わるいひとがおいかり
※名無しオリキャラ(モブ)注意
ドフラミンゴの横にいるということは、それだけで狙われる対象となる理由となりえるのだと、ナマエはそれまで知りもしなかった。
「こい!」
「ん、んぅっ!」
腕で口を押さえられては声も出せず、無理やり体を抱え上げられる。
ナマエを連れて行けない『仕事』の話をしてくるからここで待っていろ、と言い渡されて、大人しく待っていたナマエを連れ去ろうとしているのはどうにも一般人とは言いがたい男だった。
ナマエに最初声を掛けたとき、『ドフラミンゴ』の名前を出していたから、恐らくはドフラミンゴの『わるいしごと』の知り合いか何かなのだろう。
ナマエの小さな体を抱えたまま、男が駆け込んだのは港へ続く路地だった。
ナマエの口を塞いだ手にはナイフが握られていて、ぎらりと光るそれに刺されると痛いだろうということを、ナマエは把握した。
けれどそれでも、とじたばたと体を動かせば、舌打ちした男が足を止め、更にナマエの体を拘束しようとする。
「ガキ、暴れるな!」
怒鳴りつけるのと共に脅しのように向けられたナイフが、じたばたと暴れたナマエの手の甲を引っかいた。
びりりと走った痛みに体を強張らせて、ナマエは自分の手を見やる。
鮮血がそこからあふれ出して、だらりとナマエの手を伝った。
ナマエの血で軽く汚れたナイフがナマエを威嚇して、次はもっと痛いところに刺してやろうかと真後ろの男が唸った丁度その時、ざし、と足音がその場に響いた。
路地の奥へと伸びて来た影に男と共に視線を動かしたナマエの目が、そこに立っていた相手を把握してぱちぱちと瞬きをする。
誰がどう見たって、そこに立っていたのは今『仕事』中の筈のドフラミンゴだった。
「フッフッフ! おいおい、人のものに何傷付けてんだ?」
「! ド、ドンキホーテ・ドフラミンゴ……!」
恐らくはナマエを攫って後で何がしかの取引をするつもりだったのだろう、目の前に相手が現れるとは思っていなかった様子の男が、焦ったようにナマエの首へナイフを突きつける。
ナマエの首に付いた継ぎ目の無い首輪の上へ乗せられたその切っ先が、男の腕の震えを借りてちくちくとナマエの肌を少しばかり刺した。
口は解放されているが、首をつつくそれが気になって自由に出来ず、ナマエの両手が自分を抱える男の腕を掴む。
だらりとこぼれた血が自分の服や男の腕を汚したが、今は構っている場合ではないだろう。
ぱた、ぱたと落ちる血の音が、ナマエの足が付いていない大地からわずかに聞こえる。
「く、くるな! こいつがどうなってもいいってのか!」
声を裏返らせながら叫んだ男に、はっ、とドフラミンゴが鼻で笑う。
威嚇するような笑顔を浮かべているドフラミンゴを見やって、ナマエは自分が先ほどより落ち着いたことを自覚した。
それもそのはずだ。ドフラミンゴがとても強いことを、ナマエはよく知っている。
軽く右腕を上げたドフラミンゴが、笑ったままで首を傾げて、ナマエ、とペットの名前を呼んだ。
「目ェ閉じてろ」
「うん」
寄越された命令に、ナマエは素直に従った。
※
目を閉じている間に何があったのかわからないが、酷い声を上げた男の腕から解放されたナマエは、ドフラミンゴに回収されて早々に船へと運び込まれていた。
ドレスローザへ向かっているらしい船の一室で、ナマエはソファに座っていて、横にはドフラミンゴがいる。
視界に入った眩い白を追いかけたナマエが辿り着いたのは、船医が大げさに巻いた左手の包帯だった。つんと香るのは消毒液のにおいだ。
「痛いか」
自分の怪我を見つめているナマエを見やって、ドフラミンゴが言葉を投げる。
薬を塗ってもらったから平気、とそれへ答えて、ナマエは軽く手を振ってみせた。
もともと、浅くは無かったにしろ、それほど深くも無かった傷だ。ほんの少しだけ縫ったが、今は麻酔も効いている。
これだったら、出会いがしらにドフラミンゴに殴られた時の怪我のほうが痛かった。
そんなことを考えてのナマエの行動に、大人しくしてろ、と笑ったドフラミンゴの手がナマエの左肘を捕まえる。
そのままひょいと持ち上げた体を膝に乗せられて、ドフラミンゴに与えられた首輪を付けたまま、ナマエは首を傾げた。
「ドフラミンゴ、怒ってる?」
サングラスをかけたドフラミンゴは、笑っているのに何処か不機嫌そうだ。
尋ねたナマエへ、けれどもいいやと首を横に振って、ドフラミンゴが背中をソファへ預ける。
大きな体でソファをぎしりと軋ませた相手を見つめて、ぱちりと瞬きをしたナマエは、それからそっと口を動かした。
「ドフラミンゴ、強かった」
目を閉じていろと言われたから戦うその姿を見てはいないが、ドフラミンゴが圧倒的だったのはナマエにも分かる。
ナマエを攫おうとしてナマエを人質にしたあの男だって、怯えたように震えていた。
格好良かった、と素直に呟いたナマエへ、ドフラミンゴがにやりと笑う。
「フッフッフ! そうか」
少し嬉しそうになった相手へ頷いて、そういえば大事なことを言っていなかった、とナマエは思い出した。
今は機嫌がよさそうだが、もしかするとそれを言っていなかったからドフラミンゴは不機嫌なのかもしれない。
ドフラミンゴの膝に乗せられた体を少しばかり強張らせて、居住まいを正したナマエへ、ドフラミンゴがほんの少し怪訝そうな顔をする。
「どうした? ナマエ」
「うん、あのね、ドフラミンゴ」
そうっと囁き、ナマエは目の前の相手を見上げた。
「助けてくれて、ありがとう」
紡がれたナマエの言葉に、サングラスの奥でぱちりとドフラミンゴが瞬きをする。
「…………フ、フフフフ! 気にするな、ペットの世話をすんのは飼い主の義務だからなァ」
そうしてやや置いてそんなことを言い放った時にはいつもの上機嫌に戻っていたので、ナマエは少しばかりほっとした。
end
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