- ナノ -
TOP小説メモレス

わるいひととたかのめ


 胸元に海軍大将より受け取ったネームプレートをいつものように取り付けて、ナマエはきょろりと周囲を見回しながら廊下を歩いていた。
 海軍本部の長いその廊下は、今は何人かの王下七武海が集まっている会議室に近い奥まった場所であるためか、人の気配は殆どない。
 そんな静かな場所にてくてくと足音を響かせて、更に周囲を見回したナマエは、ふとその視界に黒い何かが過ってその歩みを止めた。
 ん、と声を漏らしつつ、改めてその黒いものの方を注視する。
 窓の外から覗くそれは、十字に作られた刀であるようだった。
 すぐ傍には、白いふわふわとした飾りのついた海賊帽子も見える。
 じっと見つめて、それが誰のものであるかを把握したナマエは、両手で持っているものを持ち直して、廊下の端にあるその窓へと近寄った。

「ミホーク」

 呼びかけながら顔を出せば、予想通りの人物が壁にもたれて佇んでおり、ちらりとその目がナマエを見やる。
 ミホークが佇んでいるのは海軍本部の裏手にある修練場近くの中庭で、本来なら会議室にいるべき王下七武海を前に、窓枠に体を寄せながらナマエが首を傾げた。

「ミホーク、今日おやすみ?」

「いや」

 尋ねれば、ミホークと呼ばれた男が軽く首を横に振る。

「ここまで来たが、変更された議題が気の乗らぬ内容だったのでな」

「えっと、おやすみ」

 それはつまりそういうことだろうとナマエが言葉を重ねると、そうなるのか? とミホークが不思議そうな顔をした。
 不思議そうなミホークを前に、ナマエも同じような顔をしながらもう一度首を傾げる。
 『鷹の目』のミホークと呼ばれるこの海賊が、少し風変わりな男だと言うことをナマエは知っていた。
 何度かドフラミンゴに連れてこられたこの王下七武海の会議で、ミホークと遭遇したのはこれが二回目だが、一回目の時も彼はただ我関せずと言った具合でただ椅子に座っていた。
 ナマエがこんにちはと話しかけたうちで、首輪を気にも留めなかった一番最初の海賊だ。
 その後も少し会話をしたが、ミホークはたったの一度もナマエの首輪について話さなかった。
 ナマエがそれに気付いたのは、出会う海賊出会う海賊に首輪を憐れまれてこっそりと一人で憤慨してからのことだ。
 ドフラミンゴからの『お使い』は別としても、もう一度会えたならまた話がしたいと思っていた海賊に出会えた事実に、ナマエの目がわずかに輝く。
 それから、ふと両手で持っていたものの重みを思い出し、それをそのまま窓から外へと掲げるように持ち上げた。

「これ」

「何だ?」

「お酒」

 尋ねられて答えながら、あげる、と続けたナマエの手がミホークへ向けて差し出される。
 ほう、と声を漏らしつつ、警戒することも無く酒瓶を受け取ったミホークが、その鋭い目で酒瓶のラベルを確認した。
 きらいでは無かったのか、中身を確認するように軽く揺らしてから、そういえば、と男が言葉を紡ぐ。

「城にも同じ銘柄が届いていたな」

 落ちた言葉に、ナマエは窓の外の男が古城に住んでいるらしいことを思い出した。
 ナマエが『読んだ』知識では、ミホークはあの大きな城に一人きりで、そうなると荷物の受け取りも自分で行ったと言うことだろう。

「ドフラミンゴから?」

「歯に証を入れた能力者だったな。あの男は確か奴の部下だった筈だが」

 送り主を確認すれば、頷いたミホークが空いた手で軽く顎を撫でる。
 うーんと声を漏らしながら何人かの幹部を頭に浮かべたナマエは、歯に刺青を入れていた男の名前をそのまま口にした。

