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わるいひとのもの
※ドフラミンゴ不在




『あー、今日の警備はお前だっけ、ボルサリーノ』

 頭をかいてそんな風に言ってきた青雉を、黄猿は思い出した。
 頷いた黄猿へ手に持っていたものを差し出して、確かに青雉は言ったのだ。

『それじゃ、これ渡しといてよ』

『オォ〜、誰にだァい?』

『書いてある通り、ドフラミンゴ『の』にさ』

 どうでもよさそうな顔をして言い放った青雉から受け取ったものは、今、確かに黄猿の手の中にある。
 そして、どうやらそれを受け取る相手は、この小さな小さな子供らしい。
 じっと大きな目で黄猿を見上げているのは、ただの少年だった。
 そこは七武海に明け渡すことになっているフロアの一角で、今現在王下七武海は会議の真っ最中であり、このフロアには誰もいないはずなのだ。
 だというのに小さな生き物の気配がしたから立ち寄ってみた黄猿の目の前で、人間の少年は座り込んだまま黄猿のことを仰いでいる。
 子供の首には上等で装飾の特殊な皮の首輪がつけられていて、そのただ一つだけが少年の姿の中で異彩を放っていた。
 子供が座っているその背中側の扉は、ドンキホーテ・ドフラミンゴのためにあつらえさせた部屋に続いていることを黄猿は知っている。
 つまり、その扉の前で飼い主を待つ健気な犬のように座り込んでいる首輪付きの少年は、まず確実に『ドフラミンゴ』の関係者で間違いない。
 片手に持ったままのものをちらりと見やってから、黄猿は子供へ声を掛けた。

「オォ〜……君は誰だァい?」

「……ナマエ。大将黄猿?」

「そうだよォ〜、わっしのこと知ってんだねェ〜?」

「聞いたこと、ある」

 ナマエと名乗った少年の言葉に、そうかいそうかい、と頷きながら黄猿は少年へ手を伸ばした。
 自分へ向けられた大きな手を見つめたナマエが、それから何かに気付いたように慌てて自分の首輪を掴み、黄猿から隠すように少しばかり顎を引く。
 少年の反応を見た黄猿は、ぱちりと瞬きをしてから、差し出した手で小さな子供の小さな頭を軽く撫でた。

「ナマエくんは、ドンキホーテ・ドフラミンゴの関係者かァい?」

「うん。俺、ドフラミンゴの」

 手を離しながら尋ねられた言葉に、ナマエは屈託なくそう答える。
 まだ首輪を庇う姿勢を見せる相手に、大事なものなら触らないよォ、と囁いて、黄猿はそこでようやく初めてナマエの前に屈みこんだ。
 片膝をつくような格好でしゃがんだ黄猿を見つめて、少しだけ戸惑ったような顔をしたナマエが、首を傾げる。

「壊そうとしない?」

「しないよォ〜」

 恐る恐る寄越された問いかけに、黄猿はあっさりとそう答えた。
 どうやら、この小さな少年は、自分の首に掛けられたものを受け入れているらしい。
 だとすれば、わざわざ黄猿が外してやる必要は無かった。
 見たところ、本当にただの首輪で、シャボンディ諸島の『職業安定所』で『求職者』達が首に巻かれているものとは様子も違うようだから、尚更だ。
 黄猿の言葉を吟味するように少しばかり沈黙したナマエは、それから、ありがとうと小さく呟いて、小さな手を恐る恐る自分の首輪から離した。
 その目がじっと黄猿を窺って、小さな口が言葉を零す。

