突発リクエスト1
※王下七武海からはクロコダイルとドフラミンゴのみ出現中
七武海がこうも会議に揃うなんて珍しいこともあるものだ。
出席する海賊達の名前を聞いて、青雉はそんな風に考えた。
何せ気まぐれで傍若無人な連中だ。気を引く議題だったろうかと面倒ながらも考えつつ、てくてくと長い足を動かす。
会議には出席しなくてもいいから何かあったときのために待機だけはしていろ、と命じられているのは三人の大将の中で青雉だけだ。
それがどうしてなのかなんてことは、青雉だって赤犬だって黄猿だってとっくに理解している。命じたセンゴクだって、知られていることにくらい気付いているだろう。
だからこそ、青雉は自分が何処にいるのかを見張りの兵士に伝えて、その部屋を訪れた。
だがしかし、目の前の光景に、あらら、と小さく声が漏れる。
「……どーこいっちまったんだか」
ため息を零した青雉の目の前の部屋には、そこにいるべき人物がいなかった。
※
ナマエはこそこそと室内を窺っていた。
ナマエがいるのは給仕が運んできたカートの下だ。
白い布を掛けられて外からはまったく窺えない位置だが、耳を澄ませれば話し声などもしっかり聞こえる。
給仕の女性はお茶を出して早々に退室したらしく、ナマエはその部屋に置き去りの状態だった。
だがしかし、元々この部屋に入り込むために忍んでいるのだ、何も問題はない。
室内には、まだ二人ほどしか人がいないらしい。
集まるのは何時ごろだろう、とわくわくしながら室内を窺っているナマエの耳に、ふいにこつりと足音が響いた。
「……さっきから気になってたんだが」
そんな風に言葉を落とされたのと同時に、ナマエを隠していた白い布がひょいとめくられる。
驚いて顔を上げたナマエは、目の前にある長い足に更に驚いて、屈んだ相手が伸ばしてきた手にひょいと掴まれて更に驚いた。
ナマエの襟首を掴むようにしてナマエをカートの下から引きずり出した男が、フッフッフ! と特徴的な笑いを零す。
「お前ェ、何処のガキだ?」
見ねェ顔だなァといいつつナマエを持ち上げてナマエを見下ろしているのは、ナマエの記憶が間違っていなければ確実に、ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
「何だ、ただのガキか」
そんな風に言葉を投げてきているのは、室内にいるもう一人だ。
葉巻を咥えて自分を見やるそちらへ視線を向けて、ナマエは瞳を輝かせる。
そこに座っているのは、どう見てもクロコダイルだった。
「クロコダイルだ!」
思わず名前を呼んでしまったナマエの横で、ドフラミンゴが首を傾げる。
「よう、知り合いか?」
「そんな無礼なガキなど知らん」
尋ねながら近寄ってきたドフラミンゴにナマエを差し出されて、クロコダイルはこの上なく嫌そうな顔をした。
それとは対照的ににこにこと笑ったナマエが、どこか楽しく嬉しそうにクロコダイルを見下ろしている。
クロコダイルがナマエを受け取らないために、子供を掴んだままで自分の椅子に戻ったドフラミンゴは、手馴れた様子で自分の膝にナマエを座らせた。
「ガキ、名前は?」
「ナマエ!」
「フフフフ! そうかナマエか、いい返事だ」
尋ねられてナマエが答えれば、ドフラミンゴが笑う。
そちらを見やって呆れた顔をしたクロコダイルが、少しばかりうんざりとした顔をした。
「テメェのそれは相変わらずか」
「なんだ、ただ挨拶してるだけじゃねェか。ナマエ、鰐野郎のことは知ってるみてェだが、おれのことは知ってるか?」
「うん、ドフラミンゴ!」
正面から見つめて問われて、ナマエは正直に答える。
簡単にナマエの頭を握りつぶせる大きな手が軽くナマエの頭を撫でて、膝に乗せたままのナマエを見下ろしたドフラミンゴが、そのままの体勢で更に尋ねた。
「それじゃあナマエ、何であんなとこに隠れてやがったんだ?」
あんなところ、と言うのは先ほどドフラミンゴがナマエを引きずり出したカートのことだ。