「バッファロー?」

「名は知らん」

 あたりか外れかは分からないが、ミホークはばっさりと言葉を落とす。
 妙な話し方だったな、と続いた言葉に、じゃあやっぱりバッファローだ、とナマエは大変失礼な言葉を述べた。

「ドフラミンゴのお使い、バッファローが行ったって言ってた」

「なら、そうなのだろう」

「ヒヒが怖かったってこっそり言ってた」

 本部へ出る前、『お使い』はどうだったのかと尋ねたナマエにだけこっそりと教えてくれた話だ。
 『届け物』が割れ物なので、それを破壊されては堪らないと慌てたと言っていたバッファローを思い出したナマエに、荷物など運んでくるからだ、とミホークが酷いことを言う。

「ヒューマンドリルに取り囲まれていたぞ」

 ヒューマンドリルというのは、ナマエの知る限り、ミホークが住んでいる『城』の近くにいるたくさんのヒヒたちのことだ。
 何だか妙に強かった気がする彼らの風貌までは思い出せないが、荷物もバッファローも無事だったのなら、その場で起きたことは限られているだろう。

「ミホークが助けてくれた?」

 尋ねたナマエに、おれに用がある様だったからな、とミホークは答えた。

「助けたと言っても、近くに寄っただけで何かをしたわけではないが」

「ありがとーって言ってたよ」

「そうか」

「うん」

 バッファローの言葉を伝えたナマエに、ミホークが頷く。
 その傍らに体を乗り出すようにしたままのナマエとミホークの間で数秒の沈黙が落ちて、ミホークが動いた拍子にちゃぷりとその手の瓶の中身が音を立てた。
 それを聞いて、貰い物を思い出したらしいミホークが、改めてその視線をナマエへ向ける。

「…………ところで、この酒は何だ。送られてきた荷物もだが」

 問われて、聞いていないのだろうか、とナマエは首を傾げた。
 『鷹の目』がいるはずだからこれを渡しておけ、とナマエへ命じたのはドンキホーテ・ドフラミンゴだ。
 すでに贈り物は城に送っていたようであるし、話は伝わっていると思っていただけに、ナマエの顔には戸惑いが浮かぶ。
 けれども、ミホークがそれを知らないと言うのなら、説明するのもナマエの役目だろう。
 ナマエが『どうしてミホークにそれを渡すのか』と尋ねた時に寄越された返事を思い浮かべながら、えっと、とナマエは口を動かす。

「この間のお礼にって、ドフラミンゴが」

「礼?」

「えーっと、シャンクスが首輪好きになったから?」

 確か、そのようなことを言っていた。
 そう思って言葉を紡ぐナマエの傍で、ミホークがわずかに首を傾げた。

「……奴にそんな趣味が出来たとは知らなかったが」

 何とも怪訝そうな視線を向けられて、あれ、とナマエが言葉を落とす。

「違う?」

「おれに聞くのか」

 呟くナマエにミホークが寄越すのは、もっともな言葉だ。
 うーんっと、と声を漏らして一生懸命思い出す努力をしたナマエの後ろから、フッフッフ! と笑い声が零れた。

「ナマエ、こんなところにいやがったのか」

 寄越された言葉に、考え込んでいた何もかもを放り出して、ナマエがくるりと後ろを見やる。
 廊下を歩いて近寄ってきていたのはドンキホーテ・ドフラミンゴで、楽しげに笑った彼の目がナマエから傍らの黒い刀へ向けられ、その口の笑みが楽しそうに深まった。

「よォ、鷹の目」

 挨拶を紡ぎながらナマエの傍で立ち止まった大男が、そのまま上から覗き込むようにミホークを見下ろす。
 ちらりとそれを見上げたミホークは、いつもと変わらない無表情だ。

