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わるいひととすぺーど
※ペット系男児とエースくんとドフィ
※エースくんはスペード海賊団の船長です



 その背中をとある店内に見つけた時、通りに立っていたナマエはとても不思議そうに首を傾げた。
 ざわざわと周囲が騒がしいのは、ナマエが見つめた先のその『人間』が、食事中だと言うのに唐突に顔をテーブルに突っ伏して動かなくなってしまったからだった。
 狙撃か、まさか毒かと哀れな店主に疑いの眼差しまで向かう中、その青年がどうして動かなくなったのかを、ナマエは恐らく知っている。
 けれども、ナマエが知っているのとは少し違う背中が目の前にあるので、そうであると言う確証が取れなかった。
 黒いズボンにオレンジのテンガロンハットはいつも通りであるはずだが、その背中が少し違うのだ。

「…………んー?」

 不思議そうに声を漏らしつつ、ナマエの足がそろそろと店内へと入り込み、椅子に座る彼の方へと近付く。
 動いた子供に周囲が慌てたような声を漏らしているが、ナマエは気に留めず青年の隣の椅子に乗り上げて、とんとん、と彼の肩を軽く叩いた。
 やや置いて、ぶは、と声を漏らしながら青年が顔を上げる。

「あー…………寝てた」

 そうして漏れた何とも言い難い台詞に、周囲からは寝てたのかよと大きな声が上がっていた。
 米粒に塗れたその顔を見上げて、ふむ、とナマエは頷いた。
 やはり、ナマエは彼を知っている。

「エースだ」

「ん? 何だ、お前おれを知ってんのか?」

 呟いたナマエの目の前で、そばかすの浮いた顔から米粒を取りながら、ポートガス・D・エースは不思議そうな顔をしていた。







 そんな出会いから、数十分後。
 エースの膝の上に乗せられた状態で、建物の上に潜むようにさせられたナマエは、ちらりとその視線を背後の男へと向けた。

「これは誘拐だと思う」

「まあまあ、そう言うなって」

 ナマエからの言葉に、エースがへらりと笑みをこぼす。
 ナマエがエースに声を掛けた後、相変わらずの食い逃げを行ったらしいこの海賊は、ゆえに店主と自警団から追いかけられる羽目となってしまっていた。
 人前で声を掛けてしまったがために、ナマエまでその巻き添えとなっている。
 一般的な子供でしかないナマエを抱えて走り回り、今はほとぼりがさめるまでと身を潜めた建物の上で、エースがそっとナマエを自分の膝から降ろした。
 平たい場所に座り込むようにしてから、ナマエが下からエースを見上げる。

「エース、何でお金払わないの?」

 何とも当然と思えるナマエの問いかけに、エースは頭にかぶっていた帽子をそっと首から下げるような格好にずらしながら答えた。

「持ち合わせがねえ」

「じゃあなんでお店に入るの?」

「腹が減ってたから仕方ねえ」

 重ねたナマエの問いかけにも、淡々と返事が寄越される。
 真っ当な返事を寄越しているようでいて、何だか納得しがたいものを感じて、ナマエはううんと首を傾げた。
 普通は金を持っていないと店には入らない筈なのだが、エースは違うらしい。
 海賊というのはみなそうなのだろうかと考えてみるが、ドフラミンゴはどちらかというと買占めに近い買いかたをする方の海賊である。
 食事は大概高級店で、そういった店に入って支払いをしているのは一緒に来ている幹部であることが殆どだが、その金だってもともとはドフラミンゴの方から流れてきているものだろう。
 ナマエが鞄に入れていたベリーだって、ドフラミンゴから与えられたものだ。
 いつも使い切れないからと今日は量を減らしてもらっていたが、いつも通りの金額を貰っていたなら、ナマエがエースの代わりに払ってやることだってできたかもしれない。
 そんなことを考えていたナマエの横で、しばらく耳を澄ましていたエースがひょいと立ち上がった。