問いかけに、ナマエはまたもあっさりと答えた。
「本当はへや出たらだめって言われたんだけど、今日、七武海が集まるっていってたから、見てみたくて」
「何だ、おれ達が七武海だと知っててその態度か」
葉巻を軽く揺らして、クロコダイルが手に持っていた会議資料をぽいとテーブルへ放る。
知ってるよと答えるナマエの表情には変化もなく、クロコダイルやドフラミンゴのことを知っている様子でありながらにこにこと笑うナマエに、肝の据わったガキだな、とドフラミンゴは楽しげに笑った。
「他の七武海のことも知ってんのか? ナマエ」
「うんっと、知ってるよー。ジンベエでしょ、くまでしょ、ハンコックでしょ、鷹の目でしょ、ロー……はじゃないや、えーっとモリア!」
ドフラミンゴの言葉に指折り数えたナマエが放った言葉に、ドフラミンゴは首を傾げた。
「ロー? ローの知り合いか」
「んーん。まだ会ったことない」
「まだ?」
「まーだ」
聞かれるがままに屈託無く答える子供には、嘘のかけらも見当たらない。
王下七武海と呼ばれる海賊は七人だけだ。
子供がどうして海賊であるローを知っていて、何故そこそこ有名であるはずの七武海の一人と言い間違えたのかとドフラミンゴが首を傾げたところで、ばたんと扉が開かれた。
「ああ居た居た、探したじゃないの、ナマエ」
そんな風に言い放って室内へと入ってきた相手を振り返って、ナマエが、あ、と声を漏らす。
悪戯が見つかったかのようなその声音に、どうやら部屋を出るなと言いつけた相手らしいと気がついて、ドフラミンゴはナマエが膝から降りないようにその小さな体を抱え直した。
その行動を横目で見やって、クロコダイルがため息を零す。
傍らの男を馬鹿にしきったその様子にも笑顔だけを向けたドフラミンゴのほうへ、すたすたと近付いてきた青雉が海賊の膝に座るナマエを見下ろした。
「ほら、戻るよ。センゴクさんに見つかったら怒られちまうっての。おれが」
「えー、だってまだ二人しかあってない」
「二人も会ったらもう十分じゃないの。忘れてるかもしれないけど、相手は海賊だからね、ナマエ」
「フッフッフ! おいおいクザン、まるでおれらがワルイコみたいじゃねェか」
ぶうと頬を膨らませたナマエの頬を指で押しながらドフラミンゴが笑うと、ナマエに視線を向けていた青雉がちらりと目の前の相手を見やった。
しげしげとその顔を眺めて、それから隣に座っているクロコダイルにもその視線を向けて、呆れたようにその口が言葉を零す。
「『いい人』のつもりだったって?」
「フフ! フフフフ! 酷ェ言い草だ」
「横のフラミンゴ野郎はともかく、おれァ善良なカジノオーナーだがな」
怪訝そうな青雉の問いに、クロコダイルがふうと葉巻をふかす。
ふてぶてしいその顔を見やって、うさんくさい! と笑ったナマエが、それでもよいしょとその場で身じろぎをした。
自分を掴んでいるドフラミンゴの手に触れたナマエに、ドフラミンゴが笑顔で首を傾げる。
「どうした、ナマエ。まだあと五人も来てねえんだぜ? 椅子は足りねえが、会議中もおれの膝なら貸してやるってのに」
「えっ」
楽しそうに言葉を寄越されて、ナマエの動きが止まる。
「コラコラコラ、子供を唆そうとしない」
それに気付いて、慌てたように手を伸ばした青雉が、ひょいとドフラミンゴの膝からナマエの体を取上げた。
小脇に抱えるようにされて、唐突に切り替わった視界に目をぱちぱちさせたナマエが、先ほどより少し高くなった位置からドフラミンゴとクロコダイルを眺める。
先ほどから変わらないきらきらとした視線を受けて、眉を寄せたクロコダイルがふいとその目を逸らした。
対照的に笑顔のままのドフラミンゴが、残念だな、と青雉に攫われそうになっているナマエを見やる。
「会議が終わったら遊ぶか、ナマエ」
「ほんと!?」
ドフラミンゴからの言葉に、ナマエは更にその顔を輝かせた。
