わるいひととめいおー
彼の名前は何と言っただろう。
悩んだナマエの前で、視線に気付いたらしい相手がちらりとその視線を向けてくる。
優しげな笑みを浮かべた彼をじっと見上げると、私に何か用かい、と尋ねた相手がナマエの顔を見下ろした。
うーん、とその顔を見上げて唸ってから、おぼろげな単語を口から吐き出すために、ナマエの口が少しばかり動く。
「…………め、めー」
「ん?」
「……めいおー?」
確かそんな二つ名だったような、と首を傾げつつ言葉を紡いだナマエへ、おや、と目の前の相手は驚いたような顔をした。
不思議そうなその眼差しを受けて、じいっとその顔を見上げたナマエの後ろにあった店から、ひょいと大きな男が顔を出す。
ちょっとだけ待っていろ、とナマエを店の前で待たせていたドフラミンゴだ。
「ナマエ、待たせたな……ん? 珍しい奴がいるじゃねェか」
言葉の途中でナマエの目の前の彼に気付いたらしいドフラミンゴが、そんな風に笑いながらナマエの後ろへ佇んだ。
自分より随分と上背のある相手をちらりと見上げて、ナマエが『めいおー』と呼んだ伝説の海賊が、わずかに笑って肩を竦める。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴか。そういえば、小さな子供を飼ってる七武海がいるという噂があったな」
「……ドフラミンゴ、俺小さい?」
目の前で落とされた言葉に、ナマエがちらりとドフラミンゴを見やった。
どことなく不本意そうなその顔を面白そうに見下ろして、おれと比べてみな、とドフラミンゴが答える。
ナマエを縦に三人並べたほどの大きさの相手を見上げて、むむ、と眉を寄せたナマエは、けれども素直にこくりと頷いた。
「…………小さい」
「フッフッフ! 素直なのは嫌いじゃないぜ」
ご褒美だアレでも買うか、と少し離れたところにある露天を指差したドフラミンゴに、食べる、とナマエは即座に返事をした。
先ほど前を通りかかったとき、店頭に出ていたクレープにナマエが目を奪われていたことを、ドフラミンゴはしっかりと把握していたらしい。
嬉しそうな顔をしつつ両手を差し出してきたナマエをひょいと抱き上げてから、ドフラミンゴの視線が傍らに立ったままだった彼へと向けられる。
「アンタも来るか」
「ん? 誘われるとは思わなかったな」
珍しいものを見る目でナマエとドフラミンゴを見ていた彼が、驚いたようにそんな言葉を紡いだ。
私は遠慮するよ、とそのまま続けようとしたところを、めいおー、と呼びかけたナマエの声が遮る。
「バナナが好き? イチゴが好き?」
どっちを食べるのだと言いたげに言葉を投げたナマエは、一緒に来ることを疑ってもいない眼差しをしていた。
上背のあるドフラミンゴに抱えられたナマエの視線にぱちりと瞬きをした彼の前で、ドフラミンゴがにやにやと機嫌良く笑う。
「おれのペットを悲しませんなよ、シルバーズ・レイリー」
「……何ともむさくるしい誘いだ」
女性とならまだしも、と呟きつつも了承したレイリーがちらりと自分の首元を見たのが分かって、ナマエは少しばかり首を傾げた。
※
ナマエはイチゴを選んで、レイリーはバナナを選んだらしい。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ自ら注文に赴くというなんとも物珍しい光景を見送って、レイリーの視線は自分と同じテーブルへ向かっているナマエへと向けられた。
レイリーと同じようにドフラミンゴの背中を見送っていたナマエが、それに気付いて視線をレイリーへ向ける。
「ナマエくんと言ったか」
呼びかけられてナマエがこくりと頷くと、レイリーが軽く頬杖をついて言葉を続けた。
「君はその状態で満足なのかね」
「ん?」
「首輪のことだ」
言いつつ、レイリーの指先が自分の首元へと向けられた。
それへ誘導されるように自分の首に掛かった首輪に触れたナマエへ、そうそれだ、と彼は頷く。
「正面から戦うのは面倒だが、君が望むなら逃がしてやらないこともないが」
優しく言われて、ナマエがぱちりと瞬きをする。
やや考えて、レイリーの発言が『首輪を外してやろうか』と尋ねているのだと気付いたナマエは、その小さな手で自分の首に付いた首輪に触れて、レイリーの目から隠すように少しばかり身を竦めた。
「俺、ドフラミンゴの」
いつものように唱える言葉を受けて、そうか、とレイリーが頷く。
痛ましいものを見るようなその目に眉を寄せて、ナマエは続けた。
「ドフラミンゴ、優しい」
今ナマエとレイリーに背中を向けているあの海賊が、『わるいひと』であることをナマエは知っている。
悪いことばかりして、ナマエに優しくして、ナマエに『元居た世界』より自分を選ばせたドフラミンゴは、どう考えても『わるいおとな』だ。
けれどそれでも、一緒にいたいと思ったのはナマエ自身なのだ。
ナマエがこの世界で一番信頼しているその腕で抱き上げてくれるし、ナマエが見たこともないような場所へと連れて行ってくれる。
危なくなったら助けてくれるし、その上で自由にしていいと言ってくれる。
時々ナマエにはよく分からないことで不機嫌になるけれども、その苛立ちをナマエへぶつけてくることもない。
「ずっと一緒にいる」
だからそう宣言したナマエの視界で、桃色の影がわずかに動いた。
はじかれたように視線を向けたナマエは、注文の品を受け取ったドフラミンゴが近付いてくるのを見て、きらきらとその目を輝かせる。
ナマエとレイリーの間に当たる椅子の一つを自分の足で引いてから、ほらよ、とドフラミンゴは持っていたクレープの片方をナマエへと差し出した。
ありがとう、とちゃんとそれへ礼を言いながら受け取って、ナマエの両手ががしりとクレープを掴む。
白いクリームとチョコレートソースとイチゴの溢れたそれを見下ろして、ぱくりとナマエの口がそれを食んだ。
それを見下ろして笑ったドフラミンゴが、自分が持っていたもう片方をレイリーのほうへと向けて差し出す。
「アンタの分だ」
「ドレスローザ国王自ら手渡しとは光栄だ」
「フッフッフ! 思ってもねェくせによく言うぜ」
受け取ったレイリーの言葉に笑ったドフラミンゴは上機嫌だ。
その手がひょいとテーブル中央の紙ナプキンを一枚抜いて、口の周りを汚しながらクレープを齧るナマエへと差し出された。
ナマエの小さな手がそれを受け取ってごしごしと自分の口周りをこすって、それからその目が向かいに座るレイリーを見やる。
「めいおー、美味しい?」
「ああ、美味しいとも」
バナナの入ったクレープを片手に二人のやり取りを眺めていたレイリーが一口も食べていないくせにそう答えて、そっちは美味しいか、と言葉を投げる。
それを受け取って、うん美味しい、と大きく頷いたナマエは、更にぱくりとクレープへ噛み付いた。
こぼれそうな生クリームを舐めて、イチゴや生地を頬張るその様子に、ドフラミンゴが楽しそうな顔をしている。
「……なるほど。噂通り、随分と大事にされているようだ」
テーブルへ頬杖を付いてそんなことを呟いたレイリーに、傍らに座っていたドフラミンゴが当然だろうと言いたげに笑い声を零した。
end
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