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※七武海会議



 何だろうか、この状況は。
 俺はただひたすらに、昨晩のことを思い出していた。
 先日、ドフラミンゴのところに書状が届いた。
 それは噂の王下七武海を集めた海軍本部での会議に『参加するように』という要請書で、面白い議題でもねェなァと言ってドフラミンゴは笑っていたので、何度かあった要請の時と同じように不参加になるんだろうと漠然と思っていた。
 それきり会話には上がってこなかったし、それからしばらくしてドフラミンゴが俺をつれて船を出した時には、俺だってもう忘れていた。
 それが、どうしてか昨晩眠りについて、目を覚ましたらここにいると言うわけである。
 目の前に立っている三人の視線が痛い。
 再度問おう。
 何だろうか、この状況は。

「フッフッフ! どうしたナマエ、そうビクつくなって、いくら政府の犬でも本当に噛みつきゃあしねェよ」

 俺を膝に乗せて笑うドフラミンゴはとても楽しげだが、何でそういうことを言うんだろうか。
 明らかに馬鹿にした発言に、前方から何だか暖かい空気が流れてきている気がする。主に立っている三人のうちの真ん中からだ。
 ぺちりとその膝を叩いて注意してから、俺はちらりと視線をもう一度前方の三人へ向けた。
 そこに佇んでいるのは、俺の記憶が確かなら、海軍大将だった。
 赤いスーツの赤犬と、黄色いストライプスーツの黄猿と、青いシャツに白いベストの青雉だ。
 目の前にこの三人がいると言うことは、ドフラミンゴが椅子に悠々と座っているここは、もしや海軍本部なのだろうか。
 だということは、ドフラミンゴは会議に出るつもりだったのか。
 どこに向かっているのかなんて聞かなかった俺も俺だが、何も言わずにこんなところまで子供を連れてくるなんて、なんて不真面目な態度だろう。海賊だから仕方ないのか。
 見やった先の海軍大将達も今日の会議に参加するということなのかもしれないが、何とも恐ろしい顔ぶれである。
 ドフラミンゴもでかいが、この三人もでかい。体つきもがっしりしていて、威圧感ばっちりだ。ワンピースの世界は何で高身長ばっかりなんだろうか。

「……そちらさん、どこの誰なわけ? まさか、次期王位継承者ってこたァないよなァ、ドフラミンゴ」

 険しい顔をした赤犬の横で、面倒くさそうな顔をした青雉がそんな風に言葉を紡ぐ。
 そんなわけねェだろうと楽しげな声を出してから、ドフラミンゴは俺の頭を軽く撫でた。

「これは『おれの』だ。手ェ出すなよ」

「オォ〜、イイ趣味だねェ」

 ドフラミンゴの発言に、黄猿が呆れたような声を出している。
 まて、いつから俺はお前のになったんだ。
 そう尋ねたいものの、この場で『親元から攫われてきました』なんて行ったら赤犬がドフラミンゴを怒鳴りそうな気がして、俺はそっと口をつぐんだ。
 保護を願い出たところで元の場所へ返される保証もないし、さらっと俺を手放したあの両親の下へ返されてもドフラミンゴが迎えにくるだけのような気がするから仕方ない。
 苛立ったような赤犬が何かを言って、ドフラミンゴがそれに言い返し、更に二言三言言葉を交わしてから離れていった三人の海軍大将は、壁際に並んでおかれた椅子にそのまま腰を下ろした。
 足を組んでいる黄猿と、同じ向きに足を組んでいる赤犬の横に、両足を降ろした青雉がいる。
 あれは赤犬の靴底が青雉の白いスーツを汚すと思うんだが、青雉は構わないんだろうか。
 目の前の壁際に座る三人を見やってそんなことを考えていたら、ドフラミンゴの手が俺の体に触れた。
 伸びてきた指に頬をくすぐるようにされて、くすぐったかったので肩を竦める。

「どふりゃみんご、くしゅぐっちゃい」

「くすぐってんだから仕方ねえなァ」

「ひりゃきなおりゅにゃ」

 何ともアレな発言を注意してから、仕方なく俺はドフラミンゴのされるがままになった。抵抗したって勝てるわけもないのだから仕方ない。
 きょろりと周囲を見回してそんなことを考えた俺は、一番端の椅子に座っている人影に気が付いて、あ、と声を漏らした。
 それに気付いて、指の動きを止めたドフラミンゴが、ん? と声を漏らす。

「あいつかァ? あいつはバーソロミュー・くまってんだ」

 ドフラミンゴにそう紹介されたその人影は、確かに『暴君』くまだ。
 そういえば、ドフラミンゴ以外の七武海を見るのは初めてかもしれない。
 しかも、バーソロミュー・くま。
 あれは確か、『いい海賊』だ。
 ドフラミンゴが海軍大将三人に囲まれるようにしていたと言うのに全くわれ関せずで本だか聖書だかを読んでいるくまをじっと眺めてから、俺はもう一度ちらりと前方を見やった。
 離れても分かるほどにでかい三人の海軍大将は、やはりそこに座っている。
 青雉はもう面倒くさいのかこちらを見てもいないが、赤犬はドフラミンゴを睨み付けているし、黄猿は俺を観察するようにしていた。