「もうそろそろいいか……そういやナマエ、お前はどこに帰るんだ? ついでだし、送ってってやるよ」

 確かにエースを捜す声が聞こえなくなったと感じながら、立ち上がったエースを見上げてナマエが首を横に振る。

「大丈夫。もう少ししたら、ドフラミンゴがお迎えにくる」

 今日は近海で『お仕事』だと言っていたドフラミンゴは、確か太陽が沈む前にナマエを迎えに来ると言っていた。
 どこで待ち合わせをしたらいいのかと尋ねたナマエに、探してやるから好きにしていろと言ったのはドフラミンゴの方だ。
 今の場所よりはもう少し目立つところの方がいいかもしれないが、日が傾くまではもう少し時間があることだし、もう少ししてから移動してもいいだろう。
 ただ屋根から降ろすだけはしてくれないだろうかと考えたナマエの前で、へェ、とエースが頷く。

「そうかそれじゃあその『オムカエ』が来るまで…………ドフラミンゴ?」

 わずかに微笑んですらいたその顔がどうしてか真顔になって、ナマエはぱちりと目を瞬かせた。
 そんなナマエの前に改めて屈みこみ、エースが正面からナマエの顔を見据える。

「ドフラミンゴっつったか」

「うん」

「ドフラミンゴ……ドンキホーテ・ドフラミンゴだよな?」

 確認をとるようなその言葉に、ナマエはうんともう一度頷いた。

「王下七武海の、ドフラミンゴ」

 答えつつ、ごそりと鞄を探る。
 そこから取り出したのは、町中ではつけないようにしろとドフラミンゴに言われたネームプレートだった。
 大将青雉が用意したらしいそれをころりと転がしてエースへ向ければ、文字を読んだエースがわずかに頷く。

「ナマエは、『あの』ドフラミンゴんとこの奴だったのか」

 『あの』という言葉の意味は分からないが、エースの言葉は真実であったのでナマエはこくりと三度頷いた。
 そのままネームプレートを鞄へしまい込んだナマエへ向けて、エースが言葉を放つ。

「……それじゃ、その首輪は、『ドフラミンゴ』につけられてんのか?」

 寄越された言葉に、ナマエは鞄から抜いた手で自分の首に触れた。
 ナマエの目からは見えないが、そこには確かに、今朝ドフラミンゴがつけてくれた首輪がある。
 目を刺すような輝きを宿したそれは装飾品の様にも思えるが、確かに『ナマエがドフラミンゴに所有されている』と言う証だった。
 複雑な留め具を軽く指で擦ってから、ナマエが頭を上下に動かす。
 ドフラミンゴがくれたのだと告げたナマエが見やった先で、どうしてかエースは眉間に皺を寄せていた。

「…………ナマエ、それ、おれが外してやろうか」

 言葉を紡ぎながら、エースの手がナマエの方へと伸びてくる。
 先ほどまで何も言わなかったくせに、今さらそんなことを口にするエースに、ナマエは少しばかり戸惑ったような視線を向けた。
 それを受けてどんな風に解釈したのか、エースが怯える相手を安心させようとするような笑みを浮かべる。

「うちの船に乗るんなら、次の島まで乗せて行ってやってもいいぜ」

 そうして囁かれた言葉に、ナマエはむっと眉を寄せた。
 その両手がそっと自分の首をエースの視界から隠すようにして、その体がずるりと後ろへ少しばかり下がる。
 屋根の端に背中を向けたまま、小さな頭がふるりと横に振られた。

「…………やだ」

「なんだよ、遠慮してんのか?」

 寄越された言葉に、エースが首を傾げる。
 そうじゃないとそれへ返事をしてから、ナマエはじっとエースを見つめて言葉を零した。

「やだ。俺、ドフラミンゴの」

「そう言えって言われてんのか? 今この場にはおれとお前しかいないだろ?」

 だからそんなこと言う必要が無いんだと、何とも酷いことを言う相手に、ナマエは更に後ろへとずり下がる。
 エースは気にしない方の海賊だと思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
 それどころか、ナマエをドフラミンゴから引き剥がそうとするだなんて、なんと酷い海賊だろうか。