期待に塗れたその視線を遮るように、青雉の空いた手がナマエの顔を覆い隠す。
「ダメダメ、何言ってんの。攫われて売られちまったらどうするわけ、ナマエ」
ため息混じりに言葉を落とされて、自分の顔を覆う青雉の手を掴みながら、ナマエが少し篭った声を出した。
「ドフラミンゴ、俺売る?」
「フフフフ! 売らねェよ」
問いかけにドフラミンゴが間髪いれずに答えれば、ばっと自分の顔を青雉の手から引き剥がしたナマエが、自分を抱えている青雉を見上げる。
「売らないって!」
「……海賊信じてどうするの、ナマエ」
期待に満ちたその眼差しを受け止めて、青雉の口からは呆れた声が漏れた。
いいからいくよ、とそれ以上会話を続けさせないように言い放ち、青雉はナマエを抱えたままで部屋を出て行く。
扉を開けた青雉が出て行く前に、抱えられたナマエが精一杯身をよじって手を振ってきたのに、ドフラミンゴは手を振り返して応えた。
そのままパタンと扉が閉ざされて、海賊や海軍の体格に見合わせるために大きく整えられた室内に、海賊が二人だけ取り残される。
「……変わってるが、馬鹿なガキだ」
反吐が出そうな顔しやがって、と唸ったクロコダイルが自分の葉巻を床に捨てて、靴底で踏み消した。
その隣に座ったままのドフラミンゴが、フフフフ! と笑ってテーブルへ頬杖をつく。
「海賊の怖さも知らねェ世間知らず、にしちゃあおれらのことをよく知ってる風だったなァ……おかしなガキだったぜ」
会議が終わったら一緒に探しに行くかと誘われて、誰が行くかとクロコダイルが唸る声が、その場に少しばかり響いて消えた。
※
「ごめんなさい」
部屋へ戻されて開口一番、ナマエは真っ先に自分をその場へ運んできた海軍大将へ頭を下げた。
それを受けて、まったくもう、とため息を吐いた青雉がソファに座る。
「王下七武海に会いたいんなら、ちゃんとそう言ってセンゴクさんにねだってからにしてくれ。そうしたら、多分まァおれとボルサリーノとサカズキがいる場所でだったら会わせてもらえるでしょ、多分」
海軍大将が後ろに三人並んでいる子供、というのも異様な光景かもしれないが、そこはもはや仕方の無いことだと青雉は思った。
何せ、ある日突然青雉の前に落ちてきた子供は、どうやらこの世界の人間では無いようだからだ。
正直すぎる子供の言い分が本当なら、子供は『この世界』の『未来』を知っている。
今はまだ検証の段階だが、ナマエが嘘をつくような子供ではないことくらい、青雉にだって分かっていた。
ナマエは人を疑わない子供だ。
きっと、すごく平和な世界で生きてきたのだろう。
そう感じさせる言動のナマエに、センゴクが葛藤を抱いていることを青雉は知っている。
検証の結果、海軍元帥であるセンゴクがそれを報告すれば、ナマエの行く末は決まってしまう。
もしも葛藤しているセンゴクが、それでも非道な方向に決断を下してしまったら、と思えば、青雉の顔は少しばかり厳しいものになった。
青雉の言葉に分かったと素直に頷いて、ナマエが窺うように青雉を見上げる。
それを受け止めて、別に怒ってないよと青雉が言えば、すぐさまナマエの顔はぱっと輝いた。
「今度、お願いする! 今日は、クザン大将が俺と遊んでくれる?」
「一応そのつもりなんだけど」
「やったー!」
青雉の回答に、ナマエが歓声を上げた。
青雉が拾ったからか、ナマエは海軍の中では一番、青雉に懐いている。
今日世話係りにされているのだって、それがそもそもの原因だ。
何をして遊ぼうかと考え始めている小さな子供を見下ろして、やれやれと青雉はため息を零した。
こんな年になって、子供の遊びに付き合わされるなんて思いもしなかった。
そうは思うものの、嬉しそうに笑っているナマエを見れば、何かあればつれて逃げるか、なんて思ってしまうのだから、存外、青雉もナマエに毒されているようだった。
end
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