- ナノ -
TOP小説メモレス

わかたん2014
※『ら』行の言えない幼児



 後は一番上にこのチョコレートプレートに見立てたメッセージカードを乗せるだけだと背伸びをすると、ひょいとバッファローが俺の体を持ち上げた。
 誰のせいだとは言わないが、足元から床の感触が唐突になくなるのにももう慣れてしまったので、大して気にすることなく両手を伸ばして、メッセージカードを目的の場所に置く。

「……お、できただすやん」

「ん」

 俺を床へ降ろしながら寄越された言葉にこくりと頷いて、俺は目の前のそれに両手でそっと触れた。
 ふわふわのタオル生地で出来た、どう見てもケーキのようなタオルが、俺のまだ小さい手の下から激しく自己主張をしている。
 いわゆるタオルケーキというらしいそれは、今日この日の為に何度も練習を重ねて、ついに今日完成した自信作だ。
 この体で料理なんて出来るわけもないし、似顔絵なんて実用性の無いものを渡すのは気が引けた。かと言って自由に買い物に出られることも無く、どうしたものかと途方に暮れていた俺が、必死に考えて辿り着いた贈り物である。
 元々は俺が一人で作っていたのだが、小さい体で時々転びながら作っているのが不憫に見えたらしく、気付けば材料調達をしてくれただけであったはずのバッファローが手伝ってくれていた。
 すごい位置に刺青を入れているが、バッファローは海賊の割にいい奴だと思う。

「バッファロー、ありあと」

 振り向いて礼を言うと、気にしなくていいだすやん、なんて言ったバッファローが笑う。

「ほら、後は包んでおくだすやん」

「うん、」

「キャー! 何それ!」

 がさり、とバッファローが包装紙を取り出してくれて、それに頷いたところで、騒がしく響いた声と共にヒールが床を叩く音がした。
 あれ、と顔を向ければ、確かにしっかり閉じていた筈の扉を開いて現れたデリンジャーがこちらへと足早に近付き、その目を少しばかり丸くして片手を口元に宛てているところだった。
 その手がひょいと俺の前のタオルの塊に触れて、つんつんとケーキで言うところのクリーム部分をつつく。

「すごいの作ったじゃない、これ、ナマエが作ったの?」

 落ちて来た問いかけにうんと一つ頷くと、俺の後ろで『そうだすやん』とバッファローも相槌を打った。
 キャー可愛いー! なんて女子のようなことを言いながら、楽しげに笑ったデリンジャーがその場に屈みこむ。
 俺だったら絶対に転ぶ自信があるのだが、デリンジャーはこんなにも攻撃力の高そうなヒールつきの靴を履いていると言うのに、立ったり走ったり屈んだりする動きに全く躊躇いも失敗もない。
 ちょっと押したら倒れるんだろうかと見やった先で、俺の真横で膝を抱える格好になったデリンジャーがこちらを向いた。

「こーんなちっちゃいのに、こんなおっきいの作っちゃうの?」

 こーんな、で人の頭の上に手を置いたデリンジャーに、俺の後ろでバッファローが笑い声を零す。
 それからその手が伸びてきて、俺の腰より少し低い位置を指差した。

「お前だって、ちょっと前まではこんくらいだっただすやん」

「ちょっと! 何年前の話してるのよ!」 

 随分と昔からの付き合いであるらしいバッファローの言葉に、デリンジャーが抗議の声を上げる。
 角突きの帽子の下から後ろを睨み付けて、それからすぐにこちらへ視線を戻したデリンジャーが、ね、と声を零してからこちらに顔を近付けてきた。
 内緒話をしようとするように片手を口元にかざされたので、何だろうかとそちらへ俺も顔を近付ける。
 俺の耳に軽く指を触れながら、デリンジャーの口が小さく言葉を吐き出した。