「こんなとこで堂々とサボりやがって。もう少し、おれみたいにこっそりとサボれよ」

「お前のような嵩張る体躯で、こっそりも何もないだろう」

 楽しそうなドフラミンゴへ、ミホークがあっさりと言い返す。
 酷ェこと言うなァ、と不真面目な男が言葉を落とすのを聞きながら、ナマエもじっとドフラミンゴを見上げた。
 それから、うん、と小さく声を漏らす。

「ドフラミンゴ、かくれんぼしてもすぐ見つかる」

 これだけ体の大きいドフラミンゴなのだから、物陰に隠れるなんてことは無理に等しいだろう。
 大きな体をより大きく見せるような服まで着込んで、それが目も覚めるような桃色なのだから当然の話だ。
 納得の頷きを落とすナマエに、おいおい、と声を漏らしたドフラミンゴの手が伸びた。
 ドフラミンゴに比べて小さな体がその片腕でひょいと持ち上げられて、あいている手がナマエの頬をほんの少しだけつまむ。

「ナマエまでそんなこと言うのかよ」

「ごめんなさい」

 笑いながら責めるように問われて、ナマエはすぐさま素直に謝罪を落とした。
 よし許す、とそれに頷いた寛大なるドフラミンゴが、それから、ああそうだ、と声を零す。

「アレはもう渡したのか?」

 尋ねられて、うん、ともう一度頷いたナマエのすぐ近くで、これか、と声を漏らしたのはミホークだった。
 ナマエとドフラミンゴが揃って視線を向ければ、ミホークが片手に持った酒瓶を軽く揺らして見せる。

「おう、それだそれ」

 そちらへ向けて笑いながら、ナマエを抱えたままのドフラミンゴがひょいと窓を跨いだ。
 そのまま行儀悪く中庭に足を投げ出すようにしながら座り込み、ナマエを自分の膝に座るようにさせながら空いている右手を軽く広げる。

「お前が好きな銘柄だっつう話じゃねェか。シッケアールにも一箱運ばせたが、どうせなら手渡しもしておこうと思ってよ」

「礼の品だと言う話だが、何の礼だ?」

 どうやら、先ほどのナマエとのやり取りでは納得していなかったらしいミホークが、そんな風に問いを寄越した。
 それを聞いて、決まってるじゃねェか、と言葉を落としたドフラミンゴがナマエの首に手を伸ばす。
 指を引っかけられて少しだけ引っ張られたのは、ナマエがその首に巻いている所有のあかしだ。
 つい先日、赤髪のシャンクスに見咎められてから新調した、眩い装飾品のようなそれである。
 ドフラミンゴの動きに、ミホークがわずかにその目を眇めた。

「…………首輪か?」

「フッフッフ! ああ、赤髪の野郎の許容範囲が広がって嬉しい限りだぜ」

 寄越された問いに、ナマエの首から手を離したドフラミンゴが頷く。

「きょよーはんい」

 落ちた言葉の意味が分からず首を傾げたナマエに、好きなモンになったってことだ、とドフラミンゴが正解かどうかも分からない返事を寄越した。
 なるほど、と納得して、ナマエの両手が自分の首元をそっと抑えた。
 先ほどの、ミホークへの自分の回答は、そう間違ってもいなかったらしい。
 ほっと胸をなでおろす子供と、楽しげに笑うドフラミンゴを見やっていた視線をそっと外して、ミホークがわずかに首を傾げる。

「……………………何故お前がそう思うのかは分からないが、そうか」

 落ちた言葉は不思議そうだったが、何故ミホークが戸惑っているのか分からず、ナマエも同じように首を傾げる。
 その日は結局三人で少し話をしたところで海兵に見つかり、引き止めるのを振り切って解散したので、ミホークの戸惑いの理由は分からずじまいだった。




 後日、遭遇した四皇の『赤髪』にヒギャクシュミはないだのどうのとドフラミンゴが文句を言われていたが、ナマエの耳はドフラミンゴの大きな手で塞がれてしまったので、やはりよく分からないままだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