「大将黄猿は、お仕事中?」

「オォ〜、その通りだねェ〜……こっちには誰もいないはずなのにィ、人がいる様子だから見に来たらナマエくんだったわけさァ」

 問われたことに黄猿が答えると、少年は少し困ったような顔をした。

「俺、ここで待ってるよう言われてる。移動しないとだめ?」

「別に、確認が取れたからそのまま居て構わないよォ〜」

 答えながら、黄猿の手がもっていたものをひょいと指で挟む。
 黄猿の動きを見つめたナマエは、黄猿の長い二本で挟まれたものへ視線を集中させた。
 黄猿が持っているものは、何の変哲もないネームプレートだ。
 裏には服に留めるためのピンがついているそれの表には、明らかに青雉の字が綴られている。
 少し走り気味なところからして、思いついてそれを用意したのは今日の配備をセンゴクから知らされる少し前、と言ったところだろう。

「ナマエくん、クザンとも知り合いかァい?」

 黄猿が尋ねると、この間会った、と答えたナマエは少しばかり口を尖らせる。

「でも、大将青雉は俺の壊そうとした」

 非難がましい子供の訴えに、オォ〜そいつは酷いねェ、と優しく頷いてやって、黄猿は手の中のものをナマエの目の前に晒して見せた。

「けど、これを用意したのはクザンなんだよォ〜……許してやってくれないかァい?」

「…………? なふだ?」

 不思議なものを見るような顔で、ナマエが言葉を零す。
 その様子に、どうやら一般的に使われている文字が読めないらしいと判断して、そうだよォ、と黄猿は頷いた。

「ここにねェ〜、『ドンキホーテ・ドフラミンゴの知り合いです』ってェ書いてあるんだよォ」

 空いている手の指で軽く名札の表を示して見せれば、ぱちぱち、と瞬いたナマエの目がしげしげとネームプレートを眺める。
 黄猿は嘘は言っていない。
 ただ、走り書きであるネームプレートの正式な文章は、『王下七武海天夜叉の所有物』だった。
 これを見た上で手を出す海兵は、そうはいないだろう。唯一怪しいとすれば、今日も会議に参席している海賊嫌いの赤犬くらいなものだ。

「これを着けておけば、もし警備の海兵に見つかっても、これを見せて納得してもらえるからねェ〜」

 優しく言った黄猿の言葉に、ナマエが顔を輝かせる。
 嬉しそうなその様子に、どうやら本気でこの少年はドフラミンゴを慕っているらしいと、黄猿は判断した。
 つまり、ドンキホーテ・ドフラミンゴもまた、ナマエをそう雑には扱っていないということだ。
 あれほど悪党という言葉の似合う海賊もそうはいないというのに、珍しいこともあるものだと思いながら、ネームプレートを持った手が少年へと近付く。

「わっしが留めてあげるよォ」

 言い放ちつつその胸元辺りに手をやると、うん、と頷いたナマエは大人しく黄猿からの処置を待った。
 小さいとはいえ針までついているものを目の前の相手に持たれているというのに、ナマエは随分と無防備だ。
 手を振りぬけば簡単に殺せてしまいそうな少年を見下ろして、少しばかり目を細めた黄猿が、そのままネームプレートを少年の服へ留める。

「はい、出来たァ〜」

 そうしてぽんと軽く胸元を叩いてから手を離してやれば、すぐにナマエの視線は自分の胸元へ向けられた。
 その小さな体の上で存在を主張しているネームプレートに小さな手が触れて、少しばかり角度をいじりながら、またすぐに顔が上げられる。
 きらきらと輝く喜びに満ちた顔で黄猿を見上げて、ナマエは口を動かした。

「ありがとう、大将黄猿。大将青雉にも、ありがとうって」

「オォ〜、喜んでたって伝えとくよォ」

 寄越された言葉に黄猿が頷けば、とても嬉しそうにナマエが笑う。
 幸福そうな子供の笑顔に目を細めて、黄猿はもう一度少年の頭をよしよしと撫でた。


 王下七武海達が本部を発って数日後、大将青雉と大将黄猿宛に金の掛かった贈り物が届いた。
 どうもとても上等な品であったらしく、海賊からの賄賂だと判断したらしい赤犬の手によってじきじきに焼き溶かされてしまったのは、返す返す残念なことだった。



end


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