を外したマルコのその目を追いかけて、ナマエの体がくるりと後ろを振り返る。

「ドフラミンゴ」

 いつの間にそこにいたのか、ナマエより随分大きな体の海賊が、ナマエから少し離れた場所に立っていた。
 ぱっとマルコの手を離して、ナマエはドフラミンゴのほうへと駆け寄る。

「ドフラミンゴ」

「フッフッフ、ナマエ、また面白い相手をひっかけてんなァ」

 ナマエへ笑って言い放ち、ドフラミンゴの手がひょいとナマエを抱き上げた。
 数時間ぶりのその体にぎゅうっと抱きついてから、ナマエはもぞりと身じろいでマルコを振り返る。
 目線が高くなったナマエとドフラミンゴを見上げて、マルコが肩を竦めた。

「いくら見張りをつけてるからって、こんな子供を一人で歩かせるほうがどうかしてるよい。しかもそんな首輪までつけさせてねい」

「何言ってんだ、これはこいつがおれのモンだって証拠だぜ? なァ、ナマエ」

「? うん」

 言いながらくいと首輪を軽く引っ張られて、ナマエはこくりと頷く。
 ナマエの素直な様子を見やって、はあ、とマルコがため息を零した。

「何教育してんだよい」

「フフフフ! 何だァ、人聞きが悪いなァ」

 サングラスをかけたまま笑ったドフラミンゴが、あまり機嫌がよくないと気付いて、ナマエは首を傾げた。
 どうしたのだろうかと見やったナマエの前方で、マルコが軽く両手を広げる。
 青く揺らぐ翼がそこに広がったのを視界の端にとらえて、ナマエの視線がドフラミンゴからマルコへと戻された。

「それじゃあな、ナマエ。次はオヤジ達に会わせてやるよい」

「あ、うん」

 寄越された言葉に頷いたナマエを置いて、大きく羽ばたいたマルコの姿が完全な鳥になる。
 ばさりと更に羽ばたき、そのまま飛んでいってしまったマルコを見送ったナマエの顔が、何かに掴まれて無理やり引き戻された。

「ドフラミンゴ?」

 むにゅりとナマエの頬を押しつぶすようにしてその顔を捕まえたドフラミンゴが、ナマエから見送りの自由を奪ったまま、いつものように笑っている。
 けれどもやっぱり、いつもより少し不機嫌そうだ。

「どうかしたの?」

 仕事がうまくいかなかったのだろうかと思いながら尋ねたナマエに、じっとその顔を見やったドフラミンゴがぱっとナマエの顔を手放した。

「フッフッフ! 何でもねェよ」

 そんな風に言いながら、ドフラミンゴはナマエを抱えたままで歩き出す。
 ゆらゆら揺れる視界でいつもの高さから周りを眺めながら、ナマエはその手でぎゅっとドフラミンゴのコートを握り締めた。
 マルコとなら簡単にできた手繋ぎでの歩きも、ドフラミンゴとナマエの身長差では難しい。
 けれどもその代わり、ドフラミンゴはいつだってナマエを抱き上げてくれる。
 ナマエの覚えている限りではこんな風に大人に抱き上げてもらうことなんて殆ど無かったから、ドフラミンゴの大きな腕は、ナマエが知っている中で一番安心できるものだ。
 ドフラミンゴがこうやって抱き上げてくれるなら、どこに行ったって大丈夫だと、そう思えるほどに。

「ドフラミンゴ」

 抱き上げられたまま声を掛けたナマエに、何だ、とドフラミンゴが答える。

「白ひげ海賊団に会いに行くとき、一緒に行こ」

 ぎゅうっと抱きつきながらそう呟いたナマエに、やや置いて、ドフラミンゴはとても愉快そうに笑った。
 どうしてか分からないが機嫌が上向きになったらしいドフラミンゴに首を傾げつつも、首輪とネームプレートをつけたままのナマエは、いつも通り大人しく、ドフラミンゴの腕に抱き上げられたままで過ごしたのだった。



end


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