「……どふりゃみんご、おりょしちぇ」

 ここから逃げようと判断して、俺はぺちぺちとドフラミンゴの足を叩いた。
 どうした、なんて尋ねながら、ドフラミンゴの手がひょいと俺を床に降ろす。
 机より視点が低くなったので、注がれていた黄猿の視線も刺さらなくなって、それにほっと息を吐いた。
 何がしたいのか確認したいのだろう、笑ったまま俺を見下ろすドフラミンゴに、あんまりはなれないからとたどたどしく言葉を放ってから、俺は目的地へ向けて歩き出す。
 この間ベビー5が買ってきてくれた靴が、俺の足音に合わせてぴよぴよぴこぴこと鳴る。
 海賊と海軍が会議するための室内に響くこの音っていうのは何ともシュールで間抜けだ。会議中はじっと部屋の隅っこで膝を抱えていることに決めた。
 そんなことを思いながら、足を動かして辿り着いた先で、じっとくまを見上げる。
 俺からの視線を受け止めて、やや置いて本を片手にしたままのくまが、姿勢も崩さず視線も寄越さず口を動かした。

「何か用があるのか」

 淡々とした言葉は、子供に向けるにしては何ともぶっきらぼうな響きだ。
 何だか新鮮だ。そんな風に思いながら、俺は背中を伸ばして口を動かした。

「こんにちは、おりぇは、ナマエです」

 まずは挨拶と、それから自己紹介だ。
 続いてこの体の年齢を言って、他に何を言ったらいいのか浮かばなかったので好きな食べ物と嫌いな食べ物を言った俺に、ようやくくまの目がこちらを見た。
 少々怪訝そうなその眼差しを受け止めてから、俺は口元ににんまりと笑みを浮かべる。
 目の前のこの男が、『暴君』という名前の割に『いい海賊』だと俺は知っている。
 まあ、それは『主人公達』にとって『いい海賊』であるというだけのことだが、最初から好印象であることには変わりない。
 是非ともくまさんと呼びたい。
 さっきドフラミンゴには名前を教えてもらったが、やっぱり名前を呼ぶには名乗ってもらわなくてはいけないだろう。

「おにーしゃんは?」

 だから笑顔のままそう尋ねて首を傾げたところで、ぐん、と体が後ろへ引っ張られる。
 え、と声を漏らした俺の体が一瞬中に浮いて、数秒も置かずにどしっと背中が何かにぶつかって、ぱちぱちと瞬きをした視界にはピンクの羽毛コートがあった。
 何だ、何が起きた。

「…………どふりゃみんご?」

 困惑しつつ目の前にある顔を見上げれば、俺を見下ろしたドフラミンゴは笑っている。
 しかしその顔が少し怒っているようにも見えて、困惑しながら俺は体を動かした。
 拘束はされていないらしく、自由になる俺の体は、どうやらドフラミンゴの膝の上へと逆戻りしたらしい。
 モフモフのコートを掴みながら体を起こして、きょろりと周囲を見回す。
 何か、俺を自分のそばへ連れ戻すような危険なことでもあったのかと思ったが、周囲は別に先ほどと何も変わらない。
 壁際の青雉はそっぽを向いているし、赤犬はドフラミンゴを睨んでいるし、黄猿はどこか面白いものを見るような目をこちらへ向けている。

「…………?」

 よく分からず首を傾げてから、俺は視線をドフラミンゴへと戻した。

「どふりゃみんご、どーかした?」

 体の向きもそちらへ向けて、背中に突き刺さる海軍大将からの視線を感じつつ、仕方なく目の前の体に手を添える。
 何でそんなに不機嫌なんだろうか。
 もしや、赤犬のせいか。確かに、こうして背中を向けていても突き刺さる視線は痛いし、正面からそれを食らうドフラミンゴにとっては不愉快なものに違いない。
 青雉みたいに赤犬と黄猿もそっぽ向いてくれないか、などと思いつつドフラミンゴの足にまたがりながら尋ねた俺を見下ろして、フフフ! といつものような笑い声を零した。

「人が見てる前でナンパするんじゃねェよ、ナマエ」

「なんぱ」

 一体何の言いがかりだろうか。
 例えばハンコックがいたならその言葉も当てはまるかもしれないが、今この部屋には男しかいないのだ。お茶でもしないかと誰かを誘った覚えもないし、と眉を寄せてドフラミンゴを見上げてから、俺は首を傾げた。
 無自覚ってのは怖ェなァ、なんて言って笑いながらドフラミンゴがまたも俺の頬をくすぐったところで、ナマエ、と俺を呼ぶ声がする。
 それは目の前のドフラミンゴからでも俺が今背中を向けている海軍大将達の方からでも無く、思わずそちらへ視線を向ければ、本を閉じたくまが俺の方を見やっていた。
 離れていると隠れた眼差しを窺うことはできないが、突然話を切られたというのに怒った様子も無い。
 寛大だなとそちらを見ていたら、椅子に座ったままのくまが口を動かした。

「おれは、バーソロミュー・くまだ」

 放たれた言葉は、先ほどの俺の問いかけへの返事だろうか。
 おお、と目を丸くしてから、俺は笑顔をくまへと向けた。

「よりょしゅく、くましゃん!」

 くまさんと呼びたいところで舌がもつれてしまったが、俺の体の年齢を考えると仕方ないことなので許してほしい。
 そう思って視線を注いだ先で、大して気にした様子も無いくまが軽く頷いた。
 それを確認したところで、ぱしんと何かに両目をおおわれる。
 少し温かくて堅いそれは、どう考えても誰かの手だった。
 そして、俺が今座っている場所を考えれば、それが誰の掌かなんてこと、わかりきったことである。

「…………どふりゃみんご、はなしちぇ」

「駄目だ」

 視界を塞がれた俺の訴えは、どうしてかいつもより堅いドフラミンゴの言葉によって却下された。
 会議が始まるまでそのままだったので、ドフラミンゴが手を離したときにはいつの間にやら部屋に居た他の七武海達や海軍元帥に不審そうな眼差しを向けられたのが、ちょっと怖かった。



end


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