「もしかして最近、これ作るために隠れてた?」

「うん?」

「若さまが時々気にしてたんだから、ナマエが見当たらないって」

 寄越された言葉に、ぱち、と瞬きをする。
 プレゼントはサプライズが基本だと思っていたので、確かにデリンジャーの言う通り、俺はこの『贈り物』を用意するために時々ドフラミンゴの傍を離れていた。
 だって、明日はドフラミンゴの誕生日なのだ。
 『国王陛下』であるドフラミンゴはそれなりに忙しくて、だから気付きもしないだろうと思っていたのに、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。
 でも、どうせ俺は城から出られないのだから、そんなに気にする必要もないんじゃないだろうか。
 不思議に思って首を傾げた俺の横で、もう、と声を漏らしたデリンジャーの手が口元を隠すのを止め、その代わりのように人の頬をむにりとつまむ。

「いーい? 明日ちゃーんとお祝い言わなかったら、若さまが怒んなくてもあたしが怒っちゃうんだからね」

 言葉の終わりだけ妙にドスが効いていて、うわ、と少しばかり身を引いた。
 俺の様子を気にした様子もなく、俺の頬を手放したデリンジャーは笑っている。
 軽くつままれていた頬を片手で擦りつつ、うん、と俺は一つ頷いた。

「いうかりゃ、だいじょーぶ」

「あら、そーお?」

 それなら良かった、なんて言いつつ、デリンジャーがひょいと立ち上がる。

「それじゃ、残りはあたしも手伝うわね。包んで、明日運ぶんでしょ?」

 ナマエが運んだら転んじゃうかもしれないしね、なんて言いながら動いたデリンジャーの足元には相変わらずハイヒールがひかっていたが、確かにデリンジャーの言う通りだったので、うん、ともう一つ頷いておくことにした。







 静かな真夜中に、ふと俺が目を開いた時、傍らには誰もいなかった。
 あれ、と少しばかり目を擦って、それからむくりと起き上がる。
 俺一人だと確実に泳げる大きさのベッドの上にはシーツも毛布もあって、しかしその住人は俺一人だった。
 手を伸ばして触れたシーツが冷たいので、一緒に眠った筈の相手がそこを離れてずいぶん経つのだと把握して、軽く首を傾げる。

「……どふりゃみんご?」

 傍らにいるべきだった相手の名前を呟きながら視線を動かした俺は、寝室の隣にある部屋から漏れる灯りに気が付いた。
 扉が少し空いていて、そこから光が差し込んでいる。
 どうやらドフラミンゴは隣の部屋にいるようだ。
 何をしているんだろうかと少しだけ考えて、俺はベッドの上を這うように移動した。
 白いシーツと毛布の合間を横断して、辿り着いたベッドの端から床へ降り、寝起きの体を支えられずに絨毯の上に転がるように着地してから、すぐに起き上がって扉を目指す。
 辿り着いた扉の隙間を広くしようと扉を動かすと、差し込む光量が増して、その眩さに目を眇めた。

「ん? なんだナマエ、起きて来たのか?」

 どうやら俺を見つけたらしいドフラミンゴが、寝室よりだいぶ眩しい部屋の中からそんな声を掛けてくる。
 うん、とそれに答えつつ部屋へと入り込んで、俺は片手で目元を少しばかり隠した。

「どふりゃみんご、しごと?」

 眠かった頭が随分とすっきりしているので、もう真夜中の筈なのだが、こんな時間まで働いているのか。
 そんなことを考えての俺の問いに、仕事っていやあ仕事だな、なんて言うふうにドフラミンゴが言葉を落とす。
 曖昧な言葉に首を傾げて、光に慣れてきた目をドフラミンゴのいる方へ向けながら、俺自身もドフラミンゴの方へと近付いた。
 そこで、ドフラミンゴが座っている椅子の前のテーブルやその床に、所狭しと並んでいるものに気が付く。
 あれこれとカラフルな包装紙やリボンを使われた豪華なそれらは、誰がどう見ても『贈り物』だった。

「しゅごい、いっぱい」

 ぱち、と瞬きをしながら、そんな風に言葉を零す。
 壁に掛かっている時計はすでに当日になったことを示していたが、まさか日付変更と共にドフラミンゴの部屋へ運び込まれたわけではないだろう。前日のうちに集まった分でもこれだけあるなら、当日は一体どのくらいの量になるんだろうか。
 開けるのも大変そうだななんて考えていたところで、ひょいと俺の体が持ち上げられる。
 足の裏から床の感触が無くなった代わり、そのままドフラミンゴの足の上へと乗せられた。
 高くなった視点から見ても、やっぱりドフラミンゴの前は『贈り物』で溢れている。
 俺が作ったあのプレゼントなんて間違いなく見劣りしそうな豪華さだ。
 まあしかし、今更プレゼントを変更できるはずもない。
 くるりと後ろを振り向き、むかいの体を辿るようにその顔を見上げれば、こちらを見下ろしたドフラミンゴが、フフフと笑って俺の頭を軽く撫でる。