「俺は、ドフラミンゴと一緒がいい。だから、やだ。エースのばか」

 きっぱりと言い放ったナマエに、馬鹿ってお前、とエースが少し困惑したような顔をする。
 それでもじっと非難がましくその顔を見つめていれば、しばらく無言で見つめあった後で、エースの口からはため息が漏れた。
 ひょいと頭の後ろに下げていた帽子をかぶり直し、軽く両手を上げて体から力を抜いて見せる。

「………………っだー、わかったよ、悪かった。もう言わねえよ」

 そうしてあっさりと寄越された言葉に、ナマエはぱちりと瞬きをした。

「…………ほんと?」
 思わず恐る恐る問いかければ、おう、とエースが返事を寄越す。
 その顔にはにかりと笑みが浮かんでいて、どうやら本当に諦めてくれているらしい、とナマエは判断した。
 そっと手を降ろしたナマエへ向けて、エースが軽く手招きをする。

「だからほら、そんな端っこに行くと落っこちるぞ。痛いのはいやだろ?」

 言われて、ちらりと後ろを見やったナマエは、自分が本当に屋根のぎりぎり端にいることに気が付いた。
 後ろも見ずに後退していたのだから当然だが、危なかったかもしれない。
 慌てて膝立になってエースの方へと近づけば、伸びてきたエースの手が後退した時に汚れた衣服を軽く手で払ってくれる。

「エース、ありがと」

「いや、まあ礼を言われるようなことでもねえけど……」

「フッフッフ!」

 おれのせいみたいなもんだしな、と続くエースの言葉に聞き覚えのある笑い声が重なり、ばさりと何かが羽ばたくような音がしたのと同時にナマエとエースの上に影が落ちた。
 あ、と声を漏らしたナマエが顔を向ければ、ナマエとエースが座っているのより一段高い場所に降り立った桃色の羽毛コートの大男が、サングラスをかけたままで二人を見下ろしている。
 うげ、と小さくエースが声を漏らしたのを気にした様子なく、その場で少しばかり屈みこんだ大男がその体でナマエとエースがいるのと同じ高さへと降り立った。
 巨躯を軽やかに着地させた男の方へとナマエが体を向ければ、男が少しばかり体勢を低くして片手を広げる。
 呼ばれてると気付いて立ち上がったナマエがそちらへ近付くと、大きな腕は何なくナマエの体を抱え上げた。

「よう、人のペットを攫ってったのがいるっつうから誰かと思えば、噂のルーキーじゃねェか」

 楽しそうなようで少し不機嫌そうな声を紡ぐドフラミンゴに、ナマエが不思議そうにその視線を向ける。
 仕事がうまく行かなかったのだろうかと考えながら、その口が言葉を綴った。

「お帰りなさい、ドフラミンゴ。お仕事終わった?」

「ああ、終わった。ナマエ、今日は珍しくお前から近寄ってったらしいな?」

 ナマエの言葉に返事をしながら、ドフラミンゴの視線がナマエの方へと向けられる。
 サングラスの向こうの目が何とも不機嫌そうなのを見つめれば、そんなに『火拳』が気になったか、とドフラミンゴが問いかけを口にした。
 珍しくと言われても、いつもと違う行動をしたつもりは無いので、ナマエは不思議そうな顔をするばかりだ。
 首を傾げたナマエの前で、エースの方へと視線を戻したドフラミンゴが口を笑みの形に曲げた。
 その口に噛みつかれそうな気がするのは、醸し出している雰囲気が獰猛極まりないからだろう。
 威嚇するように左腕が広げられ、奇妙に折り曲げられた指先がエースの方を向く。

「人のペットを誑かしやがったな。『D』を名乗るだけのことはある図々しさだ」

「……てめェが何に怒ってんだかは知らねえが、子供を『ペット』呼ばわりってのは気に入らねえな」

 エースの方へ言葉を放ったドフラミンゴに、エースが立ち上がりながらそんな風に唸る。
 それを聞いて視線を向ければ、エースは少し怒ったような顔をしていた。
 どうしてエースがそんな風に怒るのか、ナマエには全く分からない。
 戸惑うナマエを抱き上げたまま、いつもの笑い声を漏らしたドフラミンゴが、そのままで言葉を零した。

