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わるいひととくびわ

 ナマエは、困惑していた。
 ドレスローザ近海の小さな島で、ドフラミンゴがナマエへ単独行動を促したのがそもそもの始まりだった。

『フフフ! よしナマエ、今日はオツカイだ。できるな?』

 言い放ってナマエにベリー入りの小さな鞄を与えたドフラミンゴは、自分が『仕事』をしている間、島で自分のために指定したものを買いながら、鞄の中の金を出来る限り使い切ってくるように言った。
 いつもだったらどこにだって連れて行ってくれるのに、そんな風に言われて首を傾げたナマエが、それでもドフラミンゴの言うことだからと頷いたのは今朝のことだ。
 小さな島には『ワルイヤツ』はいないからといつぞや海軍大将から貰ったネームプレートは取上げられて、ナマエは本当に一人で船から送り出された。
 そうして、今。
 何故かナマエの目の前には赤髪がいるのである。

「うまいかナマエ?」

 ナマエを落ち着かせるように柔らかな声を出しつつ、シャンクスはナマエの頭をがしがしと撫でた。

「……うん」

 されるがままになりつつ、ナマエは片手に持っているアイスを舐める。
 アイスクリームを買ったのはシャンクスだ。
 知らない人間から物をもらってはいけないとは言うが、顔と名前と性格を知っている初対面の人間からはどうすればいいのかなど、学校でだって教えてはくれなかった。
 何故シャンクスがこの島にいるのか、ナマエにはよく分からない。
 だが、今シャンクスが自分の傍に留まっているのは、シャンクスがナマエの首輪を見た所為であることは知っている。
 驚いた顔をしたシャンクスが近付いてきてそれを外させようとしたのを、ナマエは慌てて拒否した。
 何故なら、ドフラミンゴから与えられた首輪は皮製で、ドフラミンゴが呼んだ職人がナマエの首元で綺麗に縫い合わせた特注品だからだ。
 外すためには壊さなくてはいけない。
 ドフラミンゴから貰ったものを壊すなんて、とんでもないことだ。
 海軍大将にもやった拒否を示したナマエに、シャンクスはそれ以上は何もしなかった。
 その代わり何か可哀想なものを見る目をして、今はこうして街中を歩くナマエの後をついて歩いている。
 どこまでついてくるつもりなのだろうか。
 行く先々で買おうとしたものをシャンクスに買われてしまっているナマエの鞄の中のベリーは、ドフラミンゴに指定されたものを買った後から、殆ど減っていない。
 ちらりと視線を向けたナマエに、ん? と首を傾けたシャンクスがその視線を落とした。

「どうした、ナマエ」

「…………シャンクス、どこまでついてくるの?」

「何だ、邪魔か?」

 直球で尋ねたナマエに、にかりと笑ったシャンクスが回答にならない言葉を返す。
 うん邪魔、と頷いていいものか分からず、ナマエは軽く首を傾げた。
 その仕草を見下ろして、またもシャンクスがよしよしとナマエの頭を撫でる。ぐらぐら揺れた所為で口をアイスにぶつけてべちゃりと汚れたのを、ナマエは慌てて舐めた。

「おれァ、お前のその首輪を付けた奴に用があるんだ。ちっと話をつけないとな」

「用?」

 溶け始めたアイスを必死に舐めるナマエへ落ちた言葉に、ナマエは目を丸くする。
 漫画で読んだ限り、ドフラミンゴがシャンクスと積極的にかかわっているシーンなど見た覚えが無い気がするが、やはり同じ海賊同士、何か交流があるのだろうか。
 よく分からないが、それなら納得だとコーンを齧りながらナマエは頷いた。
 ナマエの素直なその様子に楽しげな顔をして、それじゃあ次にいくか、とシャンクスが言葉を落とす。
 せっせとアイスを食べ終えてからナマエも頷いて、二人は改めて連れ立って港町の中を歩き出した。







「フッフッフ! 何ナンパされてんだ、ナマエ」

 どこと無く楽しそうな声が落ちてきたのは、何故かアレコレと物を買ってくれるシャンクスと街中を歩いて、しばらくしてからのことだった。
 聞き覚えのある声にぱっと顔を上げたナマエは、きょろきょろと周囲を見回し、自分のほうを見やっている大きな男を発見する。

「ドフラミンゴ!」

 顔を輝かせてそちらのほうへ駆け出そうとしたら、何故か後ろからひょいと抱えられて止められた。
 小脇に抱えるスタイルをとられて目を瞬かせたナマエは、自分を抱えている傍らの相手を見上げる。
 赤髪の二つ名を持つ海賊が、不敵な笑みを浮かべてドフラミンゴのほうを見やっていた。

「よう、ドンキホーテ・ドフラミンゴじゃないか。何だ、ここはお前のナワバリか」

「ドレスローザに近いからって、いちいちおれの旗を貸したりはしねェよ」

 威嚇するように笑って、ドフラミンゴがいつものようにのしのしと歩いてナマエのほうへと近付いてくる。
 本当ならもう既に抱き上げるなり飛びつくなりしているというのに、それができないのはナマエの体がしっかりとシャンクスに抱えられてしまっているからだ。
 もぞもぞと身じろいでシャンクスの腕から逃れようとするナマエを気にした様子もなく、それもそうか、とシャンクスが肩を竦めた。

「まァたおイタしてんだろう、カイドウの奴は元気だったか?」

「フッフッフ! 四皇に会ったのは今日が初めてさ、赤髪のシャンクス」

 わざとらしくそんな風に言って、それからドフラミンゴの視線がシャンクスに抱えられたナマエへ移る。

「それで、おれのペットを拉致ってんのはどういう了見だ?」

「……なるほど、ナマエの首輪を付けたのはお前か」

 ドフラミンゴの言葉に、何故かシャンクスの声が少し低くなる。
 それを聞いたナマエは、ドフラミンゴに用事があると言ったはずのシャンクスが今更ナマエに首輪を与えた人物を把握したのだと気付いて、よく分からずシャンクスの顔を見上げた。
 そうして、そこにあった怖い顔に、顔を上げたことを少しばかり後悔した。
 何だか分からないが、赤髪は少しばかり怒っているようだ。
 それにドフラミンゴも気付いたのか、いつもの笑い方をして着ているコートを軽く揺らす。

「何怒ってんだ赤髪、むしろ怒るのはペットを捕まえられてるおれのほうじゃねェのか?」

 さっさとナマエを放せ、と言い放ったドフラミンゴに、シャンクスの口からはため息が漏れた。

「ベック」

「はいよ」

 短く名前を呼ばれて、誰かが返事をする。
 それと共にシャンクスの手からひょいと奪い取られる格好になったナマエは、いつの間にか近くに来ていた男に抱え上げられて、さらにびっくりした。
 ベン・ベックマンなんて名前だったはずのその男は、どう見てもシャンクスのところの副船長だ。どこから現れたのだろうか。

「人間をペット呼ばわりするのは頂けないな」

「認識不足だなァ、赤髪。ナマエが嫌がってたか? なァナマエ、おれのペットは嫌か」

「ううん。俺、ドフラミンゴの」

 言葉の後半を自分へと投げられて、ナマエはすぐさま首を横に振った。
 ドフラミンゴの傍にいることを選んだのはナマエだ。
 だからこそのナマエの回答に、けれどベックマンもシャンクスも驚くことなく、むしろ苛立ちのようなものを露にして、じとりと佇むドフラミンゴを睨んでいる。

「こんな子供に、おかしな常識を教え込むんじゃない」

 苛立ちと共に言葉を吐いて、ナマエを背に庇うようにした誘拐犯は、ナマエの飼い主へ戦いを挑んだ。







 隙を突いてベックマンの腕から逃げ出しドフラミンゴへと駆け寄ったナマエによって、事態の収拾が成されたのは争いが始まって少ししてからのことだった。
 ナマエの行動に驚いた顔をしたシャンクスがまず武器を収めて、ドフラミンゴの手がナマエを抱き上げる。
 その間に島民が呼んだらしい海軍が来たのに気付いて、ドフラミンゴと赤髪はにらみ合ったままその場を撤退した。

「あーあ、またおつるさんにドヤされちまう」

 やれやれとため息を零したドフラミンゴが座るのは、船内で彼の定位置になっている大きなソファだ。
 その膝に乗せられる格好になったナマエは、少しばかり眉を下げてドフラミンゴを見上げている。
 その首にドフラミンゴの手が伸びて、ナマエの首輪に軽く指が入れられた。

「海軍でも何にも言われたことねェってのに、とんだ伏兵だ」

 正義感の強い海賊ってのは面倒くせェなァ、と笑ったドフラミンゴの前で、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 そういえば、青雉や黄猿がナマエの首輪を外させようとしたことを、ナマエはドフラミンゴに伝えていなかった。
 壊されてしまったら訴えたかもしれないが、青雉や黄猿はナマエが嫌がればあっさりと引き下がってくれたから、訴える必要もないと思っていたのだ。
 言えばよかったんだろうかと少し頭を悩ませたナマエの前で、あー、と声を漏らしたドフラミンゴがその口ににんまりと笑みを浮かべる。

「首輪変えるか、ナマエ。赤髪の野郎が一目見ただけでおれのペットで満足してるって分かるくらいに上等な奴に」

「……これ、壊す?」

「フッフッフ! 何だ、気にいってんのかァ? それじゃ、これはアンクルリングにでも作り直させてやるよ」

 ドフラミンゴの言葉に、それならいいよ、とナマエも頷いた。
 次があるのかも、首輪を巻いたままで赤髪がドフラミンゴの言い分を聞くのかも分からなかったが、その時はちゃんと自分でも言ってみようと、そんなことを考えたナマエの手がしっかりとドフラミンゴの服を掴む。
 素直なペットの頭を撫でて、ドフラミンゴは傍らの電伝虫の受話器を掴み、船の針路を船内に伝えたのだった。




end


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