「寝付けるよう、何か飲みもんでも用意させるか? ナマエ」

「んーん、いりゃない」

 寄越された言葉に首を横に振ると、そうか、とドフラミンゴが一つ頷いた。
 それから、そういえば、と呟いて、その口が言葉を続ける。

「今日は全然姿が見えなかったが、どこにいやがったんだ?」

「バッファローといっしょ。あ、デリンジャーも」

「…………バッファローとデリンジャー?」

 城の中の端にあったあの部屋を思い浮かべて口を動かした俺の前で、二人が遊び相手だったのかとドフラミンゴが声を漏らした。
 別に遊んでもらっていたわけではないのだが、うん、ととりあえず頷いておく。
 見やった先のドフラミンゴが少しばかり眉間の間に皺を刻んだのは気になるところだが、今はそれよりやるべきことがあると思い出したので、俺はドフラミンゴの足の上で立ち上がった。
 ドフラミンゴの両足はその身長に見合った大きさなので、俺くらいの大きさの人間なら、簡単にその膝の上に立ててしまうのだ。もちろん、自分が裸足であることが条件だ。
 立ち上がった分だけ近くなった顔に両手を伸ばして掴まえると、こんな夜中にサングラスをかけたままのドフラミンゴが、ひょいとこちらへ向けて体を倒す。

「ナマエ?」

 どうしたんだと言いたげに名前を呼ばれたのを聞きながら、昼間にデリンジャーがやったように片手を自分の口元に宛てると、俺が声を潜めようと気付いたドフラミンゴの耳がこちらを向いた。
 近寄ってきたその耳の傍で、そっと言葉を口にする。

「どふらみんご、たんじょーびおめでと」

「…………」

「あ、いえちゃ」

 どうやら、今日はうまく舌が回ったようだ。
 まぎれもなく『ら』だった発音に自分で目を丸くした俺の前で、ばっとドフラミンゴの顔がこちらを向く。
 その急な動きに驚いて体を逸らすと、バランスを崩した俺の体が後ろへと傾いた。
 しかしそれでも俺の体が倒れなかったのは、ドフラミンゴの片手が俺の背中をささえたからだった。
 頭からまっさかさまにならなくてよかった、と息を吐き、ドフラミンゴの手に押される形で体の位置を戻した俺へ向けて、ドフラミンゴが言葉を落とす。

「ナマエ、もう一回言ってみろ」

「んー……どふ……どふりゃ……どふりゃみんご! りゃ、りゃー……だめりゃ……」

 促された言葉に、とりあえずドフラミンゴが求めているんだろう単語を出そうと頑張ってみるものの、思うように舌が動かない。
 おかしいなあと軽く舌を動かしてから言ってみても同じで、どうやらさっきの言葉は本当に偶然出て行ったものだったらしい。
 口元に手を当てて何度か練習しても難しかったので、手を降ろして首を横に振る。
 俺の様子を見ていたドフラミンゴは、それからやがてその顔に笑みを浮かべた。
 とても楽しげな笑みと共に、その手がぐいと俺の体を下へ座り込ませる。
 片手で俺の頭をつぶせるくらい大きなその手が俺の頭をがしがしと撫でて、フッフッフ! とドフラミンゴの口から笑い声が漏れた。

「どふりゃみんご?」

 どうしたのかとそちらへ向けて問いかけてみても、とてつもなく楽しそうに笑っているドフラミンゴは答えない。
 俺の自信作を受け取った時だってこれほど嬉しそうな顔はしていなかったので、もしも来年があるのなら、俺は誕生日プレゼントの方向性を考える必要があるのかもしれなかった。



end


戻る | 小説ページTOPへ