「ペットはペットだろうが、なァ、ナマエ」

 囁き声で尋ねられて、うん、とナマエは素直に頷く。

「俺、ドフラミンゴの」

 紡いだ言葉はナマエにとってはただの事実である。
 それを聞いてさらに笑い声を漏らしたドフラミンゴの向かいで、エースがわずかに舌打ちを零した。
 ぼぼぼ、と音を立てて炎を纏いだしたエースに気付いて、ぱちぱちと目を瞬かせたナマエの手が、そっとドフラミンゴの着込んでいるコートに触れる。
 軽く捕まえると、サングラスの向こうの目をエースに向けていたドフラミンゴが、それに気付いて視線をナマエへと戻した。
 自分の方を向き、どうしたと尋ねてくるようなその視線を見返しながら、ナマエが言葉を紡ぐ。

「ドフラミンゴ、さっきエースと一緒に鬼ごっこしてたら、アイス屋さんがあったよ」

 言いながらナマエが思い返したのは、エースに抱え上げられて逃亡していた最中に見かけた出店の一つだった。
 カラフルなイラストが絵が描かれたポップを出していた店に、あ、と声を漏らしたものの、逃走中ではどうにもならずに諦めたのだ。
 何だアイスが食いてェのか、と尋ねてきたドフラミンゴへ、うん、とナマエが頷く。

「限定の味のがあるって。さっきは逃げてて駄目だったけど、ドフラミンゴが一緒なら買える?」

 尋ねてナマエがもう一度首を傾げると、やや置いて構えるように左腕を広げていたドフラミンゴが、そっとその手を降ろした。
 威圧感がなくなったのか、炎を消したエースが少し戸惑ったような顔をしたが、ドフラミンゴは気にせずナマエへと言葉を紡ぐ。

「ちなみに、何で追われてたって?」

「エースがご飯食べたけど、お金払ってない」

 問われたものに短く答えれば、獰猛だったその笑みを和らげたドフラミンゴの目がそこでようやくエースの方を見やった。

「…………」

「な、なんだよ」

 サングラスの向こうから注がれた視線に、エースが居心地悪そうに身じろぎする。
 エースを見つめるドフラミンゴを見上げたままで、ぽんぽんとナマエの手が軽くドフラミンゴの肩を叩いた。

「お前も仲間かーって言われて囲まれたけど、エースが助けてくれた」

 だからエースを怒らないで、と続いたナマエの言葉に、やや置いてからドフラミンゴがわずかに息を吐く。
 笑顔の消えた口がもう一度笑みの形に曲げられて、仕方ねェなァ、とドフラミンゴは言葉を零した。

「おい、ルーキー」

「……おれはそんな名前じゃねェ」

 呼び声にエースが唸れば、名前で呼ばれたいんならもう少し名を売れよと酷いことを言って、ドフラミンゴがばさりとコートを揺らしながらエースに向けていた体をくるりと反転させる。
 少しばかりエースの方を見やった顔が、笑顔のままで言葉を紡いだ。

「オシオキは勘弁してやるから、こっちに付き合えよ。金なら出してやる。なんならそっちの昼飯分もな」

 楽しげにそんなことを言いながら、すたすたと歩き出したドフラミンゴの体にしがみ付いて、ナマエがドフラミンゴの肩越しにエースを見やる。

「エース、一緒にアイスたべよ」

 そうしてそんな風に言いながら、戸惑い立ち尽くしているエースへひらひらと手招きをすると、そこでようやくエースが足を動かした。
 先に屋根の上から飛び降りたドフラミンゴを追いかけるように、その足が路地へと降りる。
 エースもそれほど小さいわけでは無いようだが、ドフラミンゴに抱き上げられているナマエからすれば随分と小さく、彼を見下ろしたナマエにエースがちらりと視線を向けた。

「…………ナマエ、お前案外図太ェな」

「?」

 寄越された言葉の意味が分からず、ナマエが首を傾げる。

「フッフッフ!」

 しかし聞こえたらしいドフラミンゴが何やら楽しげに笑ったので、恐らく楽しいことだったのだろう。